万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

「GX推進法案」は怪しい

2023年01月17日 13時20分02秒 | 統治制度論
 DX(デジタル・トランスフォーメーション)に続き、今日では、GXなる耳慣れない言葉が飛び交うようになりました。GXとは、‘グリーン・トランスフォーメーション’の略語であり、脱炭素社会に向けた取り組みを意味しています。GXにてついては、既に日本国政府も「GX推進法案」を作成しており、今月23日から開かれる通常国会に提出する予定なそうです。

 報道に依りますと、同政策には10年間で官民合わせて150兆円の投資を要するそうです。この額は、GDP比で3%程となり、防衛費の2%をも上回ります。巨額投資の主たる内訳は、再生エネルギー導入に31兆円以上、水素・アンモニア製造・利用に10兆円以上を見込んでいるようです。財源としては、20兆円分の「GX経済移行債」の発行が予定されていますが、同公債は、新たに設計される「カーボンプライシング」制度によって償還されるとのことです。同「カーボンプライシング」制度は、新設される「GX経済移行推進機構」によって運営され、炭素税と排出権取引制度がセットとされた制度として発足します。

 「カーボンプライシング」の制度設計は、同法の施行後の2年以内に行なわれるとされ、現時点では、その細かな仕組みは詳らかではありません。しかしながら、基本設計として炭素税が組み込まれていますので、二酸化炭素を排出する企業の税負担が増えることは確かです(実質的な増税・・・)。しかも、同制度では、炭素税のみならず、排出権取引もセットにされていますので、とりわけ二酸化炭素を大量に排出する事業分野では、削減目標を達成できなかった企業は、炭素税に加えて排出権取引市場から排出権を購入せねばなりません。すなわち、同制度の導入により、民間企業は増税と購入コストのダブルで大幅な負担増が予測されるのです。

 こうした企業の負担は、当然に販売価格に転嫁されますので、最終的には、消費者の負担ともなりましょう。あるいは、企業は、社員への報酬を減額することで、負担増に対応しようとするかもしれません。しかも、GXの推進には、電気料金のさらなる上昇を伴いますので、150兆円の‘投資’とは、その実、莫大な国民負担を意味しかねないのです。

 なお、日本国の場合、「カーボンプライシング」による増収分は、「GX経済移行債」の償還に使われますので、この点に関しても、日本国の制度は、企業や国民には不利となりましょう。先行して同制度を導入している諸国では、「カーボンプライシング」による政府の収入が、法人税率や所得税率下げ、あるいは、企業の社会保険料負担の軽減などの形で民間企業や国民に還元されている国も少なくないからです。敢えて利得者を挙げるとすれば、日債権の購入者なのかもしれません。

 以上に、「GX推進法案」の概要を「カーボンプライシング」を中心に述べてきましたが、同政策、このまま推進しても大丈夫なのでしょうか。管政権以来、日本国政府は、2050年を目標としてゼロカーボンを目指して邁進してきたのですが、先ずもって、同政策の最大の欠点として挙げるべきは、これを実現するエネルギー技術が、現時点では確立していないという点です。

 再生エネルギーにせよ、水素にせよ、核癒合にせよ、コスト面を含めて技術的な障害が全て解決されており、石油や石炭といった化石燃料を使用しなくとも、安価で安全なエネルギーが安定的に供給される目処が立っているのであれば、150兆円という巨額の投資であっても、誰もが賛意を示すことでしょう。しかしながら、メディアの報道を見る限りでは、同技術は未熟な段階にあると言わざるを得ません。たとえ政府が企業に対して脱炭素への取り組みを促す政策を進めたとしても、技術そのものが存在しないのですから、企業は、行き場を失ってしまうのです。喩えれば、嵐が来ると脅かす船長が、危険であるからといって新しい船への乗り換えを乗客に勧め、渋る乗客に対してはさらなる乗船料の支払いを強要したものの、いざ、乗客達が代わりの船に乗り移ろうとしても、新しい船は遥か遠くにその船影が見えているに過ぎないようなものなのです。
 
 また、進歩の速度の速い発展途上にある技術の導入には、買い換え建て替えコストも考慮する必要があります。より効率的で低コストを実現する技術が開発される度に、新しいものに代えてゆく必要が生じるからです。しかしながら、インフラや製造装置といった規模の大きいものほど、買い換えや建て替えに伴う設備投資に莫大な無駄が発生しかねません(頻繁な新型への交換は、資源を枯渇させ、環境をも破壊しかねない・・・)。このため、むしろ、新技術の導入には消極的にならざるを得ないのです。例えば、2011年の再生エネ法の施行時に建設された太陽光発電施設については、25年間の同額買い取りが保障されていますので、発電効率の悪い設備を使い続けることになりましょう。この前例からすれば、今般のカーボンゼロ目標についても、達成の目標年は27年後の2050年ですので、現レベルでの再生エネや水素技術で建設された施設では、莫大な建て替え費の支出と損失を覚悟しない限り、同目標は達成できないのです。

 北米では記録的な寒波が到来し、街全体が凍り付く現象も起きており、そもそも地球温暖化二酸化炭素主因説が科学的に検証されるにも、それ相当の年月を要することでしょう。150兆円もかけてGXを推進すべきかどうか、今一度、立ち止まって考えてみる必要があるのではないかと思うのです(つづく)。

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