田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

スパイダーマン ホームカミング(Spider-Man: Homecoming)

2017年08月27日 18時30分38秒 | 日記

 「スパイダーマン:ホームカミング」海外版の新ポスターがダサすぎてコラ祭りに発展

 サム・ライミ監督&トビー・マグワイア主演の「スパイダーマン」(2002~07)、マーク・ウェブ監督&アンドリュー・ガーフィールド主演の 「アメイジング・スパイダーマン」(12~14)に続き、3度目の映画化となる新たな「スパイダーマン」。主人公スパイダーマン=ピーター・パーカー役には、「インポッシブル」のトム・ホランドを抜てきし、「アベンジャーズ」シリーズをはじめとした、同じマーベルコミック原作の作品同士で世界観を共有している「マーベル・シネマティック・ユニバース」に参戦。16年に製作・公開された「シビル・ウォー キャプテン・アメリカ」で初登場を果たした後のスパイダーマンの戦いを描く。ベルリンでのアベンジャーズ同士の戦いに参加し、キャプテン・アメリカのシールドを奪ったことに興奮するスパイダーマンこと15歳の高校生ピーター・パーカーは、ニューヨークに戻ったあとも、トニー・スタークからもらった特製スーツを駆使し、放課後の部活のノリで街を救う活動にいそしんでいた。そんなニューヨークの街に、トニー・スタークに恨みを抱く謎の敵バルチャーが出現。ヒーローとして認めてもらい、アベンジャーズの仲間入りをしたいピーターは、トニーの忠告を無視してひとりで戦いに挑むのだが……。悪役のバルチャーを演じるのは、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」のマイケル・キートン。監督は、ミュージックビデオ出身で「クラウン」「COP CAR コップ・カー」で注目された新鋭ジョン・ワッツ。(映画.comより)

 

 

 

 マーベルユニバースの広がりは果てしないですね。スパーダーマンだけでも「何度作り替えるんだ!」って感じですが、その都度興行成績を上げるのですから、仕方がありません。そのわりには簡単に「アメージング」の「3」を取りやめたりするのですものね。話が中途半端になってしまって、最後結局なんだったのか、思い出せなかったりします。自分は次回作が来るつもりで見てるし。まぁそれでも覚えてない自分が悪いのですが。

今回はきちんと(?)「シビルウォー」でチラ出して、布石を打ってありますし、はしゃぎまくってるあたりが高校生らしくてかわいらしい。ちょっとしたことでアイアンマンにスカウトされて、能力以上に有頂天になってしまっているteenagerが等身大に描かれていて、年増な私は恥ずかしいやら共感できるやら(笑)。実は何もわかってないのに「なんでもわかってる」つもりになる年頃。「自分はもっとやれる」と本気で思い込んでいる年頃。誰しもが通る道。なんだか見ていて恥ずかしい。娘(19歳)に言わせると、「”また連絡する”なんて気を持たせるようなことをアイアンマンが言うから、あかんのよ。その気がないなら、余計なことを言わなければ、トム・ホランド君だってあんなに期待しなかっただろうに」ということなのです。いや、その通りなんです、そうなんですが、そこが「大人の礼儀」だったりするのよね・・・。なんか、耳が痛いです。

で、すっかり舞い上がってしまったホランド君は、誰の許可も得ずに街中をパトロールしてまわり、独自の判断で制裁を下し、最初は小さなコトで済んでたものが、どんどんエスカレートして”絶対自分の手に負えないようなデカいこと”にも「自分は、やれる」と錯覚してのめり込んでいくようになります。当然、行き詰まります。それでも何とかしようとするものですから、コトはどんどん悪循環し始めます。そこでアイアンマンの出番となるわけですが、今回はアイアンマンと同じくらい、運転手(助手?)のジョン・ファブローも出ています。事務所移転のため、超多忙だった彼にもう少し時間があったなら、話は違っていたかもしれません。

今回の悪役は、ハンバーガー帝国のファウンダー、マイケル・キートンです。あ、映画が違いました。土建業の親方、マイケル・キートンです。せっかく人も雇って崩壊したビルの後片付けを請け負ったのに、いきなり契約解除されるのです。みんな生活だってある。なのに、やって来た役人然とした女性は「上司に聞いて。私は知らない」と言って一方的に解雇を言い渡していっただけ。そりゃそうでしょうけど、そんな縦割り行政でとばっちりを受けるのは、いつも生きて行くのに必死な庶民のみ。理不尽ですねぇ。結論から言えば、自分のビル(スターク・コーポレーションね)をアベンジャーズのみんなで壊しておいて、自分の会社(スターク・コーポレーションね)が修理を請け負い、政府からのお金を自分たちがもらう、そんな構造になってたんですね。「結局、自分で壊しておいて、金持ちが潤うようにしかなってない」マイケル・キートンがのたまいます。その通りです。私が同じ立場なら、きっと同じことを言うでしょう。じゃ、なんで一旦外注したんですか。それならそれで、最初からそうしておけば、庶民を巻き込まずに済んだじゃないですか。100%キートン氏に賛成します。

しかしながら、アベンジャーズが暴れた後の残骸からは特殊な金属(?)のようなものを拾えたので、賢いキートン氏は、それを利用して復讐兼金儲けを実施しています。政府にばれないよう、「超えてはいけない一線」を部下たちにも徹底し、うまくやっているのですが、うまくいったらいったで、調子に乗る奴が出てきたりして、悪事はばれてゆくのですね。そこへ下手に(まさに”下手に”です)ホランド君が絡んでくるものですから、収拾のつかないことになります。

とまぁ、こんなお話しです。高校生のホランド君は成績優秀な生徒で、学校の代表として、知識を競う学力大会にも出場予定なんですが、スパイダーマンとして活躍したい気がはやって、メンバーとの練習をさぼってばかり。でも、その都度みんなが「いいよ」って受け入れてくれたり(彼がよほど優秀なのか、皆がよほど優しいのか)、学校のメンバーたちの危機を救ってヒーロー然としてるんだけど、その原因はあなたの先走った行動でしょうに!だったり、突っ込みどころは満載なのですが、まぁそれが青春なのかもしれません(そこか!)。

映画としては、とてもよくできていたと思います。モテないヲタクの親友がネットのプロだったり、設定はありがちですが、大人なアイアンマンが見れるのと、ラストにあの女優さんが!お目にかかれてよかったです。あと、ジョン・ファブローさん、少し痩せましょうね。もうひとつ。同じ監督の「コップ・カー」、絶品でした。こちらもオススメします。

追記:パンフレットが2種類売っていて、「特別版」は950円でした!

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トランスフォーマー 最後の騎士王(Transformers: The Last Knight)

2017年08月19日 07時21分27秒 | 日記

 File:Transformers The Last Knight poster.jpg

 マイケル・ベイ監督による大ヒットSFアクション大作「トランスフォーマー」シリーズの5作目。地球上に存在するあらゆるマシンに変形する金属生命体トランスフォーマーが、太古の時代から地球の歴史に干渉してきたという、新たな真実が明らかにされる。トランスフォーマーの起源であり「創造主」と呼ばれる異星人が、惑星サイバトロンの再生と地球侵略を計画。それを阻止すべく旅立ったオプティマス・プライムだったが、創造主に捕えられて洗脳されてしまい、人類を滅ぼすべく地球に舞い戻ってくる。一方、オプティマスが不在中の地球では、バンブルビーがオートボットの新たなリーダーとなり、復活したメガトロンとディセプティコンに対抗していた。バンブルビーらオートボットと行動をともにするケイド・イェーガーは、孤児の少女イザベラを助け、謎の英国紳士バートンの導きによってイギリスに向かうが、バートンのもとでオックスフォード大学の教授を務める女性ヴィヴィアンと引きあわされる。バートンは、ケイドとヴィヴィアンに、これまで隠されていた真実を明かすが……。前作に続いてケイド役のマーク・ウォールバーグが主演し、1~3作目のレギュラーキャストだったレノックス役のジョシュ・デュアメル、シモンズ役のジョン・タトゥーロが復帰。バートン役で名優アンソニー・ホプキンスが出演。(映画.comより)

 

 <予告に入っていた程度のネタバレあり>

 

 もう5作目になるのですね。えらいものです。これだけ作ると、目新しい技術だけでは引っ張れなかったのですね。お話しが突飛すぎます(笑)。もちろん、本当かもしれないわけですが。その時代に生きてないしね。

前作からのマーク・ウォールバーグはもちろん続投。今回は「あれ?マーク版に出てたっけ?」のジョシュ・デアメルとジョン・タトゥーロが何食わぬ顔で出ています。ジョシュは大佐になっていて、「オスプレイに乗るんだ!」というせりふ連発で、「くだんのオスプレイかぁ」な~んて思いました。ストーリーに関係ないのですが。

今回は名優アンソニー・ホプキンスまでお出ましになって、重厚な雰囲気を醸し出しています。前作で大活躍していたスタンリー・トゥッチは残念ながら姿を見せません。彼が、中国製品(飲み物など)の名前を見えるように持ちながら演技していたのが忘れられません。右腕となる気丈な研究者も中国人のリー・ビンビンでしたし、「中国資本入ってるなぁ」とひしひし感じたのが記憶に新しいです。今回はそんな印象を受けなかったので、大金を払ったのにさらに「足りない」と訴訟を起こされてしまったマイケル・ベイが懲りたのかなぁ、と勝手に推測しています。

とにかく、今までの人類の歴史はすべてトランスフォーマーが関わって作られたのだそうです。アーサー王と円卓の騎士や、ナチスなど、すべてでね。でも、その説明と成り立ちがさほど不自然じゃないんですね。うまいなぁ、と思いました。

マーク・ウォルバーグもがんばっていますし、イギリス人のヒロインも綺麗でした。今回は既婚女性だったことに驚きましたけど(笑)。まだあと2作あると思うので、どうお話しをつなげるのか。期待がふくらみます。

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母よ、(Mia madre)

2017年08月13日 08時32分47秒 | 日記

 「息子の部屋」のナンニ・モレッティ監督による自叙伝的作品で、母親の介護など、プライベートの難題を抱えながら、映画製作に取り組む女性映画監督を主人公に描いたドラマ。恋人とも別れ、娘の進路問題も抱え、兄とともに入院中の母親の世話をしている映画監督のマルゲリータ。撮影中の新作映画は、アメリカ人俳優バリー・バギンズが撮影に参加した途端、思うように撮影が進まなくなる。ストレスが募る中、追い討ちをかけるかのように、病院から母親の余命宣告を受けてしまう。主人公のマルゲリータ役を演じるのは「はじまりは5つ星ホテルから」などで知られ、モレッティ監督作品でも常連のマルゲリータ・ブイ。アメリカ俳優バリー・バギンズ役には「エクソダス:神と王」「ジゴロ・イン・ニューヨーク」のジョン・タトゥーロ。マルゲリータの兄役でモレッティ自身も出演。(映画.comより)

 

 

 

 ナンニ・モレッティは本当に人間ドラマが好きですね。元来コメディタッチのものが多かったように思うのですが、近年は深刻なものが多いですね。もちろん、そんな中にも彼らしいユーモアが散りばめてあったりするのですが。今回は社会で踏ん張って生きている女性が主人公ということで、身につまされるものがありました。何もかもがいっぱいいっぱいで、ストレスばかりが積もる。しかし、自分が前向きでないと悪循環するもので、どんどん物事がうまくいかなくなる。挙げ句の果てには「君はいつも不満の固まりで自分勝手な女だ」などと言われてしまう・・・。よほどにポジティヴな女性か、じっとうちにいるような女性でない限り、誰しも身に覚えがあるのではないでしょうか。

映画監督として、一度は成功を収めたマルゲリータ。しかし、芸術というのはそれを維持して行くのが難しい。今はスランプの時期なのです。社会派として鳴らした監督。そんなこともプレッシャーなのか、つい気難しい(?)作品を手がけてしまってます。もちろん、お気楽に見える映画でも難しさは同じなんでしょうけれど。恋人とも別れてしまったマルゲリータは、思春期の娘もいて、死期の近い母もいる。優しい兄もいて、彼は母の面倒を見るために仕事まで辞めている!テイクアウトの総菜を差し入れしようと持って行くと、兄が手作りの夕食をどっさり持ってきてるし・・・。思わず隠してしまいます。

誰もいない母の家と、自分の家を行ったり来たりして管理(様子見?)しているつもり。でも、悪いコトって必ず続きます。母の家のどこからか、水漏れ。なんで床が水浸し~~?もう・・・!思わずぞうきんや新聞紙を持ち出して・・・いや、業者を呼ぶのが先だった。夜だけど。

なんか、わかる~。泣きそうなほどアセって、女ひとり。

そして、そうこう言いながらも、母の病状は悪化。余命も宣言されます。本人は落ち着いたもので、過去に慕われた教師だったこともあり、生徒は何人も訪ねて来てくれるし、マルゲリータの娘もおばあちゃんには心を許している様子。恋愛の相談なんかもしちゃってたりして。母はそばにいるのに、とマルゲリータは内心ムッとします。この辺は日本との文化の違い?私、娘の相談なんて面倒くさいからおばあちゃんが請け負ってくれたらラッキー!って思うけど(笑)。

そんな感じの悲喜こもごも。映画自体にドラマチックな展開があるわけではなく、家族模様が淡々と描かれます。でも、人生ってそんなもの。マルゲリータだって、”気難しくてやりづらい”と思い込んでいたイタリア系アメリカ人スター、ジョン・タトゥーロが、案外味のある人で心許せることに気がつくのです。あります、あります、こんなこと。私個人的には、程度の差はあれ”成功を収めている人”って、やっぱり凡人ではなくて、なにかし”わかっている”部分があればこそだと思うので、結構信頼しちゃいます。

親はいつか、いなくなる。往々にして、人生の一番忙しいときと重なるけれど。私もまだなので、わかったようなことは言えないけれど、どんな風に受け入れるのか。これは永遠のテーマかもしれません。

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シンプル・シモン(I RYMDEN FINNS INGA KANSLOR/SIMPLE SIMON)

2017年08月10日 14時18分20秒 | 日記

 第84回アカデミー賞外国語映画賞のスウェーデン代表に選出されたラブコメディー。他者とのコミュニケーションがうまく取れないアスペルガー症候群の青年が、自分のせいで恋人に振られた兄に新たなパートナーを見つけようと奮闘する姿を追い掛ける。メガホンを取るのは、本作で長編映画デビューを飾った新鋭アンドレアス・エーマン。主演は、ステラン・スカルスガルドの息子ビル・スカルスガルド。ハートウオーミングなストーリーもさることながら、北欧ならではのかわいらしいファッションやインテリアも見もの。(シネマトゥディより)

 

 

 カラフルで素敵な映画でしたね。同じテーマを扱っても、日本で作るともっと深刻な仕上がりになると思うのです。それはそれで、真面目な民族性は素晴らしいことだと思うのですが、主人公を取り巻く環境を見るにつけ、日本とはだいぶ違うなぁ、としみじみ思うわけです。

アスペルガー症候群のシモンは、物理は得意だけれど人の感情がわからない。家には手作りのドラム缶。この「ドラム式宇宙船」に一度引きこもると、なかなか出てこれません。そんなとき、両親はいろいろ試みるのですが、シモンは頑として出てきません。そんなときは、お兄ちゃんのサムの出番です。こちらから宇宙へ、「プゥープゥープゥ。どうぞ」と言って通信を試みるのです。すると、宇宙の彼方から返信があります。

と、こんな感じの世界です。日本と違うなぁ、と思うのは、なぜかみんなのんびりしていて、両親もまだお若いと思うのに、なんか家にいるのと、サムも、弟になにかあるとすぐ職場を抜け出して駆けつけるところです。それはまるで「テッド」のマーク・ウォールバーグのよう。どんなたぐいの仕事をしているのか知らないけれど、のんびりしたお国柄です。「君はクビだ。明日から来なくてよろしい」なんてもんです、日本では。

サムは、恋人とアパートを借りて新生活を始めるのですが、そこにはシモンが同居。しかし、シモンは毎日の自分のペースを乱されるとパニックになる、人に触られることに耐えられないから「僕はアスペルガーです、触らないでください」というバッチをつけている、など融通のきかない生活で、ほどなく彼女は出て行ってしまいます。そのためにサムは落ち込み、自分のペースを乱されたシモンは、お兄ちゃんに似合った彼女を捜すために奮闘することになります。ここは、あくまで「自分のため」なのです。サムがかわいそうだから、じゃないんです。

でも、物事を物理的にしか考えられないシモンは、兄を分析して完璧な女性を探そうとしたり、逆に「正反対のほうが惹かれる」と聞けば真・正反対の人を真剣に探したり。なかなかうまくいきません。でも、シモンに悪意はありません。一生懸命なのです。そんなこんなで、彼のペースに巻き込まれてくれる女性も現れます。なんかわかる気がしますね。どこかへ行く途中でも「ま、いっか」って、シモンにつきあってくれて気にしない女性。つい肩や腕に触れてしまうたびに「触るなって言ってるだろ」って、突き飛ばされて池にはまってもめげない女性。最高ですね。ちょっと憧れます、自分がギスギスしてるので。

北欧らしい、カラフルな画と心優しい物語。シモンと一緒に住むのは、やっぱり大変そうだけど、でもこの国でなら生きてゆけそう。素敵だな~って思える映画でした。

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ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)(Feher Isten)

2017年08月06日 08時58分48秒 | 日記

ハンガリーの首都ブタペストを舞台に、雑種犬だけに重税を課す悪法によって飼い主の少女と引き離された犬ハーゲンと、人間に虐げられ保護施設に入れられた犬たちが起こす反乱を描いた異色ドラマ。雑種犬に重税が課されるようになった街。13歳の少女リリは、可愛がっていた愛犬ハーゲンを父親に捨てられてしまい、必死でハーゲンを探す。一方、安住の地を求めて街中をさまよっていたハーゲンは、やがて人間に虐げられてきた保護施設の犬たちを従え、人間たちに反乱を起こす。第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、同部門グランプリとパルムドッグ賞をダブル受賞した。(映画.comより)

 

 

 

 昔から「犬派」でした。今はマンション住まいなので犬はいませんが、実家にいる頃は切れることなく犬と過ごす人生でした。2匹いる時期も結構あって、毎日の散歩は別々に行くので常に2回。自分の運動にもなって、元気に過ごしていました。犬はなつくと従順だし誠実。賢いし、本当にかわいくて好きでした。犬の映画と見ると、片っ端から鑑賞したものです。それこそ邦画「マリリンに会いたい」に至るまで、劇場で(笑)。

さて、話がそれました。「ホワイト・ゴッド」です。「god」って逆さにすると「dog」だってことも関係しているのかしら、この邦題。主人公のリリは、な~んか人生がうまくいかず、なんとなく疎外感を感じています。参加しているオーケストラのトランペットもうまくいかないし、いちいちいろんなことに腹が立ちます。両親はとっくに離婚していて、母は新しいパートナーと過ごしています。父は一人のようです。今日も、本当は母と過ごすはずだったのに、「どうしてもダメ」なことがあって急に父を呼び出したようで、迎えに来た父も不機嫌です。そんな父をパートナーと一緒に迎えて「じゃぁね、お願いね。きちんとね」なんて言うし。(余計なことですが、父親がとても年配だったので驚きました)

近未来のこの国では、雑種犬を飼うと税金を課せられます。そして、国って「払え」という時は調べも督促も素早いんですね。「支給する」って言うときは遅々として進まないくせに(あれ?舞台は日本だったかな)。で、そんなもの払いたくない父親は犬を橋の下に捨ててしまいます。少女は「必ず迎えに来るからね~~」と必死です。彼だけが友人であり、心の支えだったのですから。滅多に会わない父親となんかうまくいってるはずもなく、終始ふくれっ面。父親も気を遣っているのはよくわかるのですが、いかんせん突然会っても・・・って感じです。

一方、捨てられた犬ハーゲンは、浮浪者に拾われた後、闘犬を育てる男に見込まれ、買われていきます。そこで厳しく鍛えられ、顔つきまですっかり変わって凶暴な闘犬へと成長します。ただの飼い犬だったのに、これほど顔つきが変わるのか、と思うほどの変貌ぶり。いったいどんな手を使って撮影したのでしょうか。案外よく似た違う犬を使っているのでしょうか。ともかく、強固な意志を持ち、力に自信を持ったハーゲンは、鍛えてくれた男を襲い、脱走。街に溢れる野良犬たちのリーダーとなって人間たちに復讐すべく、徒党を組んで走り出します。それが上の写真です。怖いですね~、驚きますね~。実際、躊躇なく人を襲い、殺して行きます。

ハーゲンを探し回る少女リリは、どうなるのでしょうか。少しエグい場面が続いた後は、少女と犬の再会が描かれるのですが、この場面は微妙です。この先のことは見ている人にゆだねているのか・・・。犬と人間はどうなってゆくのか。ラストは暖かいのか怖いのか、よくわからない展開でした。私は、希望を持ちたいです。

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