大体目的としているのは、花の様子とか、
それと共存している虫。
お天気も好きだが、いい具合に晴れているという場合は機嫌はいい。
星の世界は憧れである。
デジタルということで、気兼ねせずボタンを押せば
残る画像は多く、でもそれをしみじみ見ることもない。
貧乏性というか、買ったのだからと思うので、盛んに使おうとする。
なかなか矛盾に気が付かない。
アジサイ、主張はしていなさそうで、でも思うに、頑張れよとか
人にいっている余裕はありそうな感じだ。
その二。
その三。雪のなくなった田んぼの後。これも主張はないように見える。
その四。見事に茶色いだけの世界がある。
その五。水中にある、緑色。これが水中でも大丈夫なのは、ここが水田だ
からというのはある。
その六。梅の木。
その七。遠くからしか見えない、そうゆう木々。
その八。梅の花、これは主張していたと思う。きれいでしょというように。
そうゆう風に思うから、うまく写ってと思うが、どうでしょうか。これだけ
はずれると。梅の意志をうまく伝えられなかった、という感じか。ただ
咲いている梅。
その九。これはちょっと離れて、街の道の花壇。
その十。同じものがいくつか。並んでいて、どう見ても3月ではない。
これはケヤキ。大きな街路樹。ただ細めの枝が目立つだけ。
換気ということもあるので、あるところは少しだけ「新鮮」な空気が入る。今は北風に
変わっていて、それで雨か雪が降っている。この風というか空気の冷たさに悲鳴を上げそう
になるが、一枚余分に着るものを増やしたりということをやる。今頃、時雨るのはありそう
だが、雪が降るとかあっていいのかという気はする。外の気温は、恐らく2℃とか3℃という
程度だろう。冷蔵庫の中の冷気で、冷凍だとちょっと足らない。
昔のいえ、というのを思い出す。昔のいえは一言でいうと、大きく、それで空間はあっ
た。外と一応は遮断されていて、でも冬は室内でも0℃とかになった。そうゆういえに私は生
まれたのではなく、私の父とか、叔母とかはそこで生活をしていた。それから祖父母もそう
で、当然か。ほとんどのことを知らないで、知っているのは自分が学校の休みとかに遊びに
いっていたころの時だけ、といっていい。少し補足すると、祖父母もその時代を終えるとい
うときがあるから、そうゆうときは、例えば葬儀とかには出た。そうゆうことがそのいえで
出来たというのが昔の「いえ」だが、
もう一つ特徴的というのは、広い割りにものはほとんどなかった。ガランとしていたの
である。でも先に祖父が亡くなってというときが来て、残った祖母はその後も長生きをして、
でも最後のある時間は長く病院のベッドで寝たきりとなった。そうゆうときの、前!に時々だ
が私もいったことがあって、その中でも思い出されるのは、いくつかのご飯を炊く鍋、釜が
その広い、昔ながらの囲炉裏の回りに置かれていたということ。一々中を見ることはなかっ
たがきっと、そのご飯を炊く釜の中に白米は入っていたのだろう。それがそのまま置かれて
いて、特に感じ入ることはなかった。
今はご飯は小さい鍋で炊いて、それもなかなかなくならず、さらにカビが生えるという
時間がまた復活しそうだが、時代に関係なく思うようにいかないことは増えてくる。最近の
調子はいかがですかとか聞かれることがあるが、いや年ですよ、老化現象が激しくてとか受
け答えしていると、それはお互い様ですよという返事が返って来て、そうかも知れないと思
う。なるほど年齢はかなり違う、かただがそれに関係なく、やるべきことはあるだろうと今
は思う。ただ、そうゆうことを同じ年齢になられても、また同じように聞かれることが、そ
の方もあるだろうが、果たしてどう答えるか。私も、こう老けるとかは思っていなかったの
だけど。
それと共存している虫。
お天気も好きだが、いい具合に晴れているという場合は機嫌はいい。
星の世界は憧れである。
デジタルということで、気兼ねせずボタンを押せば
残る画像は多く、でもそれをしみじみ見ることもない。
貧乏性というか、買ったのだからと思うので、盛んに使おうとする。
なかなか矛盾に気が付かない。
アジサイ、主張はしていなさそうで、でも思うに、頑張れよとか
人にいっている余裕はありそうな感じだ。
その二。
その三。雪のなくなった田んぼの後。これも主張はないように見える。
その四。見事に茶色いだけの世界がある。
その五。水中にある、緑色。これが水中でも大丈夫なのは、ここが水田だ
からというのはある。
その六。梅の木。
その七。遠くからしか見えない、そうゆう木々。
その八。梅の花、これは主張していたと思う。きれいでしょというように。
そうゆう風に思うから、うまく写ってと思うが、どうでしょうか。これだけ
はずれると。梅の意志をうまく伝えられなかった、という感じか。ただ
咲いている梅。
その九。これはちょっと離れて、街の道の花壇。
その十。同じものがいくつか。並んでいて、どう見ても3月ではない。
これはケヤキ。大きな街路樹。ただ細めの枝が目立つだけ。
換気ということもあるので、あるところは少しだけ「新鮮」な空気が入る。今は北風に
変わっていて、それで雨か雪が降っている。この風というか空気の冷たさに悲鳴を上げそう
になるが、一枚余分に着るものを増やしたりということをやる。今頃、時雨るのはありそう
だが、雪が降るとかあっていいのかという気はする。外の気温は、恐らく2℃とか3℃という
程度だろう。冷蔵庫の中の冷気で、冷凍だとちょっと足らない。
昔のいえ、というのを思い出す。昔のいえは一言でいうと、大きく、それで空間はあっ
た。外と一応は遮断されていて、でも冬は室内でも0℃とかになった。そうゆういえに私は生
まれたのではなく、私の父とか、叔母とかはそこで生活をしていた。それから祖父母もそう
で、当然か。ほとんどのことを知らないで、知っているのは自分が学校の休みとかに遊びに
いっていたころの時だけ、といっていい。少し補足すると、祖父母もその時代を終えるとい
うときがあるから、そうゆうときは、例えば葬儀とかには出た。そうゆうことがそのいえで
出来たというのが昔の「いえ」だが、
もう一つ特徴的というのは、広い割りにものはほとんどなかった。ガランとしていたの
である。でも先に祖父が亡くなってというときが来て、残った祖母はその後も長生きをして、
でも最後のある時間は長く病院のベッドで寝たきりとなった。そうゆうときの、前!に時々だ
が私もいったことがあって、その中でも思い出されるのは、いくつかのご飯を炊く鍋、釜が
その広い、昔ながらの囲炉裏の回りに置かれていたということ。一々中を見ることはなかっ
たがきっと、そのご飯を炊く釜の中に白米は入っていたのだろう。それがそのまま置かれて
いて、特に感じ入ることはなかった。
今はご飯は小さい鍋で炊いて、それもなかなかなくならず、さらにカビが生えるという
時間がまた復活しそうだが、時代に関係なく思うようにいかないことは増えてくる。最近の
調子はいかがですかとか聞かれることがあるが、いや年ですよ、老化現象が激しくてとか受
け答えしていると、それはお互い様ですよという返事が返って来て、そうかも知れないと思
う。なるほど年齢はかなり違う、かただがそれに関係なく、やるべきことはあるだろうと今
は思う。ただ、そうゆうことを同じ年齢になられても、また同じように聞かれることが、そ
の方もあるだろうが、果たしてどう答えるか。私も、こう老けるとかは思っていなかったの
だけど。
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