旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
好奇心の赴く儘、
気の向く儘。
男はやとよ、
何処へ行く。

女装

2007年04月21日 00時03分49秒 | Weblog
和服を着て化粧をしてかつらをかぶって・・・、とどのつまりが女装をした。本人は美輪明宏並の艶かしい女装で迫るつもりであった。ところが、ファウンデーションを塗って眉を描きかけたあたりから怪しくなってきた。紅を引いてアイシャドウにいたるや化粧担当のKさんの口元がなぜか緩む。懸命に化粧をしてくれているはずなのに、その眼が笑っている。化粧をしてみて始めて、わたしの顔は意外にも男性的であることを知った。女装は似合わない。鏡の向こうのわたしは素顔よりもやぼったいし暑苦しくむさ苦しいと思う。

この日の舞台の為にスナックで練習を積んだ。元手もかかっている。この一週間で「みだれ髪」を10回は歌った。リハーサルではホテルの従業員が聞き入っていた。「男であそこまでひばりを歌いきるひとはまれだ。」とリハーサルを外で聞いていたひとたちも褒めてくれた。和服の袖に手を通して帯を締めた。いよいよ舞台だ。長靴をはいて外股歩きでステージの中央に進む。「おっす!」と皆様に挨拶。イナバウアーを済ませてから、ひばりの「みだれ髪」を歌う。正直にいうと、わたしはかなり歌が上手いのである。歌い終わると万雷の拍手が鳴り響き、しばし止むことがなかった。と日記には書いておこう・・・。


行蔵は我にあり

2007年04月16日 23時40分26秒 | Weblog
出久根達郎著「行蔵は我にあり」 文春新書 副題「出頭の102人」

旧幕臣が新政府の重臣になったことを福沢諭吉から非難された勝海舟が、「行蔵は(行蔵とは出処進退のこと)我に存す、毀誉は他人の主張。」と述べたというくだりや、鈴木大拙が「書物は読まなくてよい、所持するだけでよろしい、書物の放出する気を取り込むのだ。」と述べたというエピソードに、ついつられて買ってしまった。

元々、浅く広く読むのが苦手で、買った瞬間に「しまった」と思ったら、やっぱり中身は薄かった。立ち読みで事足りる内容である。出頭には二つの意味があって、もっぱら芳しくない意味で使うが、「他よりもすぐれている」が本義らしいことを知ったことが成果といえば成果と諦めてみる。

高村光太郎や左卜伝については興味を持って読んだ。が、しかし、如何せん伝記と名言をひとり当たり3分間で読めるようにしたのでは高校の参考書程度の情報量しかない。最近、権威というものに対して疑問を感じることが多い。偉人伝の類であろう。ひと通り目を通してから放り投げた。

紅葉

2007年04月16日 00時11分41秒 | Weblog
庭の柿木と杏の剪定を済ませたら、無性に紅葉の形を整えたくなった。下に伸びる枝を残して、上に伸びる枝を切り取る。これが紅葉のたたずまいをよくするコツだ。紅葉の四方から全体を何度も眺めながら剪定を進めた。2時間ばかりかかった。思い通りに仕上がった。


昨日は、日本山妙法寺のお坊さんの講演を聞いた。法華経を拠りどころとすると明言し南無妙法蓮華経のお題目の話があったから、日蓮系の宗派なのであろう。広島市の双葉山に仏舎利塔を建立したり、「世界が平和でありますように」という塔をいたるところに立てている、あの日本山妙法寺である。

宗教心は学問や理屈に先立つという主張があって、宗教教育の重要性を説かれたが、いまひとつその根拠が明確ではない。仏教の宗派は多様であるが、ブッダの教えをその根幹に据えているので、入り口こそ異なっても中身はいっしょという楽観論には少なからず疑問を感じた。オウム真理教だってその一派なのだ。


みだれ髪

2007年04月13日 23時59分44秒 | Weblog
髪のみだれに手をやれば
紅い蹴出が風に舞う
憎や恋しや塩屋の岬
投げて届かぬ想いの糸が
胸にからんで涙を絞る

すてたお方のしあわせを
祈るおんなの性かなし
辛や重たやわが恋ながら
沖の瀬を行く底曳き網の
船にのせたいこの片情け

春は二重に巻いた帯
三重に巻いても余る秋
暗や涯なや塩屋の岬
見えぬ心を照らしておくれ
ひとりぼっちにしないでおくれ

星野哲郎 作詞

ご宣託

2007年04月13日 23時50分20秒 | Weblog
日曜日は一日中死んでいました。翌月曜日は本通りのアンデルセンで送別会。美味しいパンにビールでしっかりと呑みました。水曜日は、稽古の後で、マイクを握り締めて、4時間ばかり呑み続けました。木曜日は二日酔いで仕事になりませんでした。

で、今日は2週に一回の通院日。見事に165/110。「うまいことぽっくりいきゃあええが、よいよいになって困るのはあんたでえ。」とホームドクターから脅されました。昨日会社のサッカー部に入ったことを伝えたら、「心臓がもつかどうか、おおいに疑わしい。ほどほどにしておくように。」とのありがたいご宣託をいただきました。

わかちゃいるけどやめられない!

二日酔い

2007年04月09日 00時14分39秒 | Weblog
コレステロール値は薬で押さえてやや高め。メタポリックのうち血糖値だけが基準値という惨状です。昨日は昼間の花見のあとで7時30から10時までお客さんを接待、さんざん呑んで食べました。

そこで勢いがついたものか気がつけば馴染みのスナックで呑んでいて、ちょいと記憶が飛んで、ママと店の娘、それに知らない店のママと、始めてあった店の客らしきふたりの計6人で、日本語が不自由な中国人が経営する中華料理店で、またしてもワアワア言いながら紹興酒を呑んでいました。

へべれけのママから「はやとくん、頼むから家まで歩いて帰らないでね。」と言われながら流川を後にして、家にたどり着くと4時をまわっていました。今日は一日中二日酔いでふらふらです。煙草に引き続き今年こそは、酒をやめたいと思います。

安芸グランドホテル

2007年04月05日 21時41分36秒 | Weblog
厳島を対岸から一望できる、今風に言うとおしゃれなホテルである。フレンチ系無国籍料理の「サンセット」と日本料理の「厳島」から望む宮島の水中大鳥居や島の遠景は、神の島と呼ぶにふさわしい。彌山から射す朝の光にきらめく内海は神々しい。

初夏から初秋にかけてのバーべキューコーナーには潮の香りが漂い、南国ムードである。ゆったりとした気分で瀬戸内海国立公園の夏の夕暮れを楽しむことができる。眼下は瀬戸の内海、日が落ちれば幻想的な夜景が彼方にゆれる。


趣味は読書

2007年04月05日 00時43分32秒 | Weblog
市内の古書店で王陽明全集全10巻をみつけた。買うべきかどうか深刻に悩んでいる。ビジネスの方が多忙を極めて王陽明を読むほどの時間的、精神的余裕なんてない。でも欲しい。

この古典への渇望の正体がいったい何なのかについてときおり考える。概説書から推すかぎり王陽明の思想は実践に裏付けられている。一歩間違うと空理空論に陥りがちな頭でっかちの観念論とは一線を画していることは明白だ。

後悔することはないとはゆえ、読む時間にすらこと欠く状態で本を買い進むとやや不安になる。他人事ではない、この本の山を死ぬまでに読みきれるのであろうか。

本をこころの友にするならば、生涯読み続けるであろう本の選別は既に済んでいると思っていた。ところが、鈴木大拙の平明な選集に出会って、こころがぐらついている。

全集を買えば、王陽明のうちの何冊かについても生涯の友となる可能性が高い。王陽明を読むほどにそういう予感が増してくるのだ。そしてまたしても王陽明はKさんから疎まれてしまうのだ。

買うべきか買わざるべきか、おおいに悩んでいる。