マダムようの映画日記

毎日せっせと映画を見ているので、日記形式で記録していきたいと思います。ネタバレありです。コメントは事前承認が必要です。

秘花

2007-08-14 10:13:50 | 読書
ー秘花ー
著者=瀬戸内寂聴
出版社=新潮社(2007年5月)

【感想】
学生時代、世阿弥や能を少し勉強したこともあって、世阿弥にはすごく興味を持っていました。
世阿弥はアイドルで、しかもスキャンダラスで、当時(室町時代)の文化人の話題の的でした。

彼は、庶民に人気の申楽(=猿楽)の家に生まれ、観阿弥と言う、芸も時代を見通す目も確かな父から、英才教育を受けて育ちます。
生まれついての美貌と天性の才能で夢幻能を構築し、今日、その芸術性の高さを世界的にも認められている「能」を確立した人物です。

その世阿弥の生涯については、謎の部分も多く、どのように小説化されているのか、とても興味のあるところでした。

この小説では、世阿弥が佐渡に配流が決まったところから始まります。
この時、世阿弥は70歳を過ぎていました。
誰を恨むこともなく、世阿弥は自身の人生を振り返りながら、運命に従いますが、芸への思いはますますみなぎり、流された佐渡で謡曲集や芸論を書き続けます。

第4章で、沙江という最期を看取る架空の人物を登場させる等、寂聴さんの小説家としての力量に感心しました。
この章では、世阿弥が実在の人物としてとても身近に感じられ、彼の偉大な生涯を、沙江の心情に沿って、とてもいとしく感じることができました。

世阿弥がなぜ、世界にも比類がない芸論(「風姿花伝」他)を書いたかーそれは自分と父親が血を吐く思い出確立させた「能」という新しい舞台芸術に、絶対的な信頼を寄せれる継承者がいないという大きな悲劇が背景にありました。
それでも、跡を継ぐもののために、なんとかわかりやすく伝えたいという一心から、数々書き残したのでした。
だから、「秘伝」というわけです。

しかもこの芸術は時の支配者の気まぐれによって、いつ葬られるかわからないという危機感もあったでしょう。
現実にわけのわからないまま、高齢にも関わらず佐渡へ流されてしまうのですから。

世阿弥のこの波瀾万丈な生涯にも負けない、能への執念のお陰で、時空を超えた今でも、私たちは幽玄という情念の世界へ誘われ、崇高な世界を経験することができるのです。

この本を読むと、それがどんなに奇跡的な出来事の重なりで始まり、そして残されたのかよくわかります。
瀬戸内寂聴さん、尊敬です。     


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