僕はランクルが好きだ。しかしそれは趣味ですか?と問われるといや違うと思っている。では趣味ではなく愛好家?そう、それは間違いない、しかしまだこの感覚をしっかりと形容した表現として消化できていない感覚であった。ただ少し古いクルマ好きで、世の中の流れに流されたくない(つっぱり)面をもったおやじななのだが...。
趣味は老人のものだ…村上龍の表現である。
…基本的に趣味は老人のものだ。好きで好きでたまらない何かに没頭する子供や若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう。
なぜ氏は老人と表現したのか?
老人は…自分の世界を意図的に、また無謀に拡大して不慣れな環境や他者と遭遇する事を避ける傾向がある。
現在まわりに溢れている『趣味』は、かならずその人が属す共同体の内部にあり、極めて完全なものだ。だから趣味の世界には、自分を驚かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまり、それらはわたしたちの『仕事』の中にしかない。
以上、氏の著書『無趣味のすすめ』から引用。氏の洞察力と無駄のない文章でした。
生き方に影響を及ぼし、車によって出会いもある。心を揺さぶる歓喜や時には失望もあるならばロクマルライフは『仕事』となる。
まだしっくりとは消化できてないけど、自分が趣味ではないと思っているのだから次の的確な表現が見つかるまでは仕事として捕らえてみようと思っている。ただやはり趣味ですか?と聞かれた時に、いえ仕事なんですよ。と答えたら長~い説明を加えなければいけなくなるだろうな。