田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

シビル・ウォー キャプテン・アメリカ(Captain America: Civil War)

2016年05月31日 07時56分31秒 | 日記

 シビル・ウォー キャプテン・アメリカ 感想 レビュー 評価

 

 マーベルコミック原作「キャプテン・アメリカ」シリーズの第3作。マーベルヒーローが集結した「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」後の物語となり、キャプテン・アメリカとアイアンマンという「アベンジャーズ」を代表する2人のヒーローの対立を描く。人類の平和を守るアベンジャーズは戦いは全世界へと広がるが、その人的・物的被害大きさから、アベンジャーズは国際的な政府組織の管理下に置かれ、無許可での活動を禁じられる。一般市民を危機にさらしてしまったことへの自責の念から、アイアンマンはその指示に従うが、「自らの行動は自らの責任で持つべき」という持論のキャプテン・アメリカは反発。2人の意見はすれ違い、一色触発の緊張感が高まっていく。キャプテン・アメリカ、アイアンマンらおなじみのアベンジャーズの面々に、アントマンやブラックパンサー、そしてスパイダーマンと新たなヒーローも続々参戦。(映画.comより)

 

 

 

正直に言います。「どうせマーベル、所詮ビッグバジェットの派手映画」と思ってました。すみません、反省します。確かに映像は派手ですが、よくできた物語でした。

このシリーズも佳境に入り、ますます「筋を知ってないと入り込めない世界」になってきました。しかし、それゆえの奥深さも出てきたように思います。私は原作コミックを読んでないので、本当の関係性はどうなのか知らないのですが、今回の冒頭からの展開は、少し悲しかったですね。

正義のため、みんなのために悪をやっつけると、それだけの被害も出る。過去に起きたどの戦争でもそうだと思うのですが、片方がまったく無傷ということはあり得ない。少し前に見た「バットマンvsスーパーマン」でもそうでしたね。それで、人類から非難を浴びるわけで、アベンジャーズを国連の監視下に置こう、ということになったのです。

ま、個人的には、国連の監視下に置いたところで、さほどに状況が変わるわけではなく、言ってしまえば「責任を転嫁できるようになる」だけではないか、とも思うわけです。決定機関が責任を負いたくなくてぐずぐずと結論を先延ばしにするか、持って回ったようなどうとでも取れるような表現で解決しようとするか。どうせ行き着くところ、そんなものだとは思うのですが、この映画ではそこまでは描かれません。その「人類の決定」を巡って、受け入れるかどうかで仲間割れする、描かれるのはそこまでです。

その過程で、キャプテン・アメリカの唯一無二の親友との関係性や、洗脳された彼ら(バッキーたち戦闘能力が高かった戦士たち)を使い悪の組織が何をやってきたかが明らかになってきます。人として、許せないことも出てきます。また、長く眠りについていたキャプテンは、人類の組織のもろさやいいかげんさも体で知っています。また、アイアンマンは、両親との過去をとても反省していて、やりなおせるバーチャルな機械を作ったりもします。

そんなこんなで、お話盛り込み過ぎな感がなきにしもあらずな展開となりながらも、アントマンからスパイダーマンまで、「グランドホテル」も真っ青なオールスターで映画は進んでゆきます。

複雑ですね。何が正義で何が悪なのか。個人的には、ポール・ベタニーが分析の上放った言葉「こちらが強くなればなるほど、それに比例して悪も強力になってる」・・・がとても印象に残ってます。じゃぁ最初から「強い正義」が出てこなければそれなりに収まってたってこと。なんなの、その存在意義。世の中ってそんなものなんだろうけれど、アベンジャーズの世界でもそうなのね。悲しいような、必然なような。

この映画では、一連のキャストがそのまま用いられているところも魅力です。例えば、トニーの両親はもはや必然としても、「インクレディブル・ハルク」のウィリアム・ハートがそのままの役で出てたり。私、エリック・バナとジェニファー・コネリー、そしてハルクの父親はニック・ノルティの作品の方が印象が強いので、ウィリアム・ハートのことはすっかり忘れていたのですが(「ハルク」作品としては両方見ている)、そう考えれば、きちんと覚えている人にとっては「あ~」って感動ポイントだったかもしれません。

とにかく、予想以上によくできた渋い作品でした。次回作も見たいです。

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レヴェナント 蘇えりし者(The Revenant)

2016年05月29日 14時28分43秒 | 日記

 

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 レオナルド・ディカプリオと「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で第87回アカデミー賞を受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が初タッグを組み、実話に基づくマイケル・パンクの小説を原作に、荒野にひとり取り残されたハンターの壮絶なサバイバルを描いたドラマ。主演のディカプリオとは「インセプション」でも共演したトム・ハーディが主人公の仇敵として出演し、音楽には坂本龍一も参加。撮影監督を「バードマン」に続きエマニュエル・ルベツキが務め、屋外の自然光のみでの撮影を敢行した。第88回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞など同年度最多の12部門にノミネートされ、ディカプリオが主演男優賞を受賞して自身初のオスカー像を手にしたほか、イニャリトゥ監督が前年の「バードマン」に続いて2年連続の監督賞を、撮影のルベツキも3年連続となる撮影賞を受賞した。狩猟中に熊に襲われ、瀕死の重傷を負ったハンターのヒュー・グラス。狩猟チームメンバーのジョン・フィッツジェラルドは、そんなグラスを足手まといだと置き去りにし、反抗したグラスの息子も殺してしまう。グラスは、フィッツジェラルドへの復讐心だけを糧に、厳しい大自然の中を生き延びていく。(映画.comより)

 

 

 

 壮絶な映画でしたね。あまりに壮絶で呼吸が苦しくなるほど。レオナルド・ディカプリオもがんばりましたね。これは、オスカーも当然の熱演でしょう(というか、あげないとかわいそう)。

話の筋はどうってことはありません。単に復讐劇です。ただそれが超壮絶だってだけです。レオは現地でのガイド。いろんな部族が居住する現地では、なんのことはない、彼らだって「フランス派」「イギリス派」などとお互いに協力する相手をみつけて毛皮などを密猟し、ヨーロッパの文明人に高く売りつけているのです。たまたまレオはイギリス隊に協力していました。しかし、後ろから近づいてきている熊(グリズリー)に気づかないと言う、現地人ではあり得ないミスを犯し、瀕死状態に陥ります。この、熊に襲われるシーンも壮絶すぎます。さすがにCGIだったようですが。

文明人を自負する隊長は彼を置き去りにはせず、後から来ると言うことで隊員を2人置いてゆきます。しかし、明らかに足手まといな彼を助ける気など毛頭なかったトム・ハーディは、若い隊員を騙し、レオの息子を殺した上で二人一緒に埋葬してしまいます。ところがどっこい、レオは息絶えてなかったのですね。

「自分は瀕死だったとしても、なにも息子を殺さなくても」そう思うのは当然です。ここから、レオの想像を超えるサバイバルが始まるのです。

隊に追いつくまでの間、フランス隊に捕らえられてる他の部族の娘を助けたり、自分も行きずりの現地人に助けられたりと、いろんなことを経験してゆきます。生きて復讐するためだったらなんだって厭いません。そして、やがて隊の駐屯地に追いつき・・・。

これは実話だという触れ込みですが、ラストは原作と映画とで違うようです。どっちにしても、凄まじい復讐劇だったことに変わりはないのですが。

ちなみにトムに騙される若い隊員はウィル・ポーター。「リトル・ランボー」や「ナルニア物語3」な~んかに出ていたやんちゃ坊主ですね。最近では「メイズランナー」に出ていたかも。個性的な顔立ちは変わりません。隊長はドーナル・グリーソン。どこかで見たと思ったら「アバウトタイム 愛おしい時間について」の主人公でした。

とにかく、映像は息をのむものばかりでしたが、物語としては普通な感じがしました。レオは、がんばってましたけど。

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追憶(THE WAY WE WERE)

2016年05月24日 17時00分41秒 | 日記

追憶

The Way We Were Movie Poster

 

脚本家のアーサー・ロレンツが実体験した学生運動をもとに脚本を書き起こしたラブストーリーの傑作。第二次大戦前夜からの20年間に及ぶ男女のロマンスが描かれる。1948年以降西側諸国で行われた「赤狩り(レッドパージ)」を取り扱った初のメジャー作品でもある。

学生運動に励むケイティー(B.ストライサンド)は、世間には興味を示さないハベル(R.レッドフォード)に出会う。思想も価値観もまったく違うふたりだったが、ふたりはお互いに興味を持ち始める。卒業後はそれぞれの道を歩むことになったが、第二次世界大戦中のニューヨークで、ケイティーは海軍大尉となったハベルに偶然にも再会する。親密な関係となっていくふたりだったが……。(午前十時の映画祭7 ウェブページより)

 

 

 

<午前十時の映画祭より>

 行って来ました、久しぶりに。クラシック作品は見たい、見たいと思いながらもなかなか機会が得られないものなんですが、今回こそは!と思いました。個人的にはバーブラ・ストライサンドが大好き。「サウスキャロライナ」で初めて彼女を知って(遅いわ!)、日本でCM(確かネスカフェだったと思う)に使われていたあの音楽が「the way we were」だったと知り・・・。そして最近(?)では、初めて女性監督がオスカーを授与されたときのプレゼンターとして「the time has come」と言ってキャサリン・ビグローに授与していたのが忘れられません。ともかく!才能のある女性、本当に憧れます。

 

昔の映画ですから、価値観が多少違うのは否めません。しかし、愛しあっていながらも、どうすることもできない男女の妙・哀愁を描いていて秀作でした。確かに学生時代から熱くロシアを支持し、学生運動に身を投じていたバーブラは過激分子だったでしょう。身なりに気を遣わずいつも本を読んでいるような、理屈っぽい女は今でも敬遠されるでしょう。それもすごくわかるのですが、その「媚びない意志の強さ」は唯一無二のもので、ロバートもそこに惹かれたのでしょうね。それに、ロバートの文才を認めて「書くべきよ」と言ってくれた。「どうせこんなもので身は立てられない」と思っていた若い男性にとっては新鮮な言葉だったでしょう。そんなこんなで、意志の強い女性とハンサムな男性との長年に渡るおつきあいは始まるのです。

しかし、出会い・別れ・再開を経て結婚し、子供を授かり、なんとかやっていた二人も、やはり根本からの信条を代えることはできず、政治的信念や価値観の相違により、決定的な別れを迎えてしまいます。

ある程度の年齢を経た私のような女にとっては「あぁそこまで言わなくても。信念は信念として、もう少し夫や世間とうまくやったほうが生きやすいのに」と歯がゆいことも確かだったのですが(だって、自分の人生がしんどくなるだけですもの。結局女だと言われて”損”をするだけなのに)、そこが彼女と私との違いなのですね。もちろん、世間に妥協している私がうまく生きてるか、と言われればそんなことないし、そう考えれば彼女の生き方の方が正しかったのかもしれないですね。

そして時は流れ、50年代。ニューヨークでの偶然の再会。ロバートは新しい伴侶と高級ホテルへ、バーブラはホテルの前で「原水爆禁止」の署名集めをしています。今は彼女も再婚しているようです。

この、なんとも言えない感覚。なんなのでしょうか。多くを語らない二人が、お互いを優しいまなざしで見つめ合う。そして「娘は元気に育っているわ」と言う当たり前の会話。それだけなのに、わけもわからず涙が流れます。悲しいわけでもうれしいわけでもないのに、湧き上がるように涙が出てくるのです。自分でもこの感情を説明することは難しいのですが、「これが名作たる所以か」と思いました。色褪せないはずですね。やっぱり好きです、バーブラ。

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スポットライト 世紀のスクープ(Spotlight)

2016年05月22日 15時32分37秒 | 日記

Spotlight

 新聞記者たちがカトリック教会のスキャンダルを暴いた実話を、「扉をたたく人」のトム・マッカーシー監督が映画化し、第88回アカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞した実録ドラマ。2002年、アメリカの新聞「ボストン・グローブ」が、「SPOTLIGHT」と名の付いた新聞一面に、神父による性的虐待と、カトリック教会がその事実を看過していたというスキャンダルを白日の下に晒す記事を掲載した。社会で大きな権力を握る人物たちを失脚へと追い込むことになる、記者生命をかけた戦いに挑む人々の姿を、緊迫感たっぷりに描き出した。第87回アカデミー賞受賞作「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で復活を遂げたマイケル・キートンほか、マーク・ラファロ、レイチェル・マクアダムスら豪華キャストが共演。(映画.comより)

 

 

 

 今は数少なくなった「新聞愛読者」としては、こういう記事は注目しますね。結構早起きしてでも新聞は隅々まで読む方なので、こんな記事が出たら必死に読んでしまうだろうなぁ。

こういう種類の事件は、多分今までも題材としてはあったと思うし、根っこは「宗教者に性的純粋さを求める」つまり「清い独身でいること」を強いてきたことが問題だと思っていました。これは、キリスト教だけではなくて、仏教でも昔はそうだったと思うのですが。今はもちろん、宗教者でも妻帯を認められていると聞いていますが(尼さんとかは違うかな。その辺の知識はあいまいですが)、それでもやっぱり起きるというのが悲しいですね。いや決して、独身を強いられていたから仕方がないとか言っているわけではないのですが。

ともかく、地域の信頼を一身に集める立場でありながら、貧しくて気力の弱い子供をターゲットにするなどと、聞くも身の毛がよだつような卑怯さ。宗教が密接に浸透していることが少ない日本ではわかりづらいかもしれませんが、それでもそのまま育って大人になってゆかなければならない子供たちのことを思うと、胸が張り裂けそうです。なんてことでしょう。

また、宗教だけではなく会社組織でもそうだと思うのですが、大きくなればなるほど、批判も大きくなるから、醜聞は隠蔽するしかなくなる。今の日本の企業だってそうじゃないですか。にっちもさっちも行かなくなってから公表する。とにかく、ごまかせるうちはなんとかごまかそうと。それが他人の人権を侵すものであってもお構いなし。人間って本当に罪深い。

映画自体は本当に地味に仕上がっています。個人的には、もう少し盛ってでも見せ場を作った方が見やすかったんじゃないのかな、と思うほどです。誠実に作ってあるのは理解できるのですが、やっぱり万人に見てもらい、理解してもらうことを考えれば、もう少しメリハリがあったほうがわかりやすかったかも。

最後の最後までつらい映画です。一番のラスト、弁護士のスタンリー・テュッチが「クライアントを待たせてあるんだ」と言って去ってゆくのですが、その先には8歳か10歳か、それくらいの少女が座っているのです。もう、吐きそうでした。

この記者たちはすごいことをやりとげたと思うのですが、現実には手を替え品を替え、場面を替えて同じような事件が起きてるんだろうな、と思うと、やりきれません。言ったところでどうにもならないのでしょうけど。

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ボーダーライン(Sicario)

2016年05月15日 15時12分14秒 | 日記

sicario-banner

 

アメリカとメキシコの国境で巻き起こる麻薬戦争の闇を、『灼熱の魂』『プリズナーズ』などのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が衝撃的かつリアルに描いたアクション。メキシコ麻薬カルテルを撲滅すべく召集された女性FBI捜査官が、暴力や死と日常が隣り合わせの現実を目の当たりにする姿を映す。主演は、『イントゥ・ザ・ウッズ』などのエミリー・ブラント。ほかにベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリンらが出演。ヴィルヌーヴ監督による臨場感たっぷりの演出と、名優たちの緊迫した演技に注目。(シネマトゥディより)

 

 

 

 シリアスすぎる映画でした。見ている方が落ち込むような。いや、現実だとは思うし、きれいごとでは済まない世界だとは思うのですが・・・。最近、似たような映画が連発ですね。日本でたまたま公開が続いただけかもしれませんが、ベネチオ・デル・トロも共通して出ているような。

エミリー・ブラントは、トムちんとの映画「all you need is kill」そのものの役で、強い女性が板について来ました。心なしかきれいになってきたような気もします。しかし、のっけからすさまじい描写。さすがのFBI捜査官もゲロゲロですが、さもありなん。そして、度の過ぎたシンジケートを潰すために、上層部はFBI捜査官から一人引き抜き、チームに加えることを決めるわけですが、それがエミリー・ブラントだったわけです。個人的には「なぜ女性?」と思わんでもなかったですが、なにか考えるところがあったのでしょう。もちろん、彼女は優秀ですし。

チームを率いるのはジョシュ・ブローリン。素足に雪駄履きの怪しげなおじさんです。で、いざ合流してみると、身分を明かさないますますあやしげなおじさん、ベネチオ・デル・トロがいました。彼のことや、現地で行われている作戦については「聞くな」とのスタンスです。そりゃいかがわしい現地で隠密に作戦を実行する方にとっては「がたがた言わずに言うとおり動け」ってもんでしょうが、動かされる方にとってはたまったものではありません。彼女(とその同僚男性・補助的に動いている)は詳しいことを知るまで動かないと宣言し、対等に渡り合ってゆきます。

取り締まる方も取り締まられる方も、善悪の境などありません。どこかでなにかに噛んでいないと入ってゆけない世界なのです。どこまでも正義を貫こうとするエミリーはゆき詰まってゆくのですが、そんなことはお構いなしに地獄絵図は続きます。もうこのへんのエグさは画像を見ないと描写のしようがないのですが、個人的にはこんな世界、たとえ現実であってもわざわざ見る必要はないと思います。

で、これだけの描写をしておきながら、ラストに向けては案外尻すぼみなのです。ちょっと拍子抜けします。まぁベネチオは大活躍ですけど。

確かによくできた映画です。でも、個人的にはお勧めしません。エグすぎます。

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