ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/02/12 文楽公演第二部「摂州合邦辻」

2007-02-16 00:10:29 | 観劇
【第二部】『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』
この演目は全くの初見。菅専助と若竹笛躬の合作の上下二巻の時代物。世話物が得意だった菅専助ならではの構成という。継母の継子への不倫の恋というモチーフは古くから伝承があって、説経節「しんとく丸」などがある。
歌舞伎では下巻の切の「合邦庵室の段」以外の上演は稀だという。文楽では今回のように「万代池の段」もあわせての上演が多いとのことで、やはり文楽と歌舞伎の両方を観ると作品の鑑賞がより深く楽しめそうだ。あらすじは以下の通り。
《万代池の段》
高安家の俊徳丸は邪恋をしかける継母玉手御前に飲まされた毒酒で顔のくずれる業病にかかり失明し、天王寺の万代池の畔の乞食小屋に身を隠している(一部の袖萩の小屋と同じ物!)。その往来で合邦道心が閻魔堂の勧進をして昼寝を始める。ここに浅香姫がきて姿の変わった俊徳丸に許婚の行方を尋ねるが西国巡礼に出たという。奴入平ともども様子を窺って俊徳丸本人とわかって再会を果たす。
そこに俊徳丸の妾腹の兄次郎丸が横恋慕する浅香姫を追ってきての立ち回り。昼寝から目覚めた合邦が二人を助け、閻魔の牽き車に俊徳丸を乗せて逃げろといい、次郎丸を池に投げ込む。
《合邦庵室の段》
俊徳丸と浅香姫は合邦の家に匿われた。その庵室では合邦とその女房が娘のお辻=玉手御前が不義の罪で成敗されたものとして大勢での念仏供養を頼んでいる。そこに人目を忍ぶ黒ずくめの頭巾姿の玉手御前が帰って来る。両親は幽霊が帰ってきたものとして家に入れてやった。出家をすすめるが突っぱねる玉手。「年寄った左衛門様より美しいお若衆様なら惚れいで何とするもの」と継子への恋心を口にし、匿われた俊徳丸を見つけると口説くは、連れ添う浅香姫には蹴りを入れるは、の乱行。
父合邦がこらえきれずに玉手を刺す。虫の息の下で玉手は本心を明かす。次郎丸が家督をねらって俊徳丸を殺そうとする陰謀を知ったが、継子のふたりとも死なさずにことをすまそうと、俊徳丸に邪恋をしかけ毒酒を飲ませて家から出した。その毒酒を飲ませた同じ杯で、同年月日刻生まれの女の肝の生き血を飲ませれば毒を消すことができ、寅で揃う自分の血を飲ませるために追いかけ回していたと告白。そして覚悟の鮑の杯をみせる。もう助からぬ玉手のため、合邦は居合わせた皆に百万遍の数珠を回し念仏の輪に玉手をすえる。継母の真情に感謝する俊徳丸に自らの鳩尾を短剣でえぐって肝の血を飲ませた玉手。果たして俊徳丸が目も開き元の美しい顔に戻ったのを満足して絶命。一同、玉手の極楽往生を願う中で幕。

「万代池の段」の義太夫は合邦の英大夫がメインで役によって太夫が入れ替わる。英大夫のお人柄が語る合邦にあらわれているような感じ。「合邦庵室の段」は中・切を3組がリレー。一部の『奥州安達原』と同様でこれが普通なのかなと今頃気づく(^^ゞ綱大夫・清二郎父子→住大夫・錦糸の切の素晴らしさ。欲張りの末にへばりながらもよくぞ聴きにきたと自分が報われた気がした。

吉田文雀は淡々と遣う中で玉手の抑えに抑えた激情を感じた。吉田文吾の遣う合邦も元が侍だったという気骨と娘への深い愛情に揺れる男のつらさが伝わってきた。
そして人形での注目場面の第一、俊徳丸の頭がいつかわるのかというところをちゃんと見ていたはずだったの......鮑の杯を煽ったら綺麗な頭に早代わり!アレレレレ?どういう仕掛けになっているの??どなたか教えていただけると有難いですm(_ _)m
→戸浪さまにコメントで「面落」という仕掛けを教えていただきました。感謝です!!

さて、この作品の中心的テーマ、玉手御前の俊徳丸への想いはどのようなものだったのかについて考えてみる。恋愛感情か否か、どちらともとれるように描かれてはいるが、私はやはり恋愛感情だったと思えた。ただし、究極のプラトニックラブだ。
玉手は腰元奉公した先の主人に乞われて後妻にはなったものの、二十歳前後の若い女である。継子の俊徳丸が美しければ恋心を抱いても何の不思議もない。さらに命の危機が迫っていることを知ったことで、自らの命を犠牲にしてでも男の命を守りたいと恋心はさらに深くなる。俊徳丸を救って自らが死んでいくことこそ玉手の愛情表現そのものなのだと思う。

親元に戻って出家を迫られた時、親の前でも「継子に懸想しているふり」をしたとは言うが、実際のところは本心が無防備に出てしまったのではないかなと思った。親に対しての甘えもあるだろう。どうせ死ぬことは決めているのだから、その真情の発露が乱行になったのだ。最後は立派に義を通して死んでいく玉手が哀れで可愛くて仕方がない。表立って愛したと言えない男への愛に殉じた玉手は、女としての一念を通すことができて幸せだったのではないかと思う。
これは歌舞伎であれば立女形の資質を問われる作品なのだろうと思いながら、住大夫×文雀の玉手に見入っていた。

写真は公式サイトより今回の公演のチラシ画像の玉手御前。
以下、この公演の別の演目の感想
2/12第一部「奥州安達原」
2/19第三部「妹背山婦女庭訓」四段目より