かぶれの世界(新)

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衣替えしたコロナ報道に思う

2020-10-28 17:11:34 | ニュース
今月に入り気が付くとコロナ報道はすっかり衣替えした。欧米から新興国までコロナ感染の第2波、第3波悪化はとどまるところを知らない。一方、日本のコロナ感染と死亡者は種々の経済活動自粛を徐々に緩めながらも、桁違いに低い数字を維持している。海外と比べると奇跡に近い。

2月ころからコロナ報道を見続けてきた私には、コロナがマスメディアの問題を鮮明にしたと感じる。コロナ危機の最中に就任した菅首相は、コロナ危機で表面化した日本の問題に対処するため「行政のディジタル化」を真っ先に基本方針に掲げた。正にポイントをついていた。

ところが一連のコロナ危機の問題を指摘し続けたマスコミ各社は、政府対応を非難し続けた評論家(代弁者)を首にしてだんまりを続けた。その代わりに政府非難のテーマを学術会議委員選任の問題にすり替えて報じている。「恥ずかしくないのか、反省はないのか」と私は言いたい。

すっかり出番が無くなった医療評論家個人について私は非難する積りはない。夫々に自己の信じる主張をしたはずだ。政府判断の基になった専門家会議と同じ領域で仕事をし、異なる意見を有していただけ。問題はその異なる意見の持ち主のみを選んで出演させたマスメディアにある。

Go Toキャンペーンについても当初早すぎるという批判の声を重点的に報じたと思う。だが、今迄のところGo Toキャンペーンのせいでコロナ感染が悪化したらしき情報は上がってこない。慎重な声があるのは当然だと思うが、どうして両論の問題を深堀して報じなかったのか理解に苦しむ。

問題は、状況がはっきりすると外れた予測と非難を展開した評論家を外してそれで済ましてしまうマスメディアの報道姿勢だ。間接的に間違えた評論家に罰を与えている。「違うだろう、問題はマスメディアの社長、報道部門の責任者、実行したMCなど報道関係者だろう」と私は信じる。それを避けるために異なる意見を持つ専門家を出演させれば済む話だ。

日本がこれまで上手く行っている訳を深く掘り下げて記事を書き報じれば、世界の注目を受けあるべき報道の姿として尊敬を受ける、こんな機会は滅多にないのに三流メディア(ゴメン)には分からないのか。欧州で感染が増えても死者を減らす「日本化」が言われたりする。挙句の果てに最悪のコロナ対応をして苦しむ英米を見習えと紹介し、英米は新薬の開発を先行する。おやまあ。

最近衣替えしたコロナ報道を見て私はこう感じた。政府が支援金10万円を支給した時の混乱を見て菅首相は直ちに行政の問題に対応すると誓った。首相がだ。それに比べマスメディアの認識は本当に情けない。我が国の最も重要なテーマは「コロナ対応と経済回復をバランス良く進める」だ。

国から全国自治体迄ばらばらのシステムを一貫してディジタル化するのは大変だ。オンライン診療に対する医師会側の抵抗は容易ではない。単なる抵抗ではなく決定的に人材がいない。マスメディアは問題指摘しながらも、国家的に重要テーマを後押ししないと成功は覚束ない。■
コメント
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