光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

こんなのがあった

2006-04-02 19:06:30 | 植物・花(春)
  ずいぶん昔になるが、ある人がある木をさして、モチノキであるとおっしゃられた。『銘木じゃのう』。少し、酩酊されていたが、それは問題ではない。ずばり、"モチノキ"と言われる、これが、すばらしい。
  それから、ずいぶんたって、これは何の木ということを書かなくてはいけない時が来た。植物を見て、これは何々です、と言われる方と、たとえば、東京の高尾山を歩くのは楽しい、と思う。ははー、もしそうゆう時に、やはりカメラというものを持っていれば、おもわず撮るだろう。顰蹙をかうという以前の問題。夢の話。昔、高尾山を歩いてずいぶん写真を撮った。陣馬山まで歩くことができたのは2回だけだったが。
  また、話がへんな方向へ行く。モチノキ、聞いた事がない、私も同感だ。ただ、トリモチというのをご存知の方は多いはずだ。水飴と間違いそうだが、なんとも、懐かしい代物である。これで、何か昆虫を採るというより、その雰囲気が楽しかった、今頃そう思う。大体、そんなもので何かを採ったわけでなく、ただ竿を振り回していただけだ。その、とりもちが、モチノキから取れるわけである。さらに、驚くことに、このあたりの家々には、地面が見える、コンクリで覆ってない家の庭でないとだめだが、このモチノキがほとんどある。冬、赤い実がなり、里帰りしないヒヨドリの絶好の餌になる。
  その木の、ちょっと後ろの方に、これまた、なんだか分からぬ木が沢山ある。昨日の続きになるが、ヘーホー、こんなものがあると思って、接写をした。何の木なんて、下手に調べない方がいい。図鑑とか写真を見ても、これは何々ですと言うのは難しい。コブシ(辛夷)と書いて、これはまずかったと、少し前に書いた文章を思い出す。それにしても、これは、美しいとか不可解だとかいうより、気色悪いというのが、私の正直な印象です。

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