写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

「僕の履歴書」ハートリー(5)

2011年07月02日 | 生活・ニュース

   病院通い

 遊んでばかりの楽しそうな毎日に見えるけれども、僕には僕なりの悩みがあった。持病である。まずは長い耳を持っているが故の外耳炎。2週間に1度の頻度で耳の掃除のため川下にある病院へ通った。それと、アメリカンコッカースパニエルにはよくある病気だというが、1年に1~2度、皮膚に小豆大の腫瘍が出来る。良性の腫瘍なのだが、放っておくとだんだん大きくなる。

 小さい内に発見できれば電気メスで簡単に切除すればいいが、毛が長いので見つけにくく大きくなった場合には全身麻酔をかけて手術する。数年前と今年の2回、麻酔をかけて手術をしたが、術後も先生がびっくりするくらい、いつも元気だった。

 4歳になったときに白内障が発見された。どうすればいい? 手術をするには広島市にある専門病院に行くしかないという。その日の内に主人は僕を連れてその病院へ向かった。10日後、手術をすることに決まった。

 術後の1週間は入院して治療することになった。人間の手術とまったく同じ手法で手術した。眼に入れるプラスチックのレンズも人間と同じメーカーのものである。犬の白内障手術は、当時はまだ始まったばかりの頃だった。主人が病院へ迎えに来たとき、僕はうれしくて奥の方から転がるようにして出ていった。たった1人の1週間は随分長かった。

 病院通いといえば、こんなこともあった。ある時期、近くの家の娘さんが練習台として僕をトリミングしてくれていた。その家に飼われていた柴犬は少し凶暴。僕は何もしないのに、散歩中に出会うといつも喧嘩を吹っかけてくる。ある日、トリミングを終えて台から降ろされた時、そばにいた柴犬が僕の背中をガブリ。あいたたたった!!! 娘さんは青い顔をして僕を家に連れて行った。

 「大丈夫ですよ」と主人はいたって鷹揚。背中には犬歯のあとが2つくっきり。すぐに病院へ。薬を付け、抗生物質を飲まされて、胴にぐるぐる巻きの包帯。散歩のたびに顔馴染みから「どうしたの?」の質問。あんなこんなで僕の医療費は結構かさんだ。「こいつの病院代が高くて、年金生活が苦しい」が犬仲間と会った時の主人の口癖であった。


「僕の履歴書」ハートリー(4)

2011年07月01日 | 車・ペット

    雪遊び

 雪遊びの場所は決まっている。広島県北の吉和町にある「魅惑の里」である。岩国から50km走ったところにある。30kmくらい走った辺りでチェインを巻く。雪の上を走る感触は、チェインの音もせず、なんだか雲の上を走っているような柔らかい感じがして僕は好きだ。

 もう少し走ると辺り一面が雪景色に変わリ、魅惑の里に到着する。露天風呂のある保養施設であるが、平日、雪の降った日にはこんな所に来るお客さんは誰もいない。主人は独り占めの雪見風呂を堪能した後、広場で僕と遊んでくれる。

 雪を丸めてボールにし、遠くに投げてくれるんだ。僕は深い雪の中をラッセルしながらそれを見つけに行くんだが、雪の中で雪のボールなんて見つけようがない。でも、そんなことよりも、体半分雪に埋もれて走りまわる快感、何度やっても楽しい遊びだ。しばらく走りまわると、小さな雪の玉が僕の体全体にものの見事にぶら下がる。さながらカーテンの裾にぶら下がっている白いボールのようである。

 長い毛にしっかりと編み込まれたようになっていて、手でかき落とそうとしても取れるものではない。バスタオルを何枚も巻いて体温で溶かすしか方法はない。そんな厄介な遊びだったが、主人も僕も、誰の足跡もない雪野原で毎年、こんなことをして遊んだ。

 2004年11月、僕が3歳半になったころ、主人はブログというものを始めた。そのブログのタイトルには「日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から……」 と、僕の名前を前面に出している。はは~ん、主人は書くことがないときには、僕のことを書いてごまかそうとしているのだな、そんなことをうかがわせるタイトルのように感じたが、まあいい。

 そのころ、主人は古い車だが、真っ黄色のロードスターというオープンカーを買って遊んでいた。ブログでのハンドルネームもロードスターという名前にしていた。この車の助手席に僕を乗せて、よくドライブにも連れて行ってくれた。垂れた長い耳を風になびかせながら、僕は主人と共によく風と遊んだものだ。