田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

シャネル&ストラヴィンスキー(coco chanel&igor stravinsky)

2012年04月30日 22時05分33秒 | 日記

 

 二人の芸術家の出逢いが、「N°5」と「春の祭典」を生み出した。
 与え合い、奪い合った、愛と才能。


 シャネルを描いた映画が次々封切られたとき、「ココ・シャネル」「ココ・アヴァン・シャネル」と続けて鑑賞した私は、さすがに3つめには食傷し「もぉええわ」と、パスしてしまったのでした。

ストラヴィンスキー役のマッツ・ミケルセンは、「しあわせな孤独」からのファンで(最近はすっかり大作づいていますが、この映画はその前でもあり)、気にはなっていたのでした。

で、今回録り置きしてあったのを見たわけですが、よかった!!これは、食傷せずに見ておくんだった!

シャネル役のアナ・ムグラリスの格好良かったこと。さすがにシャネルのミューズ。カール・ラガーフェルドがデザインしたという、素敵な衣装を見事に着こなし、見惚れるほど美しい。どんな衣装を着ていても素敵だった。それは、例えばおうちにいるときのリラックス・ウェアでもそう。

自分は普通の人なので、もちろん真似することはできないのですが、それでも一生懸命その着こなしを見てしまいました。

また、ストラヴィンスキー一家を住まわせたと言う別荘も、さすがの邸宅。やはり成功した女性というのは、いつの時代もカッコいい。そのたたずまいも、自信に溢れていますものね。



最愛の人、アーサー・”ボーイ”・カペルを亡くしたシャネルは、しかし人には「哀しみのうちにもエレガントだ」と言わしめるほど。

そして、再起を狙う前衛作曲家、ストラヴィンスキーを紹介されるのです。
早くからその才能に注目していた彼女は、支援を申し出ます。もちろん、家族一緒にと。

ロシアからの亡命作家は、才能があるとはいえ、決して楽な生活をしているわけではなく、シャネルの言葉に甘えることになるのです。

そして、才能のぶつかりあい、必然的に起こる感情(愛情)。

この二人の世界を見ていると、むしろ正当な言い分である奥様の嘆きが陳腐に聞こえるほど。本当は、主人公たち二人のほうが不倫なのにね。

そして、やがて大成された「シャネルの5番」、ストラヴィンスキーの「春の祭典」(再演)。まさに、芸術は爆発なんですねぇ~~!。

才能のある人がうらやましい。私も、シャネルのようにスタイリッシュに生きてみたいなぁ。

あ、そうそう。監督がなんと「ドーベルマン」のヤン・クーネン!びっくりしましたね。当時、某映画評論家に(頭を剃り上げているから)「珍念・・・いや、クーネン監督が・・・」と言われていたのを思い出しました(笑)。

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痛いほど君が好きなのに(the hottest state)

2012年04月29日 12時43分57秒 | 日記
 
 
 「好きだけじゃ、どうしてダメなんだ?」
 あの頃、僕たちは何もわかっていなかった。離れていく恋に、ただとまどい、もがいていた。それは初めて知った恋の痛み。
誰もの記憶をくすぐる、甘くほろ苦い感覚。恋は痛い・・・初めて知ったあの頃、その甘くもほろ苦い感覚を呼び起こす。


 古い映画ですみません。主演の一人、カタリーナ・サンディノ・モレノの前作(「そして、ひと粒のひかり」)があまりに強烈だったので、彼女の作品を見たいと思い、録画してありました。

今回は、ごく普通のニューヨークに住む若い女性。その豊満な体で、独特の色気は放っていますが、前作に比べるとフツウ~な感じがしました(当たり前だけど)。

主演の男性はマーク・ウェバー。名前に聞き覚えはあるのですが、「ブロークン・フラワーズ」も見たはずなのに、どうも顔が浮かびません。「チェルシー・ホテル」にも出てたらしいです。記憶にないですねぇ・・・。ごめんなさいね、マーク。

さて、物語は若い二人の恋物語。順当に恋に落ちたはずなのに、だんだん気持ちにズレが出て来て、食い違う。ますます追う男。ますます拒否する女。このあたりの「あ~でもない、こ~でもない」という過程が延々と描かれてゆきます。

日本との価値観の差なのでしょうか。あまりな屁理屈を言う女に対して、必死に食い下がる男に「もう、ええやん」と思ってしまいました。そんなに理不尽なこと言われてまで固執しなくても、自分も若いんだしいくらでもあるわよ、ってね。

要は男も女も幼いだけだと思う(若い恋愛を描いているんだからあたりまえなんだけど)。
結局はだだをこねてる女も、「自立したい」などと二言目には言うけれど、だからどうしたい、どうするべき、という具体的なことはなにひとつわからないまま、男に当たっていただけだと思うし、男もただがむしゃらに追っていただけ。

こういう話に共感できないほど、自分も歳を取ったんだなぁ・・・って感じです。もっとも、若い頃でもどうなのかわからないけれど。

実際、こんなにしつこく追われたことはないし、自分も諦めが早い方で、わりと若い頃から冷めてたし。

しかし、「500日のサマー」と同じで、こんなにされてもまだその女性を追う男の人の感覚って、理解できないなぁ。こんな面倒くさい女(母親とも微妙にくっついている)、私だったらまっぴらゴメンだけどな。男に生まれてみないとわからないか・・・。
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サガン 悲しみよこんにちは

2012年04月22日 15時39分15秒 | 日記
 
ちょっと前に見た、録り置きの映画です。なかなか感想が書けずにアセってました(笑)。

これは、文壇デビューした18歳から69歳で亡くなるまでを描いたサガンの自伝的映画。監督は「年下のひと」のディアーヌ・キュリス。サガンを演じたのはシルヴィー・テステュー。サガンの一人息子であるドニ・ウェストホフが監修を務めたそうです(なんか、驚き)。

さて、「悲しみよこんにちは」は読みました、二度も。正直に言うと、買ってあるのに、ずいぶん経ってから「あっ」と思ってもう一度買ってしまった・・・そんなことがあったのです。アホですね。

つまり、それだけ印象に残ってなかったってことです。これはひとえに、日本とフランスの文化の違いに起因すると思うのですが、私には、どうにもこのお話のどこがそんなに魅力的なのか、よくわかりませんでした。

今の若い人ならわかるのかもしれません。超がつく凡人の私は、「ふぅうん、そう」と思っただけでした。

ただ、世界的にもベストセラーですよね。だから、くだんのサガンはどんな人だろうとは思ったのです。

で、今回そのままになってしまっていたその思いが満たされたわけです。

結論から言うと、予想通りな感じでした。ひょっとすると、それくらいの予備知識はどこからともなく入っていたのかもしれません。だからそう感じたのかも。

ともかく、若くしてベストセラーを書きあげ、大金持ちになり、男性も思いのままに得、死ぬまで取り巻きに囲まれて暮らした、そんなサガンの人生は、まるでドラマのよう。ひとつ、意外だったのは男の子を産んであったこと。息子さんがいらしたんですね。

サガンは、つねに孤独を感じ、それを埋めるためには少々エキセントリックなこともしたようですが、しかし、あれだけの才能の持ち主。言っていることもいちいち真実だと思います。

「私が密かに恐れるのは愛なく生きることだ。孤独から逃避するために。それを意識することこそ本当の悲しみだ」

「人間は生まれてから生きるのも死ぬのも孤独だ。それは人に囲まれていようといまいと同じである」
などなど。

これだけ物事の本質を見極め、悟ることができたのなら、どうしてもう少し自分をコントロールすることができなかったのか、とも思うのです。

クリエイターである以上、作家でなくても、たとえば映画監督であっても、ある程度の批評は仕方のないこと。しかし、息子さんも述べられているように「非常に批評に弱い人でした」・・・例えば兄に酷評されたからと言って、車でスピードを出し過ぎて(半分わざと)自動車事故を起こし、瀕死の重傷を負ったり。

夜ごとパーティーに繰り出したり、賭けごとをしたり。勝ったお金で別荘を衝動買いしたり。取り巻きの生活もみたから、大赤字だったり。

ともかく、才能のある人ほど凡人には理解不能か、とも思うのですが、見ていて「もったいないなぁ」と思いました。それをもったいないと感じるところがそもそも凡人なのでしょうが、あんなに賢く生まれてるのに、そんなに刹那に生きなくてもなぁ・・・。

映画には描かれていませんでしたが、息子さんには優しかったのだそうです。22歳になるまで、一緒に住んでもいたのだそうです。それを聞いて、ちょっとホッとしました。
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ドライヴ(drive)

2012年04月21日 22時50分33秒 | 日記
 
 
 昼はハリウッドのスタントマン、夜は強盗の逃走を請け負う”ドライバー”。家族も友人もなく孤独に生きる男は、同じアパートに暮らす子連れの女性アイリーンと出逢い、互いに惹かれあう。しかし、彼女の夫が服役を終え帰還。ドライバーも一度は身をひく覚悟を決めるが、夫を組織から足抜けさせるための犯行を手伝ううちに、次第にマフィアの罠に絡め取られてしまう。愛する人を守るため、ドライバーは裏社会を相手に危険な闘いを仕掛けていくが・・・。



 皆さん絶賛の映画。絶対に見たくて行きました。でも劇場はガラガラでした。

カッコいいライアン・ゴズリングは、つい先日も「スーパー・チューズデイ」で見たばかり。かの映画では、「もう少し慎重だったら墓穴を掘らなかったかもしれないのに」と、彼に完璧さを求めてしまった私は、少し残念に思ったものでした。

で、この映画です。結論から言うと、とってもよくできてるんだけれど、「期待しすぎたかなぁ」って感じでした。

冒頭から、寡黙で渋いライアンが出てきます。そのドライビング・テクニックと言い、とっさの判断力と言い、また仕事に対する真摯な態度と言い、非の打ちどころのないクールガイです。

カッコいい!いつからこんなにいい役者になったんだろう、なんて思いながらワクワクです。

しかし、スーパーでキャリー・マリガンを見染めたあたりから変化してきます。偶然同じアパートだったこともあってか、自身はヤバい仕事をしているというのに、積極的な行動をとります。その甲斐あって子供も彼になつきます。

そして、彼女の夫が刑務所から出所してからも、なんだかんだと関わりを持つのです。

この辺になってくると、ちょっと醒めてしまいました。自分は強盗犯を逃しているんだから、隠れて生きていかなければならないはず。それなのに、堂々と人妻に惚れたうえに、刑務所で借りを作って来てあるとわかっているような(見るからに)しょうもない男に関わって、経験もないのにマフィアまがいの大物と張り合う。

その交渉の拙さに、黒幕には「おまえ、素人だな」と言われる始末。これがロン・パールマン。

結局にっちもさっちも行かなくなって・・・どうにもならんわな。

これが愛?これを不器用と言うの?純愛?

そっかなぁ・・・私は、賢くないだけだと思うけど。あんなにやり手だったんだから、こういうことに関わったらロクなことはないと、何故判断できなかったか。あるいは自信過剰だったか。うまくやれると思ったか。

私が擦れてるのかなぁ。歳を取って「人生ってそんなことしたら損するよ」な~んて考えが、純愛より先に浮かぶようになってるのかな。もっと若い頃なら楽しめたのかな。そうかもね。

ともかく、結局はスポンサーだった善良なおじさんまで巻き込んじゃったんだから、慎重さに欠いたとしか言いようがないよね。せっかく才能があったのに・・・。

でも、映画自体はよくできていると思いますし、キャリーもかわいい。

ライアン、次作に期待です。

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超能力者(原題は韓国語)

2012年04月20日 08時13分31秒 | 日記
 
 
 
 常に他人の視線を避ける男チョイン(カン・ドンウォン)は、願えばいつでも目で人々を意のままに操ることができる超能力者だ。しかし、彼はその力で世界を救おうとも、支配しようともしない。決して力に気付かれぬよう孤独で静かな生活を送ってきた。ある日、操ることのできない男イム・ギュナム(コ・ス)の出現ですべてが崩れ始める・・・。



 カン・ドンウォン、久しぶりです。私は彼の作品「オオカミの誘惑」で、(確か義理だったとは思うけど、好きになってしまった姉に)「姉さんは、どうして姉さんなんだ・・・」と涙を流しながらつぶやく姿に、一発ノックアウトされたのでした。もちろん、このセリフは姉さんにはきちんと聞こえてなかったと思いますけど。

さて、この作品です。冒頭は子供の頃のカン。特殊な能力を持ってしまったゆえ目隠しをされて、母と一緒に逃げる、逃げる。しかし、父親に追いつかれ罵られます。そして母に暴力を振るい始めた父に対し、目隠しを取ってしまうのです。

もちろん、その場は救われます。しかし、先を儚んだ母親に心中されそうになったところを逃げ出します。「親さえ、俺を殺そうとした・・・」というナレーションとともに。

そして大人になったカン。時々その能力で必要なお金を奪ったりしますが(こら!)、基本的には目立たぬよう、静かに暮らしています。心に傷を負いながら。

そして、いつものように高利貸し店に押し入ったところ、ただ一人、超能力が通じない男がいたのです。カンは取り乱します。

コ・スになぜ通じないのかは、一切説明されません。彼にも同じ能力があるのかな、とも思ったのですが、そうでもなさそうです。しかし、そういえば最初に、交通事故で瀕死の重傷を負ったにもかかわらず、驚異的な回復力だった、というシーンが入ります。

そして、心優しい社長を殺されたり、豹変した友人に襲われたりしたコは、カンが許せなくて、追うようになります。

ここからが長い。「チェイサー」のようです。いったい、落ちどころはどこなんだろうと心配するほど、進歩しない状況が続きます。こういう展開は韓国映画の特徴なのかな。

ともかく、この辺はもうちょっとシャープにできるだろうと思いました。

ただ、今回のカン・ドンウォンは悪役っぽいですが、普通に生きることができなかった心の痛みも伝わってきました。大きくなってから、年老いた母親を訪ねるシーンは(このシーンは幻想かも)胸打たれました。息子もつらかっただろうけれど、ただ何も言えず涙する母親に、涙をこらえることができませんでした。

でも、まだまだふたりのチェイスは続きます。

最後は・・・これはハッピーエンドなのかな。これでよかったのかな。そうかもしれない、違うかもしれない。

こんなこと、現実にはないだろうと思うけど、こんな能力いらないな。
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