万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

RCEPは弱肉強食の世界へ?

2021年05月13日 12時34分43秒 | 国際政治

 自由貿易理論、あるいは、グローバリズムの理論に従えば、関税や非関税障壁を取り払いさえすれば、自動的に水平、並びに、垂直的な最適分業が実現し、全ての諸国に富をもたらすこととなります。共産主義国家である中国は、今やこれらの理論の最大の信奉者であり、貿易交渉に際しては、常々、互恵性を強調しています。アジアにあってRCEP協定の発効が現実味を帯びている今日、今一度、この問題を考えてみる必要があるように思えます。

 

 仮に、これらの理論が正しいとすれば、何故、他の地域に先んじて市場統合を実現したEUでは、共通の財源を設け、経済レベルの地域間格差を是正するための財政移転政策、即ち、地域政策を実施されているのでしょうか。地域政策とは、日本国で言えば地方交付税交付金制度のようなものであり、富める地方(加盟国)から資金を集め、貧しい地方(加盟国)に予算として再配分する政策です。関税や非関税障壁を撤廃し、モノ、サービス、資本、人の移動を完全に自由化すれば、理論上は何らの政策を実施する必要もなく、全ての加盟国が順調な経済成長を遂げ、国民の生活レベルや所得水準は平準化するはずです。

 

しかしながら、EUの事例は、むしろ、これらの理論を基礎として単一の欧州市場を構築しながら、その実、これらの理論の誤りを自らで証明しています。財政移転政策の存在そのものが、同理論に内包する矛盾の象徴でもあるからです。しかも、EUからの予算配分が十分ではないため、ギリシャといった南欧諸国や中東欧諸国は、EUの外に救いを求め、’チャイナ・マネー’に依存するようにもなりました。言い換えますと、欧州市場にあっては、期待されていた自律的な最適分業化も互恵的発展も起きず、経済の停滞に苦しむ国は、対中債務にも苦しむこととなったのです。

 

 EUの現実を見ますと、競争力に抜きんでた’ドイツの一人勝ち’状態であり、ドイツこそ、EU最大の受益国となるのですが、その反面、同国は、財政面においてはEU最大の負担国でもあります。EUの財政はドイツの経済力に大きく依存しており、ドイツ市場からの歳入、あるいは、同国からの拠出金等によって、EUの財政移転政策は実施されているといっても過言ではありません。イギリス離脱後は、EUの歳入におけるドイツの負担率はさらに上がったことでしょう。’ドイツ一人勝ち’とはいえ、財政の負担面からしますと、ドイツにとりましてのEUは、’痛し痒し’の側面があるのです。

 

 それでは、RCEPは、どうでしょうか。同協定の発効によって、EUのような’政府機構’が誕生するわけではありませんので、当然に、財政移転の仕組みは設けられていません。このことは、近い将来、同枠組みにあって’中国一人勝ち’の状態が出現したとしましても、競争において敗者となった諸国(規模を基準とすれば、中国以外の全ての諸国が敗者に…)、あるいは、元より経済レベルの低い諸国は、そのまま放置されることとなりましょう。仮に、中国がこれらの諸国に’救いの手’を指し伸ばすとしても、それが、ギリシャなどのEU諸国と同様に借金漬けにさせられ、経済分野のみならず、中国の政治的支配力の伸長を帰結することは、容易に予測されます(借金のかたに租借地化…)。一帯一路や経済支援で用いられた手法は、RCEPの枠組みにおいても繰り返されることでしょう。

 

 日本国を含め、人類は、そろそろ自由貿易主義やグローバリズムの幻想から目を覚ますべきなのではないでしょうか。得てして理想論とは、逆の方向に人々を誘導するための巧妙な’罠’である場合があるのですから。RCEP協定は、こうした意味においても、時代に逆行しているように思えるのです。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする