僕は佐賀の小さな町で育ち、今ではもう両親はなくなったが古い実家はそのまま残していて、毎年時々帰っている。
帰るたびに感じるのだが、町の商店街が年ごとに廃れ、シャッター通りと化しつつあるのだ。それに、街中を歩いても時々車とはすれ違うが、歩いている人がほとんどいないのだ。
家の近所の人たちも高齢化して、老人が多くなった。しかも、独居老人が。典型的な地方の過疎の町なのだ。
街はどうなっていくのだろう?
僕の子どもの頃は、今よりずっと人も多く、当然子どもも多くいて、炭鉱の町として活気があった。街の中央にある商店街も賑わっていた。魚屋も八百屋も肉屋も酒屋も醤油屋もアイスキャンデー屋も、呉服屋も電気屋も自転車屋も質屋も鍛冶屋も、どの店も大体が顔見知りだった。
学校帰りには、その商店街を通って帰った。いつも決まった道ではない。時には、山の方や川の方などを迂回したり、友だちの家やその近所に寄り道をしたりして帰った。
学校から家に帰る途中が楽しかったのだ。
炭鉱の閉山と時期を同じく、町は少しずつ活気を失くしていった。その象徴的な姿が商店街だった。
商店街の衰退は、この町の地場産業が衰退したからと思っていたが、隣町も似たような感じで、この町だけの現象でないところを見ると、原因はそれだけではない。
実家に帰ったときは、県庁所在地の佐賀市にもよく行くのだが、佐賀市の商店街もその例に漏れないのだ。駅から続く中央通りもアーケイドのある中心街も、シャッターが閉めてあるのが目につく。
佐賀に帰って街を歩くたびに、近年は一抹の寂しさを感じていた。
商店街が衰退する、この現状の原因は誰もが分かっていたし感じていた。それを見てきたし、肌で感じてきたのだ。いや、これではいけないと思いながらも、みんながそうすることに加担したというか、その道を選択したのだ。
経済成長のおかげでみんなが車を持つようになった。行動範囲は広がり、みんな車で買い物をするようになった。駅前でなくとも、歩ける距離でなくとも、少しぐらい遠くてもいいと思うようになった。
その頃だった。地方にも高速道路ができ、山の上まで道路が整備され、幹線道路に大きなスーパーマーケットやショッピングモールができたのは。そこでは、魚も肉も野菜も、服も電気製品も買えるのだ。それに、値段を見ると商店街より安いのが多い。
だから、オジちゃんやオバちゃんがやっている、一軒家の商店にはいかなくなった。車のない人以外は。
どこの町にもあった「三丁目の夕日」のような街は、地方ではもう消えつつある。残っていても、細々だ。
どうしてこうなったか?
日本の街はどうなるのか?
現象としてはわかっていた問題に、社会、経済、さらに政治の思惑などを検証して解明したのが、「商店街はなぜ滅びるのか」(新雅史著、光文社)である。
著者は人文社会学者で、これが初めての単著であるが、日本の小売業の流通の歴史と問題点がよくわかる。商店街の衰退は、政治の問題でもあったのだ。
商店街が作られたのも、地方に道路がやたらに作られたのも、地方に大型スーパーができたのも、コンビニが蔓延しているのも、すべての根源はつながっているのだ。
僕たちは、商店街が古い存在だと思っていた。
しかし、本書によると意外と新しいと知る。僕たちは、しばしば商店街のルーツを浅草の仲見世や京都の老舗に見つけようとするが、実際は20世紀の社会変動に合わせて作られたという。そして、その多くは戦後の昭和20年以後とある。
また注目すべきは、商店街という発想が、百貨店と同じ時期に生まれたということである。
百貨店に対抗するように中内功のダイエーを先頭としてスーパーマーケットが全国に広がっていく。その過程で、商店街を含めて政治的な綱引きや駆け引きなどがあったという資料による検証は、商店街の歴史を知るうえでとても興味深い、
セブン-イレブンの1号店が開店したのは1974(昭和49)年、オイルショックの翌年のことだ。それから、コンビニはフランチャイズのもと、全国各地に急速に広がっていった。そして、驚くことに、商店街にとっては敵対する存在だと思っていたコンビニだが、その初期の経営者(オーナー)の多くは商店街の小売店の主だということである。
商店街の店は、大体が個人経営だ。親がやっていた商売を継ぐのはその息子や娘と決まっている。子どもが継がないと、店をたたむのが常だ。会社や工場のように、他人が受け継ぐということはない。ここにも、商店街の根本的な問題が潜んでいる。
僕は商店街を愛する者だが、郷愁だけではどうにもならない時期を過ぎているのは現状が物語っている。
商店街の衰退、そして崩壊は、街そのものを変貌させている。
故郷の街は変わっていく。
帰るたびに感じるのだが、町の商店街が年ごとに廃れ、シャッター通りと化しつつあるのだ。それに、街中を歩いても時々車とはすれ違うが、歩いている人がほとんどいないのだ。
家の近所の人たちも高齢化して、老人が多くなった。しかも、独居老人が。典型的な地方の過疎の町なのだ。
街はどうなっていくのだろう?
僕の子どもの頃は、今よりずっと人も多く、当然子どもも多くいて、炭鉱の町として活気があった。街の中央にある商店街も賑わっていた。魚屋も八百屋も肉屋も酒屋も醤油屋もアイスキャンデー屋も、呉服屋も電気屋も自転車屋も質屋も鍛冶屋も、どの店も大体が顔見知りだった。
学校帰りには、その商店街を通って帰った。いつも決まった道ではない。時には、山の方や川の方などを迂回したり、友だちの家やその近所に寄り道をしたりして帰った。
学校から家に帰る途中が楽しかったのだ。
炭鉱の閉山と時期を同じく、町は少しずつ活気を失くしていった。その象徴的な姿が商店街だった。
商店街の衰退は、この町の地場産業が衰退したからと思っていたが、隣町も似たような感じで、この町だけの現象でないところを見ると、原因はそれだけではない。
実家に帰ったときは、県庁所在地の佐賀市にもよく行くのだが、佐賀市の商店街もその例に漏れないのだ。駅から続く中央通りもアーケイドのある中心街も、シャッターが閉めてあるのが目につく。
佐賀に帰って街を歩くたびに、近年は一抹の寂しさを感じていた。
商店街が衰退する、この現状の原因は誰もが分かっていたし感じていた。それを見てきたし、肌で感じてきたのだ。いや、これではいけないと思いながらも、みんながそうすることに加担したというか、その道を選択したのだ。
経済成長のおかげでみんなが車を持つようになった。行動範囲は広がり、みんな車で買い物をするようになった。駅前でなくとも、歩ける距離でなくとも、少しぐらい遠くてもいいと思うようになった。
その頃だった。地方にも高速道路ができ、山の上まで道路が整備され、幹線道路に大きなスーパーマーケットやショッピングモールができたのは。そこでは、魚も肉も野菜も、服も電気製品も買えるのだ。それに、値段を見ると商店街より安いのが多い。
だから、オジちゃんやオバちゃんがやっている、一軒家の商店にはいかなくなった。車のない人以外は。
どこの町にもあった「三丁目の夕日」のような街は、地方ではもう消えつつある。残っていても、細々だ。
どうしてこうなったか?
日本の街はどうなるのか?
現象としてはわかっていた問題に、社会、経済、さらに政治の思惑などを検証して解明したのが、「商店街はなぜ滅びるのか」(新雅史著、光文社)である。
著者は人文社会学者で、これが初めての単著であるが、日本の小売業の流通の歴史と問題点がよくわかる。商店街の衰退は、政治の問題でもあったのだ。
商店街が作られたのも、地方に道路がやたらに作られたのも、地方に大型スーパーができたのも、コンビニが蔓延しているのも、すべての根源はつながっているのだ。
僕たちは、商店街が古い存在だと思っていた。
しかし、本書によると意外と新しいと知る。僕たちは、しばしば商店街のルーツを浅草の仲見世や京都の老舗に見つけようとするが、実際は20世紀の社会変動に合わせて作られたという。そして、その多くは戦後の昭和20年以後とある。
また注目すべきは、商店街という発想が、百貨店と同じ時期に生まれたということである。
百貨店に対抗するように中内功のダイエーを先頭としてスーパーマーケットが全国に広がっていく。その過程で、商店街を含めて政治的な綱引きや駆け引きなどがあったという資料による検証は、商店街の歴史を知るうえでとても興味深い、
セブン-イレブンの1号店が開店したのは1974(昭和49)年、オイルショックの翌年のことだ。それから、コンビニはフランチャイズのもと、全国各地に急速に広がっていった。そして、驚くことに、商店街にとっては敵対する存在だと思っていたコンビニだが、その初期の経営者(オーナー)の多くは商店街の小売店の主だということである。
商店街の店は、大体が個人経営だ。親がやっていた商売を継ぐのはその息子や娘と決まっている。子どもが継がないと、店をたたむのが常だ。会社や工場のように、他人が受け継ぐということはない。ここにも、商店街の根本的な問題が潜んでいる。
僕は商店街を愛する者だが、郷愁だけではどうにもならない時期を過ぎているのは現状が物語っている。
商店街の衰退、そして崩壊は、街そのものを変貌させている。
故郷の街は変わっていく。
この様な変遷は、出版業界と書店の近未来に当て嵌めると理解し易いという興味深い考察があります。
地域の個人経営の書店はチェーン展開する大型店にそのシェアを奪われた。大型店はアマゾンの様なネット通販に食われる。現に全米二位の大型書店が倒産。更にネット書店は、電子書籍に読者を奪われるだろうという近未来予測。なにしろ電子書籍なら、用紙・印刷・製本はもとより、取次ぎ・保管倉庫・運送業務、煩雑な返本手続も不要です。
「日本のブータン」と揶揄する声も有りや無しや?
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ivedoor ニュース@livedoornews
日本で一番幸せな都道府県ランク http://dlvr.it/2yPPz1 - ライブドアニュース
僕は出版界育ちなので、紙の出版物に愛着を持っていて、電子書籍が出てきたときも、見る気もなかったのですが、時代の流れは、そのようです。
今でも、電子書籍で本を読む気はありませんが、本も音楽CDも、将来はどのように変容するかわかりませんね。
商店街と同じく。
コメントにあったURLに掲載してある、書籍『日経プレミアPLUS VOL.4』による、幸福度ランキングの上位5位をあげると、以下のようです。
1位:福井県、2位:富山県、3位:石川県、4位:鳥取県
、5位:佐賀県
こうして見ると、微妙ですね。
どんなにデータで組み立てても、幸せは数字で測れないと改めて思いますね。