旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
好奇心の赴く儘、
気の向く儘。
男はやとよ、
何処へ行く。

キャリコン

2010年06月30日 20時15分28秒 | Weblog
2級キャリアコンサルティング技能検定という国家検定がある。原則、厚労省認定の能力評価試験に合格した者(標準キャリアコンサルタント)が対象だ。実務経験があるので例外枠で応募した。先週の日曜日に1時間の論述試験があった。今週の日曜日に20分のロールプレイ、10分の口頭試験がある。

論述試験は、就職活動に焦りを覚える大学3年の女子大生が登場、本人が事務職に向いているのではないかと思っている。キャリアコンサルタントとしてどのように対応するかという問題であった。この大学生が相談したいことを明らかにするのが第1問だった。もしも本当に、事務職にむいているかどうかについて相談に来たのなら私は正解したことになる。


人間の科学と現象学

2010年06月26日 18時22分44秒 | Weblog
心理学や社会学や歴史学(人間の科学)は、その研究が進むにつれて、あらゆる思考あらゆる意見、特にあらゆる哲学を、心理的、社会的、歴史的等外的諸条件の複合作用の結果として示そうとしました。心理学は、フッサールのいわゆる心理主義へ、社会学は社会学主義へ、歴史学は歴史主義に向かったのです。

ところが、そのためにかえって、これらの諸科学はおのれの基礎を危うくする羽目に立ち入りました。事実、もしも、いろいろな思考や精神の指導原理が、いつでも、精神に働きかける外的諸原因の結果に過ぎないとしたら、私が何ごとかを主張する際に拠り所とする『理由』は、実は私の本当の理由ではないということになります。私の主張の『原因』、つまり外からの決定だけをこととする原因はあっても理由はないことになるわけです。

メルロ・ポンティ著 「人間の科学と現象学」

心理学

2010年06月25日 22時01分26秒 | Weblog
ひとは、いったい、物事の真実を知ることができるのか、この問いかけが認識論の哲学だ。心理学は真実を問うのではなく、認識はどのようなメカニズムを通じて成り立つかを問う。

心理学は脳と社会との間に想定できる。脳検討するには脳科学であり、社会自体を扱うのは社会科学、社会学、文化人類学である。一方で、心理学は脳と心理過程との関連を扱う神経心理学いという分野をもち、他方で社会と心理過程との関連を扱う社会心理学という分野もある。

心理学の研究を、行動・意識・脳という3つの面からとらえることもできる。心についての理論を作り、心の現象を説明できるようにするのが心理学の理論的な目標である。

有斐閣 NLAS 「心理学」から抜粋のうえで改竄

近況報告

2010年06月24日 18時52分21秒 | Weblog
おかげさまで、この7月6日でまる1年になります。どうにかデスクワークにも慣れてきました。日に平均15人の相談と相談記録の入力ですから半端じゃありません。電話相談も含めると日平均で25名以上のお相手をしているという勘定になります。

体重は6キロばかり落ちて肥満は解消しましたが、血圧の方が下115平均で下がりません。この辺が気がかりです。それでも、ある信条があって血液降下剤を飲む予定はありません。

要介護者のお供はほんとに大変ですね。今日も、ガイドヘルパーとして第二の人生を歩みたいという方と訓練相談で話しこみました。また付き合いが半年に及んだ懇意な求職者の方が、先々週からガイドヘルパーとして就業を始めました。

以上、近況報告代わりに長い文章を啓上奉りました。
蒸し暑い日が続きます。お互いに無理のない範囲で頑張りましょうね。

PC操作

2010年06月22日 23時01分25秒 | Weblog
興味本位でPCのキーをかたっぱさしから叩いていたら、突如として妙な変換になってしまって入力作業に支障が出た。昨夜から原因を究明し始めた。PCの操作技術自体が最初から最後まで自己流なので作業が捗らない。

儘よと、様々な試行の後で最後の見慣れないキーを押しながら入力を試みたところ、何と入力ができることが判明した。キーを押し続けることが解除になっているのだから、別のキーでこの設定を解除すれば何とかなるのじゃないかと、2、3のキーをシフトした状態でこの「見慣れないキー」を押し続けたら、妙な変換を難なく解除することができた。今日中に埒が明かなかったら買い求めたヤマダ電機に入院させる予定だった。

遅ればせながらPCのマニュアル本を読み始めた。これまで入力に支障が生じたことはない。読み進むほどにPCの複雑な機能を思い知ることになった。私のように玩具を扱うように扱っても12分に使用できるこの精密機械を商品化したメーカーやソフトの開発会社は凄いと思う。

就職活動

2010年06月19日 22時38分18秒 | Weblog
最近「いったい、ひとにとって仕事とは何なんだろう?」という疑問に自問自答することが多い。なにぶん仕事の定義が曖昧なのだから自答できることは殆どない。とりとめのない自問を発しておいて尻すぼみというのが現状だ。

窓口で観察する限り「お金のために働きたい」というひとが圧倒的に多い。私自身が衣食住のために働いてきた人間だからよく理解できる。当然といえば当然だ。60歳前後の求職者のなかには社会と関わり続けたいからという理由を挙げるひともないではない。むしろこういう労働観は例外なのだ。

「お金のために働く」にしても、どのような仕事に就くかとなると事態は複雑だ。こういうご時世だから、求職側は即戦力を求めている。誰だって好きな仕事に就いて大きな収入を得たい。ところがあるひとが好きな仕事は概ね他の人も好きだし、その仕事で大きな収入を得ることができるとなるとその仕事には応募者が殺到する。この辺りに就職活動の困難さがある。

また、現実的には求職者に向いている仕事と向いていない仕事があって、求職者の要望と求人側の要望が合致することは稀だ。求人側は求職者の可能性を前提にして選考を進めるから大いにミスマッチが生じる。そもそも求職者の可能性を測ることが自体がもっとも難しいのだ。

いちばん強いのは誰だ

2010年06月17日 20時06分31秒 | Weblog
なぜバックドロップやジャーマンスープレックス一発で決まらなくなったのか。

昔はリング上に板を敷いて、その上に畳の床の部分(畳の芯)だけを裏返しにして置き、その上に薄い絨毯のような敷物をかけた。こんな原始的な構造だから、リング上のある部分は硬くてある部分は柔らかいとか、土台の板が割れてそこに足を突っ込んで怪我をしてしまうということも珍しくなかった。昔のリングはボディスラム一発でも、受け身を取り損ねたらカウント3つを奪われてしまうくらいリング自体が危険だった。

今のリングは板の上に厚さ8センチのくらいのゴム状の下地を敷いて、さらにその上に厚さ20ミリのフェルトを敷く。そして上からシートを敷く。これだと畳のようにづれる事がないしリング上で動く時に足が沈むこともない。。弾みがつきやすく適度なクッションが利いているので攻撃も防御も昔よりずっとやり易くなった。

山本小鉄著「いちばん強いのは誰だ」

雨が空から降れば

2010年06月15日 21時41分41秒 | Weblog
雨が降る日は求職者の来所数が大幅に減る。



雨が空から降れば
オモイデは地面にしみこむ
雨がシトシト降れば
オモイデはシトシトにじむ
黒いコーモリ傘を指して 街を歩けば
あの街は雨の中
この街も雨の中
電信柱もポストも
フルサトも雨の中
しょうがない 雨の日にはしょうがない
公園のベンチでひとり おさかなをつれば
おさかなもまた 雨の中
しょうがない 雨の日にはしょうがない
しょうがない 雨の日にはしょうがない
しょうがない 雨の日にはしょうがない

小室等 作詞