かぶれの世界(新)

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

イラク後の世界(中)

2007-01-30 00:04:48 | 国際・政治

り返ると冷戦終結後の世界が経験した9.11を挟んだ二つの段階には、共通する極めて強い力があった。それは堰が開き低きに流れる水がごとく世界を巡り雪だるま式に増殖したグローバル資本である。そのグローバル資本が中国やインドに力を与え、石油を暴騰させ、ロシアを生き返らせた。今回はグローバリゼーションの勝者と敗者について語りたい。

資本集積の多様化

9.11後の第2段階でテロとの戦いが続く間も米国、日・欧、東アジア諸国に順繰りに富をもたらしたグローバリゼーションは中国とインドに到着した。たまたまではなく効率よくリターンを期待できる国と判断されて集中的に投資され、両国は驚異的な速度で経済成長を始めた。

従来と異なるのはITによって中国とインドが企業活動の一部に密接に組み込まれ一体となってダイナミックに機能した。かつてのように経済成長に必要な全ての条件が揃う必要は無かった。グローバル企業のビジネス・プロセスの一部を切り出し安価に代替することが可能になったからだ。

両国は輸出依存型ではあるが、中流階級層の厚みが増すに連れ巨大な潜在市場が控えている。中国の自動車市場や外貨準備高は日本を抜き世界一となった。一方、中国・インドの経済成長は、先進諸国の省エネルギー努力の結果長らく低価格に抑えられていた石油を始めとする資源価格の暴騰を招き、中東に加えロシア・中南米の資源国に資本の集積が起こった。

共通のキーワードは資本の自己増殖力

資本集積国が多様化しても結局投資効率のいいニューヨーク市場に還流(投資)され、ヘッジファンドを含む金融機関を経由して急激に需要が高まった商品市場に再投資され更に資源暴騰を増幅し、資本が集積される循環が起こり、資源国に巨額の資本が集積される仕組みが働いた。

前記に共通するのは集積された資本が、最も効率が高い投資目標を求めて凄まじい力と速度で世界を駆け巡り自己増殖して行く過程で富の偏在をもたらし紛争を起こし、地政学のバランスを変えてきた事である。資本自身には道徳も規律もない、ただ効率のみを追い求める性格が金融工学とITを活用して磨かれ徹底して実行された結果である。

民主化のドミノは一進一退

主化の動きは余りにも弱々しかった。ソ連が崩壊し資本のグローバリゼーションが加速した時、人々は同時に民主主義のグローバリゼーションを期待した。しかし、資本のグローバリゼーションはそれ自身の強い自己増殖性向で世界を圧したが、民主主義には国境を乗り越えるほどの駆動力がなかった。

民主的に選挙で選ばれた政府が韓国・台湾からフィリピン・インドネシアまでアジア諸国に生まれた時、グローバリゼーションと並行して民主化のドミノが起こりつつあるという期待があった。しかし、その後の展開は民主主義にとって国境は乗り越えられない高さのままだった。むしろ中国の共産党一党独裁のほうが資本のグローバリゼーションに効率よく対処できた。

経済成長と民主化は必須条件か

非民主主義の途上国が経済発展し中流階級がある比率を越えると、政治体制の民主化が起こるというある意味楽観的な説が語られてきた。それが共産党独裁の中国にも積極的に投資し支援することに対する資本の論理とは別の世界の言い訳であった。メディアは国内とは別の基準で中国の言論の自由・人権侵害から知財保護違反まで温かい目で見守り政府に関係改善を求めた。

今までのところ中国の経済的成功は必ずしも民主化と相関関係があるとは言えない。一方で共産党独裁の政治体制の方がむしろ資本のグローバリゼーションに有効にフィットしているかに見える。エネルギー暴騰により台頭したのは非民主主義国や独裁国家であった。ベルリンの壁崩壊は資本主義の勝利ではあっても、必ずしも民主主義の勝利とはいえなかった。

グローバリゼーションは民主主義を弱めたか

この問いに明確な答えが見つからない。結果論から言えば今のところグローバリゼーションの勝者は市場(資本)、敗者は民主主義である。冷戦後の無邪気な希望は既に消えうせた。元仏大統領顧問のアタリ氏は「放っておくと市場経済が民主主義を駆逐して民主主義が廃れる恐れがある。」しかし、「公平さの低下は市場経済のせいではない、民主主義が弱すぎるからだ。」という(日本経済新聞113日)。

グローバリゼーションは5000年も続いたフィリピンの薬草医療を解明して特許化し製薬会社が独占し、原住民が利用出来ないような馬鹿なことをする。米国の二重基準はアラブや南米の資源国の貧富の差を拡大させた。その米国の二重基準さえ満たさない資源を持つ圧制国家の独裁者や特権階級には、中国はエネルギーに代えて資金と武器を与え彼等を延命させ国民を搾取するのを支援している。冷戦終結後の希望を語ることすら最早無くなった。■

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

台風被害の決算

2007-01-29 11:07:25 | 日記・エッセイ・コラム

2004年の夏は台風が相次ぎ地盤が弛んだところで強風が吹いて各地で山林被害がでた。約2年かけて倒木の処理がほぼ終わり、森林組合から通知が来た。昔と異なり作業は機械化されており、先ず大きな機械を通す山道作りから始まる。

まだ子供のとき見た木材搬出の山道に比べ3倍以上の道幅がある。道端に停めてある大きな機械を見れば当然のことだ。当然のことながら、きつい仕事で人手不足の上、作業員が老齢化しているので機械化は必須である。

費用は数人の山林主が負担して払う。我が家だけのために道をつける負担をすると大変な費用がかかるが、山の大きさや被害の分布と大きさでクレームがつかないよう森林組合が費用を案分したものと思われる。

最初は被害の大きい地区を優先し、なかでも軽度の被害だった我が家が所有する山林は1年後の昨年に本格的に処理された。広大な山林を所有する隣接山林の作業を待つしかない。作業は大雑把に言うと道路作り、伐採・搬送、貯木、売り物にするための加工、出荷という長いプロセスがあったと思われる。

通知の内容は売り上げ405,438円、伐採費239,347円、手数料172,234円、差し引き支払い金額-6,143円の赤字であり、間伐費補助金でチャラになるというものだった。上手く出来すぎている。それに木材の値段はそんなに安いとは思わなかった。

しかし、母によると売り物になる倒木は殆ど無かったらしい。しかも国産木材はひどく値下がりが進んでいるので、不満だとしても文句を言うほどのことはないという。森林組合に頼む以外に選択は無いという諦めも感じた。

毎日の散歩コースの堤防沿いにある貯木場は昨夏まで加工待ちか出荷待ちの木材で一杯だったが、この冬帰省して最初に見た時やっと空きスペースができていた。ともあれこれで一件落着だ。■

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マグロ報道の謎

2007-01-28 23:54:45 | ニュース

先週までに何度もマグロ危機を報じるテレビ番組を見た。内容は概ね中国や台湾などのマグロ需要が急増してマグロ乱獲が起こったためマグロ漁を制限するようになり、日本への割り当てが減少し手に入り難くなるというやたら視聴者を煽るものであった。

このニュースについて欧米のサイトを覗くと、私の見た限り日本のあくなきマグロ需要で終にマグロ漁業を国際条約で制約する動きとして報じている。中国や台湾とか世界的な日本食ブームより日本人の異常なマグロ好きにフォーカスした記事だった。

マグロ漁業はまだ好いが、世界と日本のメディアの視点のズレはとても気になる。多数の死者がでる飛行機事故も日本人がいないと途端に扱いが小さくなるのと同じとはいえないと思うが。このズレは単なる無能かそれとも捏造か。■

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イラク後の世界(上)

2007-01-26 22:33:52 | 国際・政治

ッシュ大統領の一般教書演説は内容よりも後ろに座るチェイニー副大統領とペロシ下院議長の不自然な動きが違和感となって画面から伝わり、演説そのものが真実味に欠けて聞こえ気の毒な感じさえした。残された任期が思いやられる。

私にとっては実利的な視点からではあるが世界がどう動くのか、その底流に流れるものは何かずっと考えていた。私が現時点で行き着いた仮説は、ソ連崩壊以降グローバル資本が世界を動かしてきた、その傾向は今後更に強まる。その中で2007年は「辺境の反逆-テロとの熱戦」から新たな段階に入り、「資源帝国主義的との冷戦」に移行するというものである。

イラク早期撤退が前提となった

先ずは現状分析から。ブッシュ大統領のイラク新方針は散々な評価を受けているが、右から左まで議論の前提はWhatからHowに移った。米軍のイラク撤退は議論の余地が無く、それをどう実行するかに議論が移った。それはとりもなおさずイラク撤退後の世界をどうしたいかの議論にかかわって来る。

ニクソンがベトナム撤退を公約して大統領になると、無責任で性急な感情的即時撤退論に悩まされたことは歴史の事実だ。既に信頼を失ったブッシュ大統領の場合、新方針は必要以上に冷たい反応を受けているように感じる。一体戦後世界をどうしたいのかの議論が無く、ただ撤退しろという声が強いように聞こえる。しかも今後米国内外の状況は悪化しそうだ。

今後2年間、政策が2箇所から発信される

ヒラリー・クリントンの大統領候補宣言やオバマ上院議員など有力候補の動きが早くも活発になったのは現職大統領が国民と議会の信を失ったのが一因だからだ。今後2008年大統領選に向けてイラクをどうするのか代案が具体的に議論されることになる。与党の共和党候補も不人気な新方針から距離を置かざるを得ない状況だ。

米国が大統領選に向けて国中がいかにして撤退するかHowの議論に没頭し、そのどれとも異なる政策のブッシュ政権がレームダック化するのは決して好ましい状況ではない。従来から行儀の悪い行いを抑制させられてきた国がこの状況を利用するのは間違いない。結局のところ悪口を言いながらも世界は米国に警察官の役割をおわせ、パックスアメリカーナの恩恵をこうむってきた。

この記事の目的は、このような状況にあってイラク後の世界は今までのテロとの戦いの延長線上にはない新たな視点が必要であり、既に新たな段階に入ったという仮説を紹介することにある。先ずは冷戦後の世界がどう変化してきたか簡単に要約する。 

グローバリゼーションが全ての始まり

ベルリンの壁の崩壊に次いでソビエト連邦解体、世界は民主主義と資本主義の勝利を宣言した。以後資本主義経済と民主主義が世界を圧倒するルールになる予測は根拠の無い希望であった。世界を駆け巡ったのは資本のグローバル化のみであった。全てはグローバリゼーションの深化の過程で発生した。

その過程を、9.11を境にその前後を「米国一人勝ち」と「辺境の反逆期-テロとの戦い」に分けて説明するのはごく自然な見方であるといえる。その底流にあったのはグローバリゼーションであり、更に厳密には資本のグローバリゼーションであった。  

第1段階: 米国一人勝ち

ソビエト連邦解体後、唯一のスーパーパワーである米国のいわゆるパックスアメリカーナのもと、資本の移動の制限が一気になくなった。資本集積があるレベルに達するとそれ自体が常に効率を追及するようになる(例えば資本市場における機関投資家の行動基準)。集積された資本は最も効率よく自己増殖可能な方法でのみ投下され運用される。

同時にインターネットの普及が冷戦終了後低くなった国境を軽々と飛び越え資本移動を瞬時に可能とし、グローバリゼーションが深化、世界市場の一体化が進み世界経済は新たな時代に入った。この過程で世界市場は資本集積の偏在が加速度的に進行した。富める国は益々富め、貧しい国は益々貧した。

グローバル市場は実質米国資本主義ルールからスタートした為、90年代に明らかに「米国一人勝ち」となった。米国とともに遅れてそのやり方を習熟した日欧が恩恵をこうむり、一方アジア諸国や南米・ロシアは古い体質を温存したまま恩恵を手に入れようとし通貨危機の手痛い教訓を学ぶ事になった。 

2段階: 辺境の反逆-テロとの戦い

今世紀に入り危機を克服したアジア諸国は速やかに立ち直り、グローバリゼーションの果実を再び手に取り戻し始めた。通貨危機から教訓を得たBRICsもまた徐々にグローバル・サプライチェーンに場所を得て経済成長の道を辿りはじめた。

その中で世界の繁栄から取り残されたアラブ諸国は経済的辺境に追いやられた。イスラム原理主義者達は、市場原理主義とともにもたらされる民主主義文化にアラブの危機を感じ、グローバリゼーションのシンボルである米国に9.11自殺攻撃を仕掛けた。私には「グローバリゼーションの辺境からの反逆」であり、ハンチントンは「文明の衝突」と予測、米国は「テロとの戦い」を開始した。

米国は直ちにテロ実行犯とテロ計画の背後にあったアルカイダの拠点アフガニスタンを攻撃しタリバン体制を追放し、選挙に基づく民主主義体制を確立した。その後、米国はアルカイダと関係がなく根拠のない大量破壊兵器保有を理由にイラク開戦に踏み切り、テロとの戦いは新たな展開の中で米国は泥沼に陥った。(続く)■

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

誰にでも訳がある

2007-01-20 22:47:23 | 社会・経済

本電機業界の地盤沈下を長期戦略の誤りだと「甦るか日の丸電機業界」で決め付け、「私的・先見性欠如症」で私の言い訳をしたままで後味が悪く気になっていた。当時お付き合いさせていただいた第一線の事業責任者の方々は何も言われず次々と引退されている。

今回はこのシリーズの最後として、老兵に代わり私が見た「兵を語ろう」と思う。彼らには世界戦略が無かったわけではない。それを許さない環境があった。当時、電機業界はバブル崩壊後の構造不況に追い詰められついに血を流す思い切った構造改革を断行中だった。

幾ら化粧してもバランスシートの実体はひどく傷ついていた。オフバランスの部分でもスキャンダルなど各社固有の理由で傷ついており、その世界戦略を実行できる資金は何処からも出てこなかった。更に肝心の金融システム自体が存続を問われる状況で機能していなかった。

当時我々は皆、日本製部品の方が性能も信頼性も好いことは分かっていた。コストは高いが、問題はそれより日本で立ち上げ急速に世界に広がった総需要に供給が追いつかなかったことだ。生産効率改善程度の増産しか返事が貰えず需要を満たすことなど及びもつかなかった。

といった事情で、ITバブルが破裂する直前の99年から2000年にかけてハイテック部品やユニットの調達交渉の為韓国に何度か渡り、韓国メーカーが明確な世界戦略をもちそれに基づいて投資している事を知った。

国メーカーはアジア危機から時間をおかず過激とも言える構造改革を断行し、短期間に業績を改善、自信を回復する途上にあった。その時点で日本の需要の何倍にもなる生産キャパシティを実現する巨額の投資をよく思い切ったものだと思った。

日本の電機業界は概して多角化されており、選択と集中はより川下に向かっていた。しかも、バランスシートは見かけ以上に悪かった。限られた資金が投入された事業も、辛抱強く世界戦略を遂行するには資金が続かなかった。

お付合い頂いた川上商品の事業責任者の方々は皆それを知っておられ、打ち合わせの後の酒の席でバブル時代の無駄に終わった巨額投資を例に挙げ、あれさえなければ世界の需要を満たす工場を作れたのにと悔しそうに呟かれたのを聞いた。

理由は何であれ世界の需要家にとって選択肢は韓国メーカーしかなかった。急増する需要にこたえる供給計画を提示できるのは韓国メーカーだけだった。韓国メーカーは先ず数量でナンバー1になり、次第に品質も日本メーカーに追いつき、次には製品開発も追いついた。

経過はどうあれ結果が全てだ。原因も明確だ。その後も携帯電話は日本に引きこもり、薄型テレビも韓国勢が世界シェアトップに立った。何故同じようなことが続くのか。一億層懺悔みたいな感じでは何もよくならないが、老兵に代わり一言。■

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする