ロクマルでいこう、60でGo!

" AS SLOW AS POSSIBLE AND AS FIRST AS NECESSARY "

クルマに乗らない日

2011年06月21日 | 日記

『今日から夏ですよ。』と朝のニュースキャスターが喋っている。季節の変わり目に節を付ける意味で夏宣言はあったほうが良いのかも知れない。しかしこの季節の変化は優しい変化である。なぜか?それはいつも(毎年)予測と期待の中で起こる変化に過ぎないからだ。

 

 花は種を撒いて条件さえ満たされれば美しい花を咲かせるようにプログラムがなされている。原因と結果の因果関係をはっきり示してくれているように感じる存在である。

 正確な自然の四季の変化や星の運行に比べて世の中の(人間社会の)変化はどう説明したらよいのであろうか?

 飢餓、維新、革命、戦争、恐慌、バブル、天災、これらはいつの時代にも起った。人はどの時代に生まれてきたとしても必ず一つや二つは経験するように仕組まれているように思われてならない。人間は試練を受ける事を条件にこの世に生まれ出る存在なのだろうな、きっと。

 ギリシャを初めとするユーロ危機、アメリカの国債問題、中東の紛争、そして日本の災害原発の課題、世の中はいつでもどこでも、どの時代でも『やばい!やばい!』ばかりだな。会社や事業も同じかな?家庭は?お陰で本は売れますが...。(笑)

 

 多くの出来事に対して唯一の答えなどない、そんな時はただ自分の心の中のみを見つめて見るに限る。しかしそれは意外と難しかったりする...が、良い方法がある。

 自然(物)を見つめて見る(観察)事だ。

 そこには問いに対する答えはないかも知れない。ただそれらはいつも音のない声を語っているがその声は耳で聞くものではなく、心で感じる声であり、決して万民に語ることはなく、常にあなただけに語ってくれている。

 自然と共に生きる、とか自然を大事にする、という事の本質は実はこういうことなのだろうと思う。

コメント
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