私のこの窓の記事の中で
一番読まれているのは、いつもの、アレ(苦笑)だが、
「肋骨の痛み」という記事も、
意外と多いようだ。
書いたのは、2007年の1月。
9年も前の記事だけど。
肋間神経痛かとも言われていたが、
この肋骨の痛みに
新たな展開があったので、追加記事を。
と、いうわけで(笑):2005-06-07
脇の下の痛み:2012-03-12
母は 更年期と呼ばれる時期に
胸の肋骨の辺りが痛む、と訴えていた。
私のこの肋骨の痛みも
ハッキリと認識したのは
というか、ハッキリした痛みがあったのは、
乳がんのホルモン療法で 女性ホルモンの分泌を止めてからだった。
だから、「肋骨の痛み」は「更年期」のカテゴリーだった。
「と、いうわけで(笑)」と 「脇の下の痛み」」は
「乳がん」のカテゴリー。
どれもみんな、乳がんになったから、の 痛みなんだけどね。
年末に 左手の指先を怪我した私は
バランスをくずした。
全身の、バランスを。
左手の人差し指に負担をかけないように。
左手の人差し指を使わないように。
左手の人差し指を濡らさないように。
とにかく、
左手の人差し指では 何も触らないように、
他の部分が 代わりを務めていた。
左の、親指、中指、手首、ひじ。
右手の全部。
それは、感じていたし、理解できたし、
予想もできた。
ところが、バランスを崩したのは、全身だった!
肩や 背中や 腰が痛んだ。
なんだ!? これは?!
癌以外の生活習慣病のデパートと化していた亭主の体調も
年末は最悪状態。
そんな時に
運動療法指導士の治療を受ける事ができたのは、
奇跡に近かった!
「運動療法指導士」というのは、
「運動療法」を「指導」する人なので、
治療を施したりする事はない。
が、ご好意で 個人的に治療をしに来てくださったので、
恐縮だったが 喜んで受けた。
それは、長年の経験と
科学的な裏付けと
それから なにやら怪しげなものと
全部がごちゃ混ぜになったような治療だった。
つづく
一番読まれているのは、いつもの、アレ(苦笑)だが、
「肋骨の痛み」という記事も、
意外と多いようだ。
書いたのは、2007年の1月。
9年も前の記事だけど。
肋間神経痛かとも言われていたが、
この肋骨の痛みに
新たな展開があったので、追加記事を。
と、いうわけで(笑):2005-06-07
脇の下の痛み:2012-03-12
母は 更年期と呼ばれる時期に
胸の肋骨の辺りが痛む、と訴えていた。
私のこの肋骨の痛みも
ハッキリと認識したのは
というか、ハッキリした痛みがあったのは、
乳がんのホルモン療法で 女性ホルモンの分泌を止めてからだった。
だから、「肋骨の痛み」は「更年期」のカテゴリーだった。
「と、いうわけで(笑)」と 「脇の下の痛み」」は
「乳がん」のカテゴリー。
どれもみんな、乳がんになったから、の 痛みなんだけどね。
年末に 左手の指先を怪我した私は
バランスをくずした。
全身の、バランスを。
左手の人差し指に負担をかけないように。
左手の人差し指を使わないように。
左手の人差し指を濡らさないように。
とにかく、
左手の人差し指では 何も触らないように、
他の部分が 代わりを務めていた。
左の、親指、中指、手首、ひじ。
右手の全部。
それは、感じていたし、理解できたし、
予想もできた。
ところが、バランスを崩したのは、全身だった!
肩や 背中や 腰が痛んだ。
なんだ!? これは?!
癌以外の生活習慣病のデパートと化していた亭主の体調も
年末は最悪状態。
そんな時に
運動療法指導士の治療を受ける事ができたのは、
奇跡に近かった!
「運動療法指導士」というのは、
「運動療法」を「指導」する人なので、
治療を施したりする事はない。
が、ご好意で 個人的に治療をしに来てくださったので、
恐縮だったが 喜んで受けた。
それは、長年の経験と
科学的な裏付けと
それから なにやら怪しげなものと
全部がごちゃ混ぜになったような治療だった。
つづく
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