明治11年竣工の洋館である。
そもそもは前橋市に、衛生所券医学校として建てられた。
屋根瓦などの細部は和舘の技術で建てられているが、洋館を目指した建築としては実に早い時期に建てられたものである。
明治の始まりとともに、どっと押し寄せた西洋の知識を基に、当時の大工さんが苦心した様子がうかがえる。
この建物は昭和3年に桐生村役場として、現在の場所に移築された。
1階の展示室には、人力車とならんで当時の自転車がある。
その横にはクラシックカメラのコレクションが展示されている。
マニアには、非常に貴重な展示ではないかと思われる。
一輪車に補助輪がついただけ、のような自転車。
平坦な所を乗るだけでも、かなりのテクニックが要りそうだ。
二階には着品質も設けられているが、階段は和風の民家のように狭くて急勾配である。
昭和の後期から明治館として、しかるべきメンテナンスを受けて来たようだ。
そもそもは前橋市に、衛生所券医学校として建てられた。
屋根瓦などの細部は和舘の技術で建てられているが、洋館を目指した建築としては実に早い時期に建てられたものである。
明治の始まりとともに、どっと押し寄せた西洋の知識を基に、当時の大工さんが苦心した様子がうかがえる。
この建物は昭和3年に桐生村役場として、現在の場所に移築された。
1階の展示室には、人力車とならんで当時の自転車がある。
その横にはクラシックカメラのコレクションが展示されている。
マニアには、非常に貴重な展示ではないかと思われる。
一輪車に補助輪がついただけ、のような自転車。
平坦な所を乗るだけでも、かなりのテクニックが要りそうだ。
二階には着品質も設けられているが、階段は和風の民家のように狭くて急勾配である。
昭和の後期から明治館として、しかるべきメンテナンスを受けて来たようだ。
行って撮ってみたい建物です
当時の建物は
すべからく重厚感があって良いですね
今の建築物は味わいが無さ過ぎです
展示品されているものも、
なかなか見応えのあるものばかりです。
昭和初期に前橋から桐生へ移築。
村役場として使われたのですね。
そのときの様子を想像するのも、
楽しいですね。
こちらは入館料150円です。これでは、年間のメンテナンスにかかる費用も出ないのではと思います。
この建物をきちんと保存するには、どのようにするのがよいのでしょう。
昭和初期の村役場、とても長閑だったようにも想像しますが、二次大戦の頃には赤紙が届き、役所の人員からも武運長久を祈った方々がおられた事でしょう。
長い歴史をくぐって来た建物です。
定期的に塗り重ねるだけでも費用が掛りますね、ましては剥離して塗装をですと費用は足場代も含めると大変な額に!
内部の壁は漆喰でしょうか、階段手すりも魅力があります。
桐生は銘仙の町ですね、両毛線なる鉄道名を思い出しました。
当時ハイテクのウールの町だから維持出来たのかも知れませんね
桐生市の教育委員会が管理する建物のようです。維持費は、市の予算から出るのではと推測され、気をもむ必要は無さそうです。
しかし、なかなか興味深い展示品を用意し、隣に立派な駐車場を設け、しかも観覧料は150円。
それでいて、それ程お客は多くないようです。
担当者としては、なかなか頭の痛い問題なのかもしれません。