田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

母の身終い(Quelques heures de printemps)

2014年01月30日 08時13分45秒 | 日記

 

 「愛されるために、ここにいる」のステファヌ・ブリゼ監督が、尊厳死を望む母親とその息子の絆を描いた人間ドラマ。麻薬密輸の片棒をかついで逮捕され、服役していた48歳の男性アランは、出所して母親のイベットが暮らす実家で再出発を図るが、希望の仕事が見つからず、几帳面な母と衝突してばかりいた。そんなある日、アランは母が脳腫瘍に冒されており、スイスの会社と契約して尊厳死を実行しようとしていることを知る。(映画.comより)

 

 

 重い映画でした、本当に。でも、とてもよく出来ていました。几帳面な母親もよく描写されてましたし、自立できない放蕩息子(でも悪い奴じゃない)もよくある感じで、本当に、絵空事ではない現実を見たような気になる映画でした。

父親はすでに他界していますが、彼がとても苦しんで亡くなった故、母は深く考えるところがあったようです。また几帳面な母親はこの父親とも48年連れ添ってはいたようですが、仲良くはなかったような感じを醸し出していました。

それ故、不出来な息子が短気を起こしたり、乱暴な態度を取ったりするたびに「父親そっくり!」という言葉が出ます。私もそれ相応の年齢の母として、彼女の気持ちはよくわかりますが、やはり息子にとってはつらいでしょうね。きっと、今までも散々言われて来たでしょうし、ムショ帰りで行くところがないから、折り合いの悪い母親宅に戻らざるを得なかった現実を突きつけられることにもなりますしね。

結局、相応の仕事しかないのに、それすら続かない。でも、それでは食べてゆけない。「仕事を選べる立場じゃないのよ」と言ってしまう母の気持ちもすごくわかる。でも、いちいち言われてイラつく息子の気持ちもわかる。つい、暴言を吐いてしまう息子。そんなこんなで喧嘩ばかりしている二人。

間に入るのは、おとなしい飼い犬と、隣に住む味のある年輩のおじさん。彼は母とは長年の友人です。喧嘩したところで、行くあても金もない息子は、このおじさんちに隠れてたりするのです。本当にダメ男ですね(笑)。

ところで、映画半ばには、息子にも女友達ができたと言うことで、エマニエル・セリエが登場します。彼女はとってもかわいくて魅力的なのですが、彼とうまくいかなかったときなどに、指をくわえたり噛んだりするのが、大人の女性として、少々目障りでした。単にクセかもしれないけれど、小娘じゃないんだから(笑)。

さて、やがて息子は、「まぁなにがしかの病気なんだろう」くらいに思っていた母の病気が、実はとても深刻で彼女がスイスの「尊厳死協会」に正式に登録していることを発見します。もともと何をするにしても自立心旺盛だった母。今さら息子が何かを言ったところでその決心が変わるものではありません。物語は粛々と進みます。

しかし、最後まで鑑賞して、個人的には「ここまで見せるのか」と思いました。スイスの”その家”に着いたところくらいで終わるのかな、くらいに思っていたのですが、最後の最後まできっちり見せてくれます。これって、本当にあんな感じっていうか、事実を描いているのかな。なんだか緊張しました。

ありきたりですが、”その時”を前にして、息子と抱き合い(「和解」などと言うのかどうかはわからない)泣いてしまうところは、こちらもはらはらともらい泣きでした。

つらい映画ですね、でも、よく描けていたと思いますし、こういう選択もアリだと思います。

また、息子はきっとこれからの人生観が変わるでしょうね。

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キョウリュウジャーvsゴーバスターズ 恐竜大決戦 さらば永遠の友よ

2014年01月26日 16時22分23秒 | 日記

 

 2つのスーパー戦隊が豪華共演を果たす「スーパー戦隊VSシリーズ」最新作がついに登場!獣電戦隊キョウリュウジャーと特命戦隊ゴーバスターズ、夢のタッグが挑むのは史上最大の“恐竜大決戦”!!今回はなんと2大戦隊のみならず、恐竜戦隊ジュウレンジャー&爆竜戦隊アバレンジャーも参戦し、歴代“恐竜”戦隊、奇跡の勢ぞろいが実現するのだ。監督は、テレビシリーズのメインも務める坂本浩一が担当。2014年は、恐竜の雄叫びで幕を開ける!!(公式ホームページより)

 

 

 息子が小さいと言っても「キョウリュウジャー」からしか知らないので、同じ「恐竜」シリーズ戦隊ものに「恐竜戦隊ジュウレンジャー」「爆竜戦隊アバレンジャー」「特命戦隊ゴーバスターズ」そして「獣電戦隊キョウリュウジャー」と、4つもあることを知りませんでした。そして、今回は彼らが勢ぞろい(少し欠けているかもしれませんが)するのです。

何かあるとそのたびひとつ前の戦隊が現れ、皆が「先輩・・・」と言って驚くーーーそんなパターンが繰り返されます。悪にそのエネルギーやパワーを横取りされた者、あるいは今もこっそり平和を守っていたものと、そのいでたちは様々です。

それにしても、最初の「恐竜戦隊ジュウレンジャー」のゲキと呼ばれる大先輩は、動きこそそこそこですが、どう見ても小太りなおじさんで戦隊ものにはおよそ似つかわしくありません。若いころからあんなにぽっちゃりしていたのでしょうか。それとも年齢のせい??演ずる俳優さんは望月さんといって1967年生まれでした。

しかしながら、昔からの伝統はしっかりと受け継ぎ、ヒーローは一時やられる時は必ず後ろで爆発が起きて「うわぁ~」と言って一人ずつ飛ばされる(よく見ると当たってないよな、と今日気がついた)、あるいはどんなに多くても一人ずつきちんと名乗ってくれる、たいそうな武器を使用するときは説明がつくなど、わかりやすさ満載だったので、過去の戦隊ものと言えば「バトルフィーバーJ」とか「太陽戦隊サンバルカン」くらいまでしか知らない私でも、それなりに理解することができました。

そして、ヒーローものですから、必ず彼らが勝つのですが、やっぱりみなの武器を結集してすごい武器を出してやっつけたりするものですから、「こういうこと、予想しなかったのかな。ちゃんとどれくらいのパワーになるか、とか分析しなかったのかな」とか思ってしまいました。若いころはそんなこと、考えずに見てたんだなぁ・・・としみじみ考えてしまいました。結構高校生くらいまで見てたのにね。

そうそう、キョウリュウレッドのお父さん(?)とかいう設定で、「スクールウォーズ」の熱血先生が出ていました。冒頭だけですけどね、がんばってました。

さて、最後は次回作の紹介までありました。今度は「烈車戦隊トッキュウジャー」なんだそうです。

ちなみに今日はこんな田舎の「泉南イオン・8番スクリーン」にキョウリュウレッドが来ていました!これは驚き!ちびっこたちは握手をしたり写真を撮ることもできました。その後は映画上映前に短いイベントがあり、キョウリュウレッドとともにダンスなど踊りました。でも、気の毒なことに、観客が少なめでしたね。レッドも気落ちしたことでしょう(笑)。あの着ぐるみ、私は女性だと思いました。関係ないけど(笑)。

 

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博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか

2014年01月25日 23時25分20秒 | 日記

 

 原題、入らないのでここに付けときます。Dr.Strangelove: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb

アメリカ軍基地の司令官が、ソ連の核基地の爆撃指令を発した。司令官の狂気を知った副官は、司令官を止めようとするが逆に監禁されてしまう。大統領は、ソ連と連絡を取って事態の収拾を図る。しかし、迎撃機によって無線を破壊された1機が、ついに目標に到達してしまう……。核による世界破滅を描いたSF近未来もの。キューブリック流ブラック・ユーモアが、ピーター・セラーズ演じる英国大佐、大統領、マッド・サイエンティストの一人三役や、ジョージ・C・スコット演じる超タカ派の将軍などを主軸に、徹底して貫かれているあたりがかなり好感触。ブラックな題材を扱っているにも関わらず、ラスト、期待を外すことなくそのままの勢いで突っ切ってゆき、臆することなく大いに笑わせてもらえる。頭からシッポまで楽しめる極上コメディ。(allcinemaより)

 

 

 今頃すみません(笑)。多分以前見たことがあると思うのです。でも、その記憶がおぼろげで他のキューブリック作品だったかもしれない、とか思ってわからなくなったので。

すごくド・ストレートな作品ですね。アメリカ軍の司令官が突然暴走するのはあり得るとして、下士官たちは命令に従わなければならないのは当然として、それにしても「しまった!」と思ってからの各国首脳が笑える。

アメリカ大統領は素直にロシア首相に謝るし、その上「そちらで撃ち落としてください」とか言うし(笑)、まぁそうとしか方法はないだろうけれど、それにしても子供同志のやりとりみたい。

それでも一機だけ通信の故障で帰還命令が届かなかった・・・それがキモになるんですね。なんたって核爆弾ですから、一機でも爆発しちゃうと地球が滅びちゃうんですよね・・・。なんとか止めさせようとペンタゴン(?)は必死。でも、命令を受けて遂行するほうも必死だから、発射装置の不具合があっても自らの身を挺して発射する。しかも発射に成功したときの隊長のうれしそうな表情。自分も一緒に落ちてゆくというのに。

結局、アメリカとロシアがあろうことか共闘したのに、地球は守れなかった。こうなったら滅びるしかない。そこでドイツからやってきた優秀な博士、「ドクター・ストレンジラブ」の熱弁が始まります。守られるべき優秀な人間だけを地下シェルターにかくまえばいいと。そうすれば、なんとか人類は存続できるはずだ・・・とね。

怖いのは彼の理論ではなく、 いとも簡単に「そっか」と納得してしまう首脳たち。エリート意識が高い彼らは「自分だけは救われるはず」と思っていますからね。これは、いつの時代もある意識。エリートに限らず、人間って、「自分はわかってる」と、自分だけは違うと思っている生き物ですものね。だからどの時代でも、簡単にコントロールできちゃうんでしょうね。

それにしても、ドクター・ストレンジラブの露骨なドイツ式敬礼。期せずして出ると言うには露骨すぎる(笑)。もう堂々とやればいいじゃないの、のレベルです。

あと、伝説のピーター・セラーズの3役演技。これって、なにか意味あります?別にそれぞれ違う役者が演じていてもなんら問題はなかったと思うのですが、何にこだわっていたのかな。役者の力量を試したかった?

でも、個人的には「アイズ・ワイド・シャット」よりは理解しやすかったと思います。

 

 

 

 

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ハンガーゲーム2(The Hunger Games: Catching Fire)

2014年01月20日 08時13分52秒 | 日記

 

 スーザン・コリンズのベストセラー小説を映画化し、全米大ヒットを記録したサバイバルアクション「ハンガー・ゲーム」のシリーズ第2作。独裁国家パネムが毎年開催し、12の地区から選ばれた少年少女が最後の1人になるまで戦い続ける「ハンガー・ゲーム」を生き延びたカットニス。彼女の勇気ある行動が民衆に希望を与え、国家に対する革命の火種になりつつあった。やがて節目の記念大会となる第75回ハンガー・ゲームが開催されることとなり、カットニス抹殺を企む独裁者スノーは、歴代のゲーム勝者を戦わせるという特別ルールを設ける。「世界にひとつのプレイブック」でオスカーを受賞したジェニファー・ローレンスが前作に続いて主演。監督は「アイ・アム・レジェンド」のフランシス・ローレンス。(映画.comより)

 

 

 少し長いです。それで、躊躇していたのですが、「1」を見てあることもあって、やっぱり見てしまいました。「1」のほうが期待が大きかったからでしょうか、今回の作品の方が見やすかったです。

「1」で庶民のヒーローとなったカットニス。しかし、人々が団結して反抗することを恐れた大統領(キーファー・サザーランド。最近悪役が多いのね)が、今回は彼女を抹殺することを目的として、無理難題を押し付ける・・・そんな内容です。出演者はほとんど前作を踏襲しています。

世界は前作同様、富裕層と貧困層にバチっと別れて暮らしています。貧困層はそれぞれの地区に分けられ、人間じゃないような生活を強いられている一方、富裕層はおいしいものを味わうため、食べては吐いてを繰り返したりしています。唖然とするカットニス。

そんな中、人々の希望であるカットニスを公(おおやけ)に亡きものにしたら、人々はまた気弱になり、自分の言うことに逆らわなくなるだろう・・・そんな浅はかな考えの元に行動する大統領。とても大人とは思えません(笑)。

 こんな世界はいずれ破綻するのは目に見えています。人々は必ず立ちあがります。その先はどうなるか、それはわかりませんが、この大統領の治世は危うくて見ていられませんね。

それでも、力ずくで始まった「ハンガーゲーム」、庶民は参加するしか道はありません。ところで、前回のゲーム開発者はクビになったという設定なので、今回から新たな開発者として名優フィリップ・シーモア・ホフマンが出ています。彼がどうにもうさんくさい。

それに、死闘を繰り広げている間にも、カットニスが「おかしいな」と首をかしげる出来事が起こったり、なにがどうなっているのか、不穏な雰囲気が漂ったところでジ・エンドとなります。まさに「つづく」の世界です。

「2」が二部作だと知らなかった私は面食らいました。まぁ先が読めると言えば読めるのですが、こんな終わり方しちゃって・・・後半も見てしまうでしょうね(笑)。

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キリングゲーム(Killing Season)

2014年01月19日 16時10分20秒 | 日記

 

 ロバート・デ・ニーロとジョン・トラボルタが初共演を果たしたサスペンスアクション。アメリカ東北部からカナダへと広がる広大なアパラチア山脈を舞台に、心身ともに深い傷を抱えた2人の男の戦いを描く。旧ユーゴスラビアのボスニア戦争で地獄のような戦場をくぐり抜けたベンジャミンは、退役後、家族とも疎遠になり、人里離れた山小屋でひとり静かに暮らしていた。そこへセルビア人の元兵士コヴァチが現れ、かつて戦場で出会ったベンジャミンに容赦ない戦いを挑んでくる。戦争の記憶を封印したいベンジャミンと、いまだ戦争を終わりにしていないコヴァチは、それぞれの思いを胸に、命をかけた戦いを繰り広げる。監督は「ゴーストライダー」シリーズのマーク・スティーブ・ジョンソン。(映画.comより)

 

 

 こんな2大スターの共演作がどうしてこんなに小規模公開なんだろう、と思っていました。見逃してはもったいないと思い、がんばって都会まで行って来ました。しかし、結論から言うと、ツメの甘いお話でした。もちろん、主演の二人は素晴らしい演技でしたが、いかんせん話に説得力がない。非常に残念な仕上がりだったと思います。

旧ユーゴスラビアで起きたボスニア紛争は、たびたび映画となっているので、今までもいろいろ見て来ました。そのたび女性が主人公であったり、兵が主人公であったり。どちらにしても、戦争・紛争と呼ばれるものに勝者はありません。悲しい物語が紡がれるばかりです。

さて今回は、当事者同士ではなく、その紛争を治めるべく派遣されたアメリカ兵(ロバート・デ・ニーロ)と当事者のセルビア兵(ジョン・トラボルタ)との話になっています。その視点は斬新かな、と思いました。

個々の事情はあれど、当時、セルビア兵たちの一部の過激な集団(サソリ団)と呼ばれる人たちは容赦なく人々を殺したので、派遣されたアメリカ兵たちも、彼らを処刑するように命令されていたようです。

そして、ジョンはそのサソリ団のメンバーでした。一人づつひざまずかされ、後頭部を撃ち抜かれていった彼らなのですが、なぜか最後のジョンは助かります。撃ち損じるはずのない至近距離ですから、意図的に助けられたのでしょう。それがなぜなのかは言及されません。

しかし、そんな非人間的な日常に、双方心を病み、正義であるはずのアメリカ兵デ・ニーロも、息子の顔もまともに見れないなど、心も体も病んだまま、アパラチア山脈の山奥に隠居してしまいます。

一方のジョン・トラボルタは、長らくこのことを恨み、いつか復讐することだけを胸に、潜伏しながら機会を狙っています。そして、ついに掴んだ大佐(デ・ニーロ)の居所。待ちに待った執拗な復讐が始まります。

これが案外エグい。いくら二人が不死身と言っても、痛そうのなんのって、見れない人も多いと思います。

敬虔なキリスト教信者であるジョンは、デ・ニーロが懺悔(あるいは告白)をするまで殺さずにいるわけですが(注:ジョン・トラボルタが「神はいるさ。俺は凄惨な殺害現場を見た。妻も娘も、周りの人もみんな殺された。こんなこと、人間だけならできないことさ。神がするんだよ。俺はその時、神の存在を確信したさ」と言い放つシーンがあります。妙に印象に残りました)、これが甘い。相手の状態もよく確かめずに後ろを見せて(例えば車の後部座席に乗せておいて、自分はしゃべりながら運転している)、わっと後ろから首を絞められたり、いちいち「こういう反撃、なんで予想しないのかな」の連続です。素人すぎる(笑)。

そして結局、自分も相当非情なことをしていたことを指摘されると、あっさり納得してしまう。自覚があったんなら、なんでそんなに復讐に燃えていたのか。それでなくても自分だけ助かっているのに(上述のように、なぜなのかは説明がないわけですが)。

まぁ、それが戦争の狂気と呼ばれるものかもしれません。結局、この二人は一番理想的なエンディングを迎えるので、そこはほっと安心、私達も心を緩めて鑑賞できるようになります。

でも、この理想的過ぎるエンディングに説得力をもたらしているのが、名優二人の安定感じゃないかと思います。事実は動かないのですから。

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