田舎に住んでる映画ヲタク

「映画大好き」の女性です。一人で見ることも多いけれど、たくさんの映画ファンと意見交換できればいいなぁと思っています。

ヒステリア(Hysteria)

2017年04月27日 08時07分09秒 | 日記

Hysteria Movie Poster

セックス・ツールとして広く浸透しているアダルトグッズをめぐる実録ドラマ。19世紀ロンドンで電動バイブレーターを開発した医師モーティマー・グランビルの姿と、彼が当時の女性たちの性生活をいかに変えたのかを追い掛ける。『お買いもの中毒な私!』のヒュー・ダンシーを筆頭に、マギー・ギレンホール、ジョナサン・プライスら、実力派俳優が集結。医療電気製品として初めて特許を獲得したのが電動バイブレーターだったなど、随所にちりばめられた驚きのエピソードも見ものだ。(シネマトゥディより)

 

 

 

 いや~すごいですねぇ。よくこんな映画を作りましたね(笑)。いや、女性が抑圧されていた時代だからこそこういうことが起きたのでしょうね。いばってばかりいる男たちが女性を満足させられなかったら。それでもじっと耐えるしかなかった女性たちは、画期的な出来事に目の覚める思いだったでしょうね。しかしながら、だからと言って「ドクターを受診しよう」と思えた女性たちは、みな裕福。まぁ、お金に余裕がない庶民は奔放にやってたのかもしれませんけれど。

当時それが「自慰」につながるものだとは、誰も認識がなかったのでしょうね。女性に多い「ヒステリー」に効くよい方法はないかと研究した結果、得られた技術。男性医師にも他意はなかったと思われます。最初に編み出したジョナサン・プライスもすごいですが(最初は手動)、門下生の若い医師ヒュー・ダンシー。手にしびれを来して使えなくなるほど女性患者に尽くすって・・・。ま、それがあったからこそ「電動」という発想が出たのでしょうけれど。

マギー・ギレンホール演じる、時代に反した自立志向の強い女性は、何かにつけて非難されたり、自分も突っ張ったりしていますが、とにかく自分で自分の人生を切り開いてゆく様は見事なものです。なかなかあの時代に。

あと、今をときめくフェリシティ・ジョーンズが出ているのに驚きました。こんなところにいたのね。彼女はマギーの妹で、時代に即した従順な女性です。

とにかく、大人の女でも、見ているこちらが赤面。なんだか真面目だけれど爆笑するような、そんなお話です。でもまぁ、今でもある問題なのかもですね。私、電動なんとかは使ったことないけど、案外世界が広がるのかもしれませんね(あからさまなことをごめんなさい)。

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ムーンライト(Moonlight)

2017年04月24日 08時07分53秒 | 日記

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 マイアミを舞台に自分の居場所とアイデンティティを模索する少年の成長を、少年期、ティーンエイジャー期、成人期の3つの時代構成で描き、第89回アカデミー賞で作品賞ほか、脚色賞、助演男優賞の3部門を受賞したヒューマンドラマ。マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校では「リトル(チビ)」と呼ばれていじめられ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラから育児放棄されていた。そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアン夫妻と、唯一の男友達であるケヴィンだけ。やがてシャロンは、ケヴィンに対して友情以上の思いを抱くようになるが、自分が暮らすコミュニティではこの感情が決して受け入れてもらえないことに気づき、誰にも思いを打ち明けられずにいた。そんな中、ある事件が起こり……。母親ポーラ役に「007」シリーズのナオミ・ハリス、麻薬ディーラーのフアン役にテレビドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のマハーシャラ・アリ。プロデューサーとしてアカデミー賞受賞作「それでも夜は明ける」も手がけたブラッド・ピットが製作総指揮。本作が長編2作目となるバリー・ジェンキンスがメガホンをとった。(映画.comより)

 

 

 

 静かな映画でしたね。とても話題になってるし「黒人でゲイの人が主人公」なんて、いらぬ知恵までついてたものだから、構えて見てしまいました。でもこれは、予備知識がないほうが楽しめたかも。見る前の話ですが、私ポスターにも驚いていました。このブルーのポスターが、3人の男性をミックスしたものだなんて、言われるまで気がつかなかったのです。なんてよくできたポスターでしょう!よーく見ると、なるほど右端はひげ面だったりするのです。

陽光まぶしいマイアミ。明るいイメージが強い場所ですが、黒人タウンが存在します。主人公のシャロンも、黒人でヤク中の母親と二人暮らし。母は、悪い人ではないのでしょうが、完全なるヤク中で、お金をせびる・子供の前でも男を連れ込む・育児放棄する・・・まるで「チョコレートドーナツ」の母親のようです。しかしながら、女一人、教養もなくお金もなければ、他に生きるすべがないのもわかる気がします。それでも、子供は災難です。せっかく普通に生まれてるのに(語弊があればごめんなさい。なんの障がいもなく、ということです。母親はまずここに感謝するべきなのに)、小柄だったシャロンは学校でもいじめられ、行く場所もありません。友人は、少し優しくしてくれるケヴィンだけ。そんな中、いじめっ子から逃げて隠れていたところを近所のおじさんに見つかり、家に連れ帰って貰います。このおじさんが、助演男優賞を獲得したマハーシャラ・アリですね。アリは、シャロンを不憫に思い、妻と二人で何かと世話を焼いてくれるようになります。本当にお父さんのようで、心を許していたシャロンですが、アリはヤクの売人で、母も彼から買っていることがわかり、大きなショックを受けます。

 場面は変わって、高校生になっているシャロン。相変わらずいじめられています。アリおじさんは亡くなっています。母親のヤク中はますますひどく、手がつけられなくなっています。そんな中、唯一の友人だったケヴィンも悪友(いじめっ子)にそそのかされ、逆らえずにシャロンを傷つけてしまいます。いじめている子は、幼少期から同じ奴です。とうとう抑えられなくなったシャロンは、そいつをぶちのめしてしまい、逮捕されます。

 次の場面は、青年期。あんなに小さくていじめられっ子だったシャロンが、ムキムキマッチョな青年になって、あろうことかヤクの売人。口数が少なく、おとなしいのは相変わらずで、施設に収容された母親と時々連絡を取りながらも、一人で暮らしています。そんな中、忘れられない友人ケヴィンから連絡が入ります。今はダイナーで料理人をしているとのこと。「よかったら訪ねて来いよ」との電話に、意を決して訪ねてゆくシャロン。社交的だったケヴィンは気づかなかったかもしれませんが、シャロンはたった一人、ケヴィンを愛していたのです。「おまえに限って・・・」と、ヤクの売人をしていることに驚くケヴィン。しかしながら、シャロンの真剣な感情に気づくことになるのです。

描かれている状況は悲惨です。救いようがないくらい。でも、それでも人は人を愛し、その気持ちを偽ることはできないのだ、ということが描かれます。ナオミ・ハリス演じるヤク中のどうしようもない母親も、シャロンには「私のようなクズになってはダメ。しっかり生きて」と、訴えます。「この施設は私に合ってるの」と、心配しないよう付け加えて。希望のあるお話でしたが、一方で救われないことも。いや、でもきっと母は、シャロンのような聡明な息子を持てたことが幸せだったのでしょう。たとえ、自分は壊れてゆくしかなくても。

心して見て下さい。

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LION ライオン 25年目のただいま(Lion)

2017年04月22日 15時17分10秒 | 日記

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インドで迷子になった5歳の少年が、25年後にGoogle Earthで故郷を探し出したという実話を、「スラムドッグ$ミリオネア」のデブ・パテル、「キャロル」のルーニー・マーラ、ニコール・キッドマンら豪華キャスト共演で映画化したヒューマンドラマ。1986年、インドのスラム街で暮らす5歳の少年サルーは、兄と仕事を探しにでかけた先で停車中の電車で眠り込んでしまい、家から遠く離れた大都市カルカッタ(コルカタ)まで来てしまう。そのまま迷子になったサルーは、やがて養子に出されオーストラリアで成長。25年後、友人のひとりから、Google Earthなら地球上のどこへでも行くことができると教えられたサルーは、おぼろげな記憶とGoogle Earthを頼りに、本当の母や兄が暮らす故郷を探しはじめる。(映画.comより)

 

 

 

 すごいですねぇ、本当に。実話なんですから。それとともに、やはりどんなに裕福に幸せに暮らしていても、「本当の母親」の存在は、これほど大きい、すなわち自分のアイデンティティの根幹なんだなぁ、と改めて思った次第です。言い換えれば、どれほど不本意な親であっても、「実の親」がハッキリわかっている、というのは、幸せなことなのだな、と思いました。そう言えば、韓国映画「息もできない」で、登場人物の一人が自分の父親のヒドさ(それは本当にヒドかった)をぶちまけると、そばにいたもう一人の男が「そんなおやじでも、いるだけうらやましい」と言ったのを思い出しました。彼は親の顔すら知らなかったのです。

個人的な話で恐縮ですが、子供の頃や若い頃は、あまりの家庭環境のヒドさに「自分は不幸だ」とか「どこかに本当の親が居るに違いない」などと思っていました。でも、恨める親がはっきりわかっているだけ、まだ幸せだったんだなぁ、と最近は思います。自分のアイデンティティはそこにあるわけですから。

さて、話がそれました。すみません。映画です。そう、インドでは貧富の格差がハンパないので、主人公(サルー)のおうちはとても貧乏です。それでも、息子たちは母を助けるため幼いうちから働きに出ます。サルーも、やや年の離れた兄ちゃんと、悪いこともしますが、家計を助けています。まだ5歳だというのに、聡明なサルーは、「ぼくだってできる」と兄ちゃんに言い張り、一緒に夜の仕事にもついて行くのです。しかし、なにぶんまだ5歳。兄ちゃんが「仕事を見つけてくるから、ここにいるんだぞ」と言ったのに、駅から歩き、そこに停まっていた列車のなかで眠り込んでしまいます。気がつけば朝。列車はどれだけ走ってきたのかもわからないほど、遠くに来てしまっていました。

右も左もわかりません。なにやら賑やかな駅に来たみたいです。でも、誰も助けてくれません。そのうち、子供がたむろしているところを見つけたので、一緒にいると、人さらいが!警察も見て見ぬふりです。必死に逃げるサルー。走って走って走り続けるサルー。お寺の供え物を食したりしながら当てもなくさまよい、そのうち優しそうな女性に声をかけて貰います。ジュースをもらったり、親切にしてもらって安心していると、「知り合いの男性」がやって来るのです。体格のチェックなどをするその男に、ただならぬものを感じたサルーは、またまた逃亡。結局は孤児院?みたいなところに保護されます。劣悪で厳しいところでしたが、福祉係みたいな女性も時々来てるみたいで、その女性はサルーの写真をあちこちで公表し、両親を捜したが申し出はなかったと言います。「カルカッタじゅうに配ったのよ。でも、申し出はなかったの」と。でも、サルーの家はもっと地方だったと・・・見ている方は思いますが、幼いサルーにはもうその辺のことはわかりません。町の名前も記憶していたのですが、正確ではなかったので、誰もわからなかったのです。

結局、オーストラリアの裕福な家庭に貰われていったサルー。両親に愛され、立派な青年に育ちます。そして、大学のゼミ仲間に生まれを聞かれ、迷子だったことを打ち明けます。「君のお母さんは迷い子の届けをしなかったのか」などと聞く仲間もいましたが、「母は、文盲なんだ」と伝えます。我々観客も、ここで「!」となります。そうなのです。お母さんは文盲だったのです。石を積む仕事も、そのせいだったのですね。そして「google earthなら探せるかも」と言われ、サルーの長い捜索が始まります。なにせ、記憶はおぼろげです。インドの航空画像も不鮮明ですし、距離だってわかりません。当時の列車の時速から割り出すことから始めなければなりません。

サルーには、同じく養子の弟がいましたが、この弟は全く正反対な性質でした。そのうち生家の捜索に没頭するようになったサルーは学校をやめてしまったり、弟が問題を起こしたりと、母のニコール・キッドマンも心労が絶えません。裕福(で美人)なのに、こんなに心労が絶えないなんて。人生って本当にままならない。

映画はこんな感じで展開します。もちろん、実話ですから結論はわかっています。2年?3年?くらいかかって、サルーは母を見つけるのです。よかった!本当によかった。子を持つ母として、こんなに心揺さぶられるお話はありません。見方によっては、「感動させようとしていてしらじらしい」という意見も結構あるようです。主演に有名なデヴ・パテルを持ってこなかった方が反感が少なかったのかもしれませんね。しかしながら、息子の帰りを信じて動かなかった母、探し当てた息子。ここは純粋に素晴らしい。

お国柄によるとは思いますが、私は小さな男の子が一人で迷っているのに、案外誰も無関心だったのが驚きでした。カルカッタは都会だからかもしれませんね。警察まで知らんぷりで・・・。まぁ文化の違いなんでしょうね。それでも、貧しいながらも兄と弟、無学の母を助けながらかばい合って生きている姿は本当に美しく、先進国で不自由なく生きている人より幸せなんだろうな、と思ったりしました(月並みですみません)。

佳作だと思います。

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映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ

2017年04月19日 07時42分15秒 | 日記

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 アニメ「クレヨンしんちゃん」の長編劇場版25作目。ある日、野原家に宇宙人シリリがやって来くるが、シリリの発する謎のビームによってひろしとみさえが25歳若返り、子どもの姿になってしまう。日本のどこかにいるシリリの父親のもとに行かないと、ひろしとみさえは大人の姿に戻ることができないという。シリリをしんのすけのオシリに隠し、子どもだけになってしまった野原一家は、シリリの父親捜して日本を縦断する旅に出る。監督は「映画クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 サボテン大襲撃」「映画クレヨンしんちゃん バカうまっ!B級グルメサバイバル!!」の橋本昌和。(映画.comより)

 

 

 

チビ息子と鑑賞。これほど映画を見る私も、クレヨンしんちゃんを劇場で見るのは初めてです。最近、仮面ライダーを卒業し、ポケモンとしんちゃんに興味が出てきたチビ息子。彼のたっての願いで鑑賞することになりました。

あいかわらずおバカな映画。あり得ない設定とあり得ない展開で、もう笑うしかありません。しんちゃんなんだから当たり前なのですが。うちの息子を含め子供たちは、時々大声で笑っていました。うまく作ってあるのですね。しんちゃんの映画は、草薙君で実写化されたお話もあるくらいで、大人でもホロっとくる名作が多い、と聞いていたのですが、今回はそうでもなかったですね。ただ、「宇宙人はいる」と信じて調査していたヲタクっぽい人は、ちょっとリアルな感じがして「いるだろうな」と思わせました。いや、(宇宙人は)本当にいるかもしれないですしね。自分が凡人過ぎてわかってないだけで、実は周りにいるのかもしれないですし。私は”自分に影響がなければ別にいい”と思うタイプですけど、でも影響があるかどうかなんてわからないですよね(なんなんだ・笑)。

ともかく、おバカなりに筋は通っていて、最後の最後は超ハッピーエンド。いいですねぇ。アニメはこうでなくっちゃ。

 

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ベティ・ブルー 愛と激情の日々(37°2 le matin)

2017年04月14日 08時14分59秒 | 日記

 

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「ディーバ」のジャン=ジャック・ベネックス監督が、1組のカップルがたどる衝撃的な愛の行方を鮮烈な映像で描き、本国フランスのみならず世界中に熱狂的ファンを生み出した名作ラブストーリー。海辺のバンガローで暮らす35歳の青年ゾルグは、セクシーな美少女ベティと出会い、瞬く間に恋に落ちる。一緒に暮らしはじめた2人は激しい愛欲の日々を送るが、情熱的すぎるベティの愛情表現は次第にエスカレートしていき……。1986年・第59回アカデミー賞では外国語映画賞にノミネート。2012年、日本初公開から25年を記念して監督自身の監修によるデジタル・リマスター版がリバイバル公開。(映画.comより)

 

 録画鑑賞の作品、溜まっているのでひとつづつこなしてゆきます。 さて、この作品は、当時とても話題になっていたのに、結局見れなかったもの。でも、ベアトリル・ダルは大好きで、彼女の他の映画はいくつか見てました。あの頃、ジャン=ユーグ・アングラードも大好きだったなぁ。結構たくさんの映画に出てたと思うのです。最近見ないけど、どうしているのかなぁ。もう、悠々自適かな。

私、実はこっそりベアトリルに憧れてました、若い頃から。何をやっても平凡な私と違い、天性の危なさ・妖艶さ・美しさで男たちを翻弄。自分を作ることなくエキセントリックで、それ故自分を追い込むことはあっても、それすら才能。「こんな風に生まれてきたかった」と、強い憧れを抱いたものでした。「彼女たちの関係」なんかは都会で一館上映(しかも50席くらいのミニシアターだった。今はもうない)だったのをわざわざ行きました。「ガーゴイル」は録画して家で見たけれど、特殊な映画でしたね。たしかヴィンセント・ギャロと大きな黒人さんが共演してました。とにかく、好きです。

この映画はR18なんですね。なるほど、冒頭から濃厚なセックスシーンです。しかもたびたび入る。ふいに出会ったこの二人、最初から理性的な恋ではなかったのですね、お互いをむさぼります。しかし、人は生きている限り生活費が必要です。なにかと働こうとするジャンに、気まぐれなベアトリルは癇癪を起こします。やることなすこと普通じゃないベアトリルは、とうとう自分たちの愛の巣に放火。ふたりはパリの知人を頼って逃げます。何にでも案外順応するジャンは、そこでも仕事を得て働き始めます。しかし、彼に作家の才能を見て取ったベアトリルは収まりません。やっぱり荒れるのです。

こんな二人の愛情の攻防が物語となります。破滅型と言ってしまえばそうかもしれません。男の人によっては、こんなエキセントリックな女はごめんだ、という方もいらっしゃるでしょう。でも、彼女は彼女で真剣なのです。そして、そんなある意味純粋な彼女を、彼はやっぱり愛しているのだと思います。

二人は、行き着くところまで行き着いてしまいます。いや、どちらかというと”普通っぽかった”彼の人生は始まるのかもしれません。しかし、常識人には考えられないこの二人の愛情は、やっぱり憧れではあるのです。こんな、激情にまかせた人生も、送ってみたかった。才能ないけど。

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