

秋も少しづつ深まってまいりました。
2005年3/3日、貴女はご主人さまと二人で息せき切って現れましたね。茶色のTシャツに白い帽子、9時からのワイキキ周辺を歩く「ハワイの歴史散歩」でした。カラカウア通りにある噴水の前から毎週火、木、土曜日の3回行われていた無料の歴史散歩でした。「明日は日本に帰るの」と話されていました。私はと言えば夫の快諾のもと 2/27日から10日間の予定でハワイ滞在の友(夫も良く知っている)を訪ねたのでした。(左は歴史散歩の ”パンフ” クリックで少し鮮明に)
さて、ツアーの案内はハワイ在住の若い日本女性と、5、6名でしたね。日差しは強いけれど、ハワイ独特のさらりとした風を受けて ロイアル・ハワイアン・ショッピングセンターの前から歩き出しました。 ”カピオラニ公園”、ワイキキの海えと続く ”クエカウナヒ河” ”クヒオ王子の邸宅跡、etc、、。所々に咲く ハイビスカスやブーゲンビリアの鮮やかな花を見ながら貴女と私は自然にバラの話をいたしました。「バラが好きだけれど、狭い空間しかないの」と話す私に 「日本に帰ったらすぐ、写真と育て方の資料を送るわネ」 と約束して下さりその後、貴女のグループの待つコンドミニアムにご招待下さいました。ダイアモンドヘッドが目の前の、広いお部屋でした。私は白のワンピースでダイアモンドヘッドを背に一枚写真を撮っていただきました。覚えていますか? 日本茶、おにぎり、漬物、ドリアン等沢山ご馳走になりましたね!
そのグループの中にSさま、Aさまもいらして、皆さま仙台在住でした。私は日本に帰り皆さまにお礼のはがきを出したり、K子さまとは何度かのバラ談義文通のあと、何故か返事が来なくなりました。 そして2006年6月のバラの美しい時期、ご主人さまから一通のハガキを受け取ったのです。K子さま、私よりずっと若かった貴女は、2006年1/20日に突然「くも膜下出血」で他界されたのでした。


育てやすく、可憐で長く咲き、初心者でも大丈夫と薦めて下さり、写真を添えて送って下さいましたね。その後、私は早速このバラを取り寄せ試行錯誤、育てています。このバラのためにフェンスも夫にお願いして作ってもらいました。


それから、嬉しいお知らせをしなくてはいけません。グループの中のSさまが バラの達人 を私に紹介して下さいました。彼女のクラスメートの ”松山のバラ夫人です。この不思議なご縁はやはり、すべてK子さまなくしては語れません。あの時ハワイの歴史散歩に参加してなかったら、この巡り合いはなかったでしょう。Sさま、Aさまとは今も時々ハガキ交換しています。そして松山から昨日も又、 秋のバラ を送っていただきました。貴女にいっぱい、ありがとう! (クリックでのコーネリアを!)
遺されたものは 寂しい想いをするわね
でも バラとともに 懐かしく そして新たな
繋がりに・・・・
私たちも 細い糸ならぬ 太ーい糸??
その繋がりの 絆と
台風と どちらが勝つか 晴れおばさんたちは 台風にも 勝つのでしょうか??
期待してます
どうしよう・・・・
たいがい上手くいくと思いますよね。
晴れおば様たち。台風も叶わない
太い絆、、です。
ほんとに縁の糸、ありますよね~。
世の中は大体がこの縁です。バラが取り持つ
縁、大切にしています。
手紙はおろか、ハガキも書かない(書けない)私にはお手本ですネ。
garnetさんにとってのバラへの心酔度、愛着度、恋愛度(?)・・だんだん分かってきました。
はい、間違いなく心酔です。ばらを愛すること
止められませんね多分!この美しきもの。
はい、チョット、、、。???
毎年思い出深い大切なバラを見せていただき
お話にも聞いておりましたがあらためて人と
人との出会いの大切さを痛感しています。
絆を大切に私も心していきます。
台風で信州行き取りやめになりましたが、
体調も崩してしまいご無沙汰しています。
クラス会残念でしたね。
でも又来年がありますから。
体調は如何ですか?
明日と次回はお休みいたします。
よろしくね。
薔薇の中でも、上記の2種類は
多分、忘れること出来ないと
思います。
私も庭の花が咲くたびに花にまつわる方をしのび涙することもあります。
デジブックのように大きくはできませんが
Windowsのソフトで作成しました。
書き溜めた物です… 画像が飛んで… ?
ビックリしてパソコン閉じた。