昨日は、ずいぶん久しぶりに(かれこれ20年ぶり?)、結婚式&披露宴に参加してきました。 しかも、「新婦の親戚」としては、初めての参加。
でも、やはり、「お金」もそれなりにかかったものの、「お祝い事」というのは、いいですね。 こちらまで、幸せ気分をおすそ分けしてもらった気分です。
場所も、東京の「六本木ヒルズ」近くのホテルだったので、こちらからは「親戚御一行様」として、貸切バス(バスガイド付き)をチャーターしていただき、まるで遠足気分で参加して参りました。しかも、「サロンカー」タイプだったので、道中、既に「飲みながら」の方々も多数...。ちなみに、その方たちは、帰りも「飲んで」ました。
「式」はチャペル式で。以前、結婚式場にて「聖歌隊」のバイトを少し経験した私としては、「流れは同じかな」と思いつつ、今回は「バイオリン」も入っていたので、感心しました。しかも、この日の聖歌隊は「混声」でした。
商売柄、聖歌隊の歌を聴いては、「ウ~ム、高音部がまだ‘抜けて’ないなァ」などと、一人批評してみたり。
でも、神聖な「式」というのは、心に沁みますね。「ヴァージン・ロード」を父親と歩き、その後「新郎」に代わるところは、特に「感じ入る」場面です。
今回、感心したのは、「お色直し」で、宴の途中に退席する際も、「誰かと歩く」演出でした。最近は、みんなそうなんですかね? この日は、新婦だけ退席する際は、一番親しかった「叔父さん」と、新郎は「母親」と歩いてました。ほんの10メートルほどの距離でも、ステキな光景でしたね。
今回の結婚披露宴は、全部「自分たちで」お金を出したそうで、節約のためなのか、「お色直し」では、両親の祖父母たちが、以前プレゼントしてくれた「振袖」を着てました。なるほど、そういうのも「いいものだ」と感心しました。やたら「派手な」衣装を着るばかりよりも、やや「地味?」でも、「思いの籠った」衣装に「意味がある」のも、悪くない演出でした。
さて、ウチの子どもたちも、そろそろ、そういう年代になりつつあるんだナ、と思いつつ、「奥手」な両親から生まれた子たちだけに、やはり「奥手」タイプ揃いなので、どうしたものか? 別な心配も感じるようにもなりました。 (この日の料理には、「キャビア」「フォアグラ」「トリュフ」の三大珍味?が含まれてました。)
なかなか心のこもった結婚式で、素晴らしい!
最近は、そういう「無駄」を省いて、「良い感じ」に変わってきているのかもしれませんね。
和服でも、「かつら」はかぶらないし、媒酌人もなし、余興も無くして「歓談」の時間を多く採ったようでした。(唯一の余興?として、新郎が、兄弟でピアノデュオの演奏を聴かせてくれました。)
一番、納得したのは、最後の花束贈呈。私の頃は、「相手の親」に渡してましたが、今は、「自分の親」に渡すんですね。当時も疑問に感じてたので、今の方が「理にかなってる」と思う私です。
さて、ウチの子どもたちは、どうなるのか? 少し「プレッシャー」も感じてきたような...。
サロンカーでの移動から、結婚式、披露宴、帰路に至るまで、豪華絢爛ではありませんか。
私も拝読しながら、幸せのおすそわけをいただきました。
この幸せにあやかって、我が家にも…。
・・と期待してみますが、まず、無理でしょう。
今回参加した結婚式の場合、「新婦」の父方の親戚が、独特の「団結力」?の堅い地域というか、繋がりの濃い関係のためか、「いつものバス」&「運転手」&「ガイドさん」のセットで、よく利用しているそうなんです。
しかも、何でも「親戚御一行様」で行動することが多いようで...。
私は「母方」の親戚なので、今回は「交ぜてもらった」形ですね。ユニークで楽しいひと時でした。
姉さんとこのご子息たちにも、早く「春」が来るといいですね。
一時期 “派手婚” なんてのが流行りましたけど、今はまた落ち着いてきてるのでしょうかね?
というか、うちも長男は24歳ですし、数年後には...
いや、うちは超奥手ですから、もしかすると永遠の独身貴族になっちゃうかも?(苦笑)
披露宴って、ちょっとしたハプニングがあったりして面白いですね~
この記事を読んで、また披露宴の雰囲気を楽しんでみたくなりました。
うちの息子には期待できないし、誰かうちの親せきで結婚する人出て来ないかな~
「大震災」を経て、「家族の大切さ」とか「つながり」重視とか、そういう心境になってきた人が増えてきたってことも、あるかな?
年代的に、「お葬式」に出る回数の方が増えてる昨今、久々の「お祝い事」で親戚が集まる「喜び」も味わえて、良かったです。
ろいたぁさんとこも、お年頃のご子息がいらっしゃるようで、お互い、「心配の種」は尽きませんネ。