ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/02/19 文楽公演第三部「妹背山婦女庭訓」四段目より

2007-02-21 01:11:17 | 観劇

【第三部】『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』
近松半二・松田ばく・栄善平・近松東南の合作の全五段の時代物。蘇我入鹿を藤原鎌足らが倒した大化の改新を題材にしている。2003年7月歌舞伎座で初上演だったという「蝦夷子館の場」を右近の入鹿で観たのみ。入鹿が父の蝦夷子を死に追いやり巨悪の本性を現す段だ。橘姫の春猿の赤姫姿が気に入って写真を買っている。
今回は三輪山の苧環伝説を踏まえた四段目からの上演。この公演はTVカメラが入っていたので小劇場だとけっこう雰囲気が違っているように感じた。第三部は上手の床に近い席。今回に比べて一部二部は床が遠くて物足りなかったとつくづく自覚した。

《道行恋苧環》
幕開きは橘姫が三輪の里での求女との逢瀬から戻るところから。そこに求馬が追いついて姫に名前をきくが、せつながるばかり。求馬と恋仲の杉酒屋のお三輪が追いつき、二人の女が一人の男をめぐっての争いとなる。夜明けの鐘に驚いて逃げる姫の袂に求馬は赤い糸を縫いとめて跡を追う。お三輪はその求馬に白い糸を縫いとめて追うが、糸は切れてしまって悔しがる。
橘姫=呂勢大夫×喜一朗×清之助
求馬=咲甫大夫×龍璽×和生
お三輪=津駒大夫×寛治×蓑助
主な配役3組にさらに大夫三味線が加わる五梃五枚は超豪華。男をめぐる恋敵どうしの女の闘いは激しかった。高貴な姫も庶民の娘に負けていなかった。「恋はし勝ち」とまで張りあうのには意外性を感じてしまった。求馬は女の方から寄ってくるようないい男だが、二人の女に同時に手を出しているのは罪な男だ。

《鱶七上使の段》伊達大夫×清友
三笠山に新築なった蘇我入鹿の御殿では祝宴の最中。玉女の遣う鱶七がやってきて入鹿に追われた藤原鎌足が降伏の印の書状と祝酒を届ける使者だという。命をねらわれながらも豪胆な鱶七のふるまいが気持ちいい。その勇猛な肉体美あふれる男ぶりに色恋ご法度状態の日々を送っている官女たちが言い寄ってくる。欲求不満ぶりがぶちまけられた義太夫の内容がたまらなく楽しい。持ってこられたお酒の毒見に庭の花にかけるとたちまち萎れるところの仕掛けが不思議。これもどんななのか知りたいものだ。→藤十郎さんの情報によるとお花に針金が入っていて介錯さんが下から抜き取るとのことでした。なぁるほど!
伊達大夫は初めてかもしれない。愛嬌あふれる表情にやられたm(_ _)mここの官女たちは黒衣姿で遣われている。入鹿の家来の白塗りの弥藤次を遣う幸助はメトロ文楽でしっかりと覚えたので、コワイような真面目なお顔につい目がいく。

《姫戻りの段》英大夫×宗助
御殿に戻ってきた姫を出迎えた官女が着替えさせようとする。袂の糸に気付いて手繰り寄せると求馬が釣れてしまった。無理やり御殿に招き入れられた求馬は姫が入鹿の妹橘姫だと知る。そして姫も求馬が兄の敵方の藤原淡海と知っていると告げる。求馬は姫を斬ろうとするが、覚悟の上で討たれようとする姫に兄から三種の神器の一つの十握の剣を奪ってくることを条件に夫婦になると約束する。
英大夫が姫を語る時の可愛らしさといったらなかった。

《金殿の段》嶋大夫×清介
この段が切り場で通常はここで終わることも多いらしいクライマックスシーン。
嶋大夫は前回の公演は体調をくずして休演されていたので今回は楽しみにしていた。床に座られてすぐに鼻をかまれたので大丈夫かと心配になる。また床の向こう側に若手の大夫がずっと見守っている。これは途中で語れなくなった時のために控えているのかしらとさらに心配になった(→すりょんさんに「白湯汲み」ということでコメントいただきました。感謝です)。清介がムンっというような気合の声を入れながら三味線を弾き始める。それに乗って語り始めるが音程がおかしい。えっ?えっ?と思うがしばらくすると乗ってくる乗ってくる。そのうちに怒涛のような語りになって顔を真っ赤に大汗をかいての大熱演。床が近かっただけに大迫力だった。

入鹿の御殿にお三輪がやってきて「豆腐の御用」の下女に年の頃は二十三・四のいい男が来なかったかを尋ねると「姫様の恋男でみんなで寝所に押し込め布団を被せた」とか「宵のうちに内証の祝言があるはず」とか答える。この下女の語りの内容もかなりすごい。義太夫では御殿づとめの女性たちの色恋への欲求不満の様子がしっかりとからかわれている。姫様の恋をかなえようというのも姫様大事というよりもその模様を垣間見ては自分たちもしっかりと楽しみたいということなのだろうと邪推してしまう。
嫉妬に燃える心を押し隠しながら御殿の奥にすすんで求馬を取り返そうとすると、さきほどの4人の官女たちに見つかってしまう。御殿の祝言を拝ませて欲しいと頼むと求馬に縁の女と気づかれてさんざんに嬲られる。ここの官女たちは出遣い。注目の玉勢はお三輪の右について嬲る(梅の局と思われる)。酌を覚えろとか舞を舞えとか歌えとか言われ、ついに馬子唄を歌えば大笑いされる。そこで大儀と追い払われ、取縋ればひきづられ、「お姫様と張り合うとはかなわぬことじゃ」「女の躾をしよう」とつめられ叩かれ引き倒され......。ここでお三輪の誇りはズタズタにされる。
泣いているうちに悔しさが爆発し、袖や袂を食いちぎり身を震わせ髪をさばいて荒れ狂い、求馬のいる奥へと突き進んでいく。奥から出てきた鱶七へも退けと言い、すり抜けていこうとするが裾を踏まえられてしまう。そしてたぶさを掴まれて脇腹を刺されてしまう。
「女悦べ。......命を捨てたる故により、汝が思う御方の手柄となり、入鹿を亡ぼす術の一つ」と鱶七。入鹿の魔性を打ち消すために「疑着の相」ある女の生血が必要だったというのだ。鱶七は鎌足の家来金輪五郎であると正体を明かす。玉女の遣う大きな人形が歌舞伎の引き抜きのように変身するのもまた見ごたえがあった。お三輪は求馬の役に立つことを喜び、やがて疑着の相も消え、生きているうちに一目求馬に会いたかったと言いながら苧環を抱きしめながら息絶える。最後は鱶七がお三輪を抱き上げて弔おうとするところへ花四天が打ちかかるのでそれを蹴散らして華々しく幕となる。嶋大夫はしっかり語り終えられそうになるところで若い大夫も退場し、私もホッと安心した。そこに「大当たり!」の掛け声!

蓑助の遣うお三輪が嬲られる場面は本当に可哀相でそれを爆発させる場面には共感。疑着の相を呈する場面の迫力は人間では絶対に体現できない。このパワー最高時の生血ならまさに魔性の力を封じ込める力がありそうと説得力あり。最後はまた恋する可愛い女に戻って死んでいくのがまた哀れ。蓑助が途中で大きな声で掛け声をかけたのをこの段と前の段とで2回聞いたが、とても力強くて驚いたし嬉しかったということも書いておこう。

《入鹿誅伐の段》咲甫大夫×龍聿
大詰は橘姫の活躍がある。祝宴で今様を踊って入鹿を油断させて御剣を奪う。ところが入鹿はそれを偽物だと言い、本物の御剣で妹に斬りつける。そこに生血をかけた笛の音が響き、入鹿の力は抜けてしまう。御剣も自ら龍に姿を変えて飛び去っていくのを手負いの姫が水に入って追っていく。
その飛んでいった御剣を手にした鎌足が御殿に現れる。家来たちが神鏡を入鹿にかざせばさらに力が萎えてついに鎌で首を切られる。その首は火を吐きながら宙を飛ぶがついには淡海に祈り伏せられる。
この段は若手のホープ咲甫大夫・龍聿コンビ。いい声で最後をしめてくれた。

このお話、結局は求馬を愛するふたりの女が犠牲になり、その力で入鹿の征伐がなっている。橘姫もその後の消息が語られていないが、御剣を追う中で落命したに違いない。女が死ぬことで大きな力を発揮するという考え方のルーツはどこにあるのだろうかということも考えてみたくなった。

ウェブ検索で見つけたサイト『作品研究』の「殺されることで救われる」という文章がとても参考になったのでご紹介しておきたい(→こちらへ)
写真は『あぜくら』1月号の表紙のお三輪のアップ。
以下、この公演の別の演目の感想
2/12第一部「奥州安達原」
2/12第二部「摂州合邦辻」