1976年にブライアン・デ・パルマ監督、シシー・スペイセク主演で映画化されたスティーブン・キングの同名小説を、クロエ・モレッツ主演で再映画化。超能力を秘めた内気な少女キャリーが引き起こす惨劇を描くサイコサスペンスで、「ボーイズ・ドント・クライ」のキンバリー・ピアース監督がメガホンをとった。地味で冴えない高校生のキャリーは、学校では笑い者にされ、家では狂信的な母親に厳しく監視され、孤独で鬱屈した日々を送っていた。やがて、学校の人気者トミーとプロムパーティに参加することになり、母親の反対を押し切ってパーティにでかけたキャリーだったが……。(映画.comより)
正直に言います。私、旧作を見てません。若い頃はホラーが苦手で、この手の映画は飛ばしていたのです。徐々に見るようになったのは、俗に「ホラー」と呼ばれるものが、奥の深いものだと理解していったから。それでも、「ゾンビ(リメイク版)」を見ても、消費社会への警鐘よりは怖さや気持ち悪さが先に立ってしまったバカな私ですが。
さて、「キャリー」・・・とっても悲しかったです。どこか「桐島、部活・・・」に通ずるところもあるような。本作は、旧作をほぼなぞらえてあるようなので、旧作を鑑賞済みの方には新鮮味はないそうです。ただ、一番ラストが少し違うようです。このへんは、旧作も見なきゃな、と思わせる所以です。
あと、冒頭と。今作は、母親(ジュリアン・ムーア)の出産シーンから始まります。彼女は敬虔なキリスト教信者で、性行為というものを本当にけがらわしいものだと思っていたようで、その行為によって妊娠することも知っていたかどうか微妙です。
とにかく、最初から一人で「これは何・・・」と血まみれになりながらぶつぶつ呟き、やがて赤ちゃんが生まれると「けがらわしいもの」として殺そうとします。しかし、あまりに愛くるしいその姿に、ナイフを置いて抱きしめてしまいます(しかしこの時、生まれたばかりの赤ちゃんは、すぐに目を見開いていたように思います。そんなこともあるのだろうか)。人間的な感情もあるとは言え、その思考回路に「???」です。
何の説明もないので、素直に見れば夫に捨てられて一人で産んだ、ってところでしょうが、余りに「呪われている」とか言うので、あるいは父親にでも犯されたのか、信頼していた神父にでも犯されたのか、とも思いました。真相はわかりません。原作を読めばわかるのでしょうか。
常に聖書の文章を口にし、リストカットの癖があり、遅い初潮を迎えた娘にも「純粋ならば来ないはず。おまえはこれで穢れた」とか、プロムに誘われたことに対しても「男は、女になったものを見分けて寄って来るのよ」と言ったり、ほとんど病的な母親。これって、今まで役所の指導員とかに目をつけられなかったのか?と疑いたくなるほど。すぐに娘を「懺悔室」に閉じ込めるし。アメリカって、結構虐待とかに対して厳しい指導が入ると思うのに。
ともかく、キャリーはかわいそうな女の子なのです。そんな環境ですから、学校でもいじめられっ子。学校で初潮の血を見て激しく動揺した時も、思いっきりタンポンやナプキンを投げつけられます。あげくに動画を撮られたりして。
さすがに体育の先生が仲裁に入り、クラスメイトたちを叱責します。さすがに「悪いことしたなぁ」と罪の意識を感じるもの、そうでもないけど一応先生の言うとおり罰を受けるもの、「これくらいのことがどうしたのよ」と開き直るもの。女の子は様々です。しかし、プロムの時期が近かったのが不運の始まりでした。本来なら派手にライトを浴びるべきお金持ちの女の子が、あまりの態度にプロムを禁止されたことからキャリーを逆恨み。これが大惨事へと発展します。
この辺は有名なお話なので、詳しいことは省きますが、悲しかったです。キャリーの母親もあんまりですが、みんなも。少しくらい変わった子がいようと、暗い子がいようといいじゃないですか。何をされたわけでもないのに。こんな仕返し、高校生の考えることですか。あんまりですよね。しかも、血を浴びた二人を見て笑うってなんなんですか。こんなとこ、笑うところですか。オバケよりもゾンビよりも怖いですね・・・。
悲しくて涙が出そうでした。私も、若い頃からキャリーのような能力があれば、あるいは使いまくっていたかもしれません。その気持ちはわからないでもない。自分も報いを受けるのが当然の結末だったとしても、ね。
ちなみに今回はキンバリー・ピアースという女性監督。「Boys don't cry」の監督ですね。旧作と比較して、女性ならではの視点もあったのでしょうか。
あと、一つ難を言えば、クロエ・グレース・モレッツが、クルクルのブロンドでとってもかわいくて体格もよく、いじめられっ子に見えなかったこと。まぁ、人は外見ではないのかもしれませんが。
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