「ハリー、見知らぬ友人」のドミニク・モル監督が、ある失踪事件を軸に思いもよらない形でつながっていく5人の男女の物語を描き、2019年・第32回東京国際映画祭コンペティション部門で最優秀女優賞と観客賞を受賞したサスペンス(映画祭上映時タイトルは「動物だけが知っている」)。吹雪の夜、フランスの山間の町で女性が失踪し、殺害された。事件の犯人として疑われた農夫のジョセフ、彼と不倫関係にあったアリス、そして彼女の夫ミシェルなど、それぞれに秘密を抱えた5人の男女の関係が、失踪事件を軸にひも解かれていく。そして彼らが、フランスとアフリカのコートジボワールをつなぐ壮大なミステリーに絡んでいた事実が明らかになっていく。「イングロリアス・バスターズ」のドゥニ・メノーシェが主人公となるミシェル役を演じ、東京国際映画祭で女優賞を受賞したナディア・テレスツィエンキービッツは、ミシェルと思いがけないタイミングでかかわることになるマリオン役を演じている。(映画.comより)
<2021年12月25日 劇場鑑賞>
いくつもの話が並行して描かれます。観客である我々も、最初は何が何だかわからないのですが、これらの話がラストに向けて収束してゆくのです。ですから、わからなくてもできる限り詳細を覚えていった方が理解しやすいと思います。
映画の最初はアフリカ、コートジボワール。ある黒人青年が貢物のヤギを背負って”尊師”に会いに行く場面から始まります。ここで「あれ?今日の映画はどこの国の映画だったかな?なにか間違ったかな」と不安に襲われますが、これはフランス映画です。すぐに場面は切り替わって、話がどんどん展開するので、ついこの冒頭の場面を忘れて見入ってしまいます。
そして、フランスの片田舎。母親を亡くし、犬と一人で生活する孤独な男性ジョゼフをケースワーカー(生活支援員?)のアリスが訪ねます。彼は、母親の死を届けずに遺体をしばらく保管していたようで、ケースワーカーの女性に定期的に訪問を受けているわけです。でも、親切すぎる女性は、なんとジョゼフと性的関係を持っているのです。冒頭から驚きますねぇ。で、この女性にも家庭はあって、夫ミシェルは酪農家です。経営もなかなか苦しいようで、いつも経理でパソコンを触っていて、「牛舎の修理に共同口座から少しお金を融通したよ」などと話しかけます。アリスも特に怒る様子もなく「わかった」と言って了承しますし、夫が忙しい時は食事をパソコンのところまで運んで来ます。特に悪妻なわけでもなさそうです。でも、ミシェルは、ジョゼフとの関係を疑っています。
次は南仏。カフェで働く若い女性マリオンは、20歳以上年上の裕福な女性エヴリーヌに誘われ、関係を持ちます。でも、彼女は夫がいて、仕事が終われば帰ってしまいます。若いマリオンが一方的にのめり込み、エヴリーヌの後を追ってしまいます。でも、彼女はちょっと迷惑そう。
この6人、つまりコートジボワールの青年(正確には冒頭に映った羊を背負った青年ではなくて、仲間)、アリス、ミシェル、ジョゼフ、マリオン、そしてエヴリーヌ。彼らが複雑に入り組んで絡み合う展開となるのです。最初は本当になにがなんだかわからないのですが、ピースがだんだんはまっていく過程は秀逸でしたね。実際は、これだけの偶然って、当人たちにはわからないから認識できない。案外、自分の周りでも、長い人生、そんなことが繰り返されて来たのかもしれませんね。わからないですけど。
<ここからネタバレ>
コートジボワールの青年は、若い美人になりすまし、中年男性をターゲットに、甘い言葉と男が喜ぶツボを心得た誘いで相手を騙し、お金を巻き上げています。それにあたっては、自分の動画や写真をYouTubeなどにアップしていた女性のものを使います。これが偶然マリオンだったのです。マリオンもいろんなことをしていたのですね。ちょっと卑猥な動画なんかアップしちゃって。彼女とやり取りするうち、すっかり打ち解けてしまったミシェル(お金はすでにかなり貢いでいる)ですが、ある時コートジボワールの警察の一斉検挙が入り、青年は逮捕されてしまいます。
片や、そんなことが起きているとは露も知らないマリオンですが、エヴリーヌを追ってやってきた街が、ミシェルたちがいる街の近所だったわけです。ヒッチハイクするマリオンを見て、”自分に会いに来てくれたんだ”と固く信じるミシェル。そのときは妻が助手席に乗ってたので停まれませんでしたが。
とうとうマリオンの居場所を突き止めたミシェル。しかし、「僕だ。ミシェルだ」と言っても気持ち悪がられ、蹴り出されるだけ。何が何だかわからないミシェル。あんなに親しくやり取りしたのに。そのうち、女性のエヴリーヌと言い争っているのを目撃。彼女がお金に困っているの、脅されているの、と言ってたのは、さてはこいつか!と思ったミシェルは、エヴリーヌを殺してしまいます。そしてジョゼフの家の外に遺棄。
遺体を見つけたジョゼフは、なぜか遺体を慈しみ、隠してしまいます。話がややこしいですね。吠えまくる愛犬を殺してまでも。犬が殺されているのを発見したアリス。当然ですが怪しみます。それでなくても、エヴリーヌという女性が行方不明になったというニュースが駆け巡っているというのに。
コートジボワールでは、お金を得た青年が元カノとよりを戻そうとしますが、彼女は、今はフランス人実業家の愛人として家を与えられ、囲われています。いい人で、娘の面倒も見てくれると言います(ちなみに彼女が連れている娘の父親は、この青年)。そして、青年が逮捕・解放された頃は、「フランスへ行くの。彼の家に住むのよ」と言って、裕福そうな年輩男性に連れられて出発する彼女なのでした。
警察から連絡を受け、詐欺にあったと知らされたものの、どうしても諦められないミシェルは、なんとコートジボワールまで青年を探しにやって来ます。探し回ってやっと見つけた青年を追いかけるミシェル。ミシェルは写真も送っていたので、青年もそれと認識し、逃げる、逃げる。さすがに俊足で、捕まえられません。でもその後、なぜかミシェルのパソコンに連絡が。「そこにいるの?」彼女です。アマンディーヌ(本当はマリオン)ですね。思わず笑みを浮かべるミシェル。「ああ、いるよ」。
えぇっ!マリオンは関わっていないから本人のはずはない。今逃げた青年が連絡してきた?じゃ、ミシェルも本人じゃないとわかって、実は男だとわかって、笑みを浮かべた?それほど生きる糧となっていた、ということなのでしょうか。
ジョゼフは、女性の遺体と共に、峡谷に投身自殺。そして、コートジボワールから来た女性が、年輩男性と共に着いたのは、エヴリーヌがいた家なのでした。
この辺は、ジョゼフは孤独と癖(へき)から、母親と同じように遺体を慈しんだとされているようですが、私は、なんとなくエヴリーヌとジョゼフに接点があったのかもしれないな、と思ってました。描かれませんが、エヴリーヌは夫がいても若い女性と関係を持つくらい自由な人なのだから、ジョゼフと付き合いがあったのかもしれないって。また、エヴリーヌの夫は、ニュースのインタビューでも「自由をモットーにしていた関係でしたが、心配です」とか言ってたので、たぶん「どこかへ行ったのだろう」くらいに思っていたのかもしれませんね。峡谷なんかに投げ入れられると、見つからないかもですものね。
しかし、すごい巡りあわせですね。実際にこれほどの偶然があるかどうかは別にして、上でも書いたけど、本人たちにはわからないから、案外起こっているかもです。個人的に一番怖かったのは、ミシェルがだんだんと若い女性にハマっていくところ。いい歳をしてこんな男はバカだと言ってしまえばそれまでですが、仕掛ける男があまりに上手いのと、「ありがとうね。お礼に動画を送っちゃうね」なんて言って、本当の動画を送られたりしたら、マジでわからないということです。バカだと一蹴できないリアルさが、本気で怖かったです。考えさせられましたね。
印象に残った映画でした。