オヤジ少女

2010-09-11 11:46:30 | 塾あれこれ
知らなかったのは私だけかもしれませんが
現代の日本で少女がオヤジ化している。

オヤジギャルって言葉は聞いたことがあります。
趣味嗜好がそうなっている女性もいるのかな、と
思っていました。
ヤキトリで立ち飲みをするとか。
多少、意識してそうしているようにも思えますね。

先日、それとは少し違った女性を見かけました。

性別がなくなることの良し悪しは置いておきましょう。
ちょっと好みじゃないよなーという光景です。

一人で電車を待っていました。
例によって本を読んでいます。
頭と目さえクリアーならばどこでも読んでおかないと
疲れやすいですからね、読書時間が確保できません。

声がしたようで近くに学生が来たのは分かりました。
ベンチに座ります。
(学生がベンチというのも気に入らないけど・・)

シューッ、シュッという音がして、妙な匂いがします。
はっきり言ってクサ~イ

逃げながらそちらを見ますと
シュ、シュ、シュ、シュさかんに繰り返しておいでです。
私が蚊かゴキブリに見えるので攻撃してきたのかと
思ってしまいました。

女子中学生か高校生か、片腕を水平に挙げてわきの下に
何かを吹き付けていたのです。

そのスタイルは戦後日本映画に頻出したコッテリ親爺の
風体そのままじゃありませんか。
二代目鴈治郎がコテコテの親爺を演じるとそうなる。

そんなスタイルで異臭をふりまくとはノーミソがそれを
平気になっているということでしょう。
そこがオヤジたる所以ですね。
日常がすべてそれであると推察できます。
そのうち電車の中で女学生が鼻毛抜くんじゃないか。

以前のオヤジギャルとちょっと違うようですね。
大げさに言うと以前はファッションであったから。

気がつくと首にタオルを巻いている女学生も。
それって昔は肉体労働者だよ。
彼らは仕事でやむをえないけれど、そのまま食堂へ行く
などルーズな神経があった。
女学生もそれか。

下品で無神経、
かつクサイ(もちろん当人はそうは思ってません)

家の中でオヤジをサベツする理由はなくなるじゃ
ありませんか。
メクソハナクソといいます。

オヤジを嫌うのはたぶんイジメ感覚でしょうから
男性陣も反撃しないといけないよね。
(やっぱコワイか、とくにオクサンがねえ)

文系?理系?

2010-09-10 15:48:39 | 塾あれこれ
私はモノゴトに疎かったので文系理系なる言葉を聞いた
のは高校生なかば、大学受験が迫ってくる頃だった
と思います。

学校が、受験のために生徒を二手に分けて指導する
その時に使われたことばですね。

大学が、数学のできない者は特定の学部に寄こすな
という意思表示をしていたから始まったことかなあ。

入試における数学の比重の大きさを物語りますが
それ以前に、高校数学がサッパリわからなくなり
点を取れない生徒が増えてもいたからでしょう。

(概ね数学と英語の出来で文系理系を生徒を分けていた
 のでしょうが、現在は多少硬直した感じも受けます。
受験の仕組みがおおざっぱなのでしょうか)


そういう大学受験での二分法が、人は大きく理系と文系と
二種類に分かれるという認識を生んだようです。

首相が理系だとかマスメディアが騒いだのもその認識に
大勢の人が縛られている証拠でしょう。
また文系より理系のほうが所得が多いなんて比較をした
ニュースもありました。

実に下らない話です。
どちらが多いか、が一体どんな意味を持つのでしょう。
このニュースについては沢山文句をつけたいのですが
あまり下らないことでカリカリしてもねえ。


何でも大ざっぱな数字で「分かってしまう」ことへの
疑問は別の稿に回すとして、本日の話に戻します。

文系、理系って何なのでしょうね。
数学が得手・不得手というのならまだしも。
(数学だっていろいろあるのに)

得手不得手という考え、でも不十分ですね。
大学受験で点が取れるかどうか、ということらしい。
合格可能性で理系文系に分けているようです。
明らかに不十分な判別法です。
計算ができなくても理系、あり得ますから。

論理的思考か情緒的思考か
計算力か記憶力か
など人間をさまざまな見方ができるでしょう。

ただ、不十分なものでも世間で通用しているもので
イメージを作り易いのが人間の不思議です。
(良いとばかりはいえないことですが)

文系理系もイメージしやすいものの一つです。

現実をどのように捉えているのか、という場合に
(理系はザラザラ)
(文系ねっとり)
・・私のイメージです。

分かっていることだけで世界を認識するのが理系。
論理的ですが粗いとも思えます。
(仮説を立てることもありますが条件と理由と
 はっきりさせているので論理的です)

欠点としては、十分にジューシーな世界をカスカスな
味気ない物として捉えるという処がありそうですね。

証明できていないことでも組み立てて大胆な世界像を
提示するのが文系。
芸術家的なアプローチのような傾向があります。
つまり論理に関しては無責任なことも多いようです。
一見論理的でも実は、論拠のない物、論理の狂った物
これらは文系に多いですねえ。

パラパラの炒飯に無理やりドロリンと餡をかけるような
ところが文系。
世界が変わる面白さはあるんだけど。


理系文系に分けられるとしてもどちらの傾向がどれだけ
あるかは人により様々でしょう。
またそれぞれの長所も、特に優れているか或る程度までか
そういう個人差もあるでしょうね。

中には文系理系ともに大変優れた能力を兼ね備えて
おられる人もいらっしゃいます。
ウラヤマシイ世界ですけれどね。


ええっと、何を言いたかったかというと
自分は理系だとか、文系だとか、決めつける若者が
いますが、それはあまり得にはならない、と。

どちらも大切で、両方を伸ばしていかねばなりません。
(理数が苦手で困っている私がそういうのですから!)

・・・とってつけたようなマトメ?ですねえ

血液型で性格が

2010-09-09 20:15:38 | 塾あれこれ
偉い先生はみんなABOの血液型4種類で性格が決まる
などとは仰いません。
また多くの日本人も心底からそれを信じているわけでは
ないでしょう。

人間の性格が4種類でまとめられちゃうわけはないし
身近に血液型とは違う性格の人もいるはずです。

ところがいつまで経ってもABOの性格診断が世間に
あふれていますね。
話題作り、とか、気分をほぐすためとか、理由はつけますが
実は心のどこかで捉われている人もおられるのではないで
しょうか。

外国の人だって占いは信じるでしょうが、日本の場合は
よく目立つような気がしますがどうなんでしょう。

占いを信じる人が多いと云うよりも、遊び心で
という人が多いのでしょうね。

ただし、抵抗力のない子供などが占いのようなものを
信じる風土を育てる恐れはないでしょうか。

お母さん方の井戸端会議で血液型性格が話題になり
「あの人は~型だから、○○で・・」
そこに子供が聞いていたら・・

遊び心ってのは気をつけないといけませんね。
ご自身のためにも。


血液型による性格判断は日本と韓国が多いらしいの
ですが、ある方が「それは血液型別の人口構成が
この両国では散らばっているから広まり易いのだ」
と仰っています。
(『血液型の科学』藤田紘一郎)

日本はA38%,B22%,O31%,AB9%とよく散らばっています。
ところが外国では偏りがある処が殆どなのですね。
メキシコではO型が8割以上、
アメリカはO45% A41% インドの西北部はB41%

血液型に偏りがあれば性格診断をしても国中がみんな
似た性格になってしまいますね。

これからみてもやはり血液型による性格はアヤシイと
思われます。

もっとも藤田先生によれば血液型で掛かり易い病気
掛かりにくい病気があるそうです。
気になる方は上記の本をどうぞ。

藤田先生はかなり以前から、免疫力は子供の頃に
あまり清潔な環境ではかえってよくないのだ、と
説かれていた有名な方です。
カイチュウの先生でお分かりになりますよね。


偉い先生だから間違えないとは言い切れません。
ニュートンだってアインシュタインだって間違いも
あったそうです。

学会だって、大間違いをすることもありますよね。

反対にサギ師とかエセ科学者でも話していることの
全てが嘘であるとは限りません。
嘘どころかその逆で、かなりの割合で本当のことを
話すから、みなさん、嘘にひっかかるのです。

したがって、誰の発言かとだけ書くのは正しさの根拠
ではないのですが、書く方は有名人に頼りますね。
イノウエさんが、なに云ったって、ねえ。。。ハハハ

ちなみに私は何型と思われますか?
20代のころはBに決まっていると言われたものですが
ぶっぶー!

BADタイミング

2010-09-08 10:47:19 | 塾あれこれ
食事をしているときに電話とか来客があると
とりあえずもう一口急いで食べて対応する
というのは人類普遍の挙動なのかしら?私だけ?

それはともかく電話のタイミングが悪い人っていますね。
今どういう時間か、気にされないのでしょう。
もっとも私の場合は通常の家とはサイクルが違うので
相手も分かりづらいとは思いますけれど。

「いまお時間宜しかったでしょうか」
・・ふつうダメでもダメとは言わないよ。

私も嫌われるタイミングで掛けているんだろうなあ・・

昔は生活時間が多くの家庭で似ていたので
分かり易かったですね。
「いまは食事どきだから・・」
とかTVの人気番組の時間は外そうとか。

私はお昼の再放送の時間に『ゲゲゲ』を見ています。
終わりごろあと数分(1時少し前)に電話をかけてくる
会社があるんですよ。
「バカか、もう付き合わん」とか思いつつ
明るそうな声で「ハイ!」と出ますが
案の定どうでもよい営業だったりして。

ビデオに取れば見られる?
そういう話じゃないんだよねー。


朝ドラで思い出しましたが
昨日ブログで、悪いことを悪いと言わなければと
書きましたが、その少し後『ゲゲゲ』を見ていますと
イカルが同じようなことをしゃべっていました。

そうなんです、私はイカルと似ているかもしれない。

イカルの愛すべき悪癖に「名字帯刀の家である!」が
ありますが私の祖母が似ていました。
何かと言えば「ウチは侍の家系で」
昭和30年代でそれですから驚きますねえ。

母と合わないはずです。
ネタ不足の折から、嫁姑戦争も書きたいですが
あの世から召集が来るといけないので、まだ・・

文化が変わるには長い時間が

2010-09-07 10:52:04 | 塾あれこれ
当たり前すぎる話です。

また、変わり易い部分とそうではない部分もあります。
戦後日本の文化が急速にアメリカ化していきましたが
まだ、日本らしい部分も残っていますからね。

個人の心性はなかなか変わりづらいことでしょうが
世代が違えば変わってゆきます。

学校の様子に随分変わってきた処が見られますが
これは世代交代(人間自体が交代したこと)が大きく
人間の心が変わったから、ではないでしょう。

役人根性とかお役所仕事という古代からのガンコな
「文化」を少しでも変えるには、少なくも数世代は
時間が必要となるでしょうね。
それでやっと少しは変わるのではないでしょうか。
政権が変わったくらいではそう簡単にはいきません。

もちろん社会も政治も変わらないといけないし
法律などの規範も強化しなければなりません。
テキは手ごわいですよ。


人類はみな兄弟、なんてことを念じるだけで格差社会が
なくなりますか?
ハッピーなだけの、むしり取られるだけの「人の良い子」
に子供を育てたいですか?
良い子であり、また強い子に育ってほしいですね。

官僚主義に都合のよい国にはなってほしくありません。
必要ならばケンカも辞さないのが大人でしょう。

しっかりとした人間に育ってもらうためには
いま国全体を蔽う文化を改善しなくては、と思います。

よって最大のガンである「官僚気質」の悪口を言い続け
なければならないのです。
人の良さが官僚主義の土壌になっているのではないか?

人情として「お役所仕事」って分からなくはない!
みんな陥り易いのですね。
というか大なり小なり官僚主義的な部分がありそうです。
私なぞそのカタマリだからよく分かります。
役人をしていようがいまいがアブナイ・・

先生「決まりごとは守ってください。
   そうでないと責任が持てません」

わたしだって先生をしてればそう口走るかもしれません。

その先生の一言が子供に官僚主義の芽を生やすのに。


間違いに向かって「違っている!」と怒れない今の
日本人の文化が、この国を腐らせているのです。

自分が悪いことをしているかもしれないという発想を
持てず、ハッピーな自己肯定ばかりの善人たちが何と
多いことでしょう。
厭な事は他人におしつけていることすら気づきません。
自分はガマンしてる、とヒソーになってたりもして。

会社だとみんなから慕われる上司(ぶちょお位かな)
だけどコトナカレ的な事もしている・・多いでしょ?
「まーまー、ケンカはよくないですよ。ねっ
 一応、私が預かりましょう。お互いの言い分も
 真摯に受けとめてます。ハイ」

良い人ですから、ちょっとのボランティアで贖罪をし、
満足しています。
きっと幸せなまま、年金で老後をわりとリッチに過ごし
天国からのお迎えが来るのです。
友達も多くて。
いいなあ~!


財政赤字を立て直すのも、政治をよくするのも
国民のモラルを上げるのも時間がかかります。

文化を変えなければならないからです。

もちろん押し付けるわけにはいきません。
もし誤っていたら責任の取りようがありませんから。

具体性のない話で申し訳ありません。
その辺りはまた別の日に。

食育も大切です

2010-09-06 10:57:59 | 塾あれこれ
昨日は広島進学情報研究会主催の行事に行ってきました。
『スクなび2010』です。(広島国際会議場)

中央教育研究所という、塾を中心に対象、教材その他
で教育をサポートされる会社が協賛されており
そこから教えて頂いたのです。

近年お付き合いが少なく、毎年多くの塾関係者も参加
されるので正直なところ行きにくかったのですが。
(来る資格なし、とお叱りを受けそうで)


この催は中高の私立校から先生方においでいただき
学校から直接に説明を聞くことができるものです。
生徒・保護者が沢山おいででした。

その方たちだけでなく塾の人間も行ってよいという
講演を聞くのが今回の主目的です。
著書多数、TVなどにも出ておられる山田豊文氏の
お話です。
著名なプロ野球選手などの指導でも有名な方です。
(それでキャッチするのは多少気に入りませんが)

食事その他生活を改善することが子供たちの勉強にも
良いというところを中心にお話をされました。

いわゆる「食育」は、とみに言われてきておりますが
新しい知見も交え、日本全体を憂い、社会にメッセージ
を送ろうという山田さんの熱い思いは十分に伝わりました。

現代日本のありさまを憂い、過去の良さを見直そうと云う
話は大いに首肯できるものでした。
言われるように、薬などになるべく頼らないですむ体造り
にも心がけねばなりませんね。

お話の中には「それは近年・・」とも思う部分がありま
した。余りにもたくさんのことをお話になるので説明が
不十分になるのかもしれません。
(たとえば、ポーリング博士のビタミンC礼讃
 不要の部分は体外にでるから大量摂取も構わないと 
 されてきましたが、最近は弊害も指摘されています。
 そのあたりにもひとこと触れておいて欲しかった・・)
(もう一つホメオパシーについての見解も聞きたかった)

まあ細かいところはさておき、基本的には昔の良さを
見直して、天然の良いものを食べ、健康になれば心も
体も、頭まで良くなると云うことは大筋正しい!
(シロウトの私が断言するのはみょうですかね)

新しい人工のものは気をつけねばならないのです。
長い歴史を軽視してはいけませんね。


講演は、保護者だけとか塾関係者だけなどと聴衆を限る
よりも、こういう形の方が良いように思えました。

来年もこういう講演を続けて頂けると有り難いですね。
(金も出さないで要望だけではムシがよいかな)

私が15才の時カミサンは5才だった

2010-09-05 10:40:53 | 塾あれこれ
東京オリンピックのときが私は中3です。
さまざまなシーンをはっきり覚えています。
当たり前ですよね。

カミサンは記憶がないらしい。5つですから。
これも当然でしょう。

これほどの違いがあるのですからふだん話が合わない
こともありますね。
オオゲサにいうと文化が違う。

私は「何で三橋美智也の『俺ら炭坑夫』を知らない?」
と、(常識?)を振り回しますが
カミサンから言わせると、私は古い、常識が違うそうで
まあ、仕方ありませんよね。

であるならば、なぜ結婚できたか?
どうもよく分からないのです。

ただ先日、これか!というのが一つ見つかりました。

(ブログネタがないおりから、私的な話で恐縮です)


先週だったかラジオで『お花ちゃん』が流れました。
懐かしい、三橋美智也。

あったなー、この歌。

♪名残惜しいはお互いさ、涙は門出に不吉だよ

 ・・・(全部歌えるけれど、著作権で書けない?
 で、飛ばしますが、一番の終わりが)

 泣いたって、泣いたって
 ああ、スッカタ ナカンベサ

仕方がないだろう、を田舎訛りで歌って
インパクトがありました。

社会や恋愛観の移り行きを笑いに紛らわせている
今思えば大人にとってそういうテイストもあった
歌詞だったのですね。

ネットで見ると昭和31年の歌です。
私が7歳。
昔はヒット曲が長く歌われていましたから私の記憶に
刷り込まれたのは7つとは限りませんが、まあ小学校
低学年で覚えたのでしょう。

仕方がない子供ですねえ。


カミサンは知らない。産まれてないもの。


三橋美智也は昭和30年代最大のスターではなかった
でしょうか。
一年に何本も大ヒットを飛ばしているのです。

『お花ちゃん』のヒットした31年には

『リンゴ村から』 ♪覚えているかい故郷の村を

『哀愁列車』   ♪ほーれえーて惚れえて 惚れていながら
          ゆく俺を

『母恋吹雪』   ♪酔ってくだまく父さの声を

その他のヒットがありますし
その前年30年12月には 
♪思い出したんだとさ会いたくなったんだとさ

翌年32年1月には
♪おいらはな、生まれながらの炭鉱夫

すごいですね。
レコードプレスが1億枚以上という記録を持ちます。
100万枚の100倍ですって・・

いまと違って、ちょっとマセたガキからお年寄りまで
みんな知っていたし、口ずさんでいた。

その後まだまだヒットは続きますが、キリがないので
本題に戻りましょう。


このブログで書いたとは思うのですが
私は祖母のお気に入り、おばあちゃん子でした。

カミサンも祖母ちゃん子だったそうです。
そのお祖母さんが三橋美智也がお好きだった。
春日八郎より三波春夫より。

大げさに言うとその文化がカミサンにも滲んで伝わり
私はマセタ餓鬼としてその文化を味わっており
それで世代ギャップがあるはずの二人にどこか
共通の世界があったかもしれないのです。

私の趣味が、同世代より少し古いというのも
私とカミサンのお祖母さんとの距離を縮めているの
かもしれませんね。

オバアチャン子であれば気が合う、ということだけ
ではないように思います。
三橋美智也がどれほど間を埋めてくれたか・・
大きくはないかもしれないですけれどね。

カミサンは ♪それにつけてもオヤツはカール
のほうですから。

『受験は親からのプレゼント』

2010-09-04 10:17:59 | 塾あれこれ
『中学受験は親からのプレゼント』MJ新書

題が、勘違いを招きそうな気もします。

受験をやらせようという本ではなく「普通のお母さんの子育て」
についての著作です。
決して何が何でもプレゼントだから「ありがたく受験しなさい」
という内容ではありません。

本から引用します。
中高6年一貫教育のメリットを述べられた後に
『時間に追われることなく、興味のある勉強を見つけ
ていく経験をさせてもらえる場所として、私立の学校
へ入学できるのは「親から息子へのプレゼント」だ』(唐澤)

もちろんここでいう勉強は数学や英語のような科目に
限りません。
充実した一人の人間に育つ(勉強)です。


この本の出版社は広島のザメディアジョンという会社。
第1刷発行が本年9月10日です。
つまり、まだ書店には並んでいません。

3人の共著、うち一人は白岩博明=広島なぎさ中高校長。

そうです。
アリテイに言えば私立学校のCM用出版。
塾向けの学校説明会で頂いて帰りました。


超ミニ塾ですから学校にゴマをする必要はないのですが
読ませていただきました。

このテの本は、送り手の気持ちが入りすぎてる場合が多く
本としてはカラ回りをする印象のものが多いですね。

けれどもこの本は様子が違いました。

校長以外の二人の著者は、広島なぎさ校に生徒を通わせた
お母様です。
よくぞ、ここまでという内容のことを書かれています。

ウソだと思われるなら書店で立ち読みなさってください。
重い内容も書かれています。
それだけでも一読の価値はありますね。
ふつうの御家庭ではここまでは書けない!


意地悪く読めば結局、なぎさという学校でよかった、と
いうCMにすぎませんから、割り引いて読まれる方も
おられるかもしれません。

利害関係のない私の評価は「勉強になるなあ」でした。

学校の様子を知りたいという方にも
子育てについての「哲学」を勉強したい方にも
リアルな話がたくさん盛り込まれています。

それも極端ではなく、外から見ているイメージに近い話
ですから信用できるものと思います。

これもまた私らしいヒネクレタ見方をするならば
「早い話が、自慢やん」といえるかもしれません。
けれどもそれを避けて自分たちの話を出来るものでは
ありません。

どんなに正直に書いても読む相手によりイヤラシク読まれる
ことはあるのですから。

また、たとえ自慢でも、よいとも思います。
親が自分の子供を思い、それを吐露するのですから自慢に
ならないほうがおかしいですよね。

受験に直面された保護者の方はご一読されて損はありません。

ミニ塾が学校のCMに乗って言うつもりはありません。
ほかにも良い学校はあります。(なぎさに叱られるか?)


中学受験に関する細かいご意見には私も異論があります。
与件が変われば結論もさまざまだからです。

また、校長の著述部分にも不満があります。
誰が読むのか、これを考えれば本としてのバランスは
後まわしにして、校長がふだん話しておられる内容より
ぐんと突っ込んだものにしてほしかったですね。

それは、別に一冊の本が書けることかもしれないので
ないものねだりかもしれません。


再び引用します。

『おかしな言い方ですが「この学校で不登校になって
良かった」とさえ思います』(平松)

学校と生徒、ご家庭の関係がよく見える言葉ではありませんか。

枋迫(とちさこ)さん

2010-09-03 08:29:02 | 塾あれこれ
TVで枋迫篤昌さんを知りました。
少し前にNHKのヒューマンドキュメンタリーで
放映されていたのです。

立派な仕事をされている方もおられるものですねえ。

勇気や希望がわいてきます。

ネットでちょっと覗いてみると、なんと尾道出身
昭和28年生まれだそうです。

カミサンが知ると「で、あんたは?」とゆー冷たい
一瞥を送られるのに決まっていますねえ。

同じころに同じあたりで生まれ育っても随分と
出来が違ってしまうのを痛感させられた次第です。
(比べることじたいオコガマシイですか)


ノーベル平和賞で有名になったバングラデシュの
ムハマド・ユヌスさんの「貧しい人のための銀行」

このマイクロファイナンスという分野で新しい成功を
収めつつある方が枋迫さんです。

10年ほど前にアメリカでマイクロファイナンスIC
という会社を作られました。
起業には奥さん以外の誰もが反対したそうですね。

アメリカ合衆国にはラテンアメリカから出稼ぎに来る
人が多いのですが、その日暮らしのような人も沢山
おられるようです。

枋迫さんの仕事の一つが貧しくて銀行口座も持てない
出稼ぎ人が本国へ送金をする業務です。
独自のシステムを開発し、安い手数料で本国に送金し
喜ばれているそうです。

それまでは足元を見た高い手数料を支払わされていた
人も、苦しい労働で得たお金を有効に送れるのですね。
厳しい環境でやっと貯めたお金を送金するのに15%
とか高すぎる手数料をとる送金業者ばかりだったよう
です。

独自に考えられたシステムが低料金を産んだのです。


もうひとつが貧しい人へのマイクロファイナンスです。
通常の金融機関では相手にしてもらえない貧しい人々
にローンを組んであげるのです。

その原資となるのが上記の送金業で発生する、入金~
出金までの間に起きるタイムラグで枋迫さんの会社に
滞留しているお金です。
借りた金ではないから低利で貸し出せるというわけ。

賢いやり方もあったものですねえ。

お金は母国の家族などに直接貸付け、ローン返済は
米国にいる働き手が行うので、ロスも少なくできます。

これこそが「金融」なのです。

本当に必要な方にお金を回して、そこから経済を作る
その役割を枋迫さんが担っておられます。


コンプライアンスは大丈夫か?
本当に役立つ貸し付けができるのか?
無担保ならば、どうやって人物を判断できるのか?

ここにも送金業が役立ちます。
送金記録から人物を判断できるのですね。
きちんとした人か、経済力はどうか・・こういうことが
一目瞭然だそうです。

繰り返しますが、よく考えられたシステムですね。

ODAで欠陥ダムつくったり、落っこちる橋を造るより
よほど発展途上国の人々にエネルギーを与えますよね。

ゲゲの水木さんのスランプ

2010-09-02 10:10:23 | 塾あれこれ
今週に入ってのスランプ、分かるなー。
なんて言うと叱られそうですね。

「流行の波に乗ったこともない素人に、それが
 すぎ去った後の感じが分かるわけがない」のです。

また、能力がある人間が陥るのがスランプ。
普通の人間はスランプなどはありえません。
従って私が「分かって」はいけない。
(凡人でも好不調の波は少しはあるのかなあ?)

男にも更年期障害のようなものがあるらしいですね。
ウツになったりすることもあるようです。
向井くん演ずるミズキさんがそうであるかどうかは
分かりませんが、加齢とともに元気がなくなる時期が
あるのかもしれませんね。

人生とは?と哲学をし始め、場合によっては暗くなる人も
いるかもしれません。

最悪なのは「自分の人生は何だったんだろう」という
自問です。
これはアポリア(正解のない問い=一種の愚問)でして
引っかかるとエライ目にあいますから気をつけましょう。

(それはアポリアだから、考えてはいけない!)と常に
自分に言い聞かせていないと取り付かれるかも。


とある哲学者はアポリアの例として
「プロテスタントとカソリックのどちらが正しいか」
なんて歴史上の大問題を挙げていました。
答などないことなのです。
しかしこの問題でどれほどの人が亡くなったか・・・・
ね、アポリアは怖いでしょう?


TVドラマの水木さんは何だろう。

ふっと正気に戻って平凡な人間になった?(←冗談)


でも。
分かるなー。

なんとも、むなしい。

宝物だろうがガラクタだろうが等価だと気付いた時
仏教なら悟ったことになるのでしょうが
普通の人間は「放下」できないものねえ。

さっさと「生きればよいのか」なんて変身はできません。


私も自分の仕事は大勢いる同業者よりマシな部分があると
思っていました。

(長い歴史が証明している塾のありかた)を実践!
なんて頑張っていましたからね。

けれども、その証明はできないことに気付き(今頃・・ハハハ)
結局私も「~と信じている」だけなのだと分かった時。

(歴史が証明していることを、果して私が出来ているのか?
 どうして、正しいことをしているといえるのか?
 自分でそう信じているにすぎない・・)

む~~、がっくりきますねえ。

他とは違うハズなんだけれど。
結局同じですか、そうですか。。。。

しかし、何の裏付けもなく「人を大切にします」などと
適当なことをチラシに書いて、そこを突っ込まれると
「信念を持っています」とか言ってごまかすのと
同じレベルではありたくはないけれど・・ねえ。


只の「受験請負業」かもしれない。
それは男子一生の仕事か・・
(必要に応じ女子とも読み換えてください)

良い仕事をしているから生徒が来てくれるのか。
たまたまの事情で、そうなのか。
つまるところ、証明はできないのです。

(そもそも「良い仕事をしていれば客が来る」は幻想。
 どんな業界でも言えることです。
 ましてや客が来ているから良い仕事と云えるかどうか)

もしかしてウチで逆に悪くしている惧れはないか?
そうではないと証明できるか?

そうではないと信じたい、だけだったりして。
あ~あ


塾をよくご存じの方は上記の感じもお分かり頂けると
思います。
ご存じない方は???でしょうか。

「塾から巣立った子のその後を見れば分かるのでは?」
と仰るかもしれませんが、それでは分かりません。

成績が良くても、それはその生徒の力が大きいのです。
塾が良い仕事をした、とは言えないでしょう。

逆に、成績が悪いのは塾の所為なのか?
あとを引き受けた教育機関が弱いのちゃうか?
(おっと、それを言っちゃあオシマイよ)


ともかく考えるべき条件が多く、対象を何十年も追う
必要があり、個人差ゆえに数的処理になじみ難いことでも
あります。

どうとでも言い逃れられる仕事かもしれませんね。