「日米同盟の正体」迷走する安全保障 孫崎 享(講談社現代新書2009年3月刊)
著者は外務省でイランを初めとする各国大使として外交の第1線で活躍した後、防衛大学校の教授となり人文社会学部長として国際関係や危機管理を教えてきた第一人者です。本書は今年3月に定年退官するにあたり防衛大学の学生への最終講義のつもりでまとめた本であるという位置づけで、題名の「日米同盟の正体」というのは現在の日米(軍事)同盟の実体は一般に認識されている戦後の日米安全保障条約と同一ではなく、05年の10月に日本の外務大臣、防衛庁長官によって署名された「日米同盟:未来のための変革と再編」に変わったのだ、ということが主題であることを示しています。
著者は旧来の東西冷戦体制の下に交された日米安保の考え方、つまり日本は共産主義の防波堤として米国に基地を提供する代わりに「核の傘」により共産圏からの侵略から保護される。自衛隊は専ら自国領土内における防衛任務を旨とすればよい、と言う時代は終わり、新しい同盟関係においては「米国の利益となる政策は日米共通の利益と考え、協同して対処する」に変わったのだと説明します。つまり「テロとの戦い」が米国の国益であれば、日本も戦地に赴いて積極的に役割を果たす事が求められている、というものです。これは殆ど日本人の間で報道される事も議論されることもなく、知らないうちに決まったことと言えます。しかし言われて見ればインド洋における給油支援やソマリアの海賊退治に自衛隊が参加し、アフガニスタンへの派遣もいつの間にか議論に上がってきている現実を見るとこの新しい同盟関係は既に機能していると考えた方が良いでしょう。
氏は日米同盟のあり方が変わってしまったからには、否応なく軍事的に共同歩調を取る米国の外交戦略を正確に理解するべきであり、またそれが本当に日本の国益にかなうものなのかを見通す眼力を養いなさいと主張します。
私は著者の米国の国家戦略を分析する視点は非常に論理的であり、一見陰謀論的に見えるけれども、私が常々「国家には表の戦略と裏の戦略がある」と主張するように種々の情報を組み上げてゆけば911からイラク戦争への流れも国家戦略のシナリオ通りに行われていることを見事に説明していると思いました。
私が考える大切な点は、本書の内容が国防の一線を担う防衛大学の学生達に向けて書かれているということです。田母神氏の論文問題が国会で取り上げられたときに「東京裁判史観を否定する自衛官がいることは文民統制上許せない。」という国会議員がいましたが、この程度の知能の国会議員がいる方が私には許せないと感じました。軍人たるものの基本は愛国心であり、国益を実現するための方略は様々な方法があるのだから歴史観や周辺国の国家戦略の分析は固定観念なく柔軟に考えるべきものだからです。米軍の退役将軍ACウエデマイヤー氏が60年代に書いたWedemeyer Reports!日本名「第二次大戦に勝者なし(講談社学術文庫)」では真珠湾攻撃前に氏が大統領命令によって米軍がヨーロッパへの大規模な兵力派遣計画を極秘に作成していた時にも「米国の国益を考えると私は現時点で欧州の戦いに参戦することは反対だ」と公言していたと述べています。軍人たるもの愛国心さえあれば、国益を実現させる方法について様々な意見を持っていてかまわないのです。但し一度政府の方針が決まって命令が出されたら目的を達するためにそれが本人の意見と異なる場合でも全力を尽すのが努めです。その使命がどうしても自分の信念に反するものであるならば職を辞すれば良いのです。もっとも田母神氏の場合、現職の空幕長として問題にされることを解っていてやった確信犯的な所が賛成できないのですが。
自衛官たるもの米国の国家戦略がどのように決められているか、それが日本の国益にかなうものなのかを正確に分析する能力が求められるのは当然と言えましょう。特に日本では国家間のパワーバランスや地政学を教える大学がなく、軍事や国家戦略、インテリジェンスといった各国の俊才達がしのぎを削って勉強している分野がからきし弱いのですから、二度と第二次大戦の過ちを犯す事がないように世界を見る目を養ってもらわないといけないと思います。
米国の対外戦略は同じ政権下でも短期間のうちに変わる、という点言われて見れば成る程と思いました。例えば対北朝鮮政策は小泉の時代には非常に強行で、フセインと同様将軍様は悪の枢軸の極悪人であり、小泉が勝手に北を訪問して正日と会談して条約を結んだことで米国はカンカンに怒りましたが、安倍の時代には日本だけが北には強行でむしろ浮いた存在になってしまいました。米国のいいなりになる必要はないでしょうが、米国の出方を勘案して歩調を合わせる事でより多くの利益を引き出す事ができたかも知れません。
本書の第八章「日本の進むべき道」では氏の考えに基づく日本の防衛のありかたについて展望が述べられています。この内容は私の普段考える所と大いに共通していて共感がもてました。国際関係の専門家である著者と共通の認識であったことは愚考していたことも無駄ではなかったと嬉しく感じました。つまり軍事力は国防力の一部でしかないこと。核の有無は絶対的な国防力の決定条件にはならないこと、その点で現在の日本には核は無用であること。米国に盲従せず国益を第一に考えること、その際欧州の出方も見る事などわが意得たりと思えました。
この本は神田の紀伊国屋でも書店内に1冊、講談社現代新書の棚にはなく、日米関係の専門書の棚にあるだけでした。他の書店では殆ど見かけません。他の新書よりもよほど内容の濃いものと思うのですが品数を減らす特別な理由でもあるのでしょうか。
著者は外務省でイランを初めとする各国大使として外交の第1線で活躍した後、防衛大学校の教授となり人文社会学部長として国際関係や危機管理を教えてきた第一人者です。本書は今年3月に定年退官するにあたり防衛大学の学生への最終講義のつもりでまとめた本であるという位置づけで、題名の「日米同盟の正体」というのは現在の日米(軍事)同盟の実体は一般に認識されている戦後の日米安全保障条約と同一ではなく、05年の10月に日本の外務大臣、防衛庁長官によって署名された「日米同盟:未来のための変革と再編」に変わったのだ、ということが主題であることを示しています。
著者は旧来の東西冷戦体制の下に交された日米安保の考え方、つまり日本は共産主義の防波堤として米国に基地を提供する代わりに「核の傘」により共産圏からの侵略から保護される。自衛隊は専ら自国領土内における防衛任務を旨とすればよい、と言う時代は終わり、新しい同盟関係においては「米国の利益となる政策は日米共通の利益と考え、協同して対処する」に変わったのだと説明します。つまり「テロとの戦い」が米国の国益であれば、日本も戦地に赴いて積極的に役割を果たす事が求められている、というものです。これは殆ど日本人の間で報道される事も議論されることもなく、知らないうちに決まったことと言えます。しかし言われて見ればインド洋における給油支援やソマリアの海賊退治に自衛隊が参加し、アフガニスタンへの派遣もいつの間にか議論に上がってきている現実を見るとこの新しい同盟関係は既に機能していると考えた方が良いでしょう。
氏は日米同盟のあり方が変わってしまったからには、否応なく軍事的に共同歩調を取る米国の外交戦略を正確に理解するべきであり、またそれが本当に日本の国益にかなうものなのかを見通す眼力を養いなさいと主張します。
私は著者の米国の国家戦略を分析する視点は非常に論理的であり、一見陰謀論的に見えるけれども、私が常々「国家には表の戦略と裏の戦略がある」と主張するように種々の情報を組み上げてゆけば911からイラク戦争への流れも国家戦略のシナリオ通りに行われていることを見事に説明していると思いました。
私が考える大切な点は、本書の内容が国防の一線を担う防衛大学の学生達に向けて書かれているということです。田母神氏の論文問題が国会で取り上げられたときに「東京裁判史観を否定する自衛官がいることは文民統制上許せない。」という国会議員がいましたが、この程度の知能の国会議員がいる方が私には許せないと感じました。軍人たるものの基本は愛国心であり、国益を実現するための方略は様々な方法があるのだから歴史観や周辺国の国家戦略の分析は固定観念なく柔軟に考えるべきものだからです。米軍の退役将軍ACウエデマイヤー氏が60年代に書いたWedemeyer Reports!日本名「第二次大戦に勝者なし(講談社学術文庫)」では真珠湾攻撃前に氏が大統領命令によって米軍がヨーロッパへの大規模な兵力派遣計画を極秘に作成していた時にも「米国の国益を考えると私は現時点で欧州の戦いに参戦することは反対だ」と公言していたと述べています。軍人たるもの愛国心さえあれば、国益を実現させる方法について様々な意見を持っていてかまわないのです。但し一度政府の方針が決まって命令が出されたら目的を達するためにそれが本人の意見と異なる場合でも全力を尽すのが努めです。その使命がどうしても自分の信念に反するものであるならば職を辞すれば良いのです。もっとも田母神氏の場合、現職の空幕長として問題にされることを解っていてやった確信犯的な所が賛成できないのですが。
自衛官たるもの米国の国家戦略がどのように決められているか、それが日本の国益にかなうものなのかを正確に分析する能力が求められるのは当然と言えましょう。特に日本では国家間のパワーバランスや地政学を教える大学がなく、軍事や国家戦略、インテリジェンスといった各国の俊才達がしのぎを削って勉強している分野がからきし弱いのですから、二度と第二次大戦の過ちを犯す事がないように世界を見る目を養ってもらわないといけないと思います。
米国の対外戦略は同じ政権下でも短期間のうちに変わる、という点言われて見れば成る程と思いました。例えば対北朝鮮政策は小泉の時代には非常に強行で、フセインと同様将軍様は悪の枢軸の極悪人であり、小泉が勝手に北を訪問して正日と会談して条約を結んだことで米国はカンカンに怒りましたが、安倍の時代には日本だけが北には強行でむしろ浮いた存在になってしまいました。米国のいいなりになる必要はないでしょうが、米国の出方を勘案して歩調を合わせる事でより多くの利益を引き出す事ができたかも知れません。
本書の第八章「日本の進むべき道」では氏の考えに基づく日本の防衛のありかたについて展望が述べられています。この内容は私の普段考える所と大いに共通していて共感がもてました。国際関係の専門家である著者と共通の認識であったことは愚考していたことも無駄ではなかったと嬉しく感じました。つまり軍事力は国防力の一部でしかないこと。核の有無は絶対的な国防力の決定条件にはならないこと、その点で現在の日本には核は無用であること。米国に盲従せず国益を第一に考えること、その際欧州の出方も見る事などわが意得たりと思えました。
この本は神田の紀伊国屋でも書店内に1冊、講談社現代新書の棚にはなく、日米関係の専門書の棚にあるだけでした。他の書店では殆ど見かけません。他の新書よりもよほど内容の濃いものと思うのですが品数を減らす特別な理由でもあるのでしょうか。