かぶれの世界(新)

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(実験)新聞レス生活の経過報告

2020-04-30 16:59:06 | テレビ番組
田舎に来て新聞とCATV無しの生活を半月過した。今、極端な意見に傾きがちな自分を感じている。外出自粛で会話する人が限られ、テレビ漬け生活を過したせいかもと疑っている。天邪鬼な私が言訳をすると、原因はコロナ報道を連日見て考え方が少し狭まり偏って来た気がする。

東京にいた時読んでいた日本経済新聞は、2面以降にヘッドラインのサイド情報とか反論を読み、多様なものの見方に触れ視野を広げることが出来た。極端に言えば哲学よりお金で判断基準が簡単だ。一方で、田舎でのこの半月間は地デジ放送を見る限り全く毛色の違っていた。朝夕のニュースバラエティ番組で素人が生半可な感想を延々と見続けうんざりした(全てではなかった)。

特にコロナ報道では素人のコメディアンとかタレントが、専門知識不足で具体的なデータに基づかない個人的感想(多分テレビ局に吹き込まれた)を繰り返し聞かされうんざりした。異なる意見の専門家に議論させ、素人の疑問や意見を挿み視聴者に考えさせるようなスタイルが本来あるべき姿だと思う。最近では都合が悪いと偽ニュースと決めつける某大統領もいるが。

私には忘れられないエピソードがある。ベトナム戦争時にNYタイムズの名物記者が問題を指摘する記事を3面に載せ、NYタイムズは戦争に反対したと言い訳をした、だがそれでは反戦のメッセージは伝わらなかったと記者は後年反省の弁を述べた。最も大事なことを明確にして伝えることがいかに大事か、コロナ報道を見ると時々このエピソードを思い出させる。

言い訳に戻ると、こんな番組を見るたびに私は一人で反発した。コロナ対策は一貫して人命重視、換言すると死者を減らすことだった。その為には医療崩壊を防ぐ、更にその為には感染のオーバーシュートを遅らせ、緩やかに増える感染者を限られた医療システムで対応、という専門家が提案したシナリオに沿って始まり、その時々の状況変化に沿って対応が変化していった。

その次のステップはコロナ感染を終わらせる為、人と人の社会的距離をとり感染を防ぐという凡そ原始的な対策をとった。治療薬がなく打つ手は限られていた。それが我国最高の専門家が考え、政治が緊急事態宣言した対策で、現在はその効果が徐々に出始めたという状態だ。だが、上手く行き始めると報道の優先度が変わったかのように、個別対策の問題に時間をかけ他国と評価するようになった。元々の人命重視の対策が機能しているかが後回しで報じられイラついた。

基本シナリオを十分理解せず日々の出来事にバタバタと反応し、感染者数も死者数も桁違いに多い海外の対応策を称賛するか如き報道を続ける連中の姿を毎日見るのは辛かった。このシナリオを実行する過程で不幸な犠牲者が出るが、我が国はその犠牲者が遥かに少ない。検査数が少ないといって今までの報告を否定できない、最低でも統計学的に根拠ある数字で議論すべきだ(実はそういうレポートも紹介され始めた)。素人の数学的バックグランドでは理解は難しいかもしれないが。

タレントの感想を毎日聞かされてイライラし、しかもそれに代わる情報がネットに限られる半月だった。実際にはネット情報はもっと酷く、更に極端な自己主張が散見されて参考にならなかった。結果的に天邪鬼な私は一部ニュースバラエティ番組の極端な主張とは逆の意見に傾いて来たと感じる。報道には適切な指摘や提案もあるが、私も偏見があったと感じた時がある。ホント情けない劣化だ。

最近の特にデジタル世代の人達は新聞を読まなくなった、主たる情報源はインターネットと聞く。世界的な傾向だ。私の子供達も新聞はあまり見ていないようだ。彼等はどう情報を入手しどう判断しているのだろうか気になる。米国では人々は活字離れから更に進んでテレビ離れが進んでいるという。彼等は見たいニュースだけを見、意見を交換せず対立して分断が進んだ。塩野さんが指摘した「人は聞きたいことのみ聞く」という人間の性(さが)だが、我々が絶対に避けたい道だ。

脱線したが、新聞レスと偏りテレビでも何とか大局観を失わないでいます。気に入らないテレビニュースを見るよう努めてます。日本は米国みたいに分断して欲しくない。報道を公平に評価する第三者組織が欲しい。この先も事態は変化し重大な局面を迎えると思う。一方、いつかコロナは終わる。東日本大震災や西日本豪雨の時でも責任追及から復興を評価する報道で人々は前向きになれた。コロナ後の世界は、復興より別の新世界に向かう競争になる。新世界で働く子供達を後押したい。

【言い訳】書き出しとは違う結びになりました。申し訳ありません。新聞購読を止めたらテレビの影響(正しくは反発)が増えたという訳です。
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外出自粛2週間を終えて(2)車検延長の恩恵

2020-04-29 17:02:29 | 日記・エッセイ・コラム
一昨日昨日と続けて今までとは別の会社に車検の見積もりをとった。今までオートバックスに車検に出していたのだが、前回12万円以上もかかった。今回ディーラー系と車検専門のチェーン店に依頼した。事前予約が必要で濃厚接触が予想される為、外出自粛明けを待って日取りを設定した。

見積結果はディーラー系が20万円、独立系が11万円必須から15万円お勧め、いずれも私の予想を上回った。しかも、両社ともエンジン系に異常があれば約30万円余分にかかるという。車は2008年に購入の中古デミオスポルテ、走行距離が4.6万キロだった。12年間田舎にいる時だけ乗って4.6万キロ走った。最近は年3千キロと近場専用の足といったところなのに。

田舎では車は無くては生きていけない必須項目だが、スポーツ車でぶっ飛ばす必要はない。私は40才頃までバイクで山道のワインディングを走るのが好きで、今でも四輪車なのにそんな走りをする。だが、そんな必要は全くない。指摘されたエンジン系に異常があれば、これを機会に30万円程度の安価な中古車に買い替えたいと逆提案した。

両社とも中古車を扱ってはいたが、残念なことにそんな安い出物なかった。取り敢えずいい出物があれば連絡を頂いて車検に車を持って行き、車検途中でエンジン異常など高価な修理が必要な場合中古車を買うという図々しくも都合の良い逆提案をした。独立系から前向きの感触を貰って取り敢えず連絡待ちとした。緊急事態で車検の期限が猶予され6月1日になったのが役に立った。

私は都会と田舎の2ヶ所で年金暮らしをするとなったらこの程度の節約は当然だと思っている。恥ずかしいなんて思わない。自分のやりたいことは一つ二つやって贅沢言わなければ、何ら不自由な生活とは思わない。今回、古い車の所有コストが高いことはつくづく身に沁みて感じた。息子達が都会生活で車を所有せず、必要に応じて借りるのは正解だ。だが、田舎ではそうはいかない。■
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外出自粛2週間を終えて(1)

2020-04-28 21:43:51 | 日記
田舎に来て2週間後の今日、馴染みの歯科医に治療して貰った。帰郷の翌日に市役所から外出自粛要請を受け、その日に2週間後の治療の予約を取った。数日前に定期検査など緊急でない場合は延期するよう要請が出たとテレビ報道を見て、直前になって歯科医に延期すべきか問い合わせた。返事は対策を打っているので大丈夫とのこと、それじゃ遠慮することはないと診て貰うことにした。

受付で体温と咳が出てないか聞かれ、「6度、咳は出ません」と大声で答えた。予想通りの質問で、実際は5.6度だった。県外者が誹謗中傷を受けたとのニュースを聞いていたので、帰郷後に毎朝体温を測り聞かれると即答出来るようにしていた。分かったことは私は低体温体質のようだった。

治療と言っても今日は時間をかけて歯の掃除をやっただけ。痛みのレベルを最低まで下げて貰ったが、それでも強烈に痛かった。後でネットで調べると、超音波振動を使ったクリーナーだと思う。でも、以前から一度はやって貰いたかった美人歯科衛生士(多分)だったので、痛いか聞かれると「頑張りまーす」とか言って痛みに耐えた。今日最高の出来事だった。でもホント痛かった。夕食後に歯磨きをした時もまだ血が出た。

清掃のあと若先生が口内を鏡に映して次回から治療する部分の説明してくれて今日は終わり。受付の老婦は老先生の奥さんで、私が東京に戻っている間にご主人が亡くなったと聞いた。私と同年代くらいのはずで、それを聞いて胸が痛くなった。狭い待合室の患者は往きは一人、帰りは誰もいなかった。そう言う配慮をしているように感じた、或いはコロナで患者が減ったのか、聞かなかった。■
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匿名社会 コロナ版

2020-04-26 11:48:31 | デジタル・インターネット
コロナ対策はあらゆる方面での対応が求められる。その中で情報系がもたらす「人の劣化への対応」について素人提案をしてみたい。

パチンコ屋の実名公表について。大阪に続き東京でも休業要請に応じないお店の実名公表を検討中という。しかし、大阪のある店では実名公表されて逆にお客が増えたというニュースを見た。パチンコの中毒者に営業中のお店を教えたことになり客が増えたという。

私の郷里の愛媛県では休業要請はなされておらず、大洲市は見た限りでは全店オープン、松山市は一部休業だと聞いた。ニュースで見た大阪のパチンコ屋のお客は悪びれる様子もなくインタビューに答えていた。彼の顔は映っていなかった。法的には犯罪者ではないので理解はできた。

思い出すのは昨年の3月に記事「匿名社会」でアルバイトの悪ふざけ動画や渋谷のハロウィーン騒動で、誰が見ても明らかな犯罪行為者を顔をボカして報じるマスコミを批判した。彼等は勢いでやっているが、明らかに犯罪行為だった。投稿した記事では軽犯罪或いは推定無罪という理由で彼等を守る必要はあるのか問うた。やったことに対する責任をとらせてもいいのでないかと。

コロナウィルスが世界中を揺るがし始めると、個人から指導者までコロナと同じく強力な毒性を持った偽情報(第2のウィルス)や誹謗中傷が人の心を貶め異常な行動をさせている。指導者は自分の顔で語り評価を受ける。代表的な例がトランプ大統領で昨日も非常識な発言で非難を受けていた。

だが、個人の発信も社会を混乱させ影響力を高めている。個人の場合は匿名で偽情報を発信し、SNSで拡散され一気に物不足にまで発展した。問題なのは発信源の偽情報を見て、善意の読者が要注意と知らせて拡散が爆発し、テレビが追認の全国放送をしたプロセスだった。

ネット検索で調べると今や医療従事者や介護関係者に対する誹謗中傷が全国に広がっている。全く根拠のない個人攻撃だ。生命の危険を感じながら昼夜を分かたず働いている人達に対して、何でこんな酷い仕打ちが出来るのか。答えは簡単、一人一人は弱いが匿名で関係者を非難できるからだ。

トイレットペーパーの場合は偽情報を出した発信源が割り出され制裁を受けた。だが、これは稀有な例だ。通常は困ったもんだと顔をしかめて措置無し、言ったもん勝ちの世界だ。だが、根拠のない誹謗中傷は全国的に感染し多くの日本人の心が腐り始めたと感じる。正に「第2のウィルス」だ。

私の提案は第2のウィルス対策だ。日本は周りを気にし風を読む社会であり、依然としてテレビの影響力は米国等より大きい。テレビが一致して被害者だけでなく加害者を指摘して追求する姿勢を保つべきだと思う。だが、余り期待できない、仮にやったとしても顔ボカシになるだろう。

そこで私が素人提案するのが昨年話題になった量子コンピューターだ。暗号ベースの金融取引でも簡単に解読してしまうらしい。想像では、最初は秘密裏に軍事目的や外交等で利用されるはずで、その技術を使えば不適切なネット通信の発信者を割り出せるはずだ。その可能性を示すだけで誹謗中傷に歯止めがかかると予測する。

もしこれが可能になれば個人情報を守るという点から問題提起がされ反対意見が出ると思う。だが、今回のコロナ対策で徹底的に個人情報を利用したのは共産党独裁の中国だけでない。注目されてないがスマホを使った個人情報追跡はドイツや韓国でも実施され結果を出して評価されている。

コロナ対策と言えば何でも許される雰囲気がある、米国では巨大IT企業が大掛かりな追跡システムを開発中だという。それでも、日本的民主主義ではかなりの抵抗が予想され後追いになるだろう。その答えとして、偽情報や誹謗中傷の発信源(第2のウィルス感染者)を追求するという目的なら可能ではないだろうか。■
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田舎暮らし雑感2020(4)

2020-04-24 21:10:38 | 日記・エッセイ・コラム
外気に従う室温
帰郷して10日目の朝に室温ベースで摂氏10度と最低気温を記録した。空き家状態だった最初の日から徐々に部屋を暖めてきたが、いかんせん外気が下がると連動して下がった。3年前に建て直した東京の自宅と比べると作りが違う。築100年以上の古い作りの木造家屋は断熱効果が低く外気との差が少ない。夏の暑い時に最適化し、吹き下ろす谷風で涼しくなる作りだ。寒暖の差が大きいと年寄には辛い。

パチンコ屋が健在
昨日の昼間は暖かかったので散歩の距離を伸ばして緊急事態宣言下の国道沿いの新興商店街を歩いてみた。歩道の人影は殆どなかったが、人気のスーパーやドラッグストアの駐車場は車で一杯、2軒あるパチンコ屋も営業していた。流石に駐車場の車はいつもの2割程度だったが、緊急事態宣言後の知事のコメントからパチンコ屋はオープンすると予測した通りになった。個人の問題という考え方なのだろう。

情報網の費用節約
今回田舎では日本経済新聞は購読せず、東京で契約したネット版を見ている。地元のCATVもキャンセルし、テレビは地デジとBSテレビだけ。CNNやBBCはNHKのダイジェスト版で済ませてる。インターネット環境は東京と変わらず使える。この状態で入って来る情報が私の生活にとって十分かどうか様子をみている。少し残念なのは最近ハマっている英国の刑事ドラマが見えなくなったことだ。

外出自粛残り僅か
市役所から帰郷後2週間の外出自粛を要請され、実家の修理・歯の治療・車検更新などは事情を話して28日以降に依頼し予約を入れた。幸いなことに緊急事態宣言を全国に適用され、車検は6月1日まで延期された。今回は費用節約を兼ねて、隣町のディーラーにも声をかけて見積をとる積りだ。

迷惑をかけ、かけられる
薪小屋とその横の柑橘の木が隣の家に倒れそうになり対処を頼まれた。私の責任で何とかしなければならない。取り敢えず柑橘を切り倒し、実家の修理を依頼する建設会社に薪小屋の処分を相談する積りだ。一方で、実家の横の物置に隣の山林から背の高い檜の枯木が倒れ掛かり屋根瓦に3mまで迫っている。山林の持ち主にやっと電話がつながり、彼の提案で森林組合に対応して貰うことになった。

墓掃除第1弾
いよいよ体力を使う仕事を手掛ける。裏山の東側にあるお墓は江戸時代の先祖のもので、その頃は墓石は一人一人別々に建てた。年に一度の墓掃除は、20の墓石の間に積層した30cmの木の葉を先ず工事用のスコップで取り除く。木の葉は腐って土のようになり、下層の木の根がスコップを邪魔をする。その後に普通通りの墓掃除が始まる。2時間足らずで終わった頃は右肘に筋肉痛を覚えた。第2弾は来週だ。■
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