かぶれの世界(新)

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2009年大胆占い‐最終見直し

2009-12-31 11:57:20 | 社会・経済

今年最後の日に振り返って、年初に何を予測したのか殆ど記憶がない。色なことがあり過ぎて忘れたというのが今の心境だ。息子が結婚し田舎でお披露目していくらも経たないうちに、母が脳梗塞で倒れ東京と田舎を何度か行き来し、並行してリーマンショック後の大暴落で個人資産がローラーコ-スターのように急落・上昇と、刺激的で目の回る1年だった。

私は、史上初めて各国政府が経済対策を一斉に取り組むので、世界同時不況は予想以上に早く回復すると予測した。米国の立ち直りをきっかけに世界経済が回復に向かい、次いで新興国が両輪の一方となって回復を加速させるだろうと。予測の根拠は論理的というより悲観論者の揚げ足取りに負けるな、という気持ちがあった。

総括するとこの予測は概ね当たった。サブプライム焦げ付きに端を発する世界連鎖信用危機の震源地となった米銀が、早くも3月に予想外の収益性回復が報じられると、安全な隠れ家に避難していたグローバル・マネーが早々とリスク性向を高め、新興国に流入して景気を刺激し世界経済回復を牽引した。新興国経済の力強さは予想以上だった。

NYタイムズによれば2007年12月に経済の下降が始まった。今年2月に底を打ったとすれば僅か15ヶ月で景気は回復に向かい始めたことになる。その原因は、何といっても世界各国政府が総力を上げて景気対策を打ち、保護貿易に走らなかったことである。加えてマーケットの変化を常態と考えて、先進企業が自らをかつてない速さで変化させたことを指摘したい。(この世界規模の対応の早さが崖から落ちるような恐怖感に変えたとも言える。)

危機に瀕した国や企業の取り組みによって明暗が分かれた。徹底した構造改革で短期間に収益性を回復させた米企業は驚異的だ。今年春頃に政府の支援を受けて倒産したGMが、早くも救済金の返済計画中と報じられた時は耳を疑った。どう考えても我国ではありえない早さだ。共通するのは、企業の収益性改善が先行し、雇用の改善にはかつて無く長い時間がかかるだろう。

現時点での懸念事項は、世界的な景気対策のお陰で経済回復が進む一方、金余りでリスクマネーが行き場を求めて世界を咆哮していることだ。先進国は貸し渋りで悩む一方、新興国は過剰なマネー流入を抑制し始めた。希少資源など既にミニバブルの様相を呈していると報じられている。だが、喉元過ぎれば何とやらで、同時不況の原因となった金融システムの規制が遅れている。

一方我が国はといえば、私は当時の麻生政権の政策では日本が世界最初に不景気から抜け出すことなどありえない、自律回復は期待できず世界経済回復の後尾に付けるのが精一杯と予測した。不幸なことに一時は株価が日本の一人負け状態になり、予測はドンピシャリ当たったといえる。付け加えると日本人全体のセンチメントとポピュリズム化が停滞を後押しした。

とは言っても、12月の日銀短観の業況判断では比較的順調な回復を示した。在庫整理、輸出回復と内需刺激策が貢献したと見る専門家が多い。だが、足下では内需拡大は先行き不透明、世界経済回復をどれだけ取り込めるかに頼らざるを得ない状況にある。

この不透明感は現下の政治環境が影響している。民主党政権誕生までは世界市場と同期して日本の株式市場は回復した。だが政権交代後は司令塔不在でマクロ経済政策が定まらず、世界の投資家は日本経済の先行きを評価せず、私が予測した日経平均13000円を大きく下回る期待外れの結果となった。

お楽しみのスポーツでは、日本サッカーのスピードサッカーは少なくともアジアでは通用し予想通りW杯予選通過した。一方、日本人MLBプレイヤーの不調は二人の傑出した活躍を除き予想通りだった。イチローが何らかの健康問題に直面するのは予想通りだったが、それでも結果を出したのは「凄い」の一言だ。松井が満身創痍で最後に大活躍したのも嬉しい驚きだった。

それでは最後に個別予測の自己評価を:

1.   ○オバマ新政権の経済対策で秋以降効果が出て回復へ、年間ではマイナス成長(-1%)。

2.   △欧州経済回復遅れるが、Euroの基軸通貨としての存在感増す。
◎新興国内需が成長し米国とともに世界経済を牽引する。

3.   ○中国は刺激策で内需増加、最低限の成長率8%を切るが、4Q10%台回復。

4.   ○麻生政権は総選挙で負け下野、民主党主体の連合政権が成立する。

5.   ○日本経済は世界経済減速で外需頼みの構造的にマイナス成長するが、米国と新興国の成長に助けられ秋に底を打ち、回復に向かう。

6.   ×世界経済回復を先取りして、年末には日経平均13000円台に回復。

7.   ◎日本サッカー、攻撃重視のスピード・サッカー・スタイルが機能し、W杯予選突破する。

8.   △日本人メジャー苦戦、イチローは怪我で200本安打記録が途切れる。松坂は研究され不振、その他選手力不足で期待通りに働けず。

最後に私の天邪鬼的視点: この1年マーケットを追いかけてきて米国よりも欧州のもたつきと相対的な影響力の低下を私は感じた。EUが大きくなり過ぎて地域間格差が拡大し、東欧やギリシャ・スペイン等常にどこかに危機を内包し、何時までも不良債権を処理できない、素早く意思決定できる一体感が感じられない。先のCOP15の失敗もその現われのように感じた。新興国の急成長で壮大なEUプランは、相対化されたように感じる。多分、来年にも検証されることになるだろう。

それでは読者の皆様、良いお年をお迎え下さい。■

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私的残日録

2009-12-29 19:08:07 | 日記・エッセイ・コラム

最後の3分の1

ここ数年間、母の介護をやってきた。その間ずっと「何時か私もこうなる」と心の隅で思いながらやってきた。人生を3つに分けて、最後の3分の1は「死ぬ為の準備」をする時期だと、何かの本で読んだことがある。それを読んだ時、特段何も感じなかった。私は既にそうしてきた。

母が糖尿病との闘いに苦しみ、食欲の亡者のようになり自らの寿命を縮めている姿を見て辛かった。同年輩の友人のご両親の多くも当然その時期にあるが、聞くと元気だった肉親があっという間に亡くなったという話も多い。どちらが良いとも言えない、正に人様々の最後の3分の1だ。

私は、「今朝会った時は元気だったのに夕方突然亡くなった」みたいな死に方が理想だ。死ぬ直前までその気配を見せたくない。その為には健康であることがとても重要だと心がけてきた。昨日、掛かり付け医に診てもらい、一時期悪化していた尿酸値や高血圧がこの1年で理想的に改善したと褒めて貰った。食事や散歩など生活習慣を見直した効果だと思う。

死に方は生き方

突き詰めると、どう死ぬかはどう生きるか、残りの人生をどう生きるか、という事だと思う。健康だけでなく、色々な意味で。今迄の私の最大の目標は、馬鹿みたいだが、私の父や祖父のように自分の母より先に死なないことだった。彼等は母に葬式を出させ、妻を40-50年以上も後家にした。還暦を過ぎ年金を頂く年齢になり、この私の目標はほぼ達成したと思う。

人生なんて一寸先は闇というが、突発事故でもない限りもう10-20年位は生きる可能性がある。少なくともその間、家族・友人や世間様に迷惑をかけたくない。健康的・経済的にも助けを借りることなく生き抜きたい。多分、終末期にはそれすら野心的な目標になるかもしれないが、今から意思を持って頑張れば達成できるかもしれないと思う。その上で、出来るだけ何かを後に残したい。

新たな目標

母の介護で田舎と東京を行き来する私を見て、人はよくやっていると褒めてくれる。親しくなった看護婦さんによれば親を入院させ、その後連絡すら拒否する肉親も珍しくないという。転院させた病院では亡くなった時直ちに引き取る誓約書にサインを求められた。逆説的には、そういう例があるということだろう。その人達にも言えない事情があるのだろうが、私はそういう事情が生じないようにベストを尽くしたい。

正直なところ、母の介護を最初は息子としての義務感で始めたが、母の姿を自分に重ねて何時か必ず来る老いた自分自身の為という気持ちが強くなった。私が最も大事と思うのは、母親をほったらかしにする姿を子供達に見せたくない。親を恥じる思いを自分の子供にさせたくないことだ。

付録の人生

こんなところが、私が必ず後に残すべきと思うことだが、その上で「出来たらやりたいこと」は沢山ある。年の1/3は晴耕雨読の田舎生活、1/3は旅行、残りは東京というプランは身勝手で都合よ過ぎ家族の支持を失いすぐに諦めた。しかし、年100冊本を読むことは続けていきたい。バックパッキングする体力はなくなったが、バドミントンはまだ暫らくやれそうだ。

リーマンショックの後の世界同時不況により、僅かな額とはいえ退職金の一部を使って投資した金融資産が半減した。失望の中で資産回復の為出来る限り内外の情報を収集分析して意思決定した瞬間は、かつて会社勤めで事業責任を負って仕事をした時感じた緊張感が戻り、ある種の懐かしさを感じた。

危機の中で正しい判断をするには運も必要だった。だが、何もしないとか判断を誤れば、まだかなりの損を抱えていたろう。勿論この先どうなるか分からないが。何れにしろ、私はもう老いた。家族を路頭に迷わす恐れのあるような、ある種「贅沢な冒険」をする訳にはいかない。

とはいっても、藤沢周平の「残日録」はセピア色の日記が色付いたようなエピソードで終っている。私の残日録も単色で終らないよう、芸術的とはいかなくても私の色を付けをしていきたい。■

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介護録09冬(6)

2009-12-27 15:50:57 | 健康・病気

24日に帰京する前に私が不在時の対応について思いつく限りの手続きをした。昔相続して母が管理していた不動産等の課税等通知は全て私に届くよう市役所で手続きした。転送しない親展の郵便物もあるが、健康保険通知は転送されるらしく、転居届けを出せと助言された。

そこで、郵便局で聞いてネットで転送届けを出そうとした。が、本人確認の為のクレジットカードが受け付けられなかった。日本で最も普及しているカードのはずで、不審に思ってコールセンターに問い合わせた。システムの問題でそういう場合もある、修正見込み時期は分からないと言う。あきれたが時間の無駄と諦めて葉書で届けをした。が、地元の郵便局から問合せの留守電が入り、まだ解決したか分からない。一々怒るのも止めた。

母の痴呆がどう進むのかが現在私の最大の関心事だが、日によって気分に波があり私には良く分からなかった。リハビリの担当の方も母の日々の変化に気付いたようで、気分の良い時には私に話さない様な事も話しているようだ。だが、私が見舞った時は概して機嫌が悪い気がした。リハビリ中笑わせようと冗談をいうと、療養士は笑うのだが、母は馬鹿なことを言うと怒る。

必要な支払いが年を越さないよう母の貯金通帳をチェックした。「米代」と言う名目で毎年10-11月に定額の支払いがあるのに気が付いた。母に聞くと通帳の記帳を最新状態にしたら分かると言われ、農協に行き通帳に打ち出してもらうと今年は米代を払ってなかった。

支払先に電話すると事情を承知しているオジイサンも入院中でさっぱり埒が明かない。支払い先の口座も分からない。聞くと母はどこかにあると礼によって要領を得ない返事、戻ってよくよく探すと口座番号らしき数字が電話の横のメモ帳の中に見つけ、農協に出向いて聞くと確かにそのオジイサンの口座だと分かった。良く分からないけど、エイヤーで昨年と同じ額を払い母に報告した。

その日は母の頭はクリアで、もう何年も市役所が間に入ってそのオジイサンに水田耕作を依頼してきた。毎年オジイサンが作ったお米の一部を母が買取って来たが、今年から米は不要なので支払う必要がない、どうして支払ったのかと私を叱った。これでやっと全てが分かった。病院まで片道50km4回往復、農協に2回通ってやっとここまで来た。全てがこんな調子だ。だが母に聞かないと分からない事がまだある。

それでも、母はリハビリ病院の新しい環境に慣れ、杖をついてかなりの距離の歩行が出来るようになったようだ。何回かに一度の頻度だが、尿意を感じてトイレに行き小便することも出来るようになった。実はこれは退院後の生活に大事な訓練だと言うことが後から分かった。

病院に顔を出した最後の日に、担当の相談員に挨拶に行き3月中頃まで東京に戻ると伝えた。彼女によればその頃迄にリハビリ後の母を受け入れる施設を見つけておかないといけない、施設のタイプや場所はいろいろある、有料施設以外だと入所期間は限らており繰り返し転出入することになるという。これが友人から聞いた老人たらい回しの現実だ。

母は知らない人との同じ部屋に寝起きし、プライベートのない生活は望んでない。糖尿病があるので医療及び介護サービスを受けられる施設が必要というと、候補を3つほど紹介してくれた。病院の帰りにその一つの施設を見学させて貰った。そこも含め、どれも最近出来たばかりの豪華な施設で、入居金だけでも目の玉が飛び出るほど高かった。

だが他に選択は限られている。気になるのは、医療だけでなく介護サービスの有無が施設により異なることだ。これら施設に入所する時、母のように介護サービスが必要となると、介護プランを作ってくれるケアマネージャはその施設のある自治体の事業者でなければならない。と言うことは母の住所を施設に変更しなければいけない。

来年3月に母がどこまで回復しているかで、入所できる施設の選択が決まる。普段母に言っていたように、お金を持ってお墓に入ってもしょうがない、母の預金を全て使い切るつもりなら少々高い施設に入れても良いと思っている。想定以上に長生きすれば私が見るしかしょうがないと覚悟した。母のリハビリ進捗の様子を見ながら相談員と連絡を取り合い、次の行き先を決めることにした。■

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田舎暮し雑感09冬(2)

2009-12-19 13:35:25 | 日記・エッセイ・コラム

3日前からシベリアから降りてきた寒気で、田舎も本格的な冬になった。昨日の朝起きるとあたり一面雪が薄く積もっていた。道路の雪は消えていたが、裏山を見上げると標高100m辺りから山が真っ白になっていた。

標高300mの峠を越えないと母のいる病院には行けないので、見舞いは今日に延期した。ところが今朝はもっと寒く、朝からの雪が降り止まず家の前の道路が真っ白になり、とても車は運転できない。高速道路も閉鎖したとニュースが流れていた。

昼前のCBSニュースによると、米国フロリダを水浸しにした大雨が北上し、ノースカロライナでは大雪になり、今後更に北上を続けニューヨークも10インチ以上の降雪が予測されている。その予測精度が高いことは何度か経験した。日本の冬の気候は寒気が大陸にいる間は余り報道されないので、素人には分かりにくい。いずれにしろ複雑な地形の四国の盆地の天候をピンポイントで予測するのは簡単ではないようだ。

それはさておき、一昨日は車を車検に出していたので火曜日以来、気になってはいるのだが母を見舞いに行ってない。いまだに車の運転に自信がもてない。車庫入れや縦列駐車は何度もやり直すことがある。センターラインが書かれていない田舎道を速度を落とさず擦違われると怖い。

その車検の車を引き取りに行った夕方、店内はお客で混んでいた。一つしかない窓口の列に並んで順番待ちをしているが、中々進まなかった。やっと私の順番が来たと思った瞬間、店員が他の客を連れて割り込んで来てレジの処理を始めた。

その時はグッと我慢したのだが、一言言うべきと思って「何で一言も断わりもせず割り込んだのか、しかも店員がやらせた。どういう接客教育をしているのだ。」と。レジの女性と割り込んだ店員は「済みません」と繰り返し言ったものの、早くうるさいお客をやり過ごしたいと言う姿勢を感じた。

それならと、「店長はどこだ」と聞けば、割り込んだその人が店長だった。こりゃ駄目だ、さっさと車を引き取って帰ることにした。そうすると、私の後ろに並んだ他の客から「早く終らせてくれ、こっちは子供がいるんだ。」と催促された。その高飛車な言い様に礼儀を知らない奴とむっとしたが、良く考えれば私もそうだったかもしれない。

その前までの天候は12月とは思えない暖かな過ごしやすい冬だった。今年は柿が豊作だったそうで、隣町のオープンな市場で何度も買って食べた。そこは元々柿の産地だそうで、150円で5,6個の美味しい富有柿が袋詰めで買える。そういえば今年はリンゴも凄く安い。形も香りも良い玉林がスーパーで65円だった。大阪に帰った妹によれば、今年はリンゴも豊作なのだそうだ。

田舎暮しの慰めになるようにと娘夫婦が持たせてくれたDVD映画を数本見た。沢山あるがとても見切れない。今まで見た中では「ブーリン家の姉妹」が面白かった。多少でも英国王朝の歴史の知識があればもっと楽しめるかもしれないと思った。田舎の生活も数日を残すだけとなった。■

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祝・元本回復

2009-12-18 23:08:10 | 社会・経済

一昨日、リーマンショックで激減した私の金融資産が元本回復した。6年前に早期退職後、老後の生活と家族の事故等の不測の事態に備え、退職金の一部を投資して運用してきた。2007年後半には期待以上のリターンがあったが、その頃には既にサブプライムの焦げ付きで住宅バブルが破裂して金融危機が他の分野に広がる可能性が公に議論されていた。

しかし、私はそれがどれ程の悪影響があるか予測できず、ベアスターンズ救済劇後もリスクの高い金融商品を保有し続けた。そしてリーマンショック後も底なしの価格低下が続き、今年3月初めには最安値をつけた。3月半ばに底をつけてから半年で急速に値を戻し、9月頃から伸び悩んだものの、ここに来て米国の株価がリーマンショック時に戻ったのと同期しての元本回復だった。

僅かとはいえ老後の蓄えが取り戻せたのは素直に喜んで良いはずだが、正直なところ複雑な気持ちだ。こんなに早く取り戻せたのは、3月以降日本経済に見切りをつけて、出来るだけ新興国や米国等の海外金融商品に切り替えたからだ。日本の株式等は全て売却した。副産物として、日々価格変動を追いかける体力も無いし、その必要もないので時間的な余裕も出来た。

今年の春頃は元本回復に10年以上かかるというシミュレーション結果を覚悟していた。だが、金融商品の見直しの結果としてトータルで年初来43%価格上昇した。振り返ると極力日本ファクターを取り除いたのが早期元本回復に繋がった。日々のニュースを追っていくと主要国の不景気対策に比べ、当時の麻生政権の混迷で日本経済の回復は難航すると思わざるを得なかった。

それでも、政権交代までは株価は米国と大差ない回復振りだったと思う。だが鳩山政権発足後株価は一転して低迷し、日本一人負け状態になり事態は悪化した。実際のところ、日本の機関投資家も海外比率を増やしていると聞いている。彼らはビジネスであり、私なんかの損得計算より遥かに厳しくやった結果の判断のはずだ。

手放しで喜べないのは、今回のことで海外からお金が来なくなったどころか、日本人のお金も国内の為に使われないことを実感したからだ。このまま日本が存在感を無くして行く先触れと感じた。そんな風景は見たく無いが、日本人であることを止める訳にもいかない。先日、管大臣が竹中教授の意見聴取し、問題の深刻さを認識し、組合側の論理だけでなく幅広く意見を聞いて取り組む柔軟な姿勢を見せたのはいい。だが、速度が遅すぎて手遅れになりそうな気がする。■

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