ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

三文安い?

2007-09-04 | こどものこと
「爺さん、婆さんに育てられた子どもは、
 見ていて、わかるね。

 三文、安いよ!」

昔 高校の先生になった友達が言い放った言葉だ。

「年寄りっ子は 三文安い」

という言葉があることは 私はそれまで知らなかった。







今年のトウガラシは、一株だけだけど、豊作!






彼女によると 年寄りに育てられた子どもは
人に何かをしてもらうことに慣れきっていて
競争もないし、

なにしろ、覇気がない、という話だった。

実際に高校で 生徒達と毎日顔をあわせる生活をしていての話だから
真実なのだろうと思う。



けれど その後で
年寄りに育てられた子供の方が 人に優しい、という言葉を
何度か耳にするようになった。

確かに 
年寄りのテンポに合わせて
歩く、しゃべる、食べる、生活する、というのは
それなりに忍耐が必要で

あまりそれに我慢し続けていると
途中で我慢ができなくなって、バクハツ!
なんてことも、あり得る。



年寄りの居る家庭で育った子どもは
それが自然にできていることが多い。

「何故できるの?」

と聞いてみれば 多分

「そういうもんじゃないの?」

と問い返されるのではないだろうか。







初夏にアブラムシがビッチリ付いた時はどうしようかと思ったが、
こまめにつぶして 無農薬で育てた。





実家の姉夫婦の長男は 
ジジ・ババの熱烈な狂愛の中で育った。

娘ばかりを授かった私の両親にとっては
男の子は それだけで 熱愛の対象だった。

姉の子どもは 一番目が女の子。

その後に生まれた長男、これはもう
「俺だぢの跡継ぎ」ということで、
もう、もう、もう、もう・・・・・・・・・凄かった!

子どもを叱ると 親がその親から叱られる、という毎日で
姉夫婦は 躾にとても苦労していた。



そんな彼も、もう 20代の後半。

躾がなってないかというと、そういうわけでもない。

そして 愛されて育ったせいか?
とても優しいオトコになった。

三文安いなら、安くて結構!



その甥は 去年 本山へ行って 修行して
なんとか お坊さんとしての最低の資格を取得してくれた。

ダブルの病気と闘う母と
妻の病気、自分の持病の ダブルと闘う父。

両親は 一安心、というところだと思う。



世襲制が 仏教の堕落の始まりだ、という
私の考えは変わらないけれど、
安定のためには それが一番、とも思う(苦笑)。

この夏のお盆には 甥も活躍したらしい。

お檀家さんには 好評だったという。

お檀家さんにとっても 
見ず知らずの人間が入って来るよりも安心、
という点では確かにいいに違いない。







最初の収穫では12本、2度目では74本を収穫した。
もうじき、3度目の収穫!






跡継ぎという点では
将来は 我が家でも 問題になることだろう。

誰かが この近辺で 
同じような仕事をしていくことになるはずだ。

やはり息子が 亭主の跡を継いでくれれば ありがたいと思う。

(年寄りがいなかったので? 少々優しさに欠けるが。)

無理強いはしたくない、という建前と

嫌々ながらの仕事では 心を込めての仕事ができない、というホンネと

私たちが作ってきた実績と 建てた事務所はどうする、というホンネ、

いろんなことを考える。

関白亭主

2007-09-02 | いろんな人
「ウチのお父さんは、亭主関白だよ。」

「え~~~!!!」

「うそッ」

「うそッ」

「そうなの?」



「あたしんちなんか、カカア殿下だよ。」

「うちも~。」

「うちも~。」

「うちもだよ~。」



娘が高校生のときの 仲間内の会話に こういうのがあったらしい。

亭主関白ってのは、イマドキじゃないらしいね。








亭主の実家の、物干し台の庭の、
杉、だと思って撮影してきたけど、もしかしてヒノキ?
一番高い木は 昔 雷に当たってなくなった(参照:2005年4月3日の記事
という話だけど、まだまだ雷は怖いよ。木だらけだもの。





ウチのは、天然記念物的・関白亭主。

というか、
亭主の言動は 「オレ様が関白だ!」と思ってる男、そのもの。

きっと 小さい頃の 自分が育った家庭の雰囲気を
引きずっているのだろうと思う。






亭主が成し遂げた 一大プロジェクトは
たくさんの人のご協力を得て 大勢の人にご迷惑をおかけして
数年前に完遂した。

その頃
夕方や夜に 亭主に来客があると 
私たち家族は 亭主ナシでご飯を食べ始めた。

待ってたらいつになるかわからなかったので。

プロジェクト完遂直後のある日
いつもの客が事務所に来ていたので 私たちがご飯を食べていたら

以外に早く亭主が戻って来て 
とたんに怒鳴り始めた。



「オレが仕事をしてるのに

 オレが来る前に飯を食べ始めるとは

 何事か!」

ということだった。

「オレが来る前に 飯を食い始めることが
 今まであったか!?」

というので

「うん。

 いつも、いつも、そうだったよ。

 あなたにお客さまが来たら いつになるかわからないから
 いつも 子供たちと 3人で晩ご飯食べてたよ。」

と答えたら 黙った。

だいたい、あなた、家になんか 居なかったじゃない。

一緒に晩ご飯を食べるなんて、あまりなかったじゃない。





息子とケンカ?している時には 
自分より先に息子がお風呂にはいるとは面白くない、
と怒っていた。

でも 私は
息子には なるべく早くお風呂に入ってもらいたかったし
息子も 食後なるべくすぐに入ってくれていた。

そして亭主は いつも最後だった。

帰ってこないんだから、居ないんだから、しょうがないじゃない。



義父は 今ではひとり暮らしだから一番先も何もないが
ずっとお風呂は一番に入ってきた。

亭主もそうしたいのだろうと思う。

けれど その日の最後のタバコを吸ってから
お風呂に入ってくれないと
私は 一緒の部屋で寝る気にならない。

(だから 亭主は お風呂に入る直前にタバコを吸いに行く。)

(だから 亭主が入った後のお風呂は タバコ臭い。)

(だから 娘も私も 亭主の入った後のお風呂は嫌。)

夫婦別室は 
夫婦が仲良く暮らすための とってもいい方法だと思うが
亭主は嫌がる。

ならば 早くタバコを吸い終わって 早くお風呂に入ればいいのに
それはしない。



お風呂が最後って、身体にいいんだよ、パパ。

とは、さだまさしの歌にもないけどね。



いい事もある

2007-09-01 | なんでもないこと
亭主の‘例の、忙しいのに儲からない、請負仕事’にも、
いい事はあった。

まず、
お歳暮やお中元が 増えた!

もちろん、お返し物を送るので
収支はトントンかもしれない。

でも、それは経費で落とす。

私は、ただ消費するのみ! バンザイ!!!






最初に収穫したパプリカ。 大きい!
でも、真っ赤になるまで待ってたら シワシワに。。。(涙)
水不足だった? 早めに切り取って 追熟を待つべきだった?






たとえば ‘例の請負仕事’関係でやってきたお中元に 
食べ物だけのカタログ・ギフトがあった。

牛タンシチューを頼んだ。

え?

まくろびおてぃっく?

私、やってないよ。

牛タンシチュー、いいよお(笑)。

年に一度くらい、食べたいよネエ。

画像は、ない。

写真撮らずに食べちゃった。







代わりの画像は 
上のパプリカと ご近所からいただいたピーマン、トマトを使った 
骨付きソーセージの煮込み。 このソーセージもいただいたもの。
バジルを入れればよかったなあ!






次に
博物館や歴史館の目録を買ってきてくれるT君のような
歴史オタク仲間ができたこと。

そういえば 
寄居の歴史館の催し物を教えてくれた別の人は
今度は 上野の東京国立博物館のパンフレットを 
わざわざ送ってよこした。

「京都五山 禅の文化展」(7月31日~9月9日)というやつだ。

招待券だったらもっとよかったのに(笑)。

T君は、行くよ、きっと。

亭主は行く気がないみたい。

私は、何でもいいから、行きたい(笑)。






第3に 
T君のような 比較的若い人との付き合いが増えた。

亭主は 息子の事で(も)頭を常に悩ませていたから、
彼らに聞いてみたことがあるという。

「お前ら、高校生の頃、
 家に居る時、普段、何やってた?」

「ボクは 飯食ったら 自分の部屋行って
 テレビゲームやってましたね。」

そうなのか!

それでフツーなのか!

オレらの頃は、テレビゲームなんか、なかったもんなあ!

と 亭主は いくらか 当時の息子の素行に
(不満はあれども)
ホッとしたりしていた。



でも テレビゲームは やっぱり好きになれないなあ。。

部屋でゲーム。

ゲーム機も ソフトも 攻略本も 
たまにもらうジジ様ババ様からの小遣いで
勝手に買ってきて 部屋へ持ち込んでいる。

当たり前なのかなあ。

好きになれないなあ。。





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きょうは 関東大震災記念日。

=富田木歩という俳人の命日なのだそうだ。

新聞に
「木歩忌の 一歩一歩を 歩むなり」(土井田晩聖)
という俳句が載っていた。

背負われ木歩