田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

わたしは、ダニエル・ブレイク(I, Daniel Blake)

2017年03月31日 08時14分18秒 | 日記

 

2016年・第69回カンヌ国際映画祭で、「麦の穂をゆらす風」に続く2度目の最高賞パルムドールを受賞した、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督作品。イギリスの複雑な制度に振り回され、貧困という現実に直面しながらも助け合って生きる人びとの姿が描かれる。イギリス北東部ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイク。心臓に病を患ったダニエルは、医者から仕事を止められ、国からの援助を受けようとしたが、複雑な制度のため満足な援助を受けることができないでいた。シングルマザーのケイティと2人の子どもの家族を助けたことから、ケイティの家族と絆を深めていくダニエル。しかし、そんなダニエルとケイティたちは、厳しい現実によって追い詰められていく。(映画.comより)

 

 

 

 聞くところによると、ケン・ローチ監督が引退の意志を覆してでも撮りたかった作品なんだそう。なんと巨匠も御歳80歳。もうそんなになるのですね。

今回の作品も、巨匠のフィロモグラフィーに連なるべく、社会的弱者に焦点を当てたものとなっています。主人公のダニエル・ブレイクは大工として真面目に働いてきました。質素ながらも妻と二人、普通に暮らしてきたのです。ところが、妻が亡くなった後の59歳のとき、突然の心臓発作におそわれ、医師より働くことを禁じられます。しかし、生活はしていかなくてはなりません。そこで、国の援助を受けるべく申請しますが、「専門家」による「的外れな質問」を受けた後、下された判定は「就労可能」。え?援助がもらえなかったら、働けない人はどうすればいいのですか?

こういうこと、日本でもあるのでしょうね。不正に生活保護を申請する人は論外ですが、「働ける」と言われる人も少なからずあるのだろうと思います。増え続ける生活保護に対応しなければならない役所の人々の心労も察するべきとは思いますが。ダニエルも、どうすればいいかを電話で聞けば「待ち」の美しい音楽とともに半日ほど待たされるし、結果はまったくらちがあかないし、どうすることもできません。

それで、役所でいろいろ申請するわけです。判定に不服がある場合の手続きとか、当面は就職活動をしている体を整えなければならない、とか。どれもこれも、たらい回しみたいな格好になります。多分、日本でもそうですが、社会全体が疲弊していて、役人さんたちもいっぱいいっぱいなのです。どれもこれもに手が回らなくて、それでも社会的弱者は増え続けるばかりで、ダニエルたちに強く出る役人さんも「俺たちはこんなに働いているのに!」と思っているのです。一方、そんな申請場所で出会うシングルマザーのケイティも、明日の食い扶持にも困っています。右も左もわからない町に送られ、バスの乗り方すらわからなかったのです。それなのに、時間が過ぎているからダメだと、幼い子供を二人も連れている女性に対して杓子定規な対応しかできない役所に、見かねたダニエルは「ちゃんと聞いてやれ。子供が二人もいるんだぞ」と叫んでしまい、「決まりに従って私たちも仕事してるんだ」と、役人につまみ出されてしまいます。この辺は本当に胸が痛むところです。

なぁなぁで通してしまえば、収拾がつかなくなることも、わかる。働く意思もなくダラダラしているだけの奴もいるでしょう。役人たちがいっぱいいっぱいなのも、わかる。でも、ケイティは本当に困っていました。若くしてシングルマザーになり、子供にはきちんとしてあげなければ、と思ってる。でも、どうにもならない。いよいよ生活に困り、施設の狭い部屋で3人寝泊りしたことも。でも、まだ幼い下の子が落ち着かなくなり、学校でもいじめられ、どうにもならなくて福祉で紹介してもらったのが、この町のアパート。今日、支援金をもらわなければ食料を買うお金もない。そんなところまで行きついてしまっているのです。でも、「時間が過ぎている」の一点張りでもらえなかったケイティ。バスで迷っただけなのに。

あまりの仕打ちに、ダニエルが声をかけます。こちらだって「支援する」なんて、そんな身分じゃないのです。でも見ていられないってこと、ありますよね。そんな二人の交流が始まります。

ダニエル自身は、相変わらず「就労できるため、支援金は出ない」と「働いてはいけない」という医師の診断との板挟み。「履歴書の書き方講座」から強制されます。しかしね、支援金が出ない以上、押して働くしかないですよね。私ならそうします。「もうここまで来れば死んでもええわ」と思うと思うのです。だって、生活できないし。あくまで私の場合、ですが。

ダニエルは、元来実直な人です。なので、つたない履歴書でも見てくれる人がいたりするのです。声をかけてくれる人がいたのに「医者に止められているから」と断って激怒させてしまいます。「働く気もないのに履歴書を配ったのか。じっくり検討して損をした」とね。まぁ、それはそうですよね。

お金がないケイティも、万引きしてしまったお店でいかがわしい仕事を紹介されたり、フードバンクで、あまりの空腹に我を忘れて缶詰のふたを開けてすすってしまい、泣き崩れてしまったりと、いろんなことが起きます。それで、そんな場面に限って、子供の同級生に見られていたり。悲しいですね。私は、このケイティが缶詰をすすってしまうシーンで涙が出ました。女一人が、当てもないのに二人も子供を抱えて生きるつらさ。あまりに悲しいです。

それでも、なんとかかばいあい、生きてゆく彼ら。貧しいながらも助け合います。しかし、支援を得ようとダニエルがケイティとともに、次の一歩を踏み出したとき、悲劇が襲います。少し予想したかも、とも思いながら、でも「貧乏人は結局こんなものよ」と現実を突きつけられたような気がしました。多分、日本でもそう。やっぱり一番力を持っているのは、お金。「美と健康は、金で買う」の世界なのです。

イギリスの福祉制度は、かつて「ゆりかごから墓場まで」と言われよく整っていました。しかし、今は緊縮財政のなか、福祉がどんどん削られ「脳を半分失った人でも”就労可能”と言われた」とも聞きます。日本でも、誰もが予想しなかったスピードで少子高齢化が進み、医療制度も破たん寸前です。年々増える高齢者の医療費が一向に減らないからです。あまりの生きづらさに、結婚する若者は減り、産み育てる子供の数は減る一方です。そりゃそうです。こんな希望のない国で、子供たちが生きてゆけるのか、また、自分も生活がいっぱいいっぱいなのに、子供を育てられるのか、とみな思いますよね。こんな映画も他人ごとではありません。

この映画の入場料は、貧困に苦しむ人々を支援する団体に、有料入場者1名につき50円寄付いたします・・・こんな表示が最初に出ます。でも、監督は明言しているのです。「チャリティは根本的な解決にならない」と。う~ん、リアル。いいことした気になりそうな凡人をしっかりとたしなめてくれますね。

しかし、私は戦争カメラマンの映画などを見た時も、いつもそう思うのですが、こういうリアルで社会的弱者を描いた映画、作って世の中に広く知らしめて、それで世の中、良くなってます?私が知らないだけで、改善されているのならいいのですが、そう考えたとき、いつもげんなりしてしまいます。せっかくいい映画を見ているのにね、ひねくれたことを書いて申し訳ありません。

コメント   トラックバック (1)

アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発(Experimenter)

2017年03月27日 17時58分30秒 | 日記

 ナチスドイツの最重要人物アドルフ・アイヒマンの裁判が始まった年に、実際に行われた「アイヒマン実験」の全貌を描く実録ドラマ。1961年、社会心理学者スタンレー・ミルグラムは、「なぜ、どのようにホロコーストが起きたのか」「人間はなぜ権威へ服従してしまうのか」を実証するため、電気ショックを用いた実験を行った。「アイヒマン実験」と呼ばれたその実験は「一定の条件下では、誰であろうと残虐行為に手を染めるのでは」との疑念を実証し、社会全体に大きな影響を与えることとなる。ミルグラム博士役を「マグニフィセント・セブン」「ブラック・スキャンダル」のピーター・サースガードが演じ、ウィノナ・ライダー、ジョン・レグイザモ、アントン・イェルチンらが脇を固める。監督は「ハムレット」「アナーキー」のマイケル・アルメレイダ。(映画.comより)

 

 

 

 アイヒマンに関しては、いろんな映画を見ました。ドキュメンタリー調の「スペシャリスト」に始まって、「ハンナ・アーレント」や最近のマーティン・フリーマンの「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち」など、結構見たような気がします。ハンナの「悪の凡庸」も私は同意します。上からの命令で、やらなければ罰せられるのであれば、良心の入り込む隙間はありません。ましてやナチスは厳然たるヒエラルキーが存在した組織。やむを得なかったと、私も思います。

ということで、今回のミルグラム博士も、「誰もがアイヒマンになり得る」という実験を行い、それを実証していきます。まず、実験に参加してくれる人を報酬付きで募り、二人ずつ実験を行います。くじ引きにより、片方が「先生役」つまり生徒役に質問をし、もう片方は生徒役として質問に答えます。別々の部屋に入れられ、最初は簡単な質問から始まり、間違うと(先生が生徒に)軽い電気ショックを与えることを了承して貰います。しかし、間違いが重なると、だんだん電圧を上げてゆくのです。それにより、生徒は「あ~」と悲鳴をあげたりするのですが、途中でやめることは許されません。最初の電圧がどれくらい痛いかは、最初に先生役の人にも経験して貰います。生徒役の人は体調に問題はないけれど、心臓病を持っているという前提です。

こういうことが、実際に行われていたことは知りませんでした。ずいぶん前にドイツ映画「エス」などで、「元は差がない人たちを”看守”と”囚人”に分けて演技させると、実際に役割分担が始まる」という実験は見たことがあります。学校の先生が、生徒を対象に同じような実験をさせてみた、という映画も聞いたことがあるので、多分「人は影響されやすい」という事実は広く知られたものなのでしょうね。ただ、今回の実験を映画で見ているぶんには、被験者が置かれている状況がアイヒマンとはかなり違うような印象を受けます。私は心理学を勉強していないので、間違っているかもしれませんが、今回は「危険なことが少ないと思われる現代」で、「お金を貰って」「実験に参加している」のだから、ナチスのようなことはあり得ない、というのが大前提だろうし、途中で棄権したら報酬を貰えないかもしれない。当然そんな心理も働くと思うのです。もちろん、ナチスに雇われている人たちも報酬も貰っていただろうから、そこは同じかもしれない。でも、「逆らえば殺される」って事は、今回の被験者たちは考えないし、これを同列に論じることはできるのかな、というのが正直なところ。もっとも、「殺されることは絶対ないのに、やめなかった」ということは、もっと大きな現象なのかもしれないけれど。

ともかく、報酬を貰っているとはいえ、苦しんでいるとわかっている相手に対して、「電流を流す」という措置をやめなかった人がほとんどだった、ということ。誰もが「やめましょうよ」とは言うのですが、「いや、続けて下さい」「途中でやめることはできません」と言われてその言葉に従った、ということです。先ほどから書いているように、これを持ってしてアイヒマンと同列に論じれるのかどうかは疑問だと思うのですが、しかし「もし自分が」と顧みれば、「だめだ!」と強く言い放ちその場を立ち去る、ということができたかどうかは自信ありません。つい、やったかもしれません。外から見るから「あかんよな」と思えるのであって、テレビのクイズ番組を見ているだけならすらすら答えられるのと同じだと思うのです。

しかしながら、ミルグラム博士は、ありとあらゆる実験を繰り返します。何もないところを数人の人が見上げていると、道行く人たちは皆同じように上を見始める、とか。今となっては、どこかでみたようなバラエティーっぽい試みも、当時は斬新だったのでしょうね。おもしろい。最初にこれだけのことを思いつくのが素晴らしい。

結論としては、博士の才能には舌を巻きますが、その実験の倫理性は私もグレーゾーンだと思います。でも、確たる反論はできないし、自分も多分大多数の人たちと同じ結果になったと思います。そう思うと、怖いまぁ、って感じます。人間の心理って、実は一番恐ろしいのかも。

コメント

シング(sing)

2017年03月22日 07時55分43秒 | 日記

 

 

 「ミニオンズ」「ペット」などのヒット作を手がけるイルミネーション・スタジオによる長編アニメーション。マシュー・マコノヒー、リース・ウィザースプーン、セス・マクファーレン、スカーレット・ヨハンソン、ジョン・C・ライリー、タロン・エガートン、トリー・ケリーら豪華キャストが声優として出演し、レディー・ガガ、ビートルズ、フランク・シナトラなど誰もが知る新旧ヒット曲を劇中で披露する。人間世界とよく似た、動物だけが暮らす世界。コアラのバスターが劇場支配人を務める劇場は、かつての栄光は過去のものとなり、取り壊し寸前の状況にあった。バスターは劇場の再起を賭け、世界最高の歌のオーディションの開催を企画する。極度のアガリ症のゾウ、ギャングの世界から足を洗い歌手を夢見るゴリラ、我が道を貫くパンクロックなハリネズミなどなど、個性的なメンバーが人生を変えるチャンスをつかむため、5つの候補枠をめぐってオーディションに参加する。監督は「銀河ヒッチハイク・ガイド」のガース・ジェニングス。(映画.comより)

 

 

 

 田舎では吹き替え上映がメインなのですが、娘の「吹き替えはヒドいらしい」という情報により、字幕版を選んで鑑賞。いや、本当によくできた映画でした。何が驚いたって、俳優さんたちの多才さ。みな、プロの声優や歌手ではないのに、うまくアニメに乗せてるだけではなく、歌のうまいことったらありません。やっぱり、成功するひとって、凡人ではないのですね。

 倒産寸前の劇場のオーナー、バスターはなんとか劇場を建て直したい。自分の夢を実現するため、身を粉にして働いてくれた父親に報いるためにも。しかし、ここでもお金の現実はシビアです。口八丁手八丁でなんとか工面してきたバスターも、いよいよ瀬戸際。銀行からも逃げ回っています。そこで、お金もないのに「賞金」つきでオーディションを行うことを発案。秘書のミスも重なって、賞金額が大幅に増えてしまいましたが、もうやるしかない!さも賞金を用意できたかのように振る舞いながら、オーディションを行います。そして、そこに応募してきた面々も、わけありな人たち。みんな、生きてゆけないほどの大きな不満はないのかもしれませんが、くすぶっている人ばかり。才能があるからといって、それを生かして食べてゆける人なんて、ほとんどいない現実を映し出します。

そして、ペアで応募したやまあらしのように、女性だけ合格すると壊れてしまう男女の関係。リアルすぎてつらかったです。こんなところは、アメリカでも日本でも一緒なんですねぇ。

お金のないところ、無理して開催しようとするから、いろんなハプニングが起こります。いよいよどうしようもない、もう無理かと思っても、彼ら、特にバスターは退くところすらありません。提灯つって、掘っ立て小屋を作ってでもやるしかなかったのです。ほとんどやけくそ。でも、みんなの前で歌えるだけでもいい、ここはボランティアで歌を聴かせるのだ・・・そんなつもりでやったコンサートが大喝采。みんな、本当に心からの歌唱だったのですね。

チビのねずみの声はセス・マクファーレン。耳を疑うほどの美声で「マイウエイ」を聞かせてくれました。なんでこんなに歌えるんだ!フランク・シナトラも真っ青じゃないか!リース・ウィザースプーンも、スカレート・ヨハンソンも、タロン・エガートンもその多才さを見せつけてくれます。すごいですねぇ。本当に感動します。

日本からは、きゃりー・ぱみゅぱみゅの歌が参戦しています。5人組のアイドルは、日本語で歌ってくれます。

素直に感動します。アメリカの歌謡曲をしっかり知っていれば、もっと楽しめたかも、とも思いますが。オススメです。

コメント   トラックバック (3)

サンドラの週末(Deux jours, une nuit)

2017年03月20日 08時52分54秒 | 日記

 

パルムドールを受賞した「ロゼッタ」「ある子供」など、カンヌ国際映画祭の常連として知られるベルギーのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟が、オスカー女優のマリオン・コティヤールを主演に迎えた一作。体調不良で休職していたサンドラは、ようやく復職の目途が立つ。そんな矢先のある金曜日、会社が職員へのボーナス支給のために1人解雇しなくてはならず、サンドラを解雇すると通告してくる。同僚のとりなしで、週明けの月曜日に職員たちによる投票を行い、ボーナスをあきらめてサンドラを再び迎えることに賛成する者が多ければ、そのまま復職できることになる。それを知ったサンドラは週末、同僚たちを説得してまわるが……。(映画.comより)

 

 

 

 名匠ダルデンヌ兄弟の作品だと思って気になってたので、後から録画鑑賞。でもね~、どうなんでしょうね。文化の違いなんでしょうか。ちょっと日本人には理解しがたい展開でしたね。

主人公のマリオン・コティヤールは、しばらく病欠していました。で、「もう大丈夫だから復帰したい」と申し出るのですが、会社も経営が苦しく、「みんなにボーナスを支給するには、一人解雇しないと」と言い出します。週明けまでに、皆を説得しないと私はクビになる・・・とまぁ、そんな話です。マリオンは、「もう働ける」といっても、ここは精神的な病気であったことが示されます。みな生活がかかっているから、働きたいのは同じですが、少し不安要素があると、取り乱している様子が描かれます。弱者を応援したいのはやまやまですが、一抹の不安も感じるところです。

そして、彼女は夫と一緒に、同僚を一人ずつ訪ね歩き、ボーナスを諦めてくれるよう、説得して回ります。

どうなんでしょうねぇ。企業も決して大きな会社ではなく、同僚もみな生きてゆくのに必死なレベルだと示されます。どんなに少ないボーナスでも、みな必要なのです。これは難しいですね。マリオンが必死なのもわかりますし、「さっさと他の仕事を探せば」なんて言える状態ではないことも見て取れます。しかし、必死に働いている者にしたら、夫もいるのに、お休みの日に戸別訪問なんかしてる、少しなにかあれば取り乱すような女性がどう映るか、と言う事実もあります。ここは本当に難しいところ。

まぁ人はお互いに助け合って生きてゆかなければならないんですけどね。マリオンだって、ボーナスが必要な人のことも理解してるんです。難しいですね。それでも、日本では考えられない展開。文化の違いって大きいんだな、って思いました。

コメント

映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険

2017年03月16日 07時41分28秒 | 日記

f:id:genshiohajiki:20160716080310j:plain

暑さに耐えかねたのび太たちが向かったのは、南太平洋に浮かぶ巨大な氷山。ひみつ道具「氷細工ごて」で遊園地を作っていたのび太たちは、氷漬けになっている不思議な腕輪(リング)を見つける。調べてみたところ、なんと腕輪(リング)が埋まったのは、人が住んでいるはずもない10万年前の南極だった!腕輪(リング)の落とし主を探して南極へと向かうドラえもんたち。その前に、なんと氷の下に閉ざされた巨大な都市遺跡が姿を現す。「10万年前に行って、落とし物を届けよう!」ひみつ道具「タイムベルト」で10万年前に向かうドラえもんたち。そこで、凍りついてしまった自分たちの星を救うため、宇宙を旅し、腕輪(リング)の謎を追う少女カーラとヒャッコイ博士に出会う。そして、腕輪(リング)を巡り、ドラえもんたちは、地球が凍結する危機に直面する!(ウィキペディアより)

 

 

 

 チビ息子と鑑賞。「ドラえもん」鉄板ですねぇ。しかも公開直前には必ず前作のテレビ放映があるんだもんね。映画館で見たのに、もう一度見る子供たちが「お母さん、今度のドラえもんも見たい!」って言うようになってるんだもんね、商売上手なもんです。

さて、今回ののび太たちは南極へと場所も時代もさかのぼり、訪ねてゆきます。何らかの秘密があると思われる「不思議な指輪」の持ち主を捜して。(最近見た某映画の「パンドラの箱」みたいですね)

のび太が、宿題をやらなくてママやドラえもんに叱られたり、時々ジャイアンに怒鳴られたり、どんなに困ったことがあってもドラえもんの道具で一発解決だったりと、お決まりの展開ですが、なぜかの安定感。普段は0点ばかりののび太も、ここ一番と言うときは勇気を出して活躍します。私、いつも思うのですが、これだけ機転の効く子、もう少しお勉強もできるはずです。まぁ好きで取ってるのかもしれませんが、0点なんて取らないと思うんですけどねぇ。

朝イチ9:25からの上映でしたが、わりと入ってました。チビ息子も、ジャイアンやスネ夫の声が形になって「ドドドドド」などど出てきて、敵を攻撃するところで、ゲラゲラ笑ってました。なにか子供たちのツボを押さえてるんでしょうね、どの子も楽しそうでした。

そして迎えるハッピーエンド。歴史と少女・博士を救ったのび太たち一行は、また普段の生活へと戻るのです。南極へ行った少し前の時間に、タイムマシンで戻るから、親にばれることもなし。楽しいでしょうね。実際、うちの子が私たちの知らない間にこんな冒険してたら驚きです。しっかり自立した大人になれていいかもしれませんが。

いつもの「ドラえもん」、楽しめました。

コメント