京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

空海vs役行者vs狸

2012年07月29日 05時10分06秒 | 社寺・和菓子
昨日紹介した「きうり封じ」の神光院(じんこういん)の説明をしていなかったかも。
神光院は、建保5年(1217)賀茂別雷神社(上賀茂神社)の神職松下能久が、「霊光の照らした地に一宇を建立せよ」との神託を受け、大和国から慶円を招いて寺を建立したという。寺名はこの由緒にちなみ、「神光院」と名づけられたそうです。



空海が42歳の時に、90日の修行を行ったそうです。
だから空海と縁が深く、京の三弘法の内の1寺なんです。



京の三弘法
1.神光院
2.教王護国寺(東寺)
3.仁和寺(御室八十八箇所巡礼)



でもこれはちょっとおかしいと思う。
空海(774~835)という一生だった。
この神光院は、建保5年(1217)創建なので修行のしようがない。
役行者(役小角、634~701)なので、接点がさらにない。
ちなみに安倍晴明(921~1005)でも無理。
なんかたぬきに化かされた気持ちになります。
まあ、そんなことはどうでもいいことかも。

狸は、いつ発祥したのでしょうね。
江戸時代ぐらいかな・・・・。


↑役行者

以下のような意味を発見。
以下引用です。
笠 :思わざる悪事災難避けるため、用心常に身を守る笠
目 :何事も前後左右に気を配り、正しく見つむることな忘れめ
顔 :世は広く互いに愛想よく暮し、真を以って務めはげまん
徳利 :恵まれし飲食のみにこと足利て、徳はひそかに我につけん
通 :世渡りはまず信用が第一ぞ、活動常に四通八達
腹 :物事は常に落ち着きさりながら、決断力の大胆をもて
金袋 :金銭の宝は自由自在なる、運用をなせ運用をなせ
尾 :何事も終わりは大きくしゃかりと、身を立てるこそ真の幸福

昭和26年(1951)の昭和天皇の信楽行幸の際に、信楽駅に日の丸を持たせた信楽狸を並べてお出迎えをし、昭和天皇も和歌に詠まれたことから、特に有名になりました。 この時の狸は、金玉がでていたのかな・・・。



全然関係ないけど、西郷隆盛も金玉が大きかったそうです。
原因は、ツツガムシ病なんだそうです。
もっと関係ない話、ツツガムシが「無事である」という意味の「つつがない」(恙無い)という慣用句の語源とされるが、それは間違いです。「恙」(つつが)はもともと「病気」や「災難」という意味であり、それがない状態を指す言葉として「つつがない」という慣用句が生まれたのです。
狸の金玉八畳敷きというけど・・・もうやめとこ。


↑紫野源水「藻の花」琥珀羹、じゅんさい入り

まあ、狸はべつにして、空海・役行者・安倍晴明とビックネームの内、誰がいいかな。
私は役行者だと思う。
安倍晴明は、結局官僚で庶民とは関係ない。
空海は、天才+叩き上げの実力者。でもどちらかというと政府より。
役行者は、山のネットワークを使い、政府というより庶民よりなのがいい。
最後は、お母さんを人質にとられ、やむなく降服し、伊豆に流された。
だから記録もあまり残っていないのだと思う。
これからは、役行者の都会バージョン的な人が必要なのかも。

Twitter→@kyo_otoko
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4 コメント

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おはようございます (すー)
2012-07-29 05:31:16
朝から蝉の合唱を聞いています。
今日も暑く鳴りそうですね。
昨日はおばあちゃん家でゆっくりと休養の一日でした。

紫野源水「藻の花」琥珀羹、じゅんさい入り
、いいですね。涼しげな高原の湖中に浮かぶじゅんさいを思い描き涼しさを感じることができます。
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>すーさん、おはようございます (京男)
2012-07-29 05:40:30
夜明けに、ヒグラシが鳴くのが鳴きます。
今年はクマゼミが少ないかもしれません。
熱過ぎるのかも。
生菓子は、観て創造して楽しめるのがいいですよね。
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こんばんは (cox)
2012-07-30 02:01:35
紫野源水「藻の花」、じゅんさいが幻想的ですね。
品のいいお菓子です。

京都の人は「タノキ」って言わないのかな?
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>coxさん、おはようございます (京男)
2012-07-30 06:01:52
ジュンサイを生菓子にするというのは、すごいかもしれません。
モズクなんかもできるかな・・・。
「タノキ」は、聞いたことがないですね。
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