かぶれの世界(新)

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自民の問責決議は自殺行為

2012-08-29 19:04:19 | 国際・政治

中小野党が参院に提出した野田首相への問責決議案が、自民党の相乗りで賛成多数となり今夜にも可決される見込みとなった。この問責案は消費増税を阻止する為生活やみんなが7日に提出したもので、自民党は自ら賛成した消費増税を否定する前代未聞の決定をするようだ。

野田首相ならずとも国民は誰しも全く理解できない行為だ。与党のマニフェスト違反をあげつらって批判した自民党が、三党合意で自ら推進した法案を否定したことになる。問責案が可決されると国会での審議はストップし、赤字国債発行法案、原子力規制委人事、マイナンバー法案など多くの重要法案は軒並み先送りされることとなった。

内政だけではない。竹島や尖閣列島などの領土問題、オスプレイにかかわる安全保障など外交問題で一致して対応すべき時、国会が機能せずこんな内輪もめをしていては足元を見られるだけだ。自民党の決定は重要法案でもない、内外の情勢にも関係ない、解散時期と党内事情だけによる。公明党は棄権すると見られており、一応の見識を示したともいえるが、自民党ほど酷くないというだけだ。

この先どういう展開があるのか不透明だが、激しい権力闘争が続き政治(法案審議、政策を巡る論議)が停滞するであろう。こんなことを許して良いのか。許すか許さないか、それはマスコミと世論が決めることだと私は断言する。自民党は史上最悪の決定のコストを払うべきだが、それを決めるのは民度、換言するとマスコミと世論だ。今のところマスコミ報道はピント外れの政局報道中心、予想通りなのが哀しい。■

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田舎暮らし雑感12夏(3) 寂しさの崖

2012-08-28 23:37:24 | 日記・エッセイ・コラム

田舎暮らしを始めて1ヶ月になるが、今日がもっとも一人ぼっちで寂しく感じた日だ。お盆前に家内が少しだが顔を出し、同じ頃に義弟が大阪から戻って来た。長男夫婦が先週後半に久しぶりに孫を連れて田舎に来てくれた。彼等が昨日帰京したのを最後に、全員が夫々の予定を終えて東京・大阪の住処に戻った。一気に一人だけの生活に戻った、寂しさの崖から落ちた気分だ。

オモチャ類やベビーカーは全てしまったが、玄関に残された孫のビーチサンダルは私の靴の横に並べた。ピンク色の小さなビーチサンダルを見ると寂しさが募るが、かといって靴箱にしまう気にもなれない。90年代後半米国での一人暮らしの様子伺いに来てくれた当時高校生の娘が、日本に帰国したクリスマス翌朝たまらなく寂しかったのを思い出した。

米国にいた時は寂しさを紛らわす為、スーパーのレジとかフライトの予約とか電気代・クレジットカードの支払い等電話で処理をした。そんな時なるべく長く話せるよう馬鹿話をした。相手に危害を加えるわけではない、話し相手が欲しいだけだった、というのは伝わったと思う。事前に大体のプランを作って自然っぽい表現で相手の緊張を解いた。勿論下手くそな英語だが、慣れてくると結構話し相手になってくれた。身元確認時に自虐ネタで笑いを取る所から始めるのが何時もの手だった。

退職後一人暮しが増え、このやり方が日本の都会でも田舎でも通用することが分かって来た。日本ではお天気ネタが多い。買い物や散歩の時など誰にでも気軽に声を掛ける。親子連れの子供に声をかけ、それをきっかけにお母さんと話をする。子供を褒められて嫌な母親等いない、笑顔を返してくれるのが普通だ。難を言うと田舎の暑い夏の昼間だと、人と出会うのすら稀だ。

そんな田舎にも変人とも言って良い友人が一人いる。食事の好みに偏りがあるのだ。逢う度に変だと言ってやるのだが、選択が色々あるのに昼食はいつも同じ物をオーダーする。それに異常に甘いもの好きだ。先日、東京土産のかりんとうをあげて喜んでくれたのは良かったのだが、一晩で一袋全部食ったと後から聞き信じられなかった。それでも田舎で唯一の大事な友人だ。■

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なんちゃって維新が続出する危機

2012-08-23 16:20:11 | 国際・政治

ことの善し悪しは別として衆院解散・総選挙がにわかに現実味を帯び、既成政党や地域政党が右往左往している。大阪維新の会の橋下氏は11日与野党議員5人と接触、その後も安倍元首相やみんなの党との連携等が連日報じられている。又、自治体の方でも大村愛知県知事が中京維新の会を立ち上げ、ここ愛媛県でも中村知事が維新の会を立ち上げる観測ニュースが流れた。

みんなの党や国民の生活が第一は維新の会の勢いを取り込もうと必死のアプローチを続けている。だが、ニュースで伝えられた議員連中の顔ぶれを見ると、オイオイといいたくなるような連中が目立つ。かといって一時期喧伝された石原都知事に任せたら、米中韓との外交関係などは目茶目茶になりそうだ。伝えられている誰と組んでも先行きに不安を感じさせる。

接触した5人の政治家は名前を聞けば記憶のある方もいると思う。彼らは鳩山前首相や小沢元代表の意を汲んだ選挙恐怖症者とか強硬なTPP反対論者(橋下氏はTPP賛成)で、ガソリン値下げ隊といったテレビ映りの良いポピュリズム活動をした連中だ。私には政策もクソもない、ただ選挙に勝てそうな者にすがり付こうとしているだけの様に見える。

彼らを「なんちゃって維新の会」と「バッタモン政党」とこき下ろし、こういう連中と連携した瞬間に大阪維新の会は終わりだと言い切った辛坊氏(読売テレビ)に私も全く同感だ。テレビ報道はこの手の連中の動きを大きく無批判に伝えたが、辛坊氏のような卓見を勇気を持って伝えるべきだ。

大阪で地方自治の改革に取り組む橋下・松井両首長には多少強引といわれるものでも賛成するが、国政レベルとなると危うさを感じ、外交となると未熟とすら感じる危険がある。大阪では通用した橋下氏の手法が通用しないどころか危険だ。民主・自民などの既成政党が大敗する可能性が出てきた現状で、石原都知事が次の政権に一枚加わることの国家の危機も私は強く感じる。

昨日松井大阪知事は「どこか特定の政党と組むということはありえない」と釘を刺し、橋下氏は政策面で似ているといわれる「みんなの党も支持が広がっているわけではない」と指摘したという。政策の一致を重視し、公開の場で維新の政策の賛否を問う(つまり、踏み絵を踏ませる)という。与党内でプロセスを踏んでもしつこく反対し続けた旧小沢&鳩山グループ的要素を予め排除しようという意図は感じる。筋の通った賢いやり方だ。

だが、果たして総選挙でどういう結果になるのだろうか。民主党の大敗は避けられないだろう。国民にとって重要な政策より解散優先した自民党や公明党にも勝たせるべきではないと思う。そうやって消去していくと誰もいなくなる。といって、「維新ボーイズ」の大量生産では日本全体が馬鹿になったみたいな気持ちになるだろう。前回は小沢ガールズ、その前は小泉チルドレン。しかし、間もなく判断を下す日が来そうだ。

最初に「ことの善し悪しは別として」と書き出したが、実はそれが大問題だと私は考える。解散時期を巡る駆引きで赤字国債発行法案や共通番号(マイ・ナンバー)法案を先送りすべきではない。衆院定数見直しを含め与野党は真摯に話し合い今国会中に決めるべきだ。それも出来ないようなら、まさに次の総選挙は維新の会に期待するしかなくなる。■

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田舎暮らし雑感12夏(2)

2012-08-18 22:14:43 | 日記・エッセイ・コラム

実は先月末に田舎暮らしを始めて以来、1冊も本を読んでない。何もする気が起こらないクソ暑い日が続き、だけど実家の中から庭まで住む為の手入れを強いられ、お盆の間田舎に来た家内の運転手を勤め、オリンピックの間テレビにしがみついた。とても本を読む気になれなかった。

もう一つ理由がある。3日前に大阪に住む義弟がステレオセットを持ち込んで書斎にセットしてくれた。その後3日間で持ってきてくれたCD20枚のうち12枚聞いた。「ワンランク上の音」を聞きたいと、春に会った時頼んだものだ。彼は大の音楽好きで、ハードもソフトと耳もセミプロ級だ。

デンマーク製のスピーカー、ハイブリッド・アンプ、CDデッキで大阪の中古品マーケットを3ヶ月かけて探してくれた本格的なものだ。レファレンスとして英国製のスピーカーと真空管アンプ(!)も置いていってくれたので、元々あった5チャンネルのAVシステムで部屋が満杯になった。

彼が選んでくれたCDはスタンダード・ジャズとクラシックで、音源(音楽)によってステレオの特性(ダイナミック・レンジ)との相性が分かるという。そう言われて聞くと、元々センスがない私にも素晴らしく新鮮に感じた。だが、3日間ぶっ続けで聞くと耳が慣れて良い音が当たり前になった。

今日は特別に音楽を聞き分けるなんて気持ちにならず、ビバルディをBGMにして読みかけの本を読み切った。これでやっと今月1冊目の読書だ。ステレオセットを一部屋に3つ置いて聞き比べるなんて出来るのは、良く考えれば田舎じゃないと出来ないことだ。田舎暮らしも悪くない。

東京の真夏は1日中暑いが、田舎では夜と昼の温度差が少し大きい感じがする。夕方になって谷間の山裾にある実家から庭に出ると、谷から吹き降ろしてくる風は涼しく気持ちが良い。表に出て川沿いの道を散歩すると上流から吹く風も気持ちが良い。湿度さえ低ければ問題ないのだが。かといってたまには雨が降らないと気温が上がり続ける。

その湿度の高さは半端じゃない。先月末に実家に戻り最初に目に付いたのが、10年前に改築した建材の部分の白いカビだった。水分が残っているからだ。それだけではなかった。台所に置いたままの干した大根の千切りと乾し椎茸が、ナイロン袋の中で粉になっていた。

どういうメカニズムかわから無いが、締め切りの家の中の高温多湿が犯人だと思う。冷凍庫に3ヶ月間置いたままのご飯と塩サバを捨てる気になれず、電子レンジで解凍しサバは更に焼いて食べた。これがパサパサして酷く不味かった。長期間冷凍したのは初めての経験じゃないのだが、何しろ不味かった。今、久しぶりに音楽無しの時間を過ごしている。■

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スポーツマンシップの祭典-なでしこ効果

2012-08-14 23:07:18 | スポーツ

オリンピックをポーツマンシップという視点で見ることについて「なでしこ」を例に挙げて12日に投稿した。オリンピックは選手個人や各国のスポーツマンシップを競う場、意図せずともスポーツマンシップが見えてしまうことになると。対戦相手を尊敬し敗者をいたわる姿勢を見ると、露骨に言うとその国や選手の成熟度とか品性が見えてしまう。

今夜NHKがなでしこの活躍をフィーチャーした番組があり注目して見たが、「勝つために何をしたか」に焦点をあてた内容だった。確かにオリンピックで勝つことが最重要なのは良く分かるが、それと同じ位にスポーツマンシップは重要であり一切触れないのは残念だった。報じる側に成熟度とか品性が追いついてないのか、或いは編成方針なのか定かでは無い。

何でも欧米が良いわけではないが、報じる側は欧米が半歩先行していると私は思う。その例証になりそうな記事として、雑誌Timeネット版(8月13日)になでしこを「優雅な敗者(Gracious Losers)」と賞賛する記事を見つけた。「よき敗者(Good Loser)」という言葉は欧米で重要な価値観として良く使われる。下記の記事は皮肉でも何でもなくそれ以上の最大級の賞賛だと私は思った。

Gracious Losers: Japan’s Women Celebrate Silver in a Soccer Rematch with the U.S.http://olympics.time.com/2012/08/09/gracious-losers-japans-women-celebrate-silver-in-a-soccer-re-match-with-the-u-s/?xid=newsletter-asia-weekly#ixzz23VjfLJom )

決勝で敗れた直後に泣崩れたなでしこが、表彰式では一転して銀メダルを前向きに捉え喜びを爆発させた姿を記事は好意的に受け止めていた。この切り替えもまたスポーツマンに極めて重要でお手本を示したと思う。又、南ア戦の引き分け狙いを批判した米メディアは、決勝での米選手のハンドに一切クレームをつけない佐々木監督の判定をリスペクトする姿勢に黙らされると感じた。

勝ち進まないと如何に素晴らしいスポーツマンシップを発揮しても注目もされない。先ず何が何でも勝つことに集中するのは非難すべき筋合いではないが、ギリギリの勝負になるととんでもない時に思いがけない行為をしてしまう。いわば本性が出てくる。こういう時切り替えの出来るなでしこはまさに世界のお手本になったと思う。競技技術や精神力を超え何事にも共通する大事なものだ。

ゲームの勝ち負けだけを追及しその為の努力にフォーカスした報道のみでは惜しい。英国の観衆が示した敵味方に関らず良いプレーを賞賛する成熟度(自国選手への熱狂的な応援もあったが)とか材料はいくつもある。「なでしこ効果」は震災直後の日本を勇気付けたが、欧米が感心させられたスポーツマンシップも重要な貢献だと私は思う。

オリンピックが熱い注目を受けている時にこそ、次代を担う青少年に最高のお手本を示すべきだと思う。欧米の報道を後追いして日本選手を褒める「後知恵的」な記事でも良いから、先ずそこからはじめたらどうか。普段してないことをやるのは難しい?メダリストを呼んで芸人扱いするのはいい加減止めた方が良い。■

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