旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
好奇心の赴く儘、
気の向く儘。
男はやとよ、
何処へ行く。

ゴールデンウィーク前半

2013年04月29日 20時23分43秒 | Weblog

あいた時間に本の整理に励んでみて驚いた。机上に積み上げた中に、手に入れた記憶すらない本が数冊まざっていたのだ。しかも、この2~3か月間に「どこかで読んだ記憶がある。」と思いながら買った本5冊はすでに蔵書していることが明らかになった。この一ヶ月間に買った本の数は優に50冊を超え100冊に近い。

庭木の剪定、ボランティア団体の慰労会、「菓子博」、西中国山地のドライブと、自分の意志でうまく時間を回すことができたように思う。瞬く間にゴールデンウィークの前半が終了した。たまっていた書類の整理が済んだので明日から3日間は職場で事務の仕事に励む。そして、そのあとで後半の4連休をたっぷりと楽しむ。


サンバ

2013年04月28日 07時55分42秒 | Weblog

連休の一日目は、庭木の剪定から始まった。庭に二本のモミジの木がある。剪定というよりも手でちぎっては、折った。手入れの際に「モミジは折れ。」という・・・。見栄えのする姿になった。

午後は、南米(ペルー・ブラジル)料理の昼食会があった。食後、ペルーやブラジル出身の姐さん3名の指導で、私以外の参加者10名(私以外は全員が女性)がサンバを踊り始めたのには驚いた。

午後の「菓子博」で昨日は暮れ、今日は溜まった書類を書きあげる予定だ。


5年ひと昔

2013年04月26日 21時05分52秒 | Weblog

5時過ぎまで精一杯働いた。やり残した仕事はない。気持ちよく連休にはいることができた。風呂のペンキを塗りかえることにしているほかにこれといった予定はない。活字で少々頭が軋んでいる。頭を休めるために軽い本を、目だけで2冊読んでみることにしている。目で読むというのは週刊誌や月刊誌を読むように読んでみるということだ。

一冊目が尾木直樹著「新・学歴社会が始まる (副題)エリートとその他大勢に分断される子供たち」、2冊目が保岡興治著「政治主導の時代 (副題)統治構造改革に取り組んだ三十年」、いづれも5年以上前に書かれた本だ。あわせて700ページになる。この5年間で政治も教育も激変した。はたしておふたりがこの事態を洞察していたかどうか。興味はこの点に尽きる。

優れた学者でもなく、秀でた政治家でもない。本屋をぶらついているうちに、どちらかといえば地味な教育評論家(かっこうとおねえ言葉は別にして)と政治家(風貌まで地味なことこのうえない)が、どのような問題意識をもって仕事に取り組んでいたのかを知りたくなった、ふたりの5~6年前の現在を、5年以上経過した今になって観察してみたい、ただそれだけのことだ。こういう読書もたまには悪くないと思う。


サルトルの分類

2013年04月26日 06時19分50秒 | Weblog

Ⅰ 『知識人』は自分と関係のない差し出口をする人間、人間や社会といった大雑把な概念の名において、これまで引き継がれてきた真理やその真理を前提にした行為の総体に異議を申し立てる人間。

Ⅱ 『にせの知識人』は厳密であると自称する論拠、精密な方法であるかのような体裁をとる論拠によって、特定のイデオロギーを擁護するように支配階級が扇動した人間。

Ⅲ 『学者』は専門的知識の技術者。

西永良成著「サルトルの晩年」(中公新書)から抜粋のうえ改竄。


宇品港

2013年04月25日 20時05分49秒 | Weblog

読書用のメガネを忘れて出勤した。今日の午前はpcの前に張り付いていたので、目はしょぼしょぼするし眼性疲労で頭の芯が痛む。遠くを見れば症状が軽くなることもあろうかと昼休みを利用して遠景を見るために宇品港まででかけた。厳島や江田島をしばらく見るだけで効果はてきめんだった。気をよくした帰り道、フタバ図書に寄って新書をあさった。

神経だけで文章を書いているのではないかとまがいそうな小浜逸郎著「正しい大人化計画」と、仕事との関連で小林雅之著「進学格差」(以上、ちくま新書)、参加体験型・双方向性を特徴とする中野民夫著「ワークショップ 新しい学びと創造の場」、もっと効率よく眠るための堀忠雄著「快適睡眠のすすめ」(以上、岩波新書)、究極の日本語講座「日本語教のすすめ」(新潮新書)の計5冊を買った。


ほろ酔い

2013年04月24日 19時35分21秒 | Weblog

所属するボランティア団体が「公民館祭り」に出店した。調理は中国生まれのセミプロ日本人たちとボランティアのメンバー総勢15名ほどで、商品は水餃子4個いりワンパックで100円也。わたしは呼び込みを担当した。前評判どおりだった。水餃子は飛ぶように売れて調理が間に合わない。

水餃子の個数にして約1000個、パックで300セット以上の売り上げだ。売る時間30分に商品の到着(調理場から売場まで20メートルも離れていない)を待つ時間が2時間の見当で完売した。曇りときどき通り雨、風は吹き荒れて、たまに晴れという肌寒い天気の中で昼までのお勤めだった。

夕方から県人会の総会に出席して宴会になった。日中から冷えたので酒が恋しかったし、立ちっぱなしだったのでむしょうにのどが渇いた。久しぶりにビールを中ジョッキで2杯、日本酒を3合ほど飲んだら体中をアルコールが駆け巡るようだった。ほろ酔い気分で駅からの坂道を歩いた。家に着くと心地よい眠りにいざなわれた。


雨の植物公園

2013年04月23日 21時18分08秒 | Weblog

土曜日は雨の植物公園を散策した。

ベゴニア館では赤・白・黄色の大輪の原色が鮮やかだった。また大温室では熱帯植物の熱にこころを奪われた。雨の中に咲く八重桜はこぼれそうな咲き方をしていた。ハンカチの木に咲く奇妙な花が、空から降ってくる雨の中で白く咲いていた。人影が殆どない公園は静かで寂しく、パンジーやチューリップの花々はそれぞれの艶やかさを競っていた。


サンデル

2013年04月19日 19時29分04秒 | Weblog

「ラートブルフ著作集 全11巻うち7巻」(東京大学出版会)が届いた。さっそくページをめくってみる。経年による箱の劣化はみとめられる。しかし本そのものは限りなく新本に近いうえに読まれた形跡がない。よい買い物をしたと思う。

饒舌な政治哲学者であるマイケル・サンデルの饒舌な表題、「これから正義の話をしよう 今を生き延びるための哲学 Justice (What's the Right Thing to do!)」は数か月前に買って数週間前から睡眠薬代わり(睡眠薬を飲んだことはない。念のため。)に読んでいる。法哲学と政治哲学の内容にさほど差があるとは思えない。ラートブルフとサンデルを睡眠薬代わりに(くどいようだが、私は睡眠薬のお世話になったことがない。)併読することにした。

休日の前日に寝酒代わりに(最近、酒は飲まない。)2種類の哲学書を読む。一方が饒舌なサンデルの「これから正義の話をしよう」(和訳2010年初版)で、他方が今日届いた寡黙なラートブルフの「法哲学」(原著1932年初版、和訳は1950年初版)、これほどの贅沢はない。


読むこと

2013年04月18日 22時47分49秒 | Weblog

なぜゆえに他人様が著した哲学や思想、宗教や心理学に底知れぬほどの興味を抱くようになったのか思い起こしてみた。数十年前に「イデオロギーとは世界観のことであり、哲学もイデオロギーに含まれる。」という、今になって思えばかなり乱暴な主張を聞いた記憶がある。興味本位で所属していた「経済学会」での話だったのか、「現代思想の潮流」というゼミでの話だったのか定かではない。イデオロギー、世界観、哲学という言葉の意味すら分からなくて呆然としていたことを覚えている。しばらくして「読むこと」の意義を知った。


到着

2013年04月17日 21時35分37秒 | Weblog

べらぼうな応札がない限り落とすつもりでいた。今夜の9時過ぎに難なく落札することができた。前祝いに18の小さな鉢を買いそろえておいた。庭のスズランを鉢に植えてこの日曜に開催される「公民館祭り」で配る。喜びは皆さんと分かち合うものだ。

渇き焦がれた「ラートブルフ著作集 11巻中の7巻」を手に入れることができた。新本の定価が7冊で3万円を上回る。落札額はその1割相当を下回った。あとの4冊に5000円ほどかければ全巻がそろう。買うかどうかは先で決めることにしている。

「実定法と自然法」「法哲学」「法学入門」は何十年か前に図書館から借りて読んだ。初めての出会いでは、読んでもさっぱり意味が解らなかった。だから読んでいないも同様だ。キリスト教について知り、哲学に理解を深め、少々顔の皺も増えた。積み残した荷物を拾いに行くような心持ちで7巻の到着を待っている。


ラートブルフ

2013年04月17日 07時36分46秒 | Weblog

学生時代に買いたくても経済的な理由で買えなかった。ラートブルフという名と懐かしい装丁をみただけで渇きを覚える。ヤフオクの「ラートブルフ全集 全11巻のうちの7巻」(東京大学出版会)に応札した。

『ラートブルフ著作集01 -法哲学』
  • Tr:田中耕太郎 Pb:東京大学出版会
  • 1961
『ラートブルフ著作集02 -法哲学綱要』
  • Tr:山田晟 Pb:東京大学出版会
  • 1963
『ラートブルフ著作集03 -法学入門』
  • Tr:碧海純一 Pb:東京大学出版会
  • 1961
『ラートブルフ著作集04 -実定法と自然法』
  • Tr:尾高朝雄/他 Pb:東京大学出版会
  • 1961
『ラートブルフ著作集06 -イギリス法の精神/他』
  • Tr:久保正幡/林深山 Pb:東京大学出版会
  • 1967
    • 「イギリス法の精神」Tr:久保正幡/林深山
    • 「法学的思考形式としての「事物の本性」」Tr:久保正幡
    • 「国際関係における正義と衡平」Tr:長尾竜一
    • 「法的安定性についてのイギリスの学説」Tr:上原行雄
    • 「大陸学者の見た英米の法理学」Tr:碧海純一
『ラートブルフ著作集08 -社会主義の文化理論』
  • Tr:野田良之/他 Pb:東京大学出版会
  • 1961
    • 「社会主義の文化理論」Tr:野田良之
    • 「ゲーテの世界像における法」Tr:野田良之
    • 「階級法と法理念」Tr:山田晟
    • 「個人主義的法から社会法へ」Tr:山田晟
『ラートブルフ著作集 別巻 ラートブルフの法哲学』
  • The Author:尾高朝雄 Pb:東京大学出版会
  • 1960
    • 「ラートブルフの法哲学」 尾高朝雄
    • 「ラートブルフの人と作品」 碧海純一
    • 「ラートブルフ年譜」
    • 「ラートブルフ文献(外国語)」
    • 「ラートブルフ主要著作解題」
    • 「日本におけるラートブルフの研究文献」
 

科学的

2013年04月16日 21時50分56秒 | Weblog

興味がわく本が並べられている限り買い進む。

心理学系、たとえば岡田尊司著「アベンジャー型犯罪 秋葉原事件は警告する」(文春新書)、磯部潮著「人格障害かもしれない どうしてふつうにできないんだろう」(光文社新書)、以上の2冊に目を通すと心理学が科学の名に値するのかどうか疑わしくなる。

大竹文雄著「競争と公平感 市場経済の本当のメリット」(中公新書)は「競争社会が格差社会に向かうとき、復讐者が現れる。」、だから、働きやすさについて考えようと呼びかける。心理系の単なる分析よりも説得力に富む。

「科学との正しい付き合い方」の中級編で、内田麻里香は科学リテラシーは「疑う心」から始まると語り、科学的なものの考え方とは①考えが出せないことはペンディング(保留)にする。②「わからない」と潔く認める。③人に聞くのを恥ずかしいと思わない。④失敗から学ぶことだと指摘する。


安吾とパスカル

2013年04月14日 21時09分15秒 | Weblog
「坂口安吾 日本文化私観」(中公クラシックス)、「パスカル パンセ 抄」(飛鳥新社)ともう1冊の新書を買った。併せて252円。本の価格についてこれ以上とやかく言う気はないが、いずれも2011年以降に発行され手垢ひとつついていない新本のような古本で、合わせると定価は4000円を超える。安いにこしたことはないのだが本の流通について少々考え込んでしまった。

さっそく安吾の「堕落論」を読んだ。日本人の心情が余りに武士的でないから、為政者たちが「武士道」という価値観で日本人を縛ったという論調が興味深い。「パンセ」でパスカルは「真の雄弁とは雄弁を馬鹿にするものだし、真の道徳は道徳を馬鹿にするものだ。したがって哲学を馬鹿にすることこそが、真に哲学するということになる。」と述べる。


拝命

2013年04月14日 13時29分41秒 | Weblog
これまでは、教員の指示にしたがって仕事をすることが職務だった。本年度は正式に「進路指導部 就職支援担当」という職務を与えられた。さっそく名刺を「進路指導部 求人開拓 就職支援 キャリア開発 担当」に改めた。肩書云々の問題ではない。ようやく足元が固まったように思う。来週から積極的に生徒のための求人開拓、進路指導、キャリア開発に打って出る。