田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

ヘラクレス(HERCULES)

2014年10月31日 07時37分25秒 | 日記
 
 
 全能の神ゼウスと人間のアルクメーネの息子ヘラクレス(ドウェイン・ジョンソン)は、半神半人の豪傑としてその名を轟かせる存在であった。そしてある悲劇を経験したヘラクレスは12の功業(12の異形のモンスター退治)を経て、預言者で槍の達人アムピアラーオス、盗みの名人で参謀でもあるアウトリュコス、野生人テューデウス、美しき弓の達人アタランテー、ヘラクレスの甥でストーリーテラーのイオラーオスを仲間に傭兵へと身を落としていた。
 
ある日、ヘラクレスはトラキアのコティス王(ジョン・ハート)から仕事を依頼される。領地の村々がかつての部下レセウス率いる半人半馬のケンタウルス軍団によって虐殺されており、その対策のためにトラキアのために働くことだった。莫大な黄金を引き換けにそれを引き受けたヘラクレス一行は、まずトラキアの軍を鍛え直すことがからはじめる。その途中に敵の罠にはまり王を危険な目にあわすも、ヘラクレスとその仲間の奮闘によって何とかその危機を脱する。そして更なる訓練を積んだトラキアの軍は、蛮族討伐に向けて進軍する。ケンタウロスだと思われていた敵の正体は実は騎馬隊だったことが分かり、訓練の成果を遺憾なく発揮するトラキアの軍は蛮族を追い詰めることに成功。そして敵の頭領であるレセウスはヘラクレスの一撃を喰らい、囚われることになった。
 
トラキアを苦しめた蛮族討伐に成功し領地に戻った一行だったが、全てがトラキアに都合良く働くことに疑問を感じたヘラクレスは、真実と自信の名誉回復のために立ち上がるのだった。(beagle the movieより)
 
 
 
 

 

 楽しめました~。ただの筋肉バカな映画かと思いきや、なかなか見応えのある映画に仕上がっていました。後味もスッキリ。いや、少し人が死に過ぎかもしれません。上の命令に従っただけで、自らは罪がない人々をもう少しどうにかできなかったものか、とは思いましたが、まぁ上映時間も短く見やすく仕上がっているので、細かいことはさておくことにしましょう。

元来、ヘラクレス(英語では”ハーキュリース”と聞こえるのね)は半神半人のツワモノとして語られて来ました。冒頭では、人間の母の元に生まれたゼウスの子が、いかに正妻からの恨みを受けたかや、父より課せられた「12の試練」の達成の模様の説明が入り、おぼろげにしかヘラクレス神話を知らない人にもわかりやすい作りになっています。

しかし、元来知られている「神話」の説明はほんの数分です。後は、現実に命知らずだったヘラクレスにもすぐれた仲間がいたこと(決して一人では偉業を成せなかったこと)、実は仲間たちと賞金稼ぎみたいな仕事をしているけれど、常に人望があり、仲間とも「雷神ソー」並みの結束力を誇っていたこと、そしてその正義感が裏切られた時に、自己の意志に従い復讐に打って出る様が描かれます。そうなると、賞金などもはや関係ありません。我らがザ・ロック様は、人並み外れた巨体を自在に操り、戦いに勝利してゆくのです。

物語はわかりやすく、ヒーローはやっぱりカッコいい。難を言うと、上にも書いたように、罪のないと言うか、自らの意志ではなかった人々をもう少し救って欲しかったですね。ちょっと見ていて理不尽な感じがしましたね。まぁ、世の中は理不尽ですけどね。

ギリシャ神話をちょっと読んでみようかな、と言う気にさせられました。

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ランボー(FIRST BLOOD )、ランボー/怒りの脱出(RAMBO: FIRST BLOOD PART II )

2014年10月24日 07時27分49秒 | 日記

 アメリカ北西部の小さな町を訪れた元グリーン・ベレーの隊員が、地方警察のいわれの無い仕打ちに絶えかね逆襲に出る。ベトナムで会得した戦術を駆使して、1対多の戦闘を見せる展開はアクション物としては及第。周囲から孤立して行く戦場帰りの男の悲哀も程良い味付けになっている。原題の“最初の血”には“どちらが先にしかけたか”の意がある。(allcinema ONLINEより)<ランボー1>

前作の大ヒットを受けて製作された続編。獄中の身であったランボーは特命を受け、いまだにベトナム戦争で行方不明となっている兵士の調査のためカンボジアへ飛ぶ。現地の連絡員と落ち合ったランボーは、ジャングルの奥地でMIA(戦闘時行方不明者)を発見するが、救援部隊の裏切りにあい窮地に立たされる……。(allcinema ONLINEより)<ランボー2>

 

 

 映画ヲタクなのに、いままでこの名作を見ていなかった私。お恥ずかしい。なにかと古い作品に興味を持つ娘が借りて来たので、便乗しました。

スタローン若い!(って、当たり前ですが)

あの頃って、こうやって皆長髪だったよな、とか関係ないところに目が行ったりして(笑)楽しめました。お話は、今見ても目新しいものではなく、「ベネチオ・デル・トロとトミー・リー・ジョーンズの映画の方が良く出来ていたな」とか「トム・ベレンジャーとかもやってなかったっけ?」とか「トムちんも帰還兵の役してたよな」とか、いらんことばかり考えてしまい、やっぱり映画は”なまもの”だなぁ、と思う次第です。

でも、寡黙で強いスタローンは、しびれるほどカッコいい!軍人らしからぬでっぷり太った体型で、口ばかりの上官やシェリフには腹が立つばかり。「みっともない体型で文句ばっかり言うな!」と思ってしまいました(笑)。

ベトナム戦争ではないけれど、最近では「ファーナス」で、ケイシー・アフレックが「(イラクで)国のために身を挺して戦ったのに国は何もしてくれない」と、同じことを言ってましたね。ずっとこういうこと、普遍的に言われてるのに、そしてみんなそれはわかっているのに、やっぱり改正されて行かないのですね。人間のサガを感じます。

ちなみに枯れ専(?)の娘は「大佐がカッコいい」とずっと言ってましたが、私彼を知らないんですね。多分見ているんだろうと思うのですが、よくわからないです。今でも活躍されているのでしょうか。

この次は「ロッキー」を見てみようかな、と思っている今日この頃。実は「Ⅴ」しか見てないんです・・・。バカですよね、「Ⅴ」だけ見るなんて。でも、映画を見始めた頃はすでに映画館での上映は「Ⅴ」だったんです。そのまま来てしまった私。反省しきりです。

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悪魔は誰だ(Montage)

2014年10月22日 07時38分21秒 | 日記

 時効を迎えた幼女誘拐殺人事件がたどる結末を、「私のちいさなピアニスト」のオム・ジョンファと「殺人の追憶」のキム・サンギョン共演で描いた骨太サスペンス。15年前、娘を何者かに誘拐され殺されてしまった母親ハギョンは、犯人逮捕を願って自ら情報を集め続けていた。そんな彼女のもとを担当刑事チョンホが訪ね、事件が間もなく公訴時効を迎えることを告げる。時効まで残り5日に迫るなか、事件現場に一輪の花が置かれているのを見つけたチョンホは、これを手がかりに捜査を再開。犯人を確保寸前にまで追いつめたものの取り逃がし、事件は時効を迎えてしまう。それから数日後、15年前と全く同じ手口の事件が発生し……。オム・ジョンファが愛する娘を失った母親役を熱演し、韓国のアカデミー賞と言われる大鐘賞で最優秀主演女優賞を受賞した。(映画.comより)

 

 

 久しぶりに韓国映画を鑑賞してみました。この作品、評判がかなり高かったので気になっていたのです。韓国映画は「チェイサー」「リベラ・メ」などのように過酷な映画も多いので、「怖いかなぁ」とも思ったのですが、チャレンジしました。

あらすじは上にあるとおり。なぜか時効を過ぎたあたりから同じ手口の事件が発生します。同一犯か?模倣犯か?しかし、内部の人間しか知らないところまで手口が合致している・・・。

映画は過去の事件と現在が並行して描かれるので、ちょっと混乱します。しかし、韓国では年間一万件を超える子供の失踪事件が起きているとのこと。そう思うと、この映画は基本的にフィクションであるとは言え、リアルに怖さを感じます。

事件を諦めきれない刑事と、時効など関係ない母親の苦悩がクローズアップして描かれるため、所々「それはないだろう」というような展開もあります(15年も追っている刑事が、時効を目の前にしてみすみすそこにいる犯人を取り逃がしたり、母親の方が捜査能力に優れていたり。あるいは、15年前と同じ時刻に同じ駅で同じ風景が繰り返されたり。まぁあり得るのかもしれませんが)。しかし、心情的には理解できるかな。

それにしても、目立つのは警察の無能さ。これは「チェイサー」でも大きくクローズアップされていましたが、本当にこれだけ無能な奴らの集まりなら、社会問題ですよね。でも、先日のセウォン号沈没事件などを見ていると、それが国民性なのかもと言う気がしないでもありません。もちろん、全員がそうだということはないのでしょうが。

話は落ち着くところに落ち着きます。でも、それで子供が帰るわけではないんですよね・・・。人の命は、一度失われるともう取り返しがつきません。そんなことわかっていても、やり場のない感情が渦巻きます。日本に居たって、似たような事件は頻発していますものね、明日は我が身です。

ともかく、見応えはありますが、やはり繊細な女性には勧めません。

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フランキー&アリス(Frankie & Alice)

2014年10月20日 07時35分42秒 | 日記
 

「チョコレート」のオスカー女優ハル・ベリーが、多重人格障害を抱えるストリッパー役を熱演したヒューマンドラマ。1970年代初期のアメリカ。黒人女性フランキーは人気ストリッパーとして活躍していたが、異常な言動をとったことから病院へ送られてしまう。フランキーを診察したサイコセラピストのオズは、彼女の中にアリスという人種差別主義の白人女性の人格が存在していることに気づく。日ごとに力を増していくアリスの存在に脅かされながらも、フランキーはオズとともに本当の自分を取りもどすことを決意。病を引きおこした原因だと思われる過去のトラウマと向きあおうとする。監督は「アレックス・ライダー」「サイレントノイズ」のジェフリー・サックス。(映画.comより)

 

 

あらすじを読んで「どうかなぁ」とは思ったのですが、ステラン・スカルスガルドが精神科医の役で出てたので、「ありきたりな二重人格の話とは一線を画するに違いない」と信じて見に行きました。

いや、結論から言うと、ありきたりな映画でした(笑)。冒頭から美しい肢体を見せてくれるストリッパー役のハル・ベリーはそれでいいとして、ステラン!ベテランなんだから、仕事選んでよ。

話は、ごく若い頃の強いトラウマによって様々な人格が現れてしまった女性の話。それぞれがいろんなことするので、犯罪になってしまったり、同一人物なのに不可解だったりするのです。子供の人格まであったりして、それが表出する時のハルの苦しむ演技がおかしくて(いえ、決して彼女が下手だと言っているわけではありません。ただ、いまどきこんな古典的な表現を用いるのかな、と失笑しただけです)、これなら「ジキルとハイド」のジョン・マルコビッチのおどろおどろしい変形のほうが見応えがあったな、などとも思ったわけです。

ともかく、映画は予想を越えません。ただ、実話がベースになっているということで、彼女は過去と向き合い、その人格と共存することによって人生をある程度コントロールできるようになったそうで、なるほどそういう結末もあり得るのか、という感は持ちました。しかも、精神科医と結婚したとか。ふぅぅぅぅん。本人は学校の先生になった、とクレジットの前に記されていたように思います。

どこまでがフィクションかは判断がつかないのですが、実際のこういう事例は、結構あるのでしょうか。昔から(?)これだけの映画が作られると言うことは、案外多いのかもしれませんね。

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悪童日記(A nagy fuzet)

2014年10月19日 11時14分46秒 | 日記

 第2次世界大戦下、小さな町へ疎開した双子の兄弟が、時に残酷な手段をもってしても生き抜いていく姿を描き、世界に衝撃を与えたアゴタ・クリストフの同名ベストセラーを、クリストフの母国ハンガリーで映画化。第2次世界大戦末期。双子の兄弟が、祖母が暮らす農園へ疎開してくる。彼らは村人たちから魔女と呼ばれる意地悪な祖母に重労働を強いられながらも、あらゆる方法で肉体的・精神的鍛錬を積み重ねる。大人たちの残虐性を目の当たりにした2人は、独自の信念に従って過酷な毎日をたくましく生きぬいていくが……。これがデビュー作となるアンドラーシュ&ラースロー・ジェーマントが主人公の双子を鮮烈に演じ、「タクシデルミア ある剥製師の遺言」のピロシュカ・モルナール、「ある愛の風景」のウルリッヒ・トムセンらベテラン勢が脇を固めた。(映画.comより)

 

 

 これって、原作があるんですね。女性作家で、本では3部作になってるんだそうです。だからと言って映画が3部作作られるわけではなさそうですけど。

原作では、場所や時代を特定せず、ただただ過酷な状況で行きぬかねばならなかった幼い双子の生き様が描かれているのだそうです。しかし映画では、舞台はハンガリーとドイツ国境の町、双子たちは第二次世界大戦のために会ったこともない祖母宅に疎開する、と言う設定になっており、週末になると祖母宅の離れに泊まりに来る「将校さん」は、明らかにナチスの制服を着ています。なお、ほんの短い描写ですが、冒頭には疎開前のブダペストでの家族水入らずの満ち足りた生活が描かれています。

映画では、直接ナチスの攻撃や拷問が描かれるわけではありません。しかし、人々はすさんで異様な雰囲気に包まれ、理由なく殴る・殺す、子供たちはかっぱらいをしている、食べるものは不足している。そして、祖母は子供たちを「メス犬の子供たち」と呼び、人々は彼女を「魔女」と呼んで恐れています。母と娘の間にも複雑な事情もあるのでしょうね、彼女は孫たちにも一切優しい顔は見せません。「働かざる者食うべからず」の精神は徹底しています。

また、この町から大勢の人々が移送されてゆく描写もあるのですが、彼らがユダヤ人であることも明示されています。

そんな中、子供たちは父親の言いつけどおり、「事実のみを克明に記す」ことを続けます。聖書といくらかの本だけで勉強し、「強くなるため」「痛みに耐えれるようになるため」と称して殴り合い、「痛くないぞ」「平気だぞ」と口に出します。「精神が弱くならないため」に母親を忘れようとし、「残酷さに慣れるため」虫や生き物を次々殺して標本にしてゆきます。

森の中で寒さと飢えで死んでしまった兵士を見ては「あんなふうに死にたくない」といって”空腹に耐える訓練”をする。もちろん、兵士から(爆弾など)かっぱらえるものはかっぱらって。

生きることに対しての「訓練」は、二人一緒とはいえ、言葉を失うほどの壮絶さ。時に”美少年”であることを武器にしながら(性的な描写はない)、強く生きて行くことに対する執念のようなものは、平時に生きる私達には想像できないものでした。

そして、一心同体だった双子の最後の訓練は「別れ」。彼らはその後、無事に生き永らえたのでしょうか。

父親や母親も後半出て来ます、少しですが。しかし、彼らの「訓練」にはなんの影響もなく、ただひたすらに、「強くなるため」に彼らは生きて行きます。久しぶりに親に会ったときの表情のなさは、「太陽の帝国」のクリスチャン・ベイルを想起させました。

この原作、戦争と言う前提なくこれだけのことを日記形式で仕上げてあるのなら、かなりすさまじいものでしょうね。映画の方は、彼らがそうならざるを得なかった環境をも描いてあるので、まだ理解はできるのですが。

主役の双子は、本当にハンガリー出身の貧しい双子を登用したとのこと。成功しましたね。素晴らしかったです。その後どうしているのでしょうか。「スラムドッグ・ミリオネア」のようになっていなければいいのですが(なんていう発想が甘ちゃんなんでしょうね。平和な日本人の思い上がりかもしれません)。

しかし、主役の男の子たちがよかったからか、個人的には、予告を見て想像していたほど「しんどい」映画ではありませんでした。すごく覚悟していたからかもしれません。

でも、「ファーナス」と同じことを書いてしまいますが、繊細な女性には勧めません。

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