ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

06/06/16 国立劇場「国性爺合戦」予想以上の満足!

2006-06-20 23:58:03 | 観劇
国立劇場の歌舞伎鑑賞教室には高校時代に行ったきり。この2ヶ月間は平日の午後の部も2時半からと早い。団体の学生さんなどが多いためだろう。「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」(毎月2日間)だけが夜6時30分開演。
6月の「国性爺合戦」で「社会人のための観賞教室」を初体験。入口で配布された小冊子は新書版サイズ。昼間用の変型判の薄いプログラムとは違って上演台本も掲載されている。これが話にきくお宝小冊子だと合点する。
解説が始まってすぐに5月に来た時になかった字幕装置が舞台の左右にあって使われていることに気づいて驚く。そのことについては以下の記事に書いた。
歌舞伎公演にも字幕導入が一部でされていた
1.「歌舞伎のみかた」
開演時間ぎりぎりに飛び込んで真っ暗な中を着席。花道外に陣取ったら、目の前のスッポンから袴姿の坂東亀三郎が現れる。例年の解説者はひとりだが、昨年は澤潟屋が笑三郎・春猿の二人を出して話題になっていた。さあ、亀三郎はどうだろう。明るい茶髪で今風の美眉にしたスッキリ顔の青年。立ち役と女方の歩き方の演じ分けなどもわかりやすくこなし、語り口もさわやかだった。これから本公演でも注目しようっと。

2.「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」
近松門左衛門作が鄭成功という実在の人物をモデルにして作った全五段の人形浄瑠璃。後に歌舞伎としても上演を重ねてきた。今回の二幕四場は三段目にあたり、若干省略しての上演とのこと。話は以下の通り。
主人公のは明から亡命した鄭芝龍(老一官)と日本女性・渚との間に生まれた。和人でも唐人でもないからわとうない→和藤内という名前の由来とか。韃靼国によって明国が滅ぼされたことを知り、明国再興のために親子三人で中国に乗り込んできている。父が明にいた時に先妻との間にもうけた娘・錦祥女が五常軍甘輝の妻となっていて、力を借りようと獅子ヶ城に訪ねてくる。
城内には入れてもらえず、楼門の上の娘へ下から父と名乗ることになる。託してあった絵姿から父娘の確認はできたが、城の中には入れない。年老いた継母ひとりを縛ってであれば入れても韃靼王への言い訳ができるからと渚はひとりで城内へ。
そこに甘輝が帰城してきて、渚が息子の明国再興に力を貸して欲しいと頼む。快諾するやいなや妻を斬りつける。女のために主の命に背くと思われないためだという。渚は身体を張って守るので二人の命を助けるためには和藤内の敵になると宣言する。
そこで和藤内にあらかじめ伝えておいた合図の紅を溶いて壕の水に流す錦祥女。
ところがその紅は、自害のための生き血であった!自らの命をもって夫に弟への加勢を頼んだのだった。またそれを見て継子にだけ死なせはしないと老母・渚も錦祥女の刀で自害し、二人の敵と思って韃靼を倒すように遺言。
それを受けて甘輝は和藤内を中国風の将軍のような衣装に着替えさせ、二人で正装して韃靼討伐を誓うところで幕。

今回公演は錦祥女(芝雀)、甘輝(信二郎)、和藤内(松緑)の三人が初役。芝雀は父に習い、あとの二人は中村富十郎の指導を受けたらしいが、三人ともなかなかよかった。和藤内父の秀調、母の右之助もよく、こんなにいいキャストで観賞教室を観ることができるなんて予想以上の満足。
私の中でこのところ芝雀丈の株が急上昇中。今回も立女形の役を立派にこなされているのを見て感心した。信二郎の髭面の甘輝がまたカッコいい。先月の演舞場の「ひと夜」の変なカップルのコンビなのだが、今月はカッコいい美男美女で決めてくれて私はとても嬉しかったのだった。
和藤内の松緑は一人だけ江戸荒事の衣装と台詞回しの役どころ。それがまたけっこうよかった。ずんぐりむっくりの体型もこういう役ならカバーされる。他のキャストの台詞が当時の普通の身分の高い役の台詞まわしなのだろうが、和藤内だけ「味方もせぬ甘輝めに母人預けちゃおかんねぇ。いでぼっ返してくれべいか」という調子。この違和感に何故か可愛さを感じてしまった。

しかしながら、この作品は錦祥女とともに和藤内母・渚の見せ場がすごいことにびっくり。三婆と言われる大役に負けないような大役だと思った。「慈悲専らの日本に生まれ、娘殺すを見物し、そも生きていらりょうぞ。屍は異国に晒すとも魂は日本に(導き給え)」という台詞もすごいし、継娘をかばっての海老反りなんてすごすぎる!
「児雷也」といい、女が血を流すことで男が力を与えられて闘いに立ち上がるという話はとても今の感覚では受けとめきれないことだが、ま、片目をつぶることにする。
また鎖国の世の中に中国を舞台にし、渚の台詞にあるように「小国なれども日本は、男も女も義は捨てず」の日本の誇りを鼓舞するような話を書いた近松門左衛門。このスケールの大きさ、観客の心をつかむ作家の力量には驚かされる。まさに日本のシェイクスピアと言われるにふさわしい作家だと思う。

愛国心くすぐられるのが弱いというのは昔も今も日本人に共通しているのだろうか。今ワールドカップでこれだけ湧いているしなあ(すみません、私は1回も観てません)。教育での押し付けだけは絶対に御免蒙りたいものだ。

写真は今年の社会人のための歌舞伎鑑賞教室」のチラシより「国性爺合戦」の部分。
追記
今回の舞台についての渡辺保氏の劇評がとても参考になった。近松は渚を「日本の母」として死なせたのだ。やはりすごい大役だ。


最新の画像もっと見る

11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
歴史的背景から見てみると・・ (お茶屋娘)
2006-06-21 10:56:38
詳細なレポ、ありがとうございます。



鄭成功の父は、海賊すれすれの貿易商人なので、息子がべらんめえでも、いっかな?と思います。もともと宮廷社会で育ったひとではない、という雰囲気を出しているのではないでしょうか。(明の官僚層からは、低く見られていた存在だったよう。)



この時代、日本と中国の外交関係もかなり緊張しておりまして、それにオランダも絡むのですね。鄭一族とオランダの間で貿易を廻りいろいろあったようです。(その後、鄭成功は台湾に渡り、当時、台湾にあったオランダ勢力を追い出しています。)

明への援軍を求められても、幕府としても、うん、とはいえない状況だったはずです。島原の乱で疲弊した九州の大名たちにも、幕府に逆らって明へ援軍を送ることは経済的にも不可能。後継政権の清が全土を統一しつつある、という状況を見れば、日本を代表する政権として、幕府は清を支持せざるを得ない。

近松が、この作品を発表したころは、清の隆盛期。反清の英雄である鄭成功の話を書くことは、わたしは、むしろ、反権力、反幕府の意識の現われと見ました。



もうひとつ、面白い話。

甘輝のモデルとされているのが、明の将軍呉三桂。

このひとは、万里の長城のはしつこ山海関の守将として、南下してくる清軍と対峙していました。そのころ、明の朝廷は、北京に攻め込んだ流民軍(山賊の大きいヤツです)によって滅び、皇帝は自害。

呉三桂のもとにも、彼の愛妾陳円円が流民軍の将軍に奪われた、という知らせが届きます。

それを聞いた呉三桂。怒り心頭。清につくことを決意します。彼の働きで清は流民軍を蹴散らし北京入城。しかし、呉三桂は、「女のために(漢民族の)国を、異民族(である清)に売った男」として、現在にいたるまで裏切り者といわれ続けている可愛そうなひとなのです。そのエピソードが、しっかり踏まえられていますね!(ワタクシ的には、呉三桂大好きなんですよ~)



ところで、台湾では、鄭成功は大英雄。成功大学という、彼の名を冠した大学が台南にあります。

純粋な中国人ではないからこそ、中国士大夫的価値観を貫こうとした鄭成功。日中間の絆のひとつとして、この舞台を機に知っていただければうれしいですね!



長々、しつれいしました!
返信する
歴史的背景 (さちぎく)
2006-06-21 13:41:46
ぴかちゅうさん、今回の配役みんな良かったですね。私は2階席だったんで「字幕」が見やすかった。言葉が頭に残るかな。



お茶屋娘さん、詳しい!バックにこんな大きい歴史があったんですね。単に外国(中国)紹介ドラマではないんですね。深く知れば知るほど、このお芝居は面白くなるのでしょうね。勉強が足らん、この狂言で立派に卒論がかける、どなたか書いてみないかしら。
返信する
皆様コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-06-22 00:04:26
★お茶屋娘さま

和藤内だけがべらんめえだったのが可笑しかったのよ。人形浄瑠璃だった時はこんな役柄じゃなかったんじゃないかな。歌舞伎になって人気演目で繰り返し上演するようになって江戸の荒事的に演じることが固まっていったんだと推測しています。

>女のために国を、異民族に売った男.....いいじゃないですか、人間愛憎で動くもんよね。でもそれを恥として妻を殺すというのも無理がないという受け入れられ方だったんですね、当時は。今では全く共感できないけどね。

★さちぎく様

私は義太夫は苦手なので、当初全く観にいくつもりがなかったのですが、渡辺保先生もほめているし、逆に観賞教室なので気軽に行ってみることにしたのです。行ってよかった。次に見取りで「国性爺合戦」が出ても気が重たい感じがしないと思います。

一回字幕見ていると次に耳からだけでも聞き取りやすくなっていると思います。英語も目と耳と両方からインプットした人なんです、私(^^ゞ

返信する
字幕の記憶が・・・ (coco)
2006-06-22 00:43:59
ぴかちゅうさま

過日は拙ブログにお立ち寄りいただきありがとうございました!



字幕、すっかり記憶から抜け落ちていました・・(汗)



社会人のための、の方は仕事の都合で行ったことがなく、お宝冊子は憧れです♪歌舞伎でなかなか台本付ってないですよね。松竹も少しのっけてくれればいいのに、っていつも思います。

今後も寄せていただきます。どうぞよろしくお願いします
返信する
うっわー (asari)
2006-06-22 21:52:29
お茶屋娘さん、解説ありがとうございます。

もう1回(4回目だ…汗)行くのですけど、その時は更に国性爺を楽しめそうです(^^)

先日の字幕エントリには否定的なことを書きましたけど、今回みたいに「テキストええで~!」な初心者向け公演ではなかなか有効ですよね。楼門のところ、舞台見ずに字幕をじーっと読んでる方多数で「む~」という気もしますが、文字だけでも面白いんだもの~というとこでしょうか(笑)。「社会人のための~」の台本、何度も読んでしまっています。そして脳内再上映。楽しいです(^^)
返信する
母強し (HineMosNotari)
2006-06-23 00:33:47
強いおっかさんでしたね~渚ババ様。

強い女性が大好きな私としては、右之助さんの渚さんは素敵でした♪



でも、観てると、どうしても

「何語で会話してるんだろう~」

ってところが妙に気にかかってしまったNotariでした(^_^;)

日中、どっちも 難しい言葉遣いしてるんですよね~。うーむ<(ーー;)
返信する
遅ればせながら (お園)
2006-06-23 15:20:08
やっと記事が、書けたのでTBさせて頂きました!

「社会人のための~」と普通の鑑賞教室ではプログラムが違うのですね!

なんだぁ~一応社会人だから「社会人のための」に行くべきだったかな?

「国性爺合戦」は文楽の初演時に17ヶ月もロングランしたそうで、なんでかな?と思っておりましたが、大事なことをぴかちゅう様の記事を見て思い出しました。

母渚が娘をかばうところで 結構\感動してたのに、私はそこを忘れてました…。

そうですよね「愛国心」に火をつけちゃうこの場面が大切ですよね!

だから超ロングランになったのかぁ~。

私も芝雀&信二郎がよかったと思います!
返信する
意欲満々 (かしまし娘)
2006-06-23 16:51:19
ぴかちゅう様、まいど!

”社会人のための”は、客席が意欲満々ですよね。

仕事帰りに自らの意思で来てるんだもの。

中高生に無理強いして、拒否反応起されるより、大人になって出逢った方がいいのかも。とも思いました。

芝ジャッキー!お気に入りですヨ。私も。
返信する
見てきたよ~! (お茶屋娘)
2006-06-23 16:57:47
サッカー敗戦のショックから立ち直るべく、行ってまいりました!4時からおきてたからね、ちゃんと11時に間に合いました。



お話としてはおもしろかった。ただ、学生向きにはどうだろう。特に、前半がタルイかな~。爆睡者多し、でした。

渚が死ぬところ、愛国心というより、母の愛を感じたのですがね~、わたしは。立派になった息子を見て、満足して死ぬ、というのは、とても、心情的に共感できるよ。男の子ママとしては。



松禄は、べらんめえ、だとそれほど下手さが気にならないから、かえってよかったんじゃないでしょうか。



でもって、鑑賞教室として何がいいか考えたけど、かねてからお勧めの「鳴神」以外では、やっぱり、「弁天小僧、浜松屋店先」。あと、世話で「たぬき」なんかおもしろいよね。テレビ時代劇の延長で見られるし。でも世話だと、立ち回りないし、衣装が地味だから興味を引かないかな。「四谷怪談」とか。どろどろすぎるのはダメかな。



この、「国性爺」は、猿之助演出で見てみたい。

字幕はあってもなくてもどっちでもいい。今日の舞台はあまり動きがないので、字幕が読めてしまうのが逆に残念!字幕を読む暇がないほど、スピーディーな展開のほうが、鑑賞教室には向いてると思う。
返信する
続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-06-24 00:44:17
★cocoさま

今後もよろしくお願いしますm(_ _)m

>連れてこられた中学生や高校生がちょっとでも「得した!」とか、「あそこカッコよかった」とかポジティブな感想をもちそうなもの、すなわち一般客でも「見たい!」と思わせる演目にしてほしいです。誰か一人、テレビなどで若い年代が知っている役者が乗るだけでも.....演目的には「助六」「鳴神」は中高生に観せるにはいいと思いますが、毎年そればかりというわけにもいかないと思います。企画の中途半端さについては、まあ日本の国としての文化政策の貧しさが如実に反映していると思ってます。国立劇場が観賞教室に知名度の高い人気役者を揃えるだけの予算をつける気もないのでしょう。それなりのギャラしか用意しなければそれなりのキャスティングになると思いますし、松竹側も自分たちの主催じゃないのでそんなに先行投資もしないと思うし。演目も二番手にいる役者のお稽古の場として何をやらせようかなあという感じで選んでいるという気がしています。それなりの役者さんが出る時は責任を果たすということなんじゃないかしら。政府にもっとお金を若い世代の文化を楽しむ力をつけるために使ってくれと言いたいです。

★asariさま

「謡曲全集」を手に入れられたとか。これで詞章の予習復習はバッチリでしょうねえ。asariさんに教えていただいたお宝小冊子ようやく初getです。これが手に入るならこれから社会人のための観賞教室はマークしたいと思います。

>舞台見ずに字幕をじーっと読んでる方多数.....寝ている方多数よりはるかにいいですよ(笑)そうそう近松のテキストがこんなにいいと聞き逃したら勿体ない

と思う!文楽の住大夫だって近松は語りにくいから好きじゃないけど稽古稽古、そのうちに.....だそうです。

★HineMosNotariさま

>日中、どっちも 難しい言葉遣い.....義太夫の中でも武家言葉だと私も難しいので「字幕」欲しいのです。そのへん感覚的に把握すると納得できない(^^ゞ繰り返して観る中で徐々に字幕離脱を図ります。

★お園さま

下記の記事ですね。別の記事にTBついておりました。ご紹介させていただいておきましょう。http://bunrakutecho.blog13.fc2.com/blog-date-20060622.html

なんでしたら上演台本つきプログラム一部余裕あるのでお譲りしますよ。鎖国していたのに「愛国心」を変に持っている江戸時代の日本人。秀吉は朝鮮出兵もしてたしなあ。小国なれども「小国なれども日本は.....」という台詞にドキッとしました。幕末も攘夷できると思ってる人が多かったんだろうなあ。

★かしまし娘さま

>中高生に無理強いして拒否反応起されるより.....確かにねえ。ただ一度は授業としてでも観ておくことは意義があると思う。間に休憩のないもっと短い物語にしてもらいましょうかねえ。

★お茶屋娘さま

>スピーディーな展開のほうが鑑賞教室には向いてる

.....これは言えるかな。だったら毎年1ヶ月は澤潟屋に任せようか、それも猿之助監修で!そうなったらスゴイよ(笑)

>松禄は、べらんめえ、だとそれほど下手さが気にならないから、かえってよかった.....今回よりも場の数が多い上演だともっと物足りなさを強く感じてダメだったと思うからちょうどよかったです。

>渚が死ぬところ、愛国心というより母の愛を感じた.....いやいや近松はそう書いてはいないですよ。「日本の母」として死なせています。そのあたり、すごい内容の台詞と語りだったのを字幕でしつこく確認しましたから(^^ゞ

左脳で観賞するのでしつこく作者の意図を台詞で追及したいのに聞き取れない義太夫とか長唄がいらいらするの。右脳で直感的に把握するだけなのはどうにも楽しめないのでした。

返信する

コメントを投稿