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緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

NLPによって対人恐怖症は改善されるのか(4)

2023-08-24 22:57:01 | 心理
(前回からの続き)

前回の記事で、恒常的な対人恐怖症の原因として考えられるのは、2つの側面があることを取り上げた。
1つは、過去の不幸な体験から、全ての人間を「自分を攻撃する敵」と認識するまでに至り、その認識が信念となるまで心の深いレベルで定着化していること。もう一つの側面は、人から責められる原因を自分に求め、「自己否定」し、その自己否定することで傷ついた自己を防衛することを目的とした、理想の人間像を実現するための強迫的衝動が、意識上のコントロールが不能なほど強固な自動回路のように潜在意識に刷り込まれている、ということであった。

前者は人とよくトラブルや争いを起こすという形で現れる。「攻撃は最大の防御」と言われているように、このタイプの人は、敵と認識している周囲の人から自分が傷つかないように防衛するために攻撃的になったり、過去に傷ついてしまった心を癒す目的で他人、それも最も安全なターゲットを選んで攻撃する。
このタイプの人は、自分に落ち度があると自分を責めたり否定することは殆ど無い。他者否定をすることで心のバランスを図っている。基本的に対人恐怖であるが、本人はそれを意識していない。パワハラ、DV,いじめなどを行うようなタイプである。
また割合は少ないが、前者の中には人間との接触を一切拒んで、孤独な人生を歩む選択をする人もいる。

後者は前者のような攻撃的タイプの標的にされやすいタイプである。自分に責められるべき理由がないのに自分に非があると受け止める人である。そしてこの非があると認識した自分を受け入れられなくなると、自分を攻撃から守るために理想の人間像を求めて強迫的な自己変革を成し遂げようとする。その結果、本人も明確に意識できないうちに次第に心の崩壊が進行し、エスカレートすると回復不能なほどのダメージを受ける。昨日まで一生懸命働いていた(ように見えた)人がある日突然自殺するのがこのパターンである。

後者のタイプの中には、ある時点から前者のような攻撃タイプに変貌する人もいる。
前者のタイプは、元々、他者の攻撃を跳ねのけるだけの自信や自己肯定感が欠落しており、自己否定の構えだった人が多い。親から理不尽な責めを日常的に負わされてきたような人である。ある時期から、生き残るために他者否定で心のバランスを図る生き方を選択した人たちである。
また後者のタイプは、攻撃はしない(出来ないけど)、周囲の人間は全て敵だと認識していることが殆どである。

このように見ていくと、前者も後者も現れ方の違いはあるが、本質的には同じであるということだ。共通なのは、周囲を敵だと感じていること、自己否定していることの2点であり、後者は自己否定の裏返しとして強迫的衝動がこれに加わる。
そして前者も後者も心を閉ざしているため、孤独であるということだ。

ではこのような状態から回復するためにはどうしたらよいのだろうか。

(次回、もう少し具体的に解決策を考えてみたい)
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NLPによって対人恐怖症は改善されるのか(3)

2023-08-23 21:55:12 | 心理
(前回からの続き)

人間が長期間に渡って、家庭内の虐待、学校や職場でのいじめなど、逃げ場のない環境下によって多くの人間から精神的攻撃を受け続け、しかも助けとなる味方が一人も得られなかった場合、その人は、人間全てを絶えず攻撃してくる敵と認識し、その体験の積み重ねによりその感じ方が単なる認識から信念に至るまで強化され、定着するようになる。
これが対人恐怖症の1つの大きな側面であるが、もう1つの重要な大きな側面として、「自己否定」による恐怖感情の増大があげられる。

親との原初体験で、「怒られたり、責められたりするのは自分が悪いからだ、自分に非があるからだ」という受け止め方を身に付けてしまうと、その後の人生における数多くの人間関係による体験の積み重ねでその「自己否定」の構えが強化され、強固に定着していく。
自己否定の構えがまだあるレベルまで到達せず、もし心を通わすことの出来る人間関係が少しでも得られているのであれば、内気、引っ込み思案といった性格特徴にとどまり、本人はある程度はこの状態を受け入れていくことが可能なものと考えられる。
しかしこの段階からさらに強く、度重なる精神的攻撃を受け続けると、もはやこの状態での自己を受け入れることが出来なくなり、攻撃に対する防衛反応として、「この今の自分ではない、人から責められたり、馬鹿にされたりしないような立派で優秀で強い人間にならなければならない」という、強い恐怖に動機づけられた強迫的な非現実的理想的自己実現の行動に駆り立てられていくようになる。
つまり、人から責められるような頼りない、弱い自分を激しく憎み、人から責められないばかりでなく、多くの人から賞賛されるような現実離れしたような理想の人間像の実現に向けて、強迫的に凄まじいほどの努力を重ねていくパターンが、まるで「自動回路」のように潜在意識に刷り込まれ、強化され、常態化していくのである。

この強迫的「自動回路」は背後にある強い恐怖に動機づけられているが、この自動回路による強迫的行動が繰り返し強化されさばされるほど、心が破壊、崩壊していき、最後には自殺に行き着く。
よく、オーバーワークを原因としてある日突然、自殺する人がいるが、そのうちの多くが、この強迫的、自己破壊的な、コントロール不能なまで潜在意識に定着した自動回路に従って生きた結果によものだと私は思っている。
燃え尽き症候群などもこの1つの表れであろう。

このような人は、「自分が悪いから、自分に非があるから、自分が至らないから、人から責められた」ということを信じて疑わなかった人たちなのである。
真面目であるがゆえに、非のある自分を直そうとすさまじい努力をした人たちなのだ。
心理療法の世界で最も難しいのが、このような状態になってしまった人たちを救うことなのである。
心が正常な働きをするまで回復させるのに膨大な年月を要する。

NLPが導入されてから半世紀近く経過しているが、NLPがこのような心理状態の回復に有効な手法として広く活用されているという話は一度も聞いたことはない。
潜在意識に長い年月、強固に定着された自己否定の強迫的自動回路の発動を停止させるのは容易ならざるものなのだ。

ではこの「自己否定の強迫的自動回路」を消滅させ、本来のその人の根源的な「純粋動機」に従って、自然なありままに生きられるようにするにはどうしたらよいのだろうか。

(この続きは次回書きます)



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NLPによって対人恐怖症は改善されるのか(続き)

2023-08-22 21:24:07 | 心理
(前回からの続き)

30代の初めころ、日本における心理療法の草分け的な存在と言われていたある方の心理療法を受けていたことがあった。
その方は以前は催眠療法主体のセラピーを行っていたが、私が受けていた頃にはすでに催眠療法をクライアントに適用することはやめていたようだった。
採用していたのは「3点セット」という、独自の自己暗示による恐怖症解消のアプローチであった。

まず恐怖(場面)を感じる→その恐怖を「大事」だと認識する→プラスのイメージを連想し、恐怖場面のイメージ変換を行う、という手順により行われた。
プラスのイメージをしやすくするために、自律訓練法の習得が課題とされた。
その方は、恐怖症を初めとする心の問題は、「暗示」によってしか治らないとまで断言していた。
この療法も基本的にはNLPによるイメージ操作と変わらない。
なので、NLPによる記憶の書き換えは何もNLP特有の画期的手法ではなく、それ以前から催眠療法やイメージ変換療法などですでに採用されていたということであろう。

ただ先の、30代初めに受けた心理療法家の方法がNLPと比較して重点の置き方が異なると感じたのは、プラスのイメージを連想する前に、「恐怖を大事」と感じるプロセスがあることだった。
ある時この先生に質問した。「恐怖が苦しくて、一刻も早く無くしたいと思っているのに、何故、恐怖を大事だと思わなければいけないのか?」。
先生曰く、「恐怖が無くなったら大変なことになる。危険に対し無感覚になるため、より恐ろしい体験をするリスクが増大する」と。

恐怖症は辛い。持続的な強い恐怖は生きるエネルギーを奪い、消耗させ、さまざまな他の心の苦しみや問題を派生させる。
しかしこれほど苦しい恐怖が何十年も持続するということは、それだけ長い期間に渡って、人間を強く恐れるほどの体験をしたということなのだ。
それも全ての人間が等しく恐ろしい存在とまで認識し、それが固い信念となって心に定着するほどにまでになったのである。
だから、この恐怖はその意味において極めて正常な感情であり、必然的に起きているのが当たり前のことだと言える。
おかしな、異常な感情ではないのだ。

それゆえに、まずはこの「恐怖」を嫌ったり、排除しようとせず、理解し、受け止めてあげるべきなのである。
心の中で、「死ぬほど怖いよー、助けて」と絶えず叫んでいるのである。
この叫びを自ら聴いてあげ、そのまま丸ごと肯定してあげるのである。
恐怖症がなかなか治らない最大の理由は、恐怖を悪者とみなして、それを無くそう、消滅させようと働きかけるからなのである。それをすればするほど恐怖は抵抗し、増大していくであろう。

私の対人恐怖が解消に向かった分岐点がこのことに気が付いてからであった。
この世の中全て、人間全てが敵で自分を絶えず攻撃してくるとまで認識、生きる上での信念となるまで強化された体験があったんだ、とまずは自分の心を理解してあげることがスタートとなる。
そしてこの人間に対する認識を変えていく必要がある。
この人間に対する認識や強化された信念を変えることは、イメージ変換などといった小手先の手法では全く歯が立たない。
物凄く時間がかかる。多分、一生かかると思う。
この信念を変えることが出来るのは、人間の心以外にないのではないだろうか。
恐怖を植え付けたのも人間の心であり、その恐怖の元になっている人間に対する認識を変えられるのも人間の心以外にないと今では思う。
つまり、人間の心から出た心理的エネルギーほど、心に変容に強力な作用を持つものはないということだ。

人間に虐待された犬だって、人間に心を開くようになるまでに長い年月を要した、というテレビ番組を昔見たことがあった。
その犬は、優しい飼い主に引き取られた後でも、警戒し、長い間心を開かなかったという。それほど心に破壊的な影響を受けていたということだ。

(次回は自己否定と対人恐怖との関係とNLPの有効性についての考察を書く予定です)



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NLPによって対人恐怖症は改善されるのか

2023-08-21 21:58:44 | 心理
最近、対人恐怖症の解決を目的としたセラピーとして、NLP(神経言語プログラミング)という技法を使ったセラピーを紹介したサイトをネットで見る機会があった。
NLPは現在の日本ではかなり多くの人が知っており、自己啓発やコミュニケーション改善、心理療法のための即効性の高い実践的なテクニックという印象を抱いているのではないかと思う。
日本での心理療法への応用としては、恐らく2000年前後頃に急速に広まったと思われる。
私は1987年からずっと心理関係の書物を頻繁に大型書店などで見てみてきたが、NLPに関する書物は1990年代までは殆ど見かけることはなかった。
実はNLPとはすでに1970年代半ばにアメリカで確立、提唱された手法だと言われている。
日本で急速に知られるようになったのは、NLPを分かりやすく解説し、誰でも実践で使えるようにした本が出版されてからだと記憶している。
著者は大学の先生ではなく、NLPを使う心理療法やセミナーを始めてからまだ間もない方であった。2000年くらいの頃だったと思う。

今から20年以上も前の話であるが、当時強い対人恐怖で仕事以外で人と関わることの出来なかった私はそれまでさまざまな心理療法を試してもなかなか思うように改善せず、行き詰っていたところにこの本を読んで藁をもすがる気持ちですぐに飛びついた。
そしてNLPを使った恐怖症改善の通信教材を結構な金額であったが買って試すことにしたのである。

そこで紹介されていた技法は、トラウマ体験のシーンを思い出し「記憶の上書き」によって、恐怖という反応が起きないようにするものであった。
具体的には、ビデオテープを巻き戻すイメージでトラウマ体験までさかのぼり、その辛い体験の映像を、別の映像にすり替え、上書きすることによって、恐怖という感情が起きないようにする手法であった。
対人恐怖となった過去の記憶を思い出し、それをあたかも映画館のスクリーンに映し出されているようにイメージし、そのイメージと異なる、本当はどうありたかったのか、というプラスのイメージをアンカリング(定着させる)していくのであるが、何度試してもそのイメージを定着させることは出来なかった。

何故、上書きするイメージが定着していかなかったのか。
今日、そのことについて思索してみた。
簡単な例を思い浮かべてみた。
幼い頃、犬に襲われて噛まれたという恐ろしい体験をした人が、それ以来、犬を見ると恐怖を感じて犬を見ると逃げたくなるというトラウマを抱えていたとする。
NLPによる記憶の上書きは、イメージで犬は実はかわいがってもらいたくて近寄ってきて、たまたま腕を噛んだだけなのだ、犬は人間と戯れたがっているのだ、というイメージにより行われる。
脳は現実とイメージの区別がつかないと言われている。だからこの事例の場合は、もしかするとイメージ変換による記憶の上書きは成功するかもしれない。
しかし、生れたときからこの子供が目にする殆どの犬から襲われ続けて、恐怖体験を繰り返していたらどうだろう。
このNLPの手法で恐怖反応が起きないようにすることは可能であろうか。
逆に、幼い頃から多くの犬と接し、犬からたくさんの愛情を受けて育った人が、実験的にこのNLPにより幼い頃までさかのぼり、犬が襲ってきて噛んで怪我をさせるというイメージを繰り返し行ったとして、果たしてその後に犬を見て恐怖を感じるようになるのであろうか。
恐らく、恐怖を感じるようにはならないだろう。何故ならば、この人は、幼い頃から数えきれないほどの犬の愛情を受けるという強烈な体験を積み重ねているからだ。

人間の場合で考えてみよう。
生れた時から家庭で虐待を受け、学校でもいじめに会い、人間全てに対して強い恐怖感、不信感、敵意などの感情が恒常的に起きている人がいたとする。
このような人がイメージの世界で過去にさかのぼり、記憶のイメージを改ざん、上書きする作業で人に対する恐怖が起こらないようになれるであろうか。
その理由として考えられるのは、このような人は、繰り返されるトラウマ体験で感じた恐怖が、その体験に対する受け止め方(自分が悪いから責められるなど)が単なる認識から観念→信念にまで強化されることで常態化し、イメージの変換という小手先のテクニックでは全く受けれられないほどの心理状態になっているためであると考えられる。

脳は現実とイメージの区別がつかないと言っても、疑似的なイメージを意識上で否定してしまっては体験で影響を受け身に付けた観念とか信念を覆すことは難しい。
だからNLPが登場するずっと以前から、催眠療法やサブリミナルなどの暗示療法が行われてきた。意識を通さず無意識に直接、働きかけようとする方法である。
私は2007年に呼吸法により脳を覚醒状態にまでもっていき、意識のズレを利用してプラスの暗示を吹き込むという心理療法を受けたことがあったが、この方法も同じである。
暗示やイメージが定着しやすい心理状態を人工的に作り出し、その状態で、マイナスの認識や観念をプラスに変換させていくという方法であることはNLPと基本的には変わりない。しかし現在、催眠療法を看板に掲げて心理療法を行っているところを殆ど見かけなくなった。

(この続きは後日にします)




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対人恐怖からの回復に向けて

2023-08-10 23:27:18 | 心理
今日、3年前の心理関係の講習会で親しくなった仙台の友人と久しぶりにライン通話した。
話し終えて思ったのは、会話が出来て楽しかったな、と感じられたこと。
以前は、こういう1対1の会話が辛かった。
普段感じている以上の恐怖が迫ってくるので、早くこの場から逃れたいという衝動を感じながら話を続けなければならないという、会話を楽しむ以前の深刻な問題を抱えていた。
そして会話から開放されると、ほっと安堵感に浸り、独りでいる方がましだと思うのである。

大方の対人恐怖症者はこのような状態になっているのであろう。
ただ独りでいることに満足できずに、人に対し恐怖感を抱き、人と会話を楽しむことが出来ない、そういう自分を許せない、好きになれずに憎むのも対人恐怖症者の特徴でもある。

人と楽しく会話できたらどんなに幸せだろう、と渇望しながら、同時に人に恐怖心を感じることに嫌悪感を感じ、そういう自分許せない、という感情を強く抱く。

そして対人恐怖する自分を変えようとすさまじい努力をする。
実に苦しい生き方であるが、この生き方が正しいと信じ、その結果、不幸な人生で終わる人は案外多い。
人間としての喜びを露ほども感じることなく、死んでいくのである。
真面目だからゆえに、このような選択をしたに違いない。
真に助けられるべき人間はこのような人たちなのだ。

対人恐怖する自分って、いけないのだろうか。
人生のある時期に、人から恐ろしいことをされたから、「全ての人」に対し恐怖を恒常的に感じるようになり、心を閉ざすようになってしまったのだ。
自分に落ち度があったわけではない。何も悪いことをしたわけではない。

人に対する恐怖は自然な感情であることを自覚したい。それだけ恐ろしい体験をしたのだから。人間は恐ろしい存在だと認識せざるを得なかったのだから。攻撃されるのは自分の方が悪いからだと受け止めざるを得ない状況にあったのだから。おかしな感情だと思ってはいけない。

対人恐怖を解消していくには、対人恐怖を憎む方向から、受け入れ肯定していく方向にベクトルを変換させる意外に道は無い。
ただこれは口で言うほど簡単なことではない。
潜在意識に刷り込まれた信念をを変えることは並大抵のことではない。何十年もかかる。
その間、よその人のような人並の幸福な人生ですら送れないことにもじっと耐え忍ばなければならないだろう。
とにかく時間がかかる。急に道が開けるようなことはない。薄紙を1枚1枚ゆっくりと剥がしていくような気の遠くなるような作業でもある。

短期間で解決できると謳う心理療法には注意した方がいい。
もしそのような方法で解決したとしたならば、自分の心の問題はその程度のものであったというだけのことだ。
人間だけでなくとも動物だって、心を閉ざしてしまったものを回復させるには多大な時間と忍耐を要する。

対人恐怖などの心の苦しみは、人間関係から生れたものである以上、人間関係で回復していくものだと言える。
心優しい人との関わりを持てるようになれれば変わっていく。
しかし、それだけではなく、重要なのは、自分の心の状態を正しく認識できるか、自分の心が今、どうなっているのか感じることが出来れば潮目を変えることができると確信する。

自分の心の状態が分かれば幸福に方向に向かう作用が自然に働いていく。
心優しい人と冷たい人との判別もできるようになってくる。

回復してきたな、と感じられるとき、周りの目に見えるものの息吹、放つエネルギーが、今、その瞬間にリアルに感じられるようになってくる。
幼かった頃、目に見える全ての存在が放つものをそのままで感じられたように。
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