以下はあくまで私の経験した範囲での話です。
一般論として成立するかどうか、不明です。
留保してお読み下さい。
進学塾で集団を相手に一斉授業をしていました。
小中、できるクラス、できないクラス、色々です。
授業ではクラス毎におよそのラインを想定し
その辺りが理解できるように授業をします。
もちろんクラスにより設定は様々です。
この想定とは別のレベルのこととして塾のスタンス
カリキュラムやシラバス、会議などによる調整などが
あります。
しかし授業でのパワーは上記のライン設定が一番の
役割を果たしましたね。
○
クラスで一番下を設定することはありません。
全体の成績を考えるとあまり低い所に焦点を当てる
授業は効果が薄いでしょう。
一番下を設定しないということは、最初から全員が
理解できるということを放棄した面があります。
それでも良い授業をすれば皆クリアーしてくれること
もまったくないとはいえません。
ただ現実問題としては分らない子が出るのが通常。
そういう構造を作っておきながら
実際の感覚はどうであったかというと
「ついてきてもらわないと」
あまりに申し訳ない話ですがそういう感覚を
持っていたというのが正直なところです。
以下当時の自分勝手を続けますと
この教え方で大半の生徒はできていますよ。
だれそれにできてなぜこの人が出来ない!
分らないなら質問すれば良いでしょうに。
補習にきて下さい。
だいたいやね、もっと授業を真剣に聞けば
分るはずです。
こちらが言うことを守ってやってくれれば
誰だってできるようになっているのです。
「それ、家で覚えてきなさいよ。」もありました。
或いは次のような考えを持ちました。
友人など人間関係で気持ちが盛り上がらない
のであろう、とか
これまでの学習のどこかでつまづきがあったか
などです。
原因を他に求めているのですね。
◎
旧軍隊では何かにつけ競争をさせたそうです。
順位をつけ最下位に罰を与えます。
つまり罰を与えるのが目的で競争をさせている構造
ともいえるわけです。
一斉授業というのはどこかそれに相似の構造が
あるのではないでしょうか。
成績に上下をつけ、下のものは自己責任を
果たしていない、と。
「おまえ自身のせいで成績が悪い」
実は遅れを作ったのは授業をする側ではないか?
長いスパンで人間の成長を見守るのではなく
「細やかなシラバス」を強引に押しつけて。
補習でカバーします、ですって?
本気かなあ?
いつもいつも補習に来させられる人間の気持ちは
どうなるのでしょう。
劣等感を定着させているだけではないのかな。
一斉授業をしながら(個別も対応します)という形は
怪しいと思うユエンです。
◎
私は塾で「個別」をしているのですが
ここでも成績の下の子は苦労して勉強しています。
学校などで劣等感を(教育)してくれますから
彼らは勉強の即効性を望むのです。
すぐに出来るようになりたい。
地獄を抜け出したい。
長いスパンでの勉強が必要なのにそういう生徒に
限ってホンネは「すぐ○をとりたい」のです。
二重の苦労を背負ってしまっています。
◎
もしも公教育が完全に個別になれば
世の中の塾はその殆どが不要になるでしょう。
そうなる見込みは現時点では100%ありませんけれども。
一般論として成立するかどうか、不明です。
留保してお読み下さい。
進学塾で集団を相手に一斉授業をしていました。
小中、できるクラス、できないクラス、色々です。
授業ではクラス毎におよそのラインを想定し
その辺りが理解できるように授業をします。
もちろんクラスにより設定は様々です。
この想定とは別のレベルのこととして塾のスタンス
カリキュラムやシラバス、会議などによる調整などが
あります。
しかし授業でのパワーは上記のライン設定が一番の
役割を果たしましたね。
○
クラスで一番下を設定することはありません。
全体の成績を考えるとあまり低い所に焦点を当てる
授業は効果が薄いでしょう。
一番下を設定しないということは、最初から全員が
理解できるということを放棄した面があります。
それでも良い授業をすれば皆クリアーしてくれること
もまったくないとはいえません。
ただ現実問題としては分らない子が出るのが通常。
そういう構造を作っておきながら
実際の感覚はどうであったかというと
「ついてきてもらわないと」
あまりに申し訳ない話ですがそういう感覚を
持っていたというのが正直なところです。
以下当時の自分勝手を続けますと
この教え方で大半の生徒はできていますよ。
だれそれにできてなぜこの人が出来ない!
分らないなら質問すれば良いでしょうに。
補習にきて下さい。
だいたいやね、もっと授業を真剣に聞けば
分るはずです。
こちらが言うことを守ってやってくれれば
誰だってできるようになっているのです。
「それ、家で覚えてきなさいよ。」もありました。
或いは次のような考えを持ちました。
友人など人間関係で気持ちが盛り上がらない
のであろう、とか
これまでの学習のどこかでつまづきがあったか
などです。
原因を他に求めているのですね。
◎
旧軍隊では何かにつけ競争をさせたそうです。
順位をつけ最下位に罰を与えます。
つまり罰を与えるのが目的で競争をさせている構造
ともいえるわけです。
一斉授業というのはどこかそれに相似の構造が
あるのではないでしょうか。
成績に上下をつけ、下のものは自己責任を
果たしていない、と。
「おまえ自身のせいで成績が悪い」
実は遅れを作ったのは授業をする側ではないか?
長いスパンで人間の成長を見守るのではなく
「細やかなシラバス」を強引に押しつけて。
補習でカバーします、ですって?
本気かなあ?
いつもいつも補習に来させられる人間の気持ちは
どうなるのでしょう。
劣等感を定着させているだけではないのかな。
一斉授業をしながら(個別も対応します)という形は
怪しいと思うユエンです。
◎
私は塾で「個別」をしているのですが
ここでも成績の下の子は苦労して勉強しています。
学校などで劣等感を(教育)してくれますから
彼らは勉強の即効性を望むのです。
すぐに出来るようになりたい。
地獄を抜け出したい。
長いスパンでの勉強が必要なのにそういう生徒に
限ってホンネは「すぐ○をとりたい」のです。
二重の苦労を背負ってしまっています。
◎
もしも公教育が完全に個別になれば
世の中の塾はその殆どが不要になるでしょう。
そうなる見込みは現時点では100%ありませんけれども。