旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
好奇心の赴く儘、
気の向く儘。
男はやとよ、
何処へ行く。

自然直営道

2012年05月15日 23時08分06秒 | Weblog
岩波の「日本思想体系」とおなじ岩波のヘーゲル「宗教哲学」は買うのを見合わせた。体系については、私の古文・漢文の読解能力を数段高めないことには読み切れそうにない。宗教哲学については波多野精一全集の宗教哲学の蔵書がある。目下、「忘れられた思想家 安藤昌益」で知られるハーバート・ノーマン全集の落札を目論んでいる。

雨がやんで夕陽がさし始めた夕刻になって菜園にでかけた。思惑通り菜園は潤っていた。理想的な雨量だ。苗や種のまわりに肥料をすきこむ作業に4~50分を要した。種をまき、苗を植えた直後にはていねいな水やりが欠かせない。昨日・今日の雨量だと3~4日感の水やりの手間が省ける。自然現象をうまく利用できそうだ。

自己決定権

2012年05月15日 08時14分48秒 | Weblog
一昨日にブックオフで買った本。東山紘久・氏原寛著「カウンセリング初歩」(ミネルヴァ書房)、田原八郎著「モハメド・アリ」(燃焼社)、小松美彦著「自己決定権は幻想である」(洋泉社新書)、岩戸佐智夫著「著作権という魔物」(アスキー新書)、松井孝則著「松井教授の東大駒場講義録 地球、生命、文明の普遍性を宇宙から探る」(集英社新書)〆て525円。労働・雇用問題、(カウンセリング)心理学離れが始まったようだ。仕事の呪縛から解き放たれつつある。

陽明と朱子

2012年05月14日 19時31分09秒 | Weblog



    湧永庭園


夕刻から本格的に雨が降り始めた。苗を植える、種を播く時節の雨はありがたい。夏・秋の収穫が楽しみだ。気を良くして島田虔次郎著「朱子学と陽明学」(岩波新書)を読み始める。朱子の「性即理」と陽明の「心即理」ついて、いまだ理解に曖昧さが残っている。

『程伊川の「性即裡」と張横渠の「心ハ性ト情トヲ統ブ」という二つの言葉は、朱子にとって、いわゆる「たたいてもどうしても破れっこない大真理」なのである。朱子の倫理説をひとことでいえば「性即理」の三文字にほかならないことは数百年来の定説であり、この定説と陸象山・王陽明の「心即理」とのたたかいこそ中国思想史上、最大の壮観なのである。』島田虔次郎著「朱子学と陽明学」(岩波新書)

「性即理」を理解できたら中国思想史上最大の壮観を理解できたことになるらしい。曖昧さを残しつつも、かろうじて立ちはだかる「性即理」という大きな壁を感じとることができるようになったと、都合のよいように解釈して新書を閉じた。日本国語大辞典によれば、壮観とは「ながめの壮大なこと。また、そのさま。すばらしいながめ。立派なみもの。大観。偉観。」の意。

晩春の雨

2012年05月14日 11時52分14秒 | Weblog
苗を植え種をまいた。用水路から水を汲んで少々の水は与えている。あとは恵みの雨を待つばかりだ。菜園に雨が降れば苗の根が土壌になじみ、種に発芽を促す。天気予報によると午後から雨模様だ。雨乞いをしたくなるくらい晩春の雨に期待している。

晩春の野良仕事

2012年05月12日 00時21分24秒 | Weblog

午後の3時ころ家を出た。トマトにピーマン、ナスの植え床を作って苗を植えた。サラダ菜に肥料をやった。ジャガイモの土寄せを済ませた。植えたばかりのサツマイモに3回目の水をやった。キヌサヤとレッド・オニオンを収穫するころには日が落ちた。

今年は鳴門金時を25本、トマトを7本、ナスを4本、ピーマンの苗を2本植えた。残った畑にはキュウリとダイコン、ホウレンソウを播く。すでにジャガイモとサトイモ各10本ばかりを植えている。アスパラも植えた。レッドオニオン50株、キヌサヤは収穫期だ。水やりに励む。

2012年05月08日 20時48分04秒 | Weblog

湧永庭園



降圧剤を飲まない代わりに節制しているので酒は殆ど飲まない。つい寝酒代わりに難しい本を読んで、くらーっとくるというのか、がくっとくるというのか、体が眠気をもよおしたらそのまま眠る。ここのところ「世界の名著」正続全85巻と「日本の名著」全50巻の濫読が寝酒代わりになっている。難しい本がよい睡眠導入剤になっているのだ。心の病気なのじゃないかと思う。しかし、今に始まったことじゃない。活字中毒を自認している。だから、精神科のお医者さんにかかろうとは思ってもいない。

最近ではデカルトの「方法序説」(解りやすい)にはまってからというもの、カントの3批判書(集中して読めばどうにか解る)、ヘーゲル「精神現象学」(難しくはない)、ハイデッガー「存在と時間」(さっぱり解らない)、サルトル「存在と無」(解りやすい)と渡り歩いてきた。解説を読んでも本文を読んでも理解できない名著がある。翻訳者自身が理解しているのかどうかさえ疑わしい名著すらある。

東洋回帰というか、専ら睡眠の導入剤になっている中江藤樹・熊沢蕃山の口語訳(日本の名著)は興味深い。
体充「真実の儒道を実行するにはどのようにしたらよいですか。」
師「まず自ら思いあがった浮ついた気や名誉利益を追う欲心を捨て去り、むだ事やくだらない妄念を除き、明徳の心源を澄まし、『全孝の心法』を身につけることを根本の第一とする。」
*「全孝の心法」 仁義礼智ハ孝ノ条理ナリ、・・・、神理ノ含蓄スル所ヲ孝トスル。
中江藤樹著「翁問答」(日本の名著 中江藤樹 熊沢蕃山)の一節だ。

雑感

2012年05月07日 20時09分38秒 | Weblog
心がわずかに熱をもつ求人先を見つけた。これでふたつの求人先に応募書類を送ることになった。ひとつめの応募用紙を今日送付した。明日、ふたつめの応募書類を送付することになる。似たような職種なので対策はいらない。この歳になれば履歴がほぼすべてだ。経歴が求人先のお眼鏡にかなえば採用、かなわなければ不採用だ。いづれも心待ちにしていた類の求人だというのに心の方が高鳴らない。ひとは群れから離れ過ぎてはいけないとふと思う。

久しぶりに畑に出かけた。キヌサヤの収穫が始まりニンジンの収穫が終わった。ひと月もたてばジャガイモとレッド・オニオンが収穫期に入る。キヌサヤの収穫はその頃終了する。アスパラやサトイモはまだ芽を出していない。これから、トマトにナス、キュウリ、ピーマンという定番に入る。ナスやキュウリといったポピュラーな家庭菜園向け野菜が思うようにいかない。土の癖をいまだ読み込めないようだ。

スコップで畑を掘り起こして石灰をまいた。これで準備は完了だ。作業を終えたら、高さが1mを超えようかという雑草の山ができていた。ひと雨降るのを待って種を播き、苗を植える。体中から汗が滴り落ちる。自宅に引き返してひと風呂浴びて、庭を眺めると、サクランボが見事に実っている。先週末から色づき始めた。うすい黄緑、うすい赤オレンジ、オレンジ、赤と実りに近づいていく。晴れても、曇っても、降っても、葉影の実は幻想的だ。