万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

高齢者集団自決論は若者をも絶望させる

2023年03月06日 10時55分48秒 | 社会
 内外に波紋を広げることとなった成田悠輔氏の高齢者集団自決論は、表向きは、若者層の代表というポジションからの発言です。自らを若者層のオピニオンリーダーを任じているのでしょうが、同氏の真の姿は、頼りになる若者の味方なのでしょうか。本当のところは、真逆である可能性も否定はできないように思えます。

 成田氏の発言が若者層の一般的な意見を集約したものであるならば、先ずもって憤慨すべきや若者層です。何故ならば、若者層とは、高齢者に集団自決を勧めるほど非情で利己的な存在であることを意味してしまうからです。高齢者の‘集団自決’によって世代交代が進み、若者層が世の中を動かす時代が仮に到来したとすれば、それは、労働能力を失って‘不要となった人々’を抹殺する社会となります。薄ら寒い光景が思い浮かぶのですが、高齢者が存在する社会の方が、余程、人を大切にするやさしい社会であると言えましょう(因みに、SFなどで描かれている未来都市のイメージ図では、高齢者の姿が見えないような・・・)。

 それとも、高齢者集団自決論は、オピニオンリーダーとして若者を同方向に扇動するために提唱されたのでしょか。‘君たちは、高齢者の犠牲になっている。高齢者がいなくなれば、君たちは、自分の思うとおりに豊かに暮らすことができる’として。成田氏としては、多くの若者が自らの意見に賛意を示すものと期待していたかもしれません。しかしながら、この提案は、若者層から涙ながらの抵抗を受けるかもしれません。何故ならば、日本人の多くには、祖父母や父母にかわいがられた経験や大切な思い出があるからです。言い換えますと、同発言は、‘君たちの祖父母や父母には消えてもらう’と言っているに等しいのです。同氏は、複雑な家庭環境から親子愛を知らずして育ったともされ、自らよりも上の世代に対する愛情や敬意はほとんどないのでしょう(むしろ、‘敵意’を抱いているのかもしれない・・・)。しかしながら、他の若者も自らと同じ感覚であると考えていたとすれば、それは大いなる誤算のように思えます。

 あるいは、‘自分たちは、成田氏とは違う!’として反論する若者が現れていないところからしますと、若者層は、本音ではやはり高齢者集団自決論を支持しているのでしょうか。同氏への反論の多くは、集団自決を薦められた高齢者からです。もっとも、若年層不遇説に基づけば、若者層にあって批判論はサイレント・マジョリティーであり、声を上げることができないのかもしれません。高齢者集団自決という極論、かつ、暴論が若者層からの要望と見なされる不条理やマスコミによる世論操作を嘆いているのは、同氏以外の一般の若者たちかもしれないのです。

 そして、もう一つ指摘し得るとすれば、高齢者集団自決論は、若者層を絶望させてしまう可能性です。同氏は、高齢者の集団自決を少子高齢化対策としていうよりも、恒久的な社会システムとして構想しているようです。となりますと、若者達は、‘75歳’ともされる‘死亡年齢’までしか生きられず(健康年齢と一致?)、同年齢に達すれば、否が応でも安楽死のための施設に自ら赴くか、強制的に連れて行かれます。‘死亡年齢’が一律に設定されるのであれば、安楽死とは名ばかりで、国家による強制死ということになりましょう。死に臨む国民の精神的苦痛は計り知れません。

 昨今まで人生百年の時代と謳われてきましたが、労働人口の減少により、高齢者も労働力として期待されている時代ですので、75歳まで一生働き続けなければならない人も現れることでしょう(現在不遇な若者達の未来はもっと不遇)。若者は、集団自決論によって、見たくもないディストピアを見せられているのです。未来社会がディストピアであれば、子供を産み育てようとする若者も減少することでしょう。先が見えてしまうのですから。

 こうした問題の他にも、国民年金や厚生年金が不要になるといった制度上の疑問点もありますが、若者層こそ、マスメディアに流されることなく、高齢者集団自決論について冷静かつ客観的な議論を試みるべきように思えます(現在年金を払っている若者層は、将来、年金を受け取る前に、安楽死?)。同問題には、少子高齢化のみならず、グローバルな金融・経済勢力の視点、マスコミの報道姿勢、学歴の悪しき権威化、政策と倫理・道徳、そして、未来社会のヴィジョンなど、ありとあらゆる問題が潜んでいるからです。そして、若者層も高齢者も共に(中年層も含めた全ての層という意味・・)、国民の一人一人が安心して自らの一生を生き切ることができる仕組みについて議論し、アイディアを出し合うとき、他の層を犠牲にすることなく、人道に叶った善き未来が開かれるのではないかと思うのです。

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