ーシネマ歌舞伎「女殺油地獄」ー
2011年 日本
キャスト=片岡孝夫(河内屋与兵衛)片岡孝太郎(豊嶋屋お吉)坂東彌十郎(山本森右衛門)片岡千之助(娘お光)坂東新悟[1代目](小栗八弥)中村梅枝[4代目](妹おかち)片岡市蔵[6代目](刷毛の弥五郎)市川右之助[3代目](皆朱の善兵衛)大谷友右衛門[8代目](兄太兵衛)中村歌六[5代目](父徳兵衛)片岡秀太郎[2代目](芸者小菊/母おさわ)中村梅玉[4代目](豊嶋屋七左衛門)
【解説】
歌舞伎の演目としても知られる近松門左衛門の世話浄瑠璃で、2009年の片岡仁左衛門主演舞台を映像化した、シネマ歌舞伎第13弾。借金を抱えて金策に奔走するも失敗し、女を殺すに至る狂気に満ちた与兵衛の姿を描く。東京・東銀座の歌舞伎座取り壊しの前に行われた「歌舞伎座さよなら公演」の一公演ということもあり、片岡仁左衛門が当たり役の河内屋与兵衛を熱演。油まみれで繰り広げられる壮絶な立ち回りを、スクリーンで堪能したい。
【あらすじ】
複雑な家庭環境に生まれたことから、荒れた生活を送る与兵衛(片岡仁左衛門)。実家の油屋河内屋の金を持ち出して遊んだあげく、借金も積み重なっていた。両親は同業のお吉(片岡孝太郎)に頭を下げて金を借りてくれるが到底足りず、今度は与兵衛がお吉のもとを訪れる。しかし、お吉が金を貸すことを拒否したため、与兵衛は逆上してしまい……。(シネマトゥデイ)
【感想】
この演目、テレビで舞台中継も見たし、舞台でも見たと思います。
でも、さすが当たり役と言われる片岡仁左衛門さん。
素晴らしかったです。
2009年、歌舞伎座のお別れ公演の舞台です。
〈徳庵寺堤〉
野崎観音で有名な慈眼寺の参道にある茶店から始まります。
落語の「野崎参り」で有名な、船に乗ってお参りする人と歩いてお参りする人が、声をかけ合って、口喧嘩するようすも再現されて、楽しいシーンです。
油屋豊島屋の女房お吉は、幼い娘の手を引いて、赤ちゃんを抱いてお参りにやってきました。
夫の七左衛門とはぐれてしまって、茶店で一休み。
そこへ、顔見知りの河内屋与兵衛が2人の遊び友達と通りかかりました。
急ぐ与兵衛を呼び止めて、自分の隣に座らせるお吉。
遊びほうけている与兵衛のことを両親が心配していると意見をしますが、与兵衛にはそんな小言は耳には入りません。
与兵衛とお吉は同世代、20歳代後半の若者です。
お吉は子供たちを連れて境内へと歩いて行きます。
与兵衛は、なじみの女郎小菊が、自分との野崎参りは断ったのに、お大尽と野崎参りに来たという噂を聞きつけて、嫌がらせに待ち伏せに来たのでした。
小菊を見つけて嫌みを言っていると、お大尽が現れて大喧嘩になります。
そこへ、お殿様が馬で通りかかり、その馬に泥をぶつけたと言うのが、事件の発端でした。
家来として同行していたのが、与兵衛の伯父の山本森右衛門。
その場斬り捨てられるところ、殿の口添えで逃れたものの、戻ったら斬り捨てると脅されました。
そこにお吉が戻って来て、留守の茶店で与兵衛の汚れた着物を直してあげます。
ようやく七左衛門が追いつきました。
与兵衛とお吉が二人きりで茶店にいることを知り、機嫌が悪くなります。
〈河内屋内〉
河内屋の主で与兵衛たちの父は他界して、番頭の徳兵衛が母お沢と一緒になって店を切り盛りしていました。
兄の河内屋太兵衛は支店を任されるほど優秀な人物。
伯父からの手紙で、野崎参りの一件でお役御免となり、浪人となったと知ります。
徳兵衛に伝えて、与兵衛を感動するように進言しました。
妹のおかちに婿を取って店を継がせようという話が進んでいましたが、隣の部屋では、おかちが病で臥せっていました。
与兵衛が家に帰ると、おかちは「先代の父親が乗り移った、おかちに婿を取ることは許さん」と言いました。
与兵衛がにんまりして、嘘の話をでっち上げて徳兵衛からおこずかいを巻き上げようとしていました。
そこへお沢も帰って来て、おかちの病は与兵衛から頼まれた芝居であることが判明。与兵衛は父を殴り、母も足蹴にしておかちにまで手を出すありさま。
今で言う、家庭内暴力やね。
お沢も徳兵衛も、もはやこれまでと、与兵衛を勘当しました。
〈豊島屋油店〉
この日は掛け売りのお金を集金する日で、豊島屋七左衛門は一度家に戻って、お吉にお金を戸棚にしまわせて、また集金に出かけた。
そこへ、徳兵衛が「もし与兵衛が来たら渡してやって欲しい」とお金をお吉に託します。
そこへお沢もやって来て、徳兵衛の甘さをなじりますが、なんのことはない、この母もお吉に与兵衛のためのお金を預けに来たのでした。
両親の思いに打たれたお吉はお金を預かります。
そのやりとりを表から見ていた与兵衛が、両親が去った後、豊島屋の中に入ってきます。
お吉は預かったお金を差し出しますが、与兵衛は金貸しから多額の借金をしていて、これでは足りない。
お吉から、売上金をもらおうと頼みますが、お吉も野崎参りの一件で、夫から与兵衛との仲を疑われたという苦い思いがあるので、独断で貸す訳にはいかない。
ここで、与兵衛の表情が変わります。
口では油を1升桶に入れてくれと言いながら、灯を消してお吉に襲いかかりました。
倒れた壺から油がほとばしり、舞台は油まみれに。
与兵衛もお吉も油まみれになりながら、滑って転びつつ、血だらけになって、着物や髪ががどんどん乱れていっても、浮世絵のような美しさ。
とうとうお吉を殺し、お金を奪って、闇の中へ消えて行く与兵衛の姿。
これで幕です。
与兵衛の悪事がばれるという後日談もあるようですが、ここで終わって正解ですね。
頬に血の跡を付け、油まみれで青ざめて立ち去る与兵衛の姿は、観客の心に深く突き刺さります。
この作品、この話の中で唯一の悪人が主人公と言うのがすごいです。
この男は、幼いときに父親を亡くして、番頭だった男が母親と結婚して継父になるということを経験している男です。
そして、継父も母も子供たちの顔色を見て暮らしています。
その継父の弱さにつけ込んで放蕩のし放題。
さらに輪をかけて母も甘い。
優秀な兄と家族思いの妹。
与兵衛の居場所は家庭にはなさそうです。
一方お吉は、2人の子持ちですが、まだ27歳。
美人で色気もある。
徳庵寺の堤の場では、意識しているかどうかは別にして、色男の与兵衛に興味があるのは間違いないようです。
そこが、お吉の隙と言えば、そうなのでしょうね。
事件の夜も、夫が留守なのに、与兵衛を家にいれてしまいます。
まさか、与兵衛が殺人鬼に豹変するとは思っていもいなかったでしょう。
でも、観客にはわかる、起こるべくして起こった殺人事件。
江戸時代に作られたお話にも関わらず、現代にも通じる人間のダークサイドを深く鋭くえぐった作品。
これをを書いた近松門左衛門って、すごいですねー。
たった、2時間くらいの間に、見事に表現された人間ドラマ、悪の形。
そして、21世紀に近松の真髄を具現化した片岡仁左衛門さんも、孝太郎さんもすごかったー。
しばらく余韻に浸っていたいほど、エネルギーに満ちた作品でした。
ブラボー!!
歌舞伎!!
2000円は安いよ。
ぜひスクリーンで見てください。
あんなしょうもない男なのに、色気はあるし、どっか憎みきれないし。
ほんとにいい役者さんです。
あの表情にすっかり魅了されてしまいました。
あの与兵衛だから、しっかりもののお吉にも隙ができたんだと、素直に入り込むことができたね。
たいしたもんです!!