田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

カレ・ブラン(Carre blanc)

2014年03月28日 08時15分11秒 | 日記

 

 

カレ・ブラン

 

これまでテレビシリーズや短編作品を手掛けてきたフランスの新鋭ジャン=バティスト・レオネッティが手掛けた衝撃のSF。人類が社畜と家畜に分類されたそう遠くない未来を舞台に、不条理な世界で生きる人々の姿をダークなテイストで描き出す。権威によって人類が思考や感情を完璧にコントロールされる世界で淡々と続く日常や、観る者の感覚を研ぎ澄ますことを要求する抑えの効いた映像と残酷な物語に身震いする。(yahoo.映画より)

 

 

 wowowで放映してたらしく、娘が録画してました。でも、この作品のことはよく知りませんでした。「そう言えばパソコンで予告を見た記憶があるな」って程度でした。果たして大阪でも上映してたのでしょうか。

舞台は近未来。何もかもが無機質で暗~い世界。人口が減少しているのでしょうか。子作りを奨励する放送なんかが流れています。人類は「社畜」と「家畜」に分類され、いわば「家畜」は負け組なわけです。絶望して自殺なんかすると、すぐ人肉加工工場に持って行かれ、お肉になります。みなそれを食するのですが、人肉であることはすべて表示されているので、そこは親切かもしれません。

風景は「セブン」のように暗く、何の説明もないものの、なんらかの気候変動か天変地異でもあったのかと思わせます。

一応上流階級っぽい格好をしているのは「社畜」、彼らは世の中にどういう貢献をしているのかわかりませんが、人々を「社畜」と「家畜」に分別することも仕事のようです。人々は理不尽な要求を突き付けられ、それに答えなければ「家畜」となり、一生虐げられることになります。

多くの「社畜」は、迷うことなく使命を遂行していますが、なかには「こんなのおかしい」と思っている人もいて、主人公とその妻はその例のようです。つまり、主人公は表情も変えないような「社畜」ですが、妻はそんな夫を冷ややかに見つめ、別れようかと真剣に考えているようです。(ところで関係ないですが、妻が働いている様子は描かれません。近未来でも”専業主婦”という形態が存続しているのでしょうか。それとも、現在では想像できないような働き方があるのでしょうか。)

ともかく、セリフを極限まで削ってあるので、わかりづらい映画ではありました。画面もほとんどモノクロに近いような印象です。「あれはなんだったのかな」と、最後まで説明がなくてよくわからないものもありますし、結局よくわからないお話でした。

最後の方に、主人公が自分に対して「これではいけない」という”気付き”があったような描かれ方もするのですが、そしてそれが一筋の希望となっているのかもとも思うのですが、でもだからといって、どうなるものでもないような気もします。

感性が鋭くなく、芸術家肌でもない私には、「ん・・・」な作品でした。

コメント

ドン・ジョン(Don Jon)

2014年03月25日 23時23分23秒 | 日記
 
 
ジョセフ・ゴードン=レヴィットが初の監督を務め、第63回ベルリン国際映画祭をはじめ多方面から高く評価されたラブコメディー。モテモテのプレーボーイにもかかわらず理想の女性、愛を求めポルノ鑑賞にハマる青年が全然違うタイプの女性2人と出会ったことで、新たな価値観にたどり着くさまを描く。ジョセフふんする主人公の人生を変える女性を、スカーレット・ヨハンソンとジュリアン・ムーアが演じる。(yahoo.映画より)
 
 
 
 

 

 ん~複雑。おもしろかったことは確かなんですけど、どうにも男の世界というか・・・(苦笑)。

主人公のジョゼフ・ゴードン=レヴィットは、ジムで体を鍛え、おしゃれな家に住み、イケメンで夜毎美人をお持ち帰りするほどのモテ男。しかし、実際にはネットのポルノ中毒で、現実にはあり得ない設定や女性の反応にどっぷり浸かってしまっています。従って、どんな美女をお持ち帰りしても、「なんかこう、違うんだよな」と、現実のセックスに満足できず、女性が寝たのを確認してからネットでポルノを鑑賞しながら自慰行為する、そんなことを繰り返してしまっています。しかし、自分で危機感はまったくなく、満足なセックスができないのは女性がわかってないからであって、いつか理想の女性が現れると思っています。

そんな折、バーで絶世の美女発見!これがスカーレット・ヨハンソン。そりゃ美女だわ。体の線もセクシーだし。そこで猛アタック。なかなか落ちないスカヨハ。しかも、デートするようになってからも、「まだよ」とばかりに先に友人に会って欲しいだの、家族に会って挨拶しろだのいろいろ面倒なことを言い出します。それでも、彼女にぞっこんのジョセフ・ゴードンは、言うことを聞きその後やっとベッドイン。でも・・・やっぱり違うんです。普通のセックスじゃなくて、これだけの女なのにどうしてポルノのように行かないんだ・・・と落胆するジョゼフ。結局、またまた生身のセックスのあとにネットポルノ→自慰。なんだか、ここまで来るとかわいそうになってきますね。

そこへ、目覚めたスカヨハ。「なにしてるの。私がいるのになんでポルノ見てるの」と、こうなります。当然ですよね。結局、「ポルノはもう見ない」と約束させられ、彼女の言うとおり、将来のために夜学にも通うようになります。

でもね、あれだけの回数ポルノ見てた人が、そんなことできるわけないんです。無理したって行き詰まります。その上、スカヨハだって年甲斐もなく”恋に恋する夢子ちゃん”なんですね。ベタベタのロマンス映画をうっとりと見つめ(この劇中劇がチャニング・テイタムとアン・ハサウェイで、絵にかいたような紋切り型のロマンスを演じてる。ふざけてますね~。とっても笑えます)、男は好きな女性のためならなんでもして当たり前、と真面目に思っているのです。

やっぱり、「目の覚めるような美女」というだけでは続きません。ジョセフ・ゴードンは、夜学で出会った”おばさん”ジュリアン・ムーアとのやりとりも重ねながら、少しづつ大人に(?)なってゆきます。

話の最後は、ちょっと深みのない終わり方でしたが、それでもハッピーエンドでしょうね。ジョゼフ・ゴードン、初めての監督作ということで、充分な出来ではないかと思います。

ただ、主人公にはもっと絵にかいたようなマッチョなイケメンのほうがハマったかも。彼も充分がんばっていたけどね。

R15+です。

コメント

アナと雪の女王(FROZEN)

2014年03月25日 08時07分42秒 | 日記

 

 凍った世界を救うのは——真実の愛。
ふたりの心はひとつだった。姉エルサが“秘密の力”に目覚めるまでは…。

運命に引き裂かれた王家の美しい姉妹、エルサとアナ──触れるものを凍らせる“禁断の力”を持つ姉エルサは、妹アナを傷つけることを恐れ、幼い頃から自分の世界に閉じこもって暮らしていた。
美しく成長したエルサは新女王として戴冠式に臨むが、力を制御できずに真夏の王国を冬に変えてしまう。
城から逃亡した彼女は、生まれて初めて禁断の力を思うがまま解き放ち、雪と氷を自由自在に操り、冬の王国を作り出す。
愛する者を守るため本当の自分を隠して生きてきたエルサは、“雪の女王”となることで生きる喜びと自由を手に入れたのだ。
一方、妹を守るために姉が払ってきた犠牲と愛の深さを知ったアナは、エルサと王国を救うため、山男のクリストフとその相棒のトナカイのスヴェン、“夏に憧れる雪だるま”のオラフと共に雪山の奥深くへと旅に出る。アナの思いは凍った心をとかし、凍った世界を救うことができるのか?そして、すべての鍵を握る“真実の愛”とは…?(Disney.jpより)

 

 

 いやはや、おもしろかったですね。画が美しいのは言うまでもないとして、物語も一歩進んだものになっているように思います。私、個人的にはアンデルセンの「雪の女王」はよく知らないのですが、チラシによるとディズニー独自のアレンジを加えてあるとか。なるほど。

美しい姉妹は、小さな頃から仲よしこよし。優しい両親(王様とお妃さま)に愛され、何不自由なく育ちます。ただ、姉のエルサには特殊な力があったのです。触れるものすべてを氷に変えてしまう・・・そして、エルサには自分の力をコントロールするすべがなかったのです。それゆえ、愛する妹を傷つけてしまったことも。

仕方なく二人を隔離する両親。エルサには、自分の力を御することができるまで、なるべく人前に出ないように諭します。どうすることもできない二人。

そうこうしているうちに、王と妃は事故に遭い早世してしまいます。そしてその5年後、姉のエルサは王位に就くこととなります。

しかしやっぱりコントロールできなかった・・・。せっかくの戴冠式で人々を驚かせ、傷つけてしまったエルサは森の奥深く逃げ込んでしまいます。しかし、そこで氷の城を作り自分の居場所を確保した彼女は、「これでいい、これでいいのよ」と納得します。

しかし!納得できないのは妹のアナ。なんとしても愛する姉と一緒にいたかったアナは、今度は諦めません。姉のため、自分のために森へと分け入って行くのです。

姉の戴冠パーティではそれらしい王子とも知り合い、「これが愛かも」。しかし、森に分け入るについては、トナカイとそりを携えた男と同行することになり、どちらもそれらしい。見ている私達観客は、「う~ん、どちらが本当の愛の王子様かしら」な~んて妄想を膨らませたりするのです(笑)。

そして、クライマックスでは姉の力により、ふいに魔力にかかってしまうアナ。「愛する人のキスでしか助からない」などと予言され、「えぇ~今どき~」と、少ししらけながら見ていると!見事に裏切られます。この裏切り(笑)が素晴らしい!

活発なお姫様はもはや定番。ついこのまえの「スノーホワイト」ととも引けは取りません。しかし、活発でおてんばなだけではただの女の子。強く信じること、愛すること。これが大事なのですね。

観客も一杯でした。当たり前ですが、歌も素晴らしい。アニメもここまでいくと、本当に見応えがありますね。

 

コメント   トラックバック (1)

それでも夜は明ける(12 Years a Slave)

2014年03月20日 23時20分21秒 | 日記

 

 第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。(映画.comより)

 

 

 こんな時代があったのですね。奴隷制度が廃止される前、でももう奴隷の輸入は禁止されていた時代。だから黒人を見かけると、騙してでも売り飛ばす奴が出てくるのですね。ちゃんと雇われている”御主人様”がいても拉致されて売り飛ばされたようです。そのため、自分の奴隷を盗られた人は結構捜したようです。そして見つけると「その奴隷は私の所有物だ。返さないと窃盗で告訴するぞ」と言って取り戻していたようです。

ところでその時代、「自由証明書」なるものを持った「自由黒人」と呼ばれる人たちがいたこと・・・無知な私はなにも知りませんでした。

しかし、その分け隔てはそれはそれで問題もあったようです。身なりもこぎれいで、高いお店に普通に入ってゆく彼ら(ソロモンの家族ね)を見る”他の黒人たち(多くは奴隷)”の目が意味ありげで、深く考えさせられました。彼らのまねをして同じ店に入った黒人さんが、白人のご主人様に「こら!おまえが入る店じゃない」と叱られ、すぐ連れ戻される様子が描かれます。当のソロモンは他人事のような顔をしているのです(他人事なんでしょうが)。

つまりは、結論から書くことになってしまうのですが、「自由黒人」だったはずの主人公(ソロモン)が、不法に自由を奪われた、しかし希望を捨てなかった彼は多大な苦労の末に元の地位を得た・・・それは物語としては大変に美しいですし、主人公は想像を絶する目にも遭ってきたことと思います。しかし、大多数の「もともと奴隷だった人たち」は何も救われていない、ということなのです。12年の苦労の末、古い(白人の)友人に見出され、綿花農場を去ってゆくソロモンを見送る、残された奴隷たちの表情がつらかったです。彼らはこれからも虐げられてゆくのですから。

そして、元の家で待っていたソロモンの家族は、同じだけ歳を取った妻、大きくなった息子、そして結婚して子供をもうけている娘とその夫、小さな孫。彼らのきちんとした身なりを見るにつけ、感動するはずのラストシーンが複雑な感情に覆われていったのも事実です。

いえ、白人さんのことはさておく、ってことではないですよ。でもなぁ・・・。こんな感想を持つ私が変なのかもしれません。

もちろん、その後のテロップで、ソロモンはその後、奴隷解放運動に積極的に参加したこと、逃走する資金を援助するための基金を設立したことなどが表明され、安心して映画館を後にできるようにはなってるのですが、なにかこう、物が引っかかるような思いは消えなかったです。

一度奴隷として売られてしまうと、その後の扱いのひどさはまさに「ジャンゴ」と「大統領の執事」の冒頭の世界でした。もちろん、優しい”買い主”もたくさんいたのでしょうが、一部の心ない白人たちの仕打ちは、目を背けずにはいられないほどでした。本当にヒドい。

まだ「ジャンゴ」のほうがスカッとするだけ見やすい映画だったかも。映画は映画、現実は現実なんだろうけれど。

それでも、名作でした。オスカーを獲ったのもうなずけます。ひょっとして、監督さんは、私が感じたことすべてを見越して作ってて、そういったことすべてに対する賞なのかもしれないですけど。

コメント

映画ドラえもん 新・のび太の大魔境 ペコと5人の探検隊

2014年03月19日 00時06分10秒 | 日記

 

 人気アニメ「ドラえもん」の生みの親、藤子・F・不二雄生誕80周年記念作で、1982年に公開された長編第3作『ドラえもん のび太の大魔境』をリメイク。地球最後の秘境に憧れるドラえもん、のび太たちが愛らしい子犬ペコとの出会いをきっかけに、ジャングル奥深くにあるという謎の巨神像を目指して大冒険を繰り広げる。スリルいっぱいの冒険に興奮し、仲間と共に試練に挑んでいくストーリーに引き込まれる。(yahoo映画より)

 

 

 今回、チビ息子(5歳)のつきあいでの鑑賞でしたが、1982年版を見ていなかったので、まったくの白紙から鑑賞することができました。劇場は日曜日とも相まって、最後列の端っこまでびっしり満席です。すごいですね!

さて、今回のび太たちは夏休み。「なにか思い出に残る冒険に繰り出そう」という発想は素晴らしいのですが、発端からすぐドラえもんに頼るところがいけませんね(笑)。「アフリカなんか、どう。まだ探検されていないところがありそうだし」という安易な発想で、ドラえもんの便利道具に頼って空中写真を撮りまくります。こんな大量な写真からなにをどうピックアップしようか戸惑っていたところ、のび太が先ほど空き地で拾ってきた子犬が、素晴らしい写真を選び出します。な、なんとそこには未確認の大きな物体が写っているではありませんか!岩のような、銅像のような。

さっそく「どこでもドア」で現地に飛べるのですが、それではあまりに面白くないと言うことで、約100km手前に移動します。何なんでしょうね、このお手軽さと危機管理のなさは(笑)。アフリカのジャングルですよ!空き地そのままの格好で、寒くはなかったのでしょうか。

と、こちらがつまらないことを考えているうちに、それなりに冒険を楽しんでいるのび太たち。しかし、そのうち各々が「トイレに行く」だの「忘れ物」だのと言って、ちょいちょい「ドア」で家に帰ってみたり、ジャングルで危険な目に遭っても、ドラえもんの便利道具で何でも切り抜けてしまったり。これ、冒険の意味ある(笑)?

しかし!その「大きな物体」の場所には、本当に王国があったのです。しかも犬が立って活躍している「バウワンコ」の国が。そして、まさに今は悪大臣のせいで世が乱れ、民は苦しんでいるというのに、悪大臣は世界征服を企み、兵器の開発にいそしんでいたのです。

そしてそこへ、実はバウワンコ王国の正当な王子だったという”のび太が拾ってきた犬”と一緒に、のび太たち一行が加わり、悪大臣を征伐するべく戦いが始まります。

そのころには、最初に感じていた「なんなんだ感」はすっかり忘れ、子供たちどうしの、そして子供たちと犬との絆と愛情の熱さにすっかり感動し、前のめりにのび太たちを応援してしまっているのです。やられた!がんばれ、ジャイアン。負けるなのび太!

そして、子供向け映画ですから、もちろんハッピーエンド。わかっていても、スキっとします。やっぱり、続いているものって、惹きつける何かがあるんだなぁ、と再認識した次第。ちょっとのび太たちの仲間に入ってみたいかも(笑)。

コメント