田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(extremely loud and incredibly close)

2013年03月30日 18時38分40秒 | 日記

 

 大好きな父親を911のアメリカ同時多発テロで亡くした少年が、父親の残した鍵の謎を探るべくニューヨーク中を奔走する姿を描く感動ドラマ。ジョナサン・サフラン・フォアのベストセラー小説を、トム・ハンクスとサンドラ・ブロックという二人のアカデミー賞受賞俳優の共演で映画化。『リトル・ダンサー』『愛を読むひと』の名匠、スティーヴン・ダルドリーが監督を務める。鍵穴探しの旅で父の死を乗り越え、力強く成長する少年には、映画初出演のトーマス・ホーンを抜てき。ダルドリー監督の繊細な演出と俳優陣の演技が感動を呼ぶ。(yahoo!映画より)

 

 

 いまごろすみません。やっと鑑賞しました。ちょっと長いんですね。でも、見応えはありました。

あんまり声高に叫ばれてはいないけど、主人公の少年オスカーは、アスペルガー症候群の可能性があるという設定でした。だから時々、興奮するとおしゃべりが止まらなかったり、人と接することが苦手だったりするのです。そのへんをよくわかっているトム・ハンクス扮する父親は、なにかきっかけを作って人としゃべる機会を与えたり、とにかく少しずつでもその子の能力に合った成長ができれば、と心がけています。

幸い、オスカー少年は知能が高く、学習面では問題はないので、父と息子は言葉遊びをしながら学んで行ったりもします。(このシーンがおかしかった。「矛盾する単語をつなげた言葉(もっと簡潔な表現してました。熟語みたいな)」などと言って「ほとんど正確」とか「新しい老舗」とか次々言うんです。楽しめました)

そして、突然の9.11。誰もが茫然自失となります。

そんなとき、ある偶然から「Black」と書かれた封筒と、その中に入っている鍵を父のクローゼットから見つけたオスカー。それが、父からのなんらかのメッセージだと信じたオスカー少年は、NY中の「Blackさん」を訪ね歩くことになります。

これは、想像する以上に大変なことだと思いますね。11歳の少年が歩きでNY中を回るんですから。オスカー少年は、電車の人ごみや大きな音も苦手です。それで、どこへ行くにも歩いて行くことになるんですね。

これだけ聞くと、「なんと荒唐無稽な」ってなもんですが、この父子はよく謎かけをしていたので、部屋の思わぬところにヒントやきっかけを隠してあったりするのです。

そしてその過程で、おばあちゃんちに居候する老人と知りあったり(演じるは名優マックス・フォン・シドー)、リサーチに彼が同行することになったり。

あれだけの事件の後ですから、会う人の反応も様々。しかし、子供だってことも幸いするのか、案外みんな親切です。

そしてたどりついた結末は、オスカー少年が期待していたようなものではなかったのですが、それはそれ。彼は、父によく依存していて、母には冷たい態度を取っていましたが、実は母親の大きな愛に包まれていたことを悟るのです。

サンドラ・ブロック演じる母親もすごいです。いくら子供のことを理解しているつもりでも、私ならあんなにできるかなぁ、と少し不安になりました。うちの子も軽度の発達障害なのですが、この映画に描かれたように、聞きたくない言葉などが発せられると、しっかりと両手で耳をふさいでしまいます(オスカー少年のこのリアクションを見たときは、ハッとしました。なんかリアルですね)。

もちろん、少年のように知能指数が高くはないので、あんなに難しい言葉を使いこなしたり、調べる事柄を系統別に区分したりなど、そんなレベルの高いことはできませんが、それでもサンドラのように我が子のすることをきっちり予想できるかどうかは・・・自信ないです。すごいなぁ、私も息子が11歳になるころまでには、そんな母親になれるでしょうか。

父親からの電話がトラウマになるのも、すごくわかる。子供には大きすぎると思います。あれだけの事件を経験してない私がそんなこと、言っちゃいけないかもしれないけれど。

それと、自分の存在感を上手に消し去っているサンドラとトム(特にサンドラ)の名優たちには、ただただ感心するばかりでした。さすがです。

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オズ はじまりの戦い(oz the great and powerful)

2013年03月28日 22時39分04秒 | 日記

 

 カンザスのサーカス一座のマジシャン オズは、その魅力と口の上手さを武器に、いつか「偉大な男」になることを夢見ていた。ある日、竜巻に飛ばされて魔法の国オズに迷いこんだ彼は、たまたま名前が同じために、この国の予言に残る〈偉大なる魔法使い〉だと誤解されてしまう。西の魔女セオドラに導かれ、緑色に輝くエメラルド・シティに着いた彼は、東の魔女エヴァノラから「オズの国を支配する邪悪な魔女から救って欲しい」と依頼され、この国の人々から救世主として敬われる。財宝と名声にひかれたオズは、案内役の翼の生えた猿のフィンリーと共に邪悪な魔女を探す旅に出る。やがて、魔女に滅ぼされて粉々になった“陶器の町”で、ひとりだけ生き残った陶器の少女を助けたオズは、南の魔女グリンダに出会う。果たして、彼女こそが邪悪な魔女なのだろうか?オズと3人の魔女たち──4人の運命が交差する時、オズの国の驚くべき真実が明かされる。(Disney ホームページより)

 

<ちょっとネタバレ>

 

 

 

この作品、IMAXで鑑賞しました。本当に鮮やかな映像。色合いも美しかったですが、迫力もすごかったです。

主人公オズは、最初は口八丁手八丁のいいかげんな男。ただ、ハンサムなので、その口のうまさに騙される女も後を絶ちません。このいいかげんさが原因で、屈強な男に追いかけられるハメに。思わず気球に飛び乗ったはいいけれど、竜巻に巻き込まれ、あっという間に見知らぬ町に。ここからは美しいカラー映像になり、さらにスクリーンも広がります。

ずっと前に見たジュディ・ガーランドの「オズ」は、あんまりはっきりお話を覚えてなくて、ちゃんと記憶しているともっと楽しめたのかなぁ、と思います。

詳細の凝りようは、そういう理由でわからないとして、とにかく映像を楽しむ映画だと思いました。美しい魔女が3人も立て続けに出て来ますし、色男オズは目に見えてウハウハしています。このへんは、ジェームズ・フランコの面目躍如ですね。ミシェル・ウィリアムズに初めて出逢ったときなどは、明らかに顔つきが変わるのです。「ラッキー!美人じゃないか!」って表情が言ってます(笑)。あまりに露骨なので、これが中年おばさんだったら、話はころっと変わったのかな、と思いました。「オズはさっさと帰途につきました」ってね(笑)。

それにしても、オズの国の人々は、いくら予言されているからって、救世主が現れるまでじっと待ってたのかしら。すごく他力本願なんですね。リーダーは現れなかったのかしら。

ともかく魔女たちは思いこみが激しく、最初に出て来たミラ・クニスなどは、オズを王に頂くに際して、「王妃になれて光栄です」などと、すごく怖いことを言うし(さすがの色男もちょい引いてた)、最初はジェームズの気を引くためにどの魔女も必死で、「なんか、独身女性の婚活バトルみたい」と思ってました。

そのうち、有意義なお話に発展して行き、正義と平和のための戦いとなって行くのです。オズの国の人々は、花火を見たことがない、というのが結構ネックになってましたね。

そんなこんなで、ジェームズのマジックにすっかりやられてしまった邪悪な魔女は、かわいそうに滅びてゆくのです。やがて、ジェームズも故郷に帰らねばなりません。協力してくれたオズ国の人々との別れを経て、オズは一回り大きな大人の男となっているのでした・・・。というのが大筋です。

でもなぁ、この映画の展開を見る限り、一番姉は最初からいろんなことを企んでいたとしても、ミラ・クニスは「オズに裏切られた!」と思わなければ、あんな姿に変身することはなかったんじゃないのかなぁ。だって、彼女はすっかり王妃になるつもりだったのに、ジェームズったらミシェルを見た途端、そちらになびくんだもの。

そういえば、一番姉のレイチェル・ワイズもなにげに「このきれいなきれいな顔が気に入らないのよ!」って、ミッシェルに言ってましたね。危ないですねぇ(笑)、結局は魔女も人間も、女のバトルは一緒なのかもしれませんね。

続編もあるって、言ったっけ?

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ジャンゴ 繋がれざる者(django unchained)

2013年03月26日 18時24分33秒 | 日記

 

 1958年、黒人奴隷のジャンゴは、テキサスの荒野で賞金稼ぎのドイツ人・キング・シュルツ医師と出会う。ジャンゴはシュルツの手伝いとして、以前働いていた牧場の監督官をしていたブリトル三兄弟を見つけ出し、殺す。その腕を見込んだシュルツは、彼を相棒にすることに。やがてシュルツに心を許したジャンゴは、自分にはブルームヒルダという妻がいたが、奴隷同士の結婚は許されず、引き裂かれてしまった哀しい過去を話すのだった…。(goo.映画より)

 

 

 おもしろい!中盤、少々理屈っぽくて冗長な感じがする場面もありましたが、楽しめました。私は西部劇って、あんまり見て来なかったのですが、それでもスカッとしました。で、真面目な映画より痛烈に黒人差別を批判しているから大したものです。

贅沢を言えば、もう少しシャープに短い仕上がりにできたのではないかな、と言うことだけです。俳優の選び方もうまい。なるほど脚本賞をもらったはずですね。映像はグロかったけれど、本当に楽しかった(笑)。

しかし、この露骨すぎる黒人差別・・・。もちろん、本当にあったことだと理解しているのですが、同じ人間、肌の色が違うだけでこんなに無意味な仕打ちをして平気だったなんて、人って怖いですね。

それにしても、Dr.キング・シュルツを演じたクリストフ・ヴァルツの素晴らしかったこと!歯医者から賞金稼ぎに転職ってなによ?!って、思わんでもないけど(笑)、早撃ちガンマンの素質があったのでしょう。また、奴隷から解放されたジャンゴも、たまたま射撃の腕を持っていた・・・って都合良すぎるだろ!って思わんでもないけど(笑)、復讐に燃えるジャンゴですから、並はずれた集中力を発揮できたのでしょう。

ということで、本来はホワイトカラーの紳士であるDr.シュルツとジャンゴの(ドイツへの郷愁も手伝って)、ジャンゴの妻ブルームヒルダを取り戻す旅が始まります。もちろん、道すがら賞金を稼ぐことも忘れません。と言うか、最初は妻を買い戻すつもりだったので、必死に稼いでいたわけです。

今回の悪役はレオナルド・ディカプリオ演じるムッシュ・キャンディ。彼は「すでに”華麗なるギャツビー”だったっけかな?」と見違うほどの豪邸に住んでいます。そして、お金にまかせて勝手放題に暮らしているのです。

ここでの彼の気ままさは、お金さえあればなんだってできる最近の日本の風潮を皮肉っているものではないのか、と勘繰ってしまうほど、今の日本に酷似しているように感じました。勿論、監督にそんな意図はないとは思いますが(笑)。

しかし、一見奴隷売買を装った妻奪還計画も、狡猾な黒人執事に見破られ、事態は大きく変化してしまいます。

クライマックスの撃ち合いは、まさにタランティーノ節炸裂!湧くように出てくる白人たちと、バシッと決めたカッコよすぎるジャンゴとの壮絶な銃弾戦。個人的には、「ドジャンゴ、おまえ・・・」と言った瀕死の男にもう一発ぶちかまし、「Dは発音しない」と言ったジャンゴがツボでした。笑える。

濃いキャラと上手すぎる俳優ぞろいで、影が薄いと言われていたジェイミー・フォックス。でも、充分カッコよかったと思います。ブルームヒルダは幸せでしょうね、ここまで想ってもらって。

少し前に見た「愛、アムール」も愛を描いた映画でした。最近多いのかな、愛がテーマのお話が。だって、人は愛がなくては生きてゆけませんものね、どんなに強くても。

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マーサ、あるいはマーシー・メイ(Martha Marcy May Marlene)

2013年03月25日 08時04分25秒 | 日記

 

 メアリー=ケイト&アシュレー・オルセン姉妹を姉に持つ若手女優、エリザベス・オルセンが主演し、カンヌ映画祭やサンダンス映画祭で高い評価を受けたサスペンス。カルト集団から脱走し、マインドコントロールから逃れようともがく若い女性の2週間を描いた。孤独で愛に飢えていた少女マーサは、山の上にあるカルト集団に入信し、マーシー・メイという新しい名前で生きることになる。それから2年後、マーサは1人で集団を脱出し、姉夫婦の別荘に身を寄せるが、マーシー・メイとして生きた2年間の記憶に苦しめられる。監督は本作が長編デビューとなるショーン・ダーキン。(映画.comより)

 

 

 この映画は、あるカルト集団に属していた女性がなんとかして立ち直るお話・・・ではありません。孤独を感じ、居場所を捜していた若い女性が、誘われるままに仲間(若い人たち)と集団生活をしていた。そこにはカリスマリーダーがいて、彼は絶対的な存在だった。そして、そこでの生活の記憶は、脱走し姉に保護されていても、常によみがえり彼女を悩ませるのだった・・・そんなお話です。結論から言うと、立ち直る(と、一般社会では言う)ための第一歩を描いたもので、なにかが解決したわけではありません。まだこれから続編があるのか、と思うほどなにも解決せずに尻切れトンボで終わります。

しかし、それを物足りなく感じるのは、単純明快なハリウッド映画に馴らされてしまった悪癖で、実際はそう簡単なものではないはずですよね。そこに気付かせてもらえる映画でした。

ここで主人公のマーサが所属するのは、宗教団体ではなく、カリスマリーダーを一人頂いただけのコミューンです。居場所を求める者や、自分自身の存在価値がわからない者(まぁみんなそうですが)など、若者を中心とした集まりで、自給自足を目指して集団生活をしています。

このリーダーがまた魅力的なんですね。優しくて、ほっとするような包容力を見せ、またギターを弾きながら新入り(今回の場合はマーサ。ただし、コミューン内ではマーシー・メイと呼ばれている)に捧げる歌を皆の前で歌ってくれる。女性はみな彼とのセックスを強要されるのですが(「浄化の儀式」などと呼ばれている)、きっとセックスも上手なのでしょう。

とにかく、観客の私が見ていても「あ~私でも落ちるかも」な~んて思ってしまいました。かの”マンソンファミリー”のリーダー、チャールズ・マンソンも女性に人気があったと聞きます。やっぱり、普通じゃないんでしょうね。

しかし、やはり多人数の人が食べていかなくてはならないとなると、どうしても行き詰まってきます。最初は毛布を売ったりしていたようなのですが、自給自足なんてそうそうできるものでもなく、そのうち窃盗などを繰り返すようになります。

そしてあるとき、一線を越えてしまいます。

耐えられなくなったマーサは脱走を試みるのですが、そこは単純な若い女性。すぐに仲間に見つかってしまいます。しかし、彼は帰って来ることを強要するでもなく、「まぁ、いいさ」と言ってそのまま行ってしまいます。

やがて彼女の身を案じていた(裕福な)姉に連絡し、彼女は広いアパートに居候を始めます。

しかし、人里離れたコミューンで生活していた彼女の行動は、やることなすこと奇妙で、姉夫婦はとまどうばかり。そのうち、いろんな記憶がフラッシュバックしたり、彼らが連れ戻しに来る幻覚を見たりし始めます。

ここで重要なのは、実際に彼らの姿が映るわけではなく、すべて彼女の妄想かもしれない、ということ。だって、あんなに簡単に見逃したのですもの、そう執拗に追ってくるでしょうか。

彼女がコミューンで過ごした期間は2年間。その記憶がまだまだ彼女を縛りつけているのです。

想像するに、彼女は大学を卒業してからコミューンにはまったように言われていたので、充分に大人だったはず。それまでの20ウン年の方がはるかに長いのだから、いくら強烈な体験でもたった2年の記憶から立ち直るのは、そう難しいものではないのでは。もちろん、今はまだ脱走してきてすぐだから、思うようにはいかないだろうけれど。

ま、人それぞれだからまったく違う意見もあるでしょうが。

いけない一線さえ越えなければ、社会の目を気にせず人里離れたところで、少人数でいたわりあって過ごすのは、俗に言う「普通の社会」で生きてゆくより人間らしく生きられるのかもしれません。リーダーは優しいですし。

マーサの場合は、その一線が許せなかったのと、コミューンでの体験がなんだったのかをはっきり理解していなかったこと・・・その辺が原因で、いろんな妄想を抱いてしまったのではないか・・・そんな気がします。

どちらにしても、なにをもって満足するかは人それぞれだから、許される範囲で模索して見るのもいいんだろうな、と思います。

 

 

 

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愛、アムール(Amour)

2013年03月22日 08時11分03秒 | 日記

 

 パリの高級アパルトマンで悠々自適の生活を送る音楽家の老夫婦、ジョルジュとアンヌ。しかしその生活はアンヌの急な発病で暗転する。入院したアンヌを、本人の希望により自宅に連れ帰ったジョルジュは、家で介護する事にするが、アンヌの病状は悪化する一方。看護師に加え雇ったヘルパーに心ない仕打ちを受けた二人は次第に孤立していく。娘のエヴァが心配してアパルトマンを訪ねてみると、そこには憔悴したジョルジュがいた…。(goo映画より)

 

 

う・・・ん、重い映画でしたね。ハネケ監督の作品は、残念ながら「ピアニスト」と「隠された記憶」しか見てなくて、注目作である「ファニーゲーム」や「白いリボン」を見逃しているのです。「白い・・・」などはHDDに入れっぱなしになってる上、パンフレットまで譲り受けてあるというのに。いけません、本当にいけませんね。

さて、「隠された・・・」は、よく理解できなかったので、あんまり感想の述べようもないのですが、「ピアニスト」は好きでした。すっかりイザベル・ユペール演じる年上のピアニストに感情移入してしまうほどでしたので、さほどに衝撃作だとは思っていません。ここは是非、先述の2作を見たいところです。

さて、本作です。あまりに前評判が大きくて情報があふれかえっていたためか、話の筋(展開)は衝撃を伴うとはいえ、予想を越えるものではなく、ハネケ監督にしては普通な感じのする映画でした。

老老介護については、日本でも他人ごとではありません。まだ本作の主人公たちは、リッチな人たちだったので、なんとなれば看護師やヘルパーを交代で雇うこともできましたし、家も充分に広く、また自分たちでは行けない買い出しなども、お金を出して人に頼むこともできました。

しかし、大方の人たちにそんな余裕はないはずです。簡単に「施設へ」といっても多額のお金を要しますし、お安いところとなると劣悪だったり常に空き待ちだったり。

そう思うと、最初に有無を言わせず「病院は絶対にいや。二度と病院にはやらないと約束して」と押し切った妻も(もちろんその時はそんな急激に悪くなるとは予想していなかっただろうけど)、”お金の心配はないから”という前提があればこそそう言ったのだろうし、施設で縛られることなどを想像すると、妻の気持ちもわからないでもありません。

ただ、当の本人たちにそこまで行き詰まる自覚はないだろうけれど、実際は老老介護が行き詰まることは周知の事実。

だからといって劣悪な・・・と、これはもうどんなに考えても堂々巡り。ましてや普通に貧乏な我が家のような家では、子供に金銭的な負担をかけさせるわけにもいきません。

まるでドキュメンタリーを見ているようなこの映画が、主演女優賞を取れなかったのも、あまりに現実的過ぎて、年輩のアカデミー会員の不興を買ったのだろうという意見も、あながち間違いではないのだろうとも思うわけです。

劇場を後にした、私の後ろを歩いていた年輩の女性達も、「いやね」「ねぇ・・・ほんとうにいややね」と不快顔でした。

これは愛を描いた映画だと、監督も批評家もそう言います。もちろん、そうでしょう。ある意味、ハッピーエンドなのかもしれません。

しかしねぇ・・・こんな現実、みんなわかってるのに、わざわざ映画にして見せる必要あるでしょうか。

自分は、ある程度意識がはっきりしているうちに(それが子供を傷つけることになったとしても)、やっぱ自殺するのが一番かなぁ・・・などと考えてしまう今日コノゴロです。

はぁ・・・生きるって、しんどい。先のことを心配してもしょうがない、とは言うけれど、だって連れ合いがトランティニャンのように優しいって保証はない。まぁさっさと見限ってくれる方が楽かもしれないけれど。

とにかく、淡々としていて眠かったりもするのですが、しんどい映画でした。

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