偶然だが、面白い動画を見た。平泉渉 ( わたる ) 氏の「シアターテレビ」だ。氏の談話を、鹿島平和研究所が制作していた。
鹿島平和研究所の名前を初めて知り、氏のことも初めて知った。知らない尽くしの私だが、皇国史観の歴史学者だった平泉澄 ( きよし ) 氏の名前だけ知っていた。
戦前の日本で有名人だった平泉澄氏について、パソコンで調べていたら、子息の渉氏の動画に行き当たったという訳だ。
動画のタイトルは「世界のダイナミズム」で、57回のシリーズになっている。一回の談話が30分にまとめられ、見始めると止められない動画だった。現在18回だが、書き残しておきたい気持が抑えられなくなった。
渉氏について調べると、改めて無知な自分を認識した。
昭和4年生まれの氏は、元外交官、元科学技術庁長官、元経済企画庁長官、いう経歴の持ち主で、自民党の議員だった。氏はまた、鹿島建設の副社長でもあったから、鹿島平和研究所の会長として、「シアターテレビ」を作ったのだと分かった。
父君は勤皇の国学者だったが、氏は私の嫌いなハト派 ( 左派 ) であるらしい。しかし氏の談話は傾聴に値するものが多く、無知な私は夢中にさせられた。
氏は世界の文明から話を始め、アジアから欧州、ロシア、アメリカへと言及し、世界の覇権国の推移を説明した。古くはスペイン、オランダ、イギリス、そして第二次世界大戦後は、超大国となったアメリカへと、終始穏やかな話ぶりで進めた。
上品さと縁のない環境で育った私には、真似のできない話ぶりで、上品さにも引かされた。まさかと思っていたのに、氏は、次に世界の覇権国となるのは中国だろうと予測していた。今後の世界はよくも悪くも、「中国問題」を抜きには考えられなくなっていると断定し、日本人へ警鐘を鳴らしている。
まだ信じられないが、氏の意見を紹介する。
・人口の差、国力の差、経済力の差と、どれをとっても中国は日本を凌駕する大国だ。
・次の大国になる可能性のある中国を、日本人は初心に返り勉強し直すべきだ。
・日中の立場はこのままいくと、やがて、アメリカとカナダの関係に似たものになる。
・国力からいっても、経済力からいっても、カナダはアメリカなしで生きられず、まるで属国みたいなものとなっている。だからアメリカは、口では言わないがカナダを頭から無視している。
アメリカとカナダの関係が、そのようになっているとは考えたこともなかった。マスコミも、そんな報道を一度もしていない。マスコミが報道しないことを、大抵私は知らない。
・突然、世界の覇権国として眼前に現れた中国に対し、日本は狼狽し、平常心を失っているが、大事なのは、中国を攻撃的にさせてはならないことだ。
聞くに堪えない話だが、氏は続けた。
・でも、卑屈にならず、断固として対応しなくてはなりません。
・この国は、相手が弱いとなると容赦せずに攻撃してきますからね。
聞くに耐えない話だが、納得したので傾聴した。
・現実問題として、今は日本と中国の差は歴然としています。彼らから見ると、日本はもう小さな存在なのです。
・国際社会もそうした目で、中国を見ています。中国の動向に世界が注目し、世界が無視できない。
・冷戦時代でも、アメリカはソ連を恐れていませんでした。
・ところがどうでしょう。中国がアメリカを打ち負かす国として、現れてきたのです。
・オバマのアメリカにとっては、手強い相手です。こうした米中の間にいて、日本がどうするのか。今世紀の大きな課題です。
私はこれまで、威勢の良い右側の人々の意見に賛同してきたが、現実の中国はどうやらそんなに大きく、やっかいもので、世界中が戸惑っているのだとやっと理解する気になった。
昇り竜の勢いだったひと頃の日本同様、何をしでかすか分からない危険な国だという認識を、もっと冷静に持たなくてならない。暴れ者を怒らせてはいけないし、卑屈に引き下がってもダメと氏の注文は難しいが、確かに事実はそうなのだろう。
面白かったのは、氏の意見が私の意見と重なったところだ。
・考えてもご覧なさい。清朝の末期から、中国が、欧米に味わわされた大きな屈辱を。
・あれから100年間我慢して、今がその自尊心の我慢の限界だったのです。
・あの広大な国の人間の心を一つにまとめたこと。中国の歴史で、そんなことをした者は誰もいませんよ。
・だから毛沢東は、偉大なのです。つまりナショナリズムを目覚めさせたこと。毛沢東だけが、成功したのです。
列強に切り取られ、為されるがままに国を蹂躙された中国の屈辱を、私は理解する。欧米よりはるか以前から世界の文明国だった中国なら、それこそ臥薪嘗胆の100年だっただろう。
しかしそれなら彼らの矛先は、真っ先にイギリス、オランダ、ドイツ、フランス、そしてアメリカへ向かうのが自然でないか。よりにもよって、最後の列強だった日本を狙い撃ちにし、やくざまがいの恫喝で攻撃するのか。
順番が違うでないかと、そこだけが氏の意見と違っていた。
・それはそうでしょう。日本史の中で中国から得たものは、政治、経済、文字、建築物、仏像、絵画、詩歌、中国からのものばかりですよ。
・外務省なんかが、経済のことで大国意識をもって、中国に対応していますが、どうでしょうかねえ。
・だから中国からすると、一番の敵は日本、ソ連、そしてイギリス、アメリカとなるのでしょうね。
氏の話は、長年の私の疑問に対する回答でもあった。
ここ数年の中国の振る舞いを思うと、氏のような考えになれないが、確かに深い恩義のある隣国だ。親中派の政治家や、経済人、文化人たちを、私は「獅子身中の虫」と切り捨てているが、そうしてはならない面がある。
忌々しいことながら、そのことについては私も理解している。氏の話が、猪突猛進する私の鼻面を抑え、落ち着いて周りを見なさいと言っいる。
・韓国は日本と中国と、どちらを取るのでしょうか。
・強い者につく、小さな国が生き延びるにはこれしかありません。もともと朝鮮は中国の範囲ですし、中国人は自分のものと思っていますよ。
元自民党の政治家でも隠居の身となれば、ここまで率直に言えるのかと驚かされた。興味深いのは、次の意見だった。
・一党独裁の共産主義も、正しいとは思いませんが、数さえ集めれば民意だという民主主義も、考え直すべきではないのでしょうか。たった一票の差でも、議員が決まる。
・国民がみんな同じなんてことは、ありませんよ。随分馬鹿な人もいるし、無知な人もいるし。国会も、県会も、市会も、町会も、なんでもかんでも多数決なんて、変ですよ。
・アメリカが手本だというので、年数が経てば良識のある選挙が育ち、望ましい民主主義が生まれると思っていましたが、どうですか、昨今のアメリカの選挙。」
・票を集めるために、どれだけの金を使っていますか。テレビを時間で買い取るなんて、想像もつかない金を使っていますよ。あれではもう、金を持った人間しか政治家になれないということです。票集めに金のかかる選挙。日本だって、そうなっていますね。
・これまで見てきましたが、選挙民に人気があって当選した政治家に、大した人はいませんでしたね。
中国への対応と同様に、多数決の民主主義制度に関して、氏の意見にうなづく部分があるが、全部に賛同できない。愚かな「害務省」とののしってきたが、氏のような人物がいたと知ると、これもまた全部否定ができなくなる。
初心に戻り、私は学びの道を今日から歩くとしよう。
先ほどパソコンで検索したら、今年の7月に氏が逝去されたとのこと。享年85才だった。心からご冥福をお祈りしたい。
氏の逝去を知っても、私は学びの道を歩きたいので、次回も続きを紹介したい。