緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ギタリスト兼作曲家 シュテファン・ラックのギター曲について

2011-11-27 18:37:28 | ギター
こんばんは。
暖かく天気のいい日が続いています。
このブログを初めてから半年ほどになりますが、自分が今まで出合った音楽で
印象に残る曲、感動する曲はできるだけ伝えていきたいと考えています。
皆が知っている名曲でも感動する曲であればそれでもよいのですが、できれば
あまり知られていないけど、すごくいい曲や隠れた名曲などを紹介していきたい。
そのことで何か役に立ってもらえればと思っています。

さて今回は、ギタリスト兼作曲家であるシュテファン・ラックのギター曲を紹介
したいと思います。
ラック(Stepan Rak)は1945年チェコスロバキア生まれと言われています。
ラックの曲は同じチェコのギタリストであり、ラックより5歳年下のウラジミー
ル・ミクルカによって広く知られるようになりました。
1970年代終わりにミクルカにより「クレンピルの主題と変奏曲」が録音され、
楽譜は全音のギターピースから出版されました。
下の写真はクレンピルの主題と変奏曲が録音されたミクルカがまだ20代のころ
のレコードと全音の楽譜です。





このレコードが出たころはラックはこのクレンピルの曲(オリジナルはラック
の作曲ではなくクレンピルというチェコ人の曲)しか知られていなかったし、
この曲の旋律そのものは彼自身の作曲によるものでなかったのですが、1980
年代になってから彼自身のオリジナル曲がどんどん作曲され、また楽譜も出版
されていきました。

私がクレンピルの次に聴いたのが「ロマンス」という曲です。この曲の短調の
部分はものすごく美しい曲です。始め兄が聴いていたのですが、すごくいい曲
だというので聴いてみたらそのとおりでした。録音はウラジミール・ミクルカ
によるもので超名演です。ミクルカ独特の力強いタッチが素晴らしい。楽器は
1979年製のフレタで弾いています。



この録音を聴いてから、早速楽譜を買いに行き弾いてみました。
下の写真はロマンスの楽譜ですが今は絶版のようで、近年GSPから出版された
ラックの曲集の中に収められているので楽譜は手に入れることができます。





楽譜にコーヒーかな? しみをつけてしまいました。

この曲の短調の部分はすごくロマンティックでいい曲なのですが、転調して
ホ長調になると曲想はがらりと変わります。私はこの転調してからがあまり好き
ではありません。ホ短調の受ける感じとあまりにもかけ離れているからです。
後で述べる「プラハの想い出」のホ長調のような感じで転調して欲しかったです
ね。この「ロマンス」があまり録音等で取り上げられないのはこの辺に理由が
あるのかもしれません。

この「ロマンス」と同じく比較的親しみやすく、ロマンティックな曲想で、技巧
的にも難しくない曲として「プラハの想い出」があります。
ホ短調で途中ホ長調に転調するアルペジオの曲で、少し禁じられた遊びの愛の
ロマンスと似た感じがします。この曲もいい曲です。



弾き語りの曲で、楽譜には所どころチェコ語による文が挿入されています。
youtubeに中年の頃のラックがこの曲を弾き語りで演奏する映像があったはずで
す。
下の写真はラックの自作自演CDです。この録音でのプラハの想い出は弾き語り
ではなく、ギター演奏のみです。1988年の録音です。CDのジャケットに
ヤマハのギターを弾くラックの姿が写っていました。
演奏は3弦トレモロ(トリプルトレモロ?)の部分がすごく情熱的です。
ラックのように演奏に全てのエネルギーを注ぐような弾き手はなかなかいない
ですね。現代のギタリストにとっては彼の演奏は大いに参考になるのではない
でしょうか。





ラックのこの「プラハの想い出」の他に良く演奏される曲として「ルネッサンス
の誘惑(Temptation of Renaissance)」があります。



古典的な雰囲気を持つ曲ですが、わかりやすく親しみやすい曲であることや、
テンポを早くすることで、技巧的なアピールのできる曲ということで彼の曲の
中では人気があるようです。
ラックの曲の中では他にも古典的な曲想と技法を持つ曲があります。古典を
随分勉強したのではないでしょうか。その点、ラックと同じくギタリスト兼
作曲家であるキューバのレオ・ブローウェルとも共通していると思います。

ラックの曲はこのように親しみやすい曲もあるのですが、10分以上の長い曲
のなかには彼独特の個性が現れる難曲があります。
まず「The Sun」という曲があります。恐らくラックが太陽がまだ昇らない時
に外に出ていて、太陽が昇っていく姿を見てその時に感じた心象を曲にしたに
違いありません。



それはどんな太陽? 燦然と輝く明るい太陽? 私はラックが見たのは灰色
の空に丸く写る朱色の太陽ではないかと感じています。どこか寂しい感じの
する太陽。
冒頭のハーモニックスのアルペジオで太陽が次第に昇っていく様を表現して
いますが、所々に哀愁が漂うフレーズが挿入されています。
そして中間部でラスゲアードのような早いアルペジオが続き、それが強烈な
ラスゲアードに変わり、だんだんと力と速度を落としていきます。
そしてその次のフレーズが何ともやるせない哀愁に満ちた気持ちを感じさせ
ます。哀しいのですが、単純な哀しさではなく、人生や人間の影の部分、
過去に自分に起きた不幸なことをふと感じて、どうすることもできない無力
感を感じているような寂しさを感じます。
ラックは太陽を見ながら何を感じたのでしょうか。



「The Sun」以外の大曲として、個性的な曲に「深淵からの声(Voces de
Profundis)」があります。



この曲の副題に「Inspired by the film Psycho(映画「サイコ」に霊感を
得て?)とあります(訳がちょっと怪しいが)。
ギターの特殊技法をあまねく用いて、人間心理の深層を表現しようとした
力作だと思います。
上の写真はスプーンを使って特殊な音を出す部分の譜面の一部です。

下の写真は「The Sun」と「深淵からの声」の楽譜の表紙です。
デザインがちょっと異様な感じがしますね。



下のCDはミクルカが1988年にラックの曲だけを集めて録音したものです。
「深淵からの声」はこのCDに収められています。



しかし不思議なことにこのCDの曲は、先の1988年に録音されたラックの
自作自演集の曲と1曲も重複していません。
この2枚のCDの曲以外にもラックの曲はたくさんあります。

ラックの曲は現代音楽とも性質が異なり、彼独特の彼にしか表現できない世界
を感じさせてくれます。
特殊技法を用いた曲は初めて聴いたとき、抵抗があるかもしれませんが、
何回も聴いてみることを薦めます。それでも抵抗があるのならばラックの曲
が自分に合わないのかもしれませんが、ラックの曲からは色々なことを
学ぶことはできると思います。


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