田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

ビューティフル(biutiful)

2012年11月29日 23時24分41秒 | 日記
 
 
 バルセロナを舞台に、闇社会に生きる男が末期がんで余命いくばくもないことを知り、愛する子どもたちのために精いっぱい尽くそうと奮起する感動作。『バベル』の名匠アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが監督を務め、現代社会の病理をリアルに扱いながら、闇の中から一筋の光を見いだそうとする人間の強さと美しさを描く。主演は『ノーカントリー』のハビエル・バルデム。父から子どもたちへ向けられた最後の愛の物語に胸が熱くなる。(シネマトゥディより)


 長かった~~(笑)。こんなに長い映画だったなんて。末期がんだと知った男が、子供のために何かを残そうとする・・・ストーリーとしては、よくあるものです。

ただ新鮮だったのは、あのハビエル・バルデムに霊視能力があったこと。死んだばかりの人と意志疎通ができたり、今しも死ぬゆく人が見えたりするのです。

これには最初、驚きました。まっとうな仕事してなさそうな男だったので、インチキかとも思いました。が、違うのです。しかし、だからといってどうなのか。この能力、果たしてストーリーに必要だったのかどうか。よくわかりません。

ともかく、ハビエルは面倒見もいいし、いい奴なんですが、裏社会の人間です。不法移民に仕事を紹介したり、パッチもんや海賊版を作らせてさばいたり、彼のおかげで生きてゆける人々がいるのも事実ですが、警察に賄賂を使ったりもしてるので、権力を傘に着たアホヅラな若警官になめられたりもしています。

ところが、自分の体が朽ちてゆくのです。あれだけ死者と交信できるのに、自分が朽ちてゆくのです。仲間の霊能者に「俺は死なない」などと言ったりもしますが、「いいえ、あなたは死ぬのよ」と言われていまいます。

貧しいとはいえ、面倒を見ている子供たちはどうなるのか。別居中の妻とやりなおそううとしても、彼女は普通ではない。興奮したり、理解不能なことを言ったり、結局彼女もがんばっているんだけれど、子供の面倒をみれる状態ではない。

そんなとき、警察に裏切られて、セナガルから来ていた不法移民が捕まってしまう。当然、強制送還。そうこうしているうちに、世話をしていた中国からの不法移民たちにも大事件(事故?)が起きてしまう。取り返しはつかない。どうしようもない。


(私はこの辺で、ジャッキー・チェンの「新宿インシデント」を想起しました。あれも悲しかったけれど、よくできた映画でした。)


残された、セネガル人の妻と子供の面倒を見ていたハビエル。しかし、彼女もまた、お金さえあれば(夫の後を追って)セネガルへ帰りたい。

病状はどんどん進む。妻は療養のための施設へ入ってしまう。もう誰も残っていない。それどころか、取り返しのつかないことは、ますます取り返しのつかないことに・・・。

死にゆくハビエル。ありったけのお金をセネガル人の(残された)妻に与え、「もう少し、もう少し、子供たちの世話をしてやってくれ・・・」と懇願する。しかし、お金を手にした彼女は・・・。


この映画のどこに一筋の光があったのかな。「一筋の光を見出そうとした人間の現実」なのかな。お守りの石を子供たちに手渡せたのがせめてもの希望かな。


つらいですね。結局、誰も悪くないのに、物事が悪い方にしか転がらない。なんでこうなるのか、と思うんだけど、これが現実なんだろうね。

ハビエル・バルデムはしかし、死にゆく姿がセクシーでした。
コメント

みんなで一緒に暮したら(et si on vivait tous ensemble?)

2012年11月27日 22時55分59秒 | 日記
 
 
 昔から誕生日を一緒に祝ってきた、二組の夫婦と独身男のクロード。病が進行している事を知ったジャンヌは、夫のアルベールが記憶を失いつつある事が心配の種だった。アニーは孫が遊びに来ない事を嘆き、ジャンは高齢を理由にNPO活動を断られる。ある日、デート中に心臓発作で倒れたクロードが、心配した息子に老人ホームに入れられてしまう。五人は自分たちの幸せと自由を守るため、お手伝いの青年を雇い共同生活しようと企む…。(goo映画より)


 老いに関しては、個人的にも「桃さんのしあわせ」と続けて鑑賞したこともあり、なんだか切実に感じてしまいました。自分の体に病巣を持つ人、認知が始まっている人、心臓発作を起こした人・・・シリアスに考え始めるときりがないのですが、そこは映画ですから、明るく暖かく描きだしています。

人はだれしも一年に一つづつ、平等に歳を取ってゆきます。老いから逃げることはできません。自分がボケたら・・・あるいは連れ合いがボケたら・・・。悩みは尽きません。現実とはいえ、あんまりこんな映画ばかり見て、真剣に考えてしまうのもよくないかもしれませんね(笑)。

しかし、映画はよくできています。彼らは、最終的に共同生活を選びますが、それは若い頃から育まれたかけがえのない友情があってこそ。こういう関係、いいですね。

でも・・・とてもハートウォーミングで素晴らしい映画なのですが、私たち日本人には、完全に理想の世界、絵空事なんじゃないかなぁ・・・と思ってしまいました。

まず、5人が同居できるだけの大きな邸宅。孫に来て欲しいからと、プールを造成してしまえるだけの広い庭。もちろん、木々やお花もたくさん植わってます。

そして、老人5人が共同生活を送る上で、なにかと動いてくれる若いお手伝いの男性。最後には、この若い男性(ダニエル・ブリュール)にエキゾチックな女性助手まで付きます。

これだけのことができる人が、そうそういるでしょうか。狭い日本では、そしてこれからの日本の年金では(大きな財産でもないかぎり)到底無理でしょうね。

心臓発作を起こしたおじさんは、息子に老人ホームに入れられて・・・と、まるで悪いことのように書いてありますが、個室でなかなかに広いお部屋でしたよ。そんなことがすぐ出来る人も少ないだろうに。

それとも、フランスでは老後の保障が充実してるのかな。

ともかく、自分が歳取った時のことを考えると、ただただ「暖かい映画だな」と、それだけでは見れないのでした。

夢のないことばかり書いて、ごめんなさい。

でも、映画としてはよくできていると思います、間違いなく。
コメント

桃さんのしあわせ(桃姐)

2012年11月25日 20時47分54秒 | 日記

 

 60年間、同じ家族に仕えてきた桃(タオ)さんが、ある日脳卒中で倒れた。ごく当たり前に身の回りを世話してもらっていた雇い主の息子・ロジャーは、その時初めて、桃さんがかけがえのない人だったことに気づき、桃さんの介護に奔走することになる…。(ル・シネマ ホームページより)


 香港に住む、裕福な梁家に60年(!)実に4代に渡って仕えて来たメイドの桃さんにディニー・イップ。そのかけがえなさを思い知る息子のロジャーにアンディ・ラウ。

大きな事件もありません。ただ、誠実に真心込めて仕えて来た桃さんと、彼女に本当に感謝する梁一家(おもにロジャー)のお話です。でも、ただ美談の羅列ではなく、香港に残っているロジャーは時々来れても、他の家族はアメリカに移住しているがゆえにあまり来れない現実や、すべての先進国に共通するであろう高齢化・格差・個人主義の蔓延、そしておよそ快適とは言い難い養護施設の惨状やそこに住まう老人たちの描写などもしっかりと表現されています。

日本だってもちろん、似たような状況です。しみじみ考えさせられました。

歳を取って、みんなが裕福ならいろんな選択だってできるでしょう。でも、大方の人間はそうではありません。むしろ一生懸命働いて来て、自分がダメになるころはろくに何も残ってない・・・この方が多いんじゃないでしょうか。

そうかと言って、人は思い立ったときに死ねるものでもありませんしね。

桃さんは、ロジャーが裕福だった上、優しくて何度も会いに来てくれたから、かなり恵まれていたと思うのです。もちろんそれは、桃さんが誠実に生きてきたからなのでしょうが。

桃さんは最後まで体が弱っただけで、ボケなかったからいいけれど、逆に体が元気でボケたまま何年も生きる人もいる現状を考えると、素直に感動できない部分もあるように感じてしまいました。

それでも、ロジャーをおぶったときの抱っこひもを取ってあったり、初めてのお給料を置いてあったり、そんな桃さんの誠実な一面には涙ぐみました。

ともかく、他人ごとではないので、考えさせられました。アン・ホイ監督の作品は、10年以上日本に来てなかったみたいです。向こうでは秀作もあったようで、残念です。個人的には「女人、四十」は大好きな作品です。

この少子高齢化社会の決め手って、ないんでしょうかねぇ・・・。

コメント

チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢(poulet aux prunes)

2012年11月23日 23時31分18秒 | 日記

 

 
 最後の8日間で、人生を振り返るナセル・アリ。空っぽな音だと叱られた修行時代。絶大な人気を得た黄金時代。誤った結婚、怖くて愛しい母の死。大好きなソフィア・ローレンとチキンのプラム煮。そして今も胸を引き裂くのは、叶わなかった恋。やがて明かされる、聞くものすべてが涙する奇跡の音色の秘密とは・・・?
コミカルとロマンティック、リアルとファンタジーを行き来する独自の世界観が導くのは、様々な味わいが楽しめる映像のフルコース。そして、最後に待っているのは、めくるめく人生の走馬灯。切なく胸を締め付けられる、甘酸っぱい本物の人生の味・・・。
(映画チラシより)


 映像はきれいでした。でもはっきり言って、男性向けの映画かと思います。叶わなかった恋、美しかった恋人の想い出は美しいまま心に残ります。本当に結ばれたなら、うまくいかなかっただろう(と個人的には思う)相手を可能な限り美化し、その思い出だけに浸って生きて来て、そして絶望したからといって死ぬのですから。

「芸術家」であることをいいわけに、生活を支えてくれている教師の妻に「君の低俗な教師生活など・・・」と言い放ったり、最後の最後まで「お前のせいだ」「お前が悪い」と言い続け、「お前を愛したことなど一度もなかった」と言って死んでゆく・・・これって、男としてどう?

奥さんも確かにキツかったし(最初に男の子を指さす時の、指先の鋭さにはビビったし)、バイオリンを壊されたこともかわいそうに思います。
でも音楽学校の教師も勤まらない、だからといって演奏で稼いでる風でもなく、いつまでもぐだぐだ言ってる自分もどうなんでしょうか。

どこかの映画ファンのブログに「バイオリニストの彼が世にも美しい音色を手に入れたのは、一目で恋に落ちた美しい女性イラーヌとの恋に破れるという悲劇を経験したからだ。だがそれ以上に悲劇なのは、ナセル・アリ(主人公のバイオリニスト)が、周囲から愛されているのに、そのことに気付かず自己中心的な人生を過ごしてきたことだろう。唯一愛した女性と引き裂かれ、妻子や弟子から理解されないと思い込む孤独の中にいるからこそ、芸術家として才能が開花したのだとしたら、芸術家の栄光とはなんと残酷なことだろう。」とありましたが、本当にそうだと思いました。


ところで、この映画の監督のプロフィールを読んでいたら、「1969年イラン生まれ。少女時代に当時のパーレビ国王の失脚とイラン革命、そしてイラン・イラク戦争を技術者の父らと共に、市民の側から目撃する」とあるではありませんか!

この国王の名前、ごく最近聞いた気がします。そう、「アルゴ」でした。贅沢の限りを尽くし追放された国王。ガンを理由にアメリカに匿われ、そのせいで大使館の人々みんなが人質になったかの事件。当事者だったのですね・・・。


それはともかく、主演のマチュー・アマルリックはうまい!「ヘンリー&ジューン/私が愛した男と女」「パルプ・フィクション」のマリア・デ・メディロスもちょっと嫌味な妻を上手に演じていました。ナセル・アリの母にイザベラ・ロッセリーニ!相変わらず美しい。想い出の美女にゴルシフテ・ファラハニ。本当に美しかった!ディカプリオの「ワールド・オブ・ライズ」にも出てたらしいです。これも見たんだけどな。こんな美しい女性を覚えてないなんて不覚だったな(笑)。

意外なところではキアラ・マストロヤンニ。ナセル・アリの、成人後の娘役。なんか、パンチが効いてました。

しかし、「死のう」と思ってじっと寝てて、8日後に死ねたらいいなぁ・・・。

コメント

ウィンターズ・ボーン(winter's bone)

2012年11月19日 23時39分09秒 | 日記

 

 サンダンス映画祭でグランプリ&脚本賞の2冠に輝き、アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞の4部門でノミネートされた、インディペンデント映画界の意欲作。ダニエル・ウッドレルの同名小説を基に、ミズーリ州の山間部の村に住む17歳の少女が、家族を守るため父親を捜しに、そして真実を追い求めて旅をする。心のすさんだ大人たちから罵声を浴びようとも、暴力に打ちのめされようとも、くじけず、諦めず…本作でオスカーにノミネートされた新星、ジェニファー・ローレンスの凛々しい姿が観る者の心を打つ。本作が長編2作目となるデブラ・グラニック監督は、ミズーリ州でオールロケを行い、土着性、地域密着のリアリティを追求した画作りとなってる。(goo映画より)

 
 この映画は数々のアカデミー賞にノミネートされた作品ながら、上映館が少なく見逃した1本でした。主演のジェニファー・ローレンスは、シャーリーズ・セロンの若い頃(キム・ベイシンガーの娘)を演じた「あの日、欲望の大地で」で印象に残っていた子。かの映画では、浮気をしている母親を取り戻すつもりが、あやまって火が回ってしまい、結果的に母を殺してしまうことになる娘を演じていました。そして、あろうことか、母の不倫相手の息子と恋に落ちてしまい、そんな自分が信じられなくて逃げてしまう・・・そんなせつない映画でした。

 このジェニファー、最近では「ハンガーゲーム」や「ボディ・ハント」に出ていて、このままでは美人なのに逆境に打ち勝ってばかりいる女になってしまいそうで、ちょっと心配しています(笑)。

さて、この映画もアメリカの寒村で、村中が親戚か友達、そして村中でヤクを作って成り立ってる・・・そんな田舎で孤立する17歳の少女を演じています。

保釈中の父親が逃げ出したため、近く行われる裁判に出廷しなければ、保釈金のカタに家も土地も取り上げられてしまいます。

精神を病んだ母と、幼い弟・妹と極貧の生活を送るジェニファーにとっては、放り出されたところで、生きてはゆけません。なんとしても父親を探し出そうとします。

ところが、これがワケありです。行く先々で妨害に遭い、しまいに痛い目に遭わされたり、「男の子だけなら引きとろう」などと言われたりもします。要するに父は掟を破り(警察に情報を漏らした)、それ相応の仕打ちを受けたようなのです。しかも、すでに亡くなっている模様。

しかし、切羽詰まっている彼女にとっては、もはやそんなことはどうでもよく(掟を破った父が悪いことも理解している)、それならそれで父が死んだという証拠を出さねばなりません。とにかく、放り出されても行くところもないのです。

彼女の肝っ玉を見込んで、助けてくれる女性や親戚も出て来ます。結果的には、父が沈められている場所まで連れて行ってもらい、自分で死の証拠を手に入れるわけですが、これが過酷です。他の人が追求されるようなことがあってもいけません。彼女は自分で、自分の父親の手首から先を切って持って帰るのです。

結果的には、保釈金の一部は戻ってきますし(家・土地では足りなくて誰かが出してくれていたという設定)、なんとか彼女とその家族はそこに住み続けることができるのです。


しかし、お母さん!しっかりしてよ。いろいろあったからって、あなたが精神を病んでてどうするの。未成年が3人、しかも幼い子供が2人もいるのに。長女がしっかり者だから、どこかで安心しているのかもしれないけれど。

学校にも行ってなさそうな幼い子供たちも心配でした。行政でなんとかならんのか。

この主人公の置かれた状況は確かに過酷だけれど、でも親戚や友人の中には親切にしてくれる人も少なからずいるし、最後まで明かされないけれど、保釈金を積み増してくれた人もいたわけだし。
そんなこんなで、「もっと過酷な状況下で生きてるteenagerだって、いるよな・・・」というのが、正直な感想。

ジェニファーは、とてもがんばっていたけれど、全体としてやや中途半端な印象も受けました。

このミズーリ州の寒村は、本当に移民たちの村で、「ヒルビリー」という独特のカントリーミュージックを生み出した土地柄でもあるらしいですね。そして今でも貧しいままなんだそうです。

コメント