rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

ロボット手術の未来

2018-04-23 23:39:44 | 医療

 4月17日から22日にかけて京都でアジア泌尿器科学会と日本泌尿器科学会総会が開かれ、参加してきました。今年の保険診療報酬改定では、今まで泌尿器科領域の前立腺全摘術と腎癌の腎部分切除術のみがロボット手術による保険診療による請求が認められていたのですが、新たに胃癌や子宮摘出など多くの領域の一般的に行われている外科手術、腹腔鏡手術がロボット手術による保険請求が可能になりました。今後は200台以上日本国内で普及したロボット手術の機械でこれらの手術が行われて行く機会が増加して行くものと思われます。

 それに伴って、ロボット手術の未来、ロボット手術のできる外科医師をいかに育てるかという事が最もロボット手術が進んでいる泌尿器科領域における新たなテーマとなりました。私自身はロボット手術がどんなものかは理解していますが、自分では術者をやりません。腹腔鏡手術はある程度やりましたが、専門医としてあらゆる手術をこなすほどではありません。だからロボット手術に対してはやや冷めた見方になっていることは否めないのですが、30年間外科医として手術を行って来た経験を踏まえて自分なりの考えをまとめておこうと思います。

 

1)      現在のロボット手術のロボットとしての自動化レベルは“0”

 

 患者さんが一番誤解しているのは、ロボット手術はロボットが手術していると勘違いしていることです。工場などのロボット化されたオートメーションや、自動車の自動運転システムのイメージから、ロボット手術は精巧なロボットが間違う事なくヒトの身体を手術してくれるとイメージしがちです。しかしそれは誤りです。小さい複数の穴から体内に入れたロボット的な装置を外科医が100%操作をして通常の手術を行うのが現在のロボット手術で、手術結果は外科医の腕次第であることは開腹手術と全く同じなのです。

 ALFUS(Autonomy Level For Unmanned System)という米国政府公認の工業界が決めたロボットの自動化の度合いを決めるスケールがあり、軍事技術などでも使われていますが、現在のロボット手術はLevel 0つまりロボットによる自動化率は0%で全てヒトが操作をするレベル(Human-robot interaction100)なのです。私が前立腺癌に行っている高密度焦点式超音波治療(HIFU)はこのスケールではLevel 1 (設定をすると決まった範囲で機械が自動的に治療する)に相当します。

    (2005 SOIE Defense and security symposium, Orland Florida)

  ちなみに自動車の自動運転システムはレベル0から完全自動運転のレベル5まで定められていますが、先日事故を起こしたGoogleの自動車はレベル3-4のチャレンジをしていて失敗した例と言えます。

    自動車の自動運転システムのレベル

 

2)      通常の開腹手術とロボット手術の違いはオフロードバイクとキャデラック

 

 では、3億円のロボット手術の機械を買って、1回100万円かかるデバイスを使って専門のトレーニングを受けた術者がロボット手術を行うことと、通常の開腹手術の違いは何かというと、例をあげると現状ではある目的地に行くのに「キャデラック」で行くか「オフロードバイク」で行くかの違いであると言えば良いでしょう。東京駅から帝国ホテルに行くには多分キャデラックで行った方が快適であるし運転者(術者)も乗客(患者)も快適です。しかし目的地が階段状の坂道のある丘の上であったり、人がやっと通れる細い路地の奥であった場合にはキャデラックでは到達できません。乗り心地が悪くてもオフロードバイクでしか行けないことになります。現状ではロボット手術でないとできない手術はありません。しかしロボットではできない手術は山ほどあります。最近私が経験した例でも、膿腎症の緊急手術、腎部分切除後の再発で下大静脈と腎が癒着している症例などロボットでは不可能です。多発外傷も無理です。

 同じ手術の場合、癌の治療効果についてはどんなに検討しても開腹手術とロボット手術の差は出ていません。しかし入院期間や出血はロボットの方が少なく済む事は確かです。

 一部の患者さんには最新のロボット手術を受けた事を自慢に思っている人もいます。それは自由なのですが、同じ病気で通常の開腹手術を受けた人に対して「優越感」のような物を持っていたり、上手な開腹手術ならば起こらないような合併症であるのに、ロボットでも起こったのだから仕方がないと変に納得している患者さんもいます。医師やマスコミがロボット手術について正しく情報提供をしていない事が原因かもしれませんが、患者さんの側も自分が医療を受ける目的が何かを十分理解する必要があると感じます。

 

3)      若手外科医の教育の問題

 

 熟練のオフローダーがキャデラックも運転できるようになれば、素晴らしいドライバーになることは必定です。しかし大学病院でロボット手術を多用するようになったため、卒業したての若手医師達が通常の開腹手術を学ぶ機会が減っています。彼らは、キャデラックの運転はできるようになるのですが、オフロードバイクに乗れないので丘の上や路地の奥の目的地には行けません。中堅以上の外科医達は若い時からオフロードバイクで鍛えられて来たので険しい道のりをどう工夫すれば乗り越えられるかの知恵があります。またこれは踏破不可能と判断して引き返す限界も解っています(手術不能の判断ができる)。

 現在学会の課題としてキャデラックの運転しかできない若手医師をどうするかという問題が検討されています。中堅の市中病院で経験を積む必要があるのですが、そういった病院にもロボットが入ってくると結局本当に手術ができる外科医が育たず、ロートルが引退すると今まで治療可能であった疾患が治らない事態が生じます。

 

4)      ロボット手術の今後

 

 ロボット手術が今後発展する方向性として

(1)ALFUS levelの向上で術者の技能に関わらず手術ができるようになる。

(2)開腹手術しか出来なかった内容の手術もロボットでできるようになる。

(3)より安価な装置が普及する。

 といった事が考えられます。腹腔鏡手術が20年前に出現した際には、将来これで全ての手術ができるようになって開腹手術はなくなるかも、と言われましたが、結局そうはなりませんでした。ロボットは明らかに細かい作業や、見え難い術野の手術が可能になっているのでまだ発展する可能性はあり、到達できる目的地が増加していることは確かです。

 

しかし、疾患を治療する方向性として、「手術によらない治療」が増加していることも事実です。動脈瘤、脳血管障害、狭心症、弁膜症、早期の消化器癌、膀胱癌、前立腺癌も手術によらない治療法が主流になりつつあります。今後は外傷などロボットでできない手術のみが手術的治療として残り、いままで手術治療をしていた定型的な手術はなくなってゆく可能性が高いとなると、ロボット手術というのも時代のあだ花で終わるかも知れません。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする