拳ちゃん乗せてシベリア鉄道走る
■電車の運転手に
今年も800枚近い年賀状が届きました。その中で一番わくわくした教え子からの年賀状の話です。
「先生、ぼくは大学はやめることにして、電車の運転手になることになりました」
三~四年生の時、担任した拳ちゃんからでした。とにかく電車に夢中で、「交通科学クラブ」という学級クラブを作り、目を輝かせていた子ども時代でした。方向オンチの私が講演に行くというと、電車を調べてくれ、発車音までやってくれ、おまけに「先生、この電車は二輌目には、トイレがありませんから気をつけてください」と教えてくれたものでした。四年生の交通の学習をする時は、彼が先生をして、みんなに授業もやってくれたのです。
拳ちゃんが書いた作文は、昨日のことのように細かい中身まで鮮明に覚えています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
けんは そばのつう 三年 西野 拳
住の江図書館へ行って、本を7さつかりました。
かりようと受付まで行ったら、前、図書館の説明をしてくれた人がいました。
けんがかりた本はぶあつくて魚の本や宇宙の本をかりたので係の人に
「重たい本ばかりで持てますか」
と言われましたが、けんは、とくいげになって持って帰りました。
その帰り、おなかがすいたので、けんの大好物のおそばを食べに行きました。
けんはまよわず、「生一本の三宝そば」を注文しました。
食べたあとは必ずそば湯を飲みます。
「そば湯ください」
とけんが言うと、お母さんが
「けんちゃんは、そばつうだね」
と言いました。
「そばつう」の意味がわからなかったのでじ書を引きました。
「つう(通)ある物事にくわしいこと、またその人」とありました。
これで、けんはそば通です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■好奇心にさそわれて
好奇心旺盛、新しい世界との出合いを日々楽しんでいた拳ちゃんです。
あれから8年、今高校三年生18歳の春を迎えています。その春に、大学進学はやめて電車の運転手になるという決断をしたというから、なんとも愉快じゃないですか。
しかし、お母ちゃん、一人っ子の息子を大学に行かなくてもいいとよく認めたもんだと久しぶりに電話をかけたのです。懐かしいお母ちゃんの声が返ってきました。
なんと拳は今、インドへ一人旅に出かけたと言います。ネパールへ渡り、ヒマラヤを見て、最後はシベリア鉄道に乗って、高校の卒業式に間に合うように帰って来ると言うではありませんか。16歳の時に一度シベリア鉄道に乗りに行ったのですが、お金をとられ断念し、北欧へ渡ったと言います。ホテルも何も決めず、心の向くまま気の向くまま、好奇心にさそわれて冒険の旅を続けているのです。お金は、バイトで貯め、言葉がわからなければ一人旅はできないと英語の勉強をし、シベリア鉄道に乗るからロシア語も勉強していたと言います。やるぞ!拳ちゃん。
しかし「やっぱりお母ちゃん、心配もしたでしょうに、よく認めはったね」。
「そりゃあ先生、悩みもしましたよ。第一、高校の先生だってびっくりしてはりましたよ。でも、いろいろ力になってくれました。まあ先生、子どもの頃からあんな子でしょ。好きなことになったら夢中、熱中、とめられませんわ。今大学へ行っても仕事のない時代でしょ。好きなことをして人生楽しく生きていけたらいいかなあ」
ハハハハ…。この親にしてこの子ありですよ。母ちゃんだって、大好きなピアノに夢を託して、今も舞台で演奏しているんですから。
拳は、今頃インドの電車に乗って何を見、何を感じ、何を考えて走っているのでしょうね。
私もかつてインドやネパールを旅しました。その日々のことを思い出し、なんだか今すぐにでも飛んで行きたい気持ちになりました。
拳ちゃん、帰って来たら、いっぱい話をしようね。あなたが運転する電車に乗れる日がくるのを先生わくわくしながら待ってるよ。
(とさ・いくこ 和歌山大学講師・大阪大学講師)