緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

近藤敏明演奏・近藤恒夫作曲「幻想曲 奈良」の録音を聴いて感じたこと

2023-05-13 00:11:04 | 映画
先日、朝見昇ギター作品集をたまたまヤフオクで見つけたとき、これも稀少な出品だったのであるが、近藤敏明演奏・近藤恒夫作曲「幻想曲 奈良」の録音CDが出ていたのでこれも落札した。



近藤恒夫作曲のギター独奏曲、「幻想曲」シリーズの存在を知ったのは学生時代、今から40年近く前のことだ。
ちょうどその頃、全音ギターピースが販売取りやめになるという話を聴いて、邦人作曲家を中心に今後入手出来なくなるであろう曲の楽譜を買い集めていたときであった。
全音から出版されていたのは、「幻想曲 奈良」、「幻想曲 京都」、「幻想曲 鎌倉」の3曲。この頃にこの曲を演奏した録音は無かった。





幻想曲 京都の個性あるフレーズの一部。



1980年代後半に就職で東京に出てきて6年くらい経った頃であろうか。
うつ病から抜け出て、ギターを弾いたり、聴いたりする情熱が戻ってきた1993年の正月明けだったと思う。
現代ギター誌の新譜案内で、近藤敏明演奏・近藤恒夫作曲「幻想曲 京都」のCDがセルバ(現、アウラ)というギター専門店で販売されていることを知った私は、早速このCDを買いに上野に出かけたのである。
そこは初めて行く店であったが、店という感じではなくマンションの1室であった。
呼び鈴も押さずにドアを開けたら、何と店の方、お二人がソファに寝転んでくつろいでいらしゃったのだ。
私がいきなり店のドアを開けたことに驚き、二人そろって瞬時に上体を起こした光景に思わず心の中で笑ってしまった。
このセルバという店は開業したばかりであり、その時は開店休業のような状態だったのであろう。
お二人はMさんとKさんであろう。
ドアをいきなり開けた私は小さな声で恐る恐る「近藤敏明のCDを買いにきたのですが」と尋ねた。
「あ、ございます」と言ってCDを出してくれた。



「せっかく来て下さったので、お名前と住所をここにご記入いただけませんでしょうか」と言われた。
とにかく一刻でも速くこの場を去りたかった私であるが、勧められるままに住所等を書いて退散した。これがギター専門店の現アウラを訪れた最初の出来事だった。
この後この店には何度となく訪れたが、電話で名前を言わずにほんのわずかだけしゃべっただけで、Kさんは電話口で「〇〇さんですね」と私を」言い当てたのには驚いた。
その頃はこの店で1台のギターも買ったことがなかったのに(私の声=震え声に特徴があるからか?)。

このCD(1992年録音)で演奏者の近藤敏明氏はロベール・ブーシェというフランスの画家でありギター製作の名工の楽器(1968年製)を使用しているが、とにかくこの楽器の音の素晴らしさに驚いたものであった。
そして今回、続編のCD「近藤敏明リサイタル 奈良」を手に入れたわけであるが、CDが届いて聴いてみて驚いたのは、生の音が非常にリアルに聴こえてきたことであった。
それはまるで音響の優れた小ホールというか、サロンのような場所で、演奏者の間近で聴いているという感覚であった。
CDからはギターのリアルな音以外に、息遣い、こすれるような摩擦音、などさまざまな雑音もリアルに記録されており、まさにその場で生じている音をそのままに忠実に再現したとしか言いようのない音であった。
倒産メーカーのたたき売りしていた安物アンプとヤフオクで買った中古の安物CDプレーヤーでもってしてもこのリアルさを感じられるのである。
(これを思うと、再生装置にお金をかけるのが無駄なことのように思える)

CDの解説を読むと、録音場所はギター文化館(茨城県石岡市)、プロデューサー:細川鋼一、録音エンジニア:井上みつる、録音日:2000年12月5日、と記載されていた。
細川鋼一氏のお名前は聞き覚えあった。
1991年か1992年頃、27、28歳の頃だったと思う。うつ病から脱した私はある日、渋谷にある塩とたばこの博物館というところで開催されていたクラシックギターのギャラリーを見に行った。
そこでその展示会の主催者が細川鋼一氏であることが後で分かった。
私はショーケースに展示されていたクラシックギターの歴史的銘器を順々に見ていたのだが、いつのまにか細川氏がやってきて展示ギターの解説をし始めた。
私はその頃、強度の対人恐怖症だったため、対面で人の話を聴くのが数分しか持たない状態であった。最初は我慢して解説を聞いていたものの、そのうち聞くのがしんどくなり、もうとうとう我慢できなくなり、細川氏に向かって「もういいです!」とそっけなく言って、その場から逃げてしまったのである。
突然そう言われてびっくりしたのか細川氏はちょっとあっけにとられたような、それまで気持ちよく話ていたのを無理やり中断させられたいらだちなのか、複雑な表情を浮かべながらその場に立ちすくんでいた。
そしてしばらくすると立ち直ったとみえて、細川氏はトーレスと思われる小型の古い楽器をショーケースから取り出し、バッハのリュート組曲第1番のアルマンドを弾き始めた。

ギターの録音はそれなりに膨大にあるが、これほど生の音をリアルに再現したものはわずかしかない。
このリアルさにより、ブーシェという楽器の持つ音の素晴らしさ、神秘さといったものを実際にそばで聴いている状態に限りなく近いレベルで感じ取ることができる。
このブーシェは、イ調の曲で、最も鳴りが良くなるように設計された楽器だと思う。
5弦の開放弦の音が鋼を打ったときのようなゴーンというサスティーンが長く、かつ力強い音が響き渡る。イグナシオ:フレタの楽器もそのような音を持っていると思う。
しかしブーシェは5弦2フレットのシの音や6弦開放のミの音も素晴らしくよく響き渡る。
各種低音がここまで力強く響き渡る楽器は極めてわずかしか無い。
高音もこの力強い低音に負けることなく、芯の強い透明感に優れた音でバランスを絶妙に取っている。
これだけの音とバランスを実現できるのは、音や音楽に対する感性が突出して優れているからなのだろう。工学的な発想で楽器を設計することの無意味さを嫌というほど思い知らされるという感じだ。
やはり製作家というのは職人、技術者である以前に音楽家であり芸術家でなければいい作品は決して生み出せないと思う。
フレタⅠ世やホセ・ラミレスⅢ世がセゴビアなどの巨匠の楽器として採用された理由が、この辺にあるのではないかと思っている。

軽いタッチでアル・アイレ奏法のみで弾く奏者が、上記のような楽器ではなく、音量はあるけれど、ヌー、とかヒュンヒュン、ヒャンヒャン、ボンボンといった音が出るような楽器を好んで使用するのは、このような楽器でないとホールで観客に音を届けることが出来ないからであろう。

そして今氾濫するに至った、録音後の音の電気処理。
これは楽器を通しての音作りが貧弱となってしまった結果、それを補完するために生み出された技術だと思う。
生の音が美しければ、何もわざわざ電気処理で全く別の音に変換する必要があるであろうか。
極言すれば、電気処理を施すのであれば何も高級な名器は必要ないということになる。
電気処理技術でいくらでも音が作り変えられるのであれば、楽器は安物、粗悪なものでも可能でありそれで充分だし、美しい音を出すためにタッチの研究、修練なども必要なくなる。
Youtubeなどで何百万円もする楽器で弾いているのに、中・強度の電気処理をかけている方がいるが、果たして意味があるのだろうか。聴き手は名器の実際の音を聴きたいと願っているというのに。
電気処理の魔力にはまってしまうと、そこから抜け出せなくなってしまうのかもしれない。

今回、近藤敏明氏のCDを聴いて感じたのはこのことである。
音楽に関しては技術はやはり実際の生の音の忠実な再現のために向上させられるものであり、疑似的な音の拡大に用いるものではないというのが私の感じ方だ。
生の音は正直だから、録音から聴こえてくる音が満足のいかないものであれば、おのずとその原因を考え、良い音になるための努力に向かわせることになる。
昔は技術が未熟だったから、多くのギタリストはこのような努力をした。

近藤敏明氏の録音以外に、生の音の素晴らしさを感じることの出来た録音として、佐藤紀雄氏演奏、武満徹編曲「12の歌」がある。



このレコードは1988年の3月頃だったと思うが、高田馬場駅そばの今は無きムトウレコードという店で新品で買ったものである。
とにかくこの録音に衝撃を受けた。なんとも音が素晴らしいのある。
この録音で使用されている楽器は今井勇一氏の1980年代前半のものである。



レコードに記載されていたこの「今井勇一」という名前を初めて知り、日本人製作家でこれほどの音を出せる楽器があったことに驚いたものだった。
そしてほどなくしてこの楽器を弾いてみたくなり、今は無き東京ミックというクラシックギター専門店に足を運び、今井勇一の新作、それは表面板がスプルースで、塗装がナチュナル(白)の仕様の楽器であったが、試奏でバリオスの「最後のトレモロ」を通しで弾いた。
残念なことに佐藤紀雄氏のレコードでの音とはかけ離れていて残念に感じた記憶が残っている。

ギター以外で生の音を忠実に再現した録音として、ピアノでフランスのジャン・ドワイアンの弾く「フォーレ ピアノ全集」(エラート)がある。
楽器はベーゼンドルファーと記載されているが、わざわざ楽器メーカーを記載するだけあって、この楽器のもつ能力が存分に収録された極めてまれな録音ではないかと思っている。
ハンマーの叩く金属音でさえも聴こえてくる。

コメント    この記事についてブログを書く
« 知られざるもう一人のパリコ... | トップ | 右親指左側爪欠けアンダルー... »

コメントを投稿

映画」カテゴリの最新記事